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1089ブログ

新しいあかりの試み―クリーブランド美術館展 雷神図屏風

「クリーブランド美術館展─名画でたどる日本の美」のワーキングチーフ、松嶋雅人です。
今回はこの展示の裏側のお話。
作品をより美しく見せるための新しい照明の試みについて紹介します。

注目いただきたいのは、こちら。会場入口入ってすぐ、皆様に最初にご覧いただいている「雷神図屏風」です。 


雷神図屏風 「伊年」印 江戸時代・17世紀 Photography © The Cleveland Museum of Art

この作品の展示には有機ELという照明器具が使われています。
有機ELとは、「有機エレクトロルミネッセンス」(Organic Electro-Luminescence)の略です。
ある種の有機物に電圧をかけると、光る現象を利用した照明です。
有機EL照明は、有機物が面で発光することを利用し、文化財を美しく照らす新しいあかりということができます。薄く軽く作ることができるので設置場所を選ばず、文化財を展示した空間全体を包み込むように照らし、さらに発光に伴う熱も抑えられます。

近年、発光ダイオードを使った照明(Light Emitting Diode、LED)が多くの美術館で採用されています。省エネルギーに貢献し、ランニングコストの良さがうたわれていますが、「美しさ」という点では多くの不利な点があります。とくに絵画の場合、表わされた色の本来の美しさが損なわれてしまうことが多いようです。水墨画の微妙な諧調がつぶれてしまっていることもしばしば見受けられます。では文化財にとっては、どのような「あかり」がふさわしいのでしょうか。

この絵が描かれた当時は、床に屏風が置かれ、その前に置かれた行灯などのあかりで、やわらかく絵を照らしていたことでしょう。そこで、有機ELによる色温度が低い(蝋燭の光のように赤くみえる)照明が、ケース全体に広がるような光を効果的に作り、この屏風絵が描かれた当時の見え方を再現しようと試みました。行灯が絵を照らすように、画面の下から上へ光が弱くなるように調整しています。

原寸大レプリカによる照明実験  
左:蛍光灯照明 右:有機EL照明


蛍光灯では雷神は平板に見えます。
有機ELによって絵の具の色も明瞭に見えてきました。


有機EL照明における輝度分布 

画面下から上へ緩やかに輝度(単位面積あたりの明るさ)が低くなっていますが、白い雷神の身体は明るくなっていることがわかります。

その結果、雷神の身体は立体的に浮かび上がり、背景の金と墨は湿った雨雲が渦巻くように見えます。日本の古い絵画は平面的に描かれているように見えますが、このように有機ELの光によってとても違って見えてくるのです。雷神図を描いた画家は、雷神の身体を形作る胡粉(白色)は光を強く反射してより明るく見え、背景に蒔かれた金が赤い火の光を反射することで透明感が生まれることを意図して描いていたのでしょう。


会場での照明

ぜひ皆様も展覧会会場で、これまでにないあかりでみた、しかし、かつて人々が見たであろう日本の絵画を経験してみてください。

「雷神図屏風」を展示するケース照明は、科学研究費25282078・基盤研究(B)「中世から近代における日本絵画の受容環境の復元的考察」の助成による研究成果の一部です。
研究代表者:松嶋雅人 研究分担者:和田浩、矢野賀一、土屋貴裕(以上、東京国立博物館)

研究支援協力社
照明器材:株式会社カネカ
照明計画:(株)キルトプランニングオフィス
 

カテゴリ:研究員のイチオシ2013年度の特別展

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posted by 松嶋雅人(特別展室長) at 2014年01月25日 (土)

 

トーハクくんの「なるほー!人間国宝展」その1

トーハクくん登場

ほほーい!ぼくトーハクくん!
今日は小山(おやま)研究員といっしょに「人間国宝展―生み出された美、伝えゆくわざ―」を見に行くほ。
研究員ならではの展覧会の見どころを教えてくださいだほー!


小山さんこんにちは


小山研究員(以下O):こんにちはトーハクくん!展覧会の見どころね。
この展覧会は、国宝や重要文化財といった古い名品と人間国宝の作品を隣り合わせて展示しているところがポイントなの。


展示
(左)重要文化財 奈良三彩壺 奈良時代・8世紀 九州国立博物館蔵      
(右)三彩花器「爽容」 加藤卓男作 平成8年(1996) 東京国立博物館蔵



トーハクくん ボクの勝手なイメージだけど、「古い名品!」って言われるちゃうと、やっぱりそっちのほうがなんとなくスゴイ感じがしちゃうんだけど。

O:そうですねー。

トーハクくん えっ!
(言い切っちゃったほ!)

