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「顔真卿 王羲之を超えた名筆」 密かなつぶやき その1

年明けに始まった特別展「顔真卿 王羲之を超えた名筆」も、気がつくといつのまにか折り返し地点を過ぎていました。連日多くのお客様にお越しいただいておりまして、関係者一同、心より御礼を申し上げる次第です。

開幕前は、「顔真卿って、誰っ!?」という状態で、はたしてどれくらいの人が展覧会を観に来てくださるのだろうかと、不安でいっぱいでした。
もちろん、展覧会の構成は顔真卿だけでなく、中国の書の歴史そのものを概観しつつ、顔真卿が生きた唐時代の書をたっぷりと紹介し、さらに唐時代の書が日本や後世に与えた影響も考えてみようという、壮大なスケールで準備をしてきました。
書は基本的に紙の白と墨の黒のモノトーンで繰り広げられる二次元の地味な世界です。そのハンディを克服すべく、本展は、書の歴史上もっとも華やかな唐時代に重きを置き、展示作品数も唐時代の書を充実させました(選んだ作品が多すぎてケースに入りきれず、泣く泣くあきらめたものも多々ありましたが…)。

今回のブログでは、展覧会のキモである唐時代の書のなかから、チラシやホームページにはない、かくれたみどころをご紹介しようと思います。


王羲之の字姿のデパート
集王聖教序-孔氏嶽雪楼本- 王羲之筆
唐時代・咸亨3年(672) 香港中文大学文物館(北山堂寄贈)


唐時代の書は、太宗皇帝による王羲之崇拝と深い関係があります。
集王聖教序は、懐仁という弘福寺の僧が太宗より命じられ、宮中に所蔵される王羲之の真筆から文字を集めてつくった石碑です。王羲之の字姿を豊富に見ることができるので、手本としても尊ばれました。
本作は、清時代の収蔵家である孔広陶(1832~1890)の旧蔵品で、宋時代の貴重な拓本です。
香港中文大学文物館には、北山堂の堂名で知られる利栄森(1915~2007)の膨大なコレクションが収蔵されており、拓本だけでも2000件以上にのぼります。その中から特に優品10件を精選して「北山十宝」と名付けました。
今回、香港中文大学文物館よりお借りした4件は全て「北山十宝」の名品であり、もちろん、どれも初来日です!


ようこそ、日本へ!

九成宮醴泉銘-汪氏孝経堂本- 欧陽詢筆
唐時代・貞観6年(632) 香港中文大学文物館(北山堂寄贈)



李思訓碑-呉栄光蔵本- 李邕筆
唐時代・開元28年(740) 香港中文大学文物館(北山堂寄贈)



麻姑仙壇記-何紹基蔵本- 顔真卿筆
唐時代・大暦6年(771) 香港中文大学文物館(北山堂寄贈)




褚遂良の美のツボをおさえてます
金剛般若波羅蜜経残巻
唐時代・7世紀 三井記念美術館(2月13日より展示)


中国書道史は、100年ほど前まで拓本や模本を中心に編まれてきました。しかし20世紀初頭、敦煌莫高窟の第17窟から5~10世紀に至る肉筆の写本が大量に発見されたことで、隷書や楷書の変遷がつぶさに観察できるようになりました。
今回注目すべき唐時代の書のウリの一つがこの肉筆写本であり、美しい楷書の姿には本当に心を奪われます。
本作は、671年から677年頃の唐高宗の時代に、宮中の優秀なエリート写経生らによって書写された「長安宮廷写経」とよばれる経巻です。「長安宮廷写経」は、世に30点余りしか現存しません。
筆致や書風はもちろん、紙や墨にいたるまで、あらゆる点において最高の出来栄えを誇ります。書風は麗しく雅であり、張りのある線質で、晩年における褚遂良の艶やかな書の影響がうかがえます。


王羲之たちのゴシップあります
国宝 世説新書巻第六残巻-豪爽-
唐時代・7世紀 東京国立博物館(2月13日より展示)