O:だって昔の人は制作にかけた時間も素材も全然違うんだもの、仕方のないことでしょう。
ひとつの作品をつくるためだけに生き、色んな技法を試す。そういう時間と環境こそが良い作品を生んだのよね。

トーハクくん ほー!
(小山さんはかわいいお顔なのに、コメントに男気があるほ!)

O:昔の作品はやっぱりすごい。パワーがある。
昔の日本人、つまり私たちの祖先はこんなにすごいんだってことを見てほしいという気持ちもあるの。
そして現代の作家さんたちが、ここまでがんばって発展させてきたこと、これもまたすごいことね。
こういう作品から、たくさんエネルギーをもらってほしいわ。


展示風景


トーハクくん しっかし、人間国宝かあ…。なんだか仙人みたいなイメージだほ。
小山さんは図録の執筆のために人間国宝さんにインタビューをしていたけど、実際にお話してみてどんなひとたちだったほ?

O:そうねえ、雲の上の人っていうイメージを持っている方も多いでしょうね。
でも実際はそうではないの。
どんなに偉いひとだって、皆最初はゼロからスタートするでしょ?
スタート地点があって、寄り道もして、歩む道を選択しながらやっとここまで来たの。
悩んで悩み抜いて試行錯誤して、到達した結果が人間国宝というだけの話。
今だって姿勢は変わらず、作品をつくるために日々悩んでいらっしゃるわ。

トーハクくん そうか、人間国宝も人間なんだね!当たり前のことだけど!ちょっとムネがアツくなったほ!

O:私もインタビューをしていてアツくなったわ。
作品制作も、伝統をどこまで引き継ぎ、どこまで自分の表現を出すのか、自分なりの道を見出さないといけない。その作業はとても大変なことよ。
それを粘り強く続けられたからこそ人間国宝になれるのね。

トーハクくん 粘り強く続けられる。ひとはそれを才能と呼ぶのだほ。(キマッタほ!)

O:うふふ、でも才能だけでは人間国宝にはなれないのよ。

トーハクくん ぐはっ!(かっこわる!)

O:努力、運、人との出会いも大切ね。
でも逆にいうと、いま作品の制作に携わる全ての人たちにも、人間国宝になれる可能性があるってことよ。
私は、現代人が昔の人に劣っているとは決して思わないの。
昔の日本人が、こんなに素晴らしい作品を作っていたのだということを糧にして、現代の人にはそれ以上の作品をつくってもらいたいなと思います。


展示


トーハクくん では究極の質問だほ!
もし小山さんが、世紀の美術泥棒・キャッツアイだったら何を盗みたいほ?

O:あらあらキャッツアイ?そうね…ひとつだけ選ぶのは難しいわね…
あのね、「いいもの」っていうのは古さを感じさせないものなの。
現代まで残っているのには理由があるのよ。(キラーン☆)

トーハクくん うわっ!いま小山さんの目が光ったほ!

O:そう!私は小さい頃からキラキラしたものが大好きだったの。
宝石の広告チラシを切り抜いて遊んだりしてたなあ。
ということで、私はコレを選びます!


花風有韻
截金彩色飾筥「花風有韻」(きりかねさいしきかざりばこ かふうゆういん)
江里佐代子作 平成3年(1991) 文化庁蔵



トーハクくん えっ?!小山さんは染織が専門なのに、お着物は選ばないんだほ?

O:悩んだんだけどね。
毎日同じ服を着る人っていないでしょ?だからお着物をどれかひとつって言われると困っちゃうの。
こういう作品だったら毎日手元に置いて眺めたり、中に自分の大切なものを入れたりして楽しめるじゃない?

トーハクくん にゃるほ。小山さんはこの作品のどういうところが好きなんだほ?

O:キラキラしていて本当に綺麗でしょう?
これは截金(きりかね)って言って、細く切った金箔を杉の箱に施しているの。


小山さんキラキラ


O:見て!光に当たって、まるで金糸みたいにきらめいて見えるでしょ?照明も工夫したのよ。

トーハクくん ほー、キラキラの線が折り重なってビューティほー!

O:もしキャッツアイだったら、暗闇の中で懐中電灯をつけて、パッとこのハコが目に映った時、きっとトキメクだろうなあ!

トーハクくん ♪みーつめるキャッツアイ かーふうゆういん きーんいろにひかーるー

O:トーハクくん、古い歌知ってるのね。

トーハクくん えへへ。5歳だけどものしりだほ。
でもこうやってガラスケースに入っていると、「美術作品」として見てしまうけど、「どれが欲しいかな」とか「自分だったらどう使うかな」とか、そういう風に見てもいいんだほ?