唐時代は、敦煌莫高窟で発見された写本のほかに、遣唐使らによって日本に将来された写本があります。端正で美しく、力強い筆致で書かれた本作は、『世説新語』の名で知られる書物で、後漢時代の末から東晋時代にかけて活躍した名士のゴシップを集めたものです(今でいう週刊誌ネタのようなもの)。中には王羲之やその一族たちがやり玉に挙げられている内容も収録されています。いつの時代も有名人は苦労が絶えません…。
紙背には、平安時代末期の『金剛頂蓮花部心念誦儀軌』が書写されています。
日本への伝来の古さを物語っていると同時に、本作がいつしか日本でリサイクル紙として使われたことがわかります。平安時代の貴重な筆跡とともに、世説新書の残巻は我が国で大切に保存されてきました。




受験生の諸君、健闘をいのる
干禄字書 顔真卿筆
唐時代・大暦9年(774) 台東区立書道博物館


受験シーズン、まっさかり。受験生のみなさんは、毎日重圧に耐えながら一生懸命勉強をされていることと思います。
中国でも、官僚になるためには科挙という大変難しい試験を受けなければなりませんでした。
この干禄字書は、科挙の答案に用いるべき正しい字形を示した字書であり、受験生の必須アイテムでした。干禄とは、禄をもとめる、つまり官に仕えるという意味です。
顔真卿の叔父である顔元孫が著し、顔真卿が66歳の時に書写しました。字書の内容はもちろんのこと、顔法で書かれた楷書もまた後世に大きな影響を与えました。
さすがに科挙の受験バイブルとあって、石碑の拓本をとる人たちがあとを絶たず、この拓本からも碑面の文字が摩滅している状態がよくわかります。


さて、ほんの少しだけ唐時代の書をご紹介いたしましたが、まだまだみどころは語り尽くせません。
今回の展示総数177件のうち、唐時代の書は106件あります。海外からは8件お借りし、国内の所蔵作品は98件展示されています。
百聞は一見にしかず。ぜひ会場で、唐時代の書の魅力を感じてみてください!


 
関連展示
特別展「王羲之書法の残影ー唐時代への道程ー」2019年3月3日(日)まで
東京国立博物館東洋館8室、台東区立書道博物館にて絶賛開催中!

 

カテゴリ:研究員のイチオシ中国の絵画・書跡「顔真卿 王羲之を超えた名筆」

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posted by 鍋島稲子(台東区立書道博物館主任研究員) at 2019年02月12日 (火)

 

王羲之書法の残影-唐時代への道程- その2

平成館で開催中の特別展「顔真卿 王羲之を超えた名筆」は連日、国内外から多くのお客様にご鑑賞いただいており、たいへんな賑わいをみせております。
特別展の鑑賞前後に、あわせて足を運んでいただきたいのが、東京国立博物館東洋館8室(トーハク)と台東区立書道博物館(書博)で開催している連携企画「王羲之書法の残影-唐時代への道程-」です。

先日、書博の鍋島主任研究員が連携ブログ「その1」として、連携企画展の構成や見どころ、顔真卿展との関係をわかりやすくお伝えくださいました。
今回の「その2」では、数ある展示作品(展示件数:トーハク34件、書博67件・展示替えあり、計101件)のなかでも、主に法帖に残された南朝の書、石碑などにみられる北朝の書、そして肉筆の書から、オススメの作品やポイントをご紹介いたします。


東洋館8室の展示風景

台東区立書道博物館の展示風景


本展で展示している書の資料は、大きく肉筆と拓本に分けられます。
真跡とされる肉筆の書は、基本的に世の中に1点しか存在しません。一方、石碑・墓誌・摩崖(自然の岩肌に刻されたもの)などの石刻資料の拓本や、書の名品を石や木に刻して作られた版からとられた拓本(法帖)はいわばコピーで、原石・原版がある限り、複製は可能です。
古代の肉筆資料や古い時代にとられた拓本はたいへん希少で、書の鑑賞や学習においても珍重されています。

南朝の書のオススメ 万歳通天進帖
南朝では、後漢時代の建安9年(204)と西晋時代の咸寧4年(278)に発令された、いわゆる立碑の禁(石碑の建立の禁止)を踏襲したため、この時期の石碑の書はあまり残されていません。
一方、後世に制作された法帖には、王羲之・王献之(二王)らの書法を継承した南朝の貴族たちによる書簡などの書が残されています。

法帖をもとにしてまた新たな法帖が作られたことにより、その書は原本(肉筆)の字姿をどれほど忠実にとどめているか不確かな面があります。しかし、法帖は宋時代から清時代まで途絶えることなく制作され、書の鑑賞や学習の主なツールとして扱われてきました。それにより、二王や南朝の貴族たちの書も広範に普及して、その書のイメージが形成されたと見られます。

展示作品の中では、「万歳通天進帖」に所収される書がオススメです。
この「万歳通天進帖」は、唐の則天武后の治世、万歳通天2年(697)に、王羲之の子孫で当時宰相であった王綝が、二王をはじめとする家宝の王氏一族の書を、則天武后に献上したものです。
原本は残されていませんが、則天武后の命により宮中で制作された精巧な模本が遼寧省博物館に現存し、明時代に制作された華夏『真賞斎帖』や文徴明『停雲館帖』といった法帖にも収録されて、その様相を窺うことができます。
書博では、『真賞斎帖』中の「万歳通天進帖」から王羲之「姨母帖」と王献之「廿九日帖」を、トーハクでは『停雲館帖』中のそれから王僧虔「行書太子舎人帖」、王慈「草書栢酒帖」、王志「草書一日無申帖」を展示しています。
「万歳通天進帖」の確かな来歴や両法帖の「刻」の精細さからも、これらは原本の字姿をよく伝えるものと考えられ、是非ご覧いただきたい作品です。

 
右:廿九日帖 王献之筆 東晋時代・4世紀 台東区立書道博物館蔵(書博 全期間展示)
左:行書太子舎人帖 王僧虔筆 宋~斉時代・5世紀 東京国立博物館(東洋館8室 全期間展示)

王献之は王羲之の第七子。南朝の宋から斉にかけては、骨力のある王羲之の書以上に、より華麗で斬新な王献之の書が尊ばれました。
王僧虔は王羲之と同じ琅邪王氏一族の子孫。宋の文帝は王僧虔の書を見て、王献之より優れていると評したと言います。



北朝の書のオススメ 龍門二十品
北朝では立碑の禁の風習は薄れ、石碑など石刻資料が数多く残されます。
石刻資料にみられる銘文とその拓本の書には、刃物によって文字を彫った際の「刻」の味わいが、少なからず原本(肉筆)の書に加味されて表現されます。
彫刻された書の味わいとともに、原本の字姿を想像することも拓本を鑑賞する醍醐味の一つです。

北朝の石刻資料の書のなかでも、龍門造像記は「刻」の味わいが顕著で、鑑賞の醍醐味を楽しむことができます。
河南省洛陽から南へ14kmほどのところに位置する龍門石窟は、北魏から唐時代にかけて造営された石窟寺院です。1352か所もの洞窟には、10万にも及ぶ仏像が彫られ、そこに仏像を造った際の願文である造像記が数多く残されます。
2千件とも言われる北魏時代の龍門造像記のうち、書の優品20件を選定した「龍門二十品」はその代表格として知られます。
本展では、両館あわせて20件全てを展示し(トーハクで8件、書道博物館で12件)、龍門造像記の雄強な書の世界をご堪能いただけます。

 
右:楊大眼造像記(部分) 北魏時代・5~6世紀 東京国立博物館蔵(東洋館8室 全期間展示)
左:孫秋生造像記(部分) 北魏時代・景明3年(502) 台東区立書道博物館蔵(書博 全期間展示)

ともに「龍門二十品」、また「龍門四品」にも数えられる龍門造像記の名品です。
両者にみられる文字構えや重厚で鋭い筆法は、北魏時代の肉筆の書にも通ずるところがあります。



肉筆の書のオススメ 異なる趣の楷書の美
本展では、南北朝時代から唐時代までに書写された仏典などの典籍の写本(肉筆の書)をトーハクで4件、書道博物館で6件展示します。
肉筆の書と拓本の書を同日に比べることはできませんが、肉筆の書の良さは何と言っても、その一点一画に筆者の息づかいや感情の起伏までもが顕著に表れ、文字の造形には筆者の趣味嗜好や地域・時代ごとの特性が映し出され、それらを直に感じ取ることができる点にあります。