O:もちろん!そういう風に見てもらいたいわ。
だって使う人あっての工芸だもの。作り手と使い手、双方が一緒に工芸を盛り立てて、お互いに成長していくの。
そのことを心に留めて展覧会を見ていただけたらいいなと思ってます。

トーハクくん そうか、使うひとがいないと、作るひともいなくなっちゃうもんね!
使うひとも大事な役割なんだってことが、とってもよくわかったほ!
小山さん、アツいお話をどうも有難うございました!


小山さんとトーハクくん

小山弓弦葉(おやまゆづるは)工芸室主任研究員。専門は染織です。
大好きな作品(友禅訪問着「羽衣」 森口華弘作 昭和59年(1984) 滋賀県立近代美術館蔵)の前で。

カテゴリ:研究員のイチオシnews2013年度の特別展

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posted by トーハクくん at 2014年01月22日 (水)

 

めでたいふくさ

「袱紗(ふくさ)」といえば、一般に思い浮かべますのは、慶事や弔事に金封を包む紫縮緬でできた袷(あわせ)仕立ての四角い包み袱紗でしょう。また、茶道の心得のある方ですと、茶碗の下に敷いたり、懐中して使用したりする小袱紗を思い浮かべるかもしれません。今日、ここでお話しますのは、贈り物の上にかぶせて相手に持っていった「掛袱紗(かけぶくさ)」というものです。袷仕立てでほぼ正方形に作られています。もともとは贈り物に埃が付かないように、上に被せて運ぶためのものでした。

江戸時代になると、武家や裕福な町人たちの間で、お祝い事にふさわしい華やかな模様がデザインされた美しい掛袱紗が使われるようになりました。表地には繻子や綸子といった光沢のある絹織物が、裏地には紅で染めた縮緬が用いられ、四隅に房がつけられます。表には日本の伝統的な吉祥模様や古典文芸にちなんだみやびやかな模様が刺繍(ししゅう)や友禅染で美麗に装飾されるようになります。この袱紗も、おそらくは、お祝い事にちなんだ贈り物に掛ける袱紗として使われていたものでしょう。

袱紗 紺繻子地鯛模様
袱紗 紺繻子地鯛模様 (ふくさ こんしゅすじたいもよう)
江戸時代・18~19世紀 アンリー夫人寄贈
2月23日(日)まで本館8室にて展示


この袱紗には、2尾の鯛が向かい合わせにデザインされています。大きな目の「目出鯛」が向かい合わせで「夫婦仲良くおめでたい」、という意味が込められています。2尾の鯛を結わえる綱の端を扇のように開いて熨斗のように見せるデザインの面白さが、この袱紗の一番の魅力でしょう。
模様はすべて刺繍(ししゅう)で表わされています。鯛の部分は、撚りのない絹糸でボリュームたっぷりに刺繍され、綱の部分は金糸で刺繍されています。絹の光沢を生かした立体感のある刺繍は日本刺繍の大きな特色です。

江戸時代にはこのように華やかな刺繍で彩られた掛袱紗がたくさん作られました。贈る人に思いを馳せて、華やかな袱紗で贈り物を飾り、ともに祝うという美しい日本の慣習が袱紗のデザインに表われています。
 

関連事業

 博物館に初もうで
   2014年1月2日(木) ~ 2014年1月26日(日) 











カテゴリ:研究員のイチオシ博物館に初もうで

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posted by 小山弓弦葉(工芸室主任研究員) at 2014年01月19日 (日)

 

能面 是閑と河内 真作か否か?

本館14室で開催中の特集陳列「日本の仮面 能面 是閑と河内」は2月16日(日)までです。
前回12月9日のブログで焼印や知らせ鉋のお話をしました。この特集では是閑と河内の焼印のある面を展示していますが、すべてが是閑、河内の真作と断定できません。
今回はその理由をお話しします。

河内の焼印は通常、この形です。
 
能面 中将 「天下一河内」焼印
能面 中将 「天下一河内」焼印

今回展示した面の中に変わった印が二つあります。
 
(左)三光尉 焼印 上杉家伝来 (右)泥眼 焼印
(左)三光尉 焼印 上杉家伝来 (右)泥眼 焼印

三光尉の印は明らかに字体が違いますからわかりやすいですね。泥眼の印は一見よく似ていますが、外枠の円の縦径が少し短く、「河内」の字も上下が短くなっています。それよりも注目すべきは、「下」の字の点の位置です。縦線がコ字形を作る上にあるのが通常ですが、泥眼の印は下にあります。
知らせ鉋はどうでしょうか。

(左)三光尉 面裏 (右)泥眼 面裏
(左)三光尉 面裏 (右)泥眼 面裏

河内の知らせ鉋は前回お示ししたとおり、鼻孔の間に2つの刀跡、右上隅に放射状の刀跡があります。三光尉はどちらもありません。泥眼は鼻孔の部分に布を貼っているため見えず、右上隅にはありません。
焼印が怪しく、知らせ鉋がないなら河内の真作か疑問です。では面の造形はどうでしょうか?
 
(左)三光尉 「天下一河内」焼印 (右)笑尉 「天下一河内」焼印
(左)三光尉 「天下一河内」焼印 (右)笑尉 「天下一河内」焼印

比較のため、通常の焼印、知らせ鉋があり、河内の真作と見られる優れた笑尉と並べて見ましょう。頭骨の起伏、眼球のふくらみ、頬の肉付きなど三光尉は笑尉に比べて硬く、河内の真作とは考えにくいでしょう。

(左) 泥眼「天下一河内」焼印 (右)泥眼「天下一是閑」焼印
(左)泥眼「天下一河内」焼印 (右)泥眼「天下一是閑」焼印

泥眼はどうでしょうか。ここでは是閑の焼印のある泥眼と比較してみましょう。
河内印の方は額が丸く、こめかみはへこみ、頬が張る、輪郭のかすかな曲線がみごとです。
河内印の方が頬に肉がつき、やわらかな彩色と相まってやさしそうに見えます。
是閑印の方は眼の見開きが大きく、気の強さが前面に出ています。河内印の方はおとなしそうなだけ、内にこもる怖さがあります。
泥眼は「葵上」などで嫉妬による怨念を押さえきれない貴族の女性の役に用います。白目に金泥を塗って狂気を宿していることを示しているのです。光を下から当てないとわかりにくいですね。



下から光を当てると顔が一変します。
この河内印の泥眼は、焼印は怪しく、知らせ鉋も確認できませんが、造形は優れていて河内真作の可能性が高いものです。反対に、焼印、知らせ鉋が揃っていても河内作とは到底考えられない面もあります。もちろん白黒はっきりできない面も少なくありません。
焼印、知らせ鉋を信用できない点に能面研究の難しさがあります。

 

カテゴリ:研究員のイチオシ

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posted by 浅見龍介(東洋室長) at 2014年01月17日 (金)

 

クリーブランド美術館展と人間国宝展、明日開幕!

開会式

いよいよ明日、「クリーブランド美術館展―名画でたどる日本の美」と、日本伝統工芸展60回記念「人間国宝展―生み出された美、伝えゆくわざ―」が開幕します。
それに先立ち、本日は2つの展覧会の開会式・内覧会が行われました。
ご来場いただいたお客様の数は、午前中に行われた報道内覧会とあわせると1500人近く。
皆様の大きな期待を受けて、好発進となりました。

クリーブランド美術館からフレデリック・ビッドウェル館長が出席され、
「今回の展覧会がクリーブランド美術館と東京国立博物館の長い交流の成果であり、クリーブランドの市民は、彼らの愛するクリーブランドの日本美術コレクションを日本の皆様に見ていただけることを、とても楽しみにしている」と挨拶されました。

ビッドウェル館長
フレデリック・ビッドウェル クリーブランド美術館長

展覧会の入口では、雷神さまがお出迎え。
風神
雷神図屏風 「伊年」印 江戸時代・17世紀 クリーブランド美術館蔵

ユーモラスな顔に思わずにっこりしてしまいます。
白い体が金の地から浮かび上がって見えることにもご注目ください。実はこの作品には、新しい照明が使われています。
照明に関しては、本ブログにて改めて解説いたしますのでご期待ください。

展示風景
大画面が並ぶ、「花鳥風月」「物語絵画」のコーナー

この展覧会では、日本美術における人と自然の表現に焦点をあてながら、日本美術の流れをご覧いただきます。
そんなコンセプトが成り立つのは、クリーブランドの日本美術コレクションが体系だったものだから。
市民の皆さんが誇りに思っておられるというのもうなずけます。

 

 

次に日本伝統工芸展60回記念「人間国宝展―生み出された美、伝えゆくわざ―」についてご紹介します。
歴代人間国宝104人の名品がずらりと並びます。これだけ揃うと大変豪華です。

人間国宝作品ずらり 陶磁がずらり

この展覧会の最大の魅力は、国宝・重要文化財などの名品と、人間国宝の作品が並べて展示されることです。
名品の造形が人間国宝の作品にどのように影響したのかを見比べていただくことができます。

改めて、人間国宝の作品には迫力があります。そして、古典の名品が守り伝えられてきた理由も分かります。

両展ともに、新春を飾る特別展にふさわしく、華やかで見ごたえのある作品が揃いました。
まったく違うアプローチの2つの展覧会ですが、共に日本の美の再発見を目指します。
どうか、会期中早いうちにご来場ください。

今後、本展覧会の見どころについて研究員がご紹介してまいります。どうぞおたのしみに!

カテゴリ:news2013年度の特別展

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posted by 小林牧(広報室長) at 2014年01月14日 (火)