三国時代(220~280年)に萌芽した楷書は、晋を経て、南北の両朝で少なからず趣の違いを見せ、南北の統一を果たした隋時代(581~618年)に両朝の趣が融合したかのような整った美しい造形に至り、唐時代(618~907)には更に洗練された様式として完成します。
展示する肉筆の書には、その過程の一端を窺うことができます。

 
律蔵初分巻第十四 北魏時代・普泰2年(532) 台東区立書道博物館蔵(東洋館8室 全期間展示)
「律蔵初分巻第十四」は筆の鋒先を利かせて書写され、弾力性に富み、鋭く重厚な線が見られます。右上がり強く、構築的な字姿は、龍門造像記の書を彷彿させます。

 
僧伽吒経巻第二 隋時代・大業12年(616) 台東区立書道博物館蔵(東洋館8室 全期間展示)
「僧伽吒経巻第二」は、実に均整のとれた文字構えをしています。この字姿には、隋時代の楷書が至った造形美が見られます。
 

毎年恒例となりましたトーハクと書博の連携企画は、本展で16回目を数えます。
実は顔真卿展でも、書博から50点近くの貴重な作品をご出陳いただいており、あらためて世界屈指の書のコレクションだと感じました。
トーハクと台東区立書道博物館で、多彩な書の世界をご堪能いただけますと幸いです。  

図録 唐時代への道程
図録 
王羲之書法の残影-唐時代への道程-

編集・編集協力:台東区立書道博物館、東京国立博物館
発行:公益財団法人 台東区芸術文化財団
定価:1,000円(税込)
ミュージアムショップにて販売
※台東区立書道博物館でも販売しています。
図録 唐時代への道程
図録 
王羲之書法の残影-唐時代への道程-

編集・編集協力:台東区立書道博物館、東京国立博物館
発行:公益財団法人 台東区芸術文化財団
定価:1,000円(税込)
ミュージアムショップにて販売
※台東区立書道博物館でも販売しています。


週刊瓦版

台東区立書道博物館では、本展のトピックスを「週刊瓦版」という形で、毎週話題を変えて無料で配布しています。トーハク、書道博物館の学芸員が書いています。展覧会を楽しくみるための一助として、ぜひご活用ください。
 

「顔真卿    王羲之を超えた名筆」チラシ


関連展示
特別展「顔真卿 王羲之を超えた名筆」2019年2月24日(日)まで
東京国立博物館平成館にて絶賛開催中!

 

カテゴリ:研究員のイチオシ特集・特別公開中国の絵画・書跡

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posted by 六人部克典(登録室研究員) at 2019年02月09日 (土)

 

王羲之書法の残影-唐時代への道程- その1

年明け早々、トーハクは書の展覧会はなざかり。平成館では特別展「顔真卿 王羲之を超えた名筆」が、東洋館8室では書道博物館との連携企画「王羲之書法の残影-唐時代への道程-」が、それぞれ絶賛開催中です!

さて、タイトルを見てすでにお気づきかもしれませんが、実はこの2つの展覧会、すごーく密接な関係にあります。王羲之が活躍した東晋時代と、顔真卿が活躍した唐時代は、書が最も高い水準に到達したツインピークスであり、数多くの名品が誕生しました。この東晋と唐とを結ぶ架け橋となるのが、439年から589年までの150年に及ぶ南北朝時代です。
「王羲之書法の残影-唐時代への道程-」では、この南北朝時代の書を中心に、王羲之・王献之から唐時代までのみちのりをたどりながら、唐時代の華やかな書が生まれたワケを解き明かしていきます。そして「顔真卿 王羲之を超えた名筆」をご覧になっていただくと、より理解が深まる、という仕組みになっているのです。

それでは、連携企画「王羲之書法の残影-唐時代への道程-」の内容を、章ごとにチラッと紹介しましょう。題して、東晋時代と唐時代をつなぐ虹の架け橋、珠玉のきらめき!


第1章 王羲之・王献之とその周辺
王羲之は、先進的な書体の中に深遠な表現を盛り込み、当時の書の水準を格段に引き上げました。その息子である王献之もまた、父に負けないくらい華やかな表現を得意としました。父子は東晋時代を代表する二大能書として、後世に多大な影響を与えます。

定武蘭亭序-呉炳本- 王羲之筆
これぞ天下第一行書!
定武蘭亭序-呉炳本-(部分) 王羲之筆
東晋時代・永和9年(353)
東京国立博物館蔵(東博全期間展示)



第2章 南朝の書
南朝では、宋・斉・梁・陳の4つの王朝が興亡し、政治的にも文化的にも東晋の影響を受け継いでいました。宋・斉では王献之がもてはやされましたが、梁の武帝が王羲之を評価して以降、王羲之の書がナンバーワンに返り咲きました。

草書栢酒帖(部分) 王慈筆
世の中は王献之モード!
草書栢酒帖(部分) 王慈筆
宋~斉時代・5世紀
東京国立博物館蔵(東博全期間展示)



第3章 北朝の書
北朝では、北魏の王朝が長い間君臨しました。北魏の書は、洛陽遷都のあとさきで大きな変貌を遂げます。洛陽遷都後は漢化政策が推し進められ、先進的な南朝の書法を取り入れながら、野趣あふれる力強い理知的な書を生み出しました。

牛橛造像記(部分)
龍門造像記のきらめき
牛橛造像記(部分)
北魏時代・太和19年(495)
東京国立博物館蔵(東博全期間展示)



第4章 肉筆にみる書風の変遷
20世紀初頭、敦煌などから大量の肉筆写本が発見され、楷書が形成される過程をつぶさにみることができるようになりました。南朝の肉筆は、王羲之の影響が色濃い優雅な書風、北朝の肉筆は雄偉で構築性に富んだ書風です。

大般涅槃経巻第四十(部分)
肉筆もやっぱり龍門っぽいです
大般涅槃経巻第四十(部分)
北魏時代・正始2年(505)
台東区立書道博物館蔵(書博後期展示)



第5章 隋から唐へ
陳を滅ぼして天下を統一した隋王朝は、北朝の出身者が多くを占めていましたが、書法を重視した隋においては、南北それぞれの書風の良さが認識され、両者の書風は急速に融合します。そして唐の太宗皇帝のもとに、極めて高いレベルの書法が出現するのです!

龍蔵寺碑(部分)
南と北が融合っ!
龍蔵寺碑(部分)
随時代・開皇6年(586)
台東区立書道博物館蔵(書博全期間展示)


…さて、この続きを知りたいかたは、ぜひ「顔真卿 王羲之を超えた名筆」もご一緒にご鑑賞ください!唐の都がなぜ世界の中心となりえたか、そのヒミツがきっとわかります。

王羲之書法の残影イラスト

 

図録 唐時代への道程

図録 
王羲之書法の残影-唐時代への道程-

編集・編集協力:台東区立書道博物館、東京国立博物館
発行:公益財団法人 台東区芸術文化財団
定価:1,000円(税込)
ミュージアムショップにて販売
※台東区立書道博物館でも販売しています。

図録 唐時代への道程

図録 
王羲之書法の残影-唐時代への道程-

編集・編集協力:台東区立書道博物館、東京国立博物館
発行:公益財団法人 台東区芸術文化財団
定価:1,000円(税込)
ミュージアムショップにて販売
※台東区立書道博物館でも販売しています。


週刊瓦版

台東区立書道博物館では、本展のトピックスを「週刊瓦版」という形で、毎週話題を変えて無料で配布しています。トーハク、書道博物館の学芸員が書いています。展覧会を楽しくみるための一助として、ぜひご活用ください。
 

「顔真卿    王羲之を超えた名筆」チラシ


関連展示
特別展「顔真卿 王羲之を超えた名筆」2019年2月24日(日)まで
東京国立博物館平成館にて絶賛開催中!

 

カテゴリ:特集・特別公開中国の絵画・書跡

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posted by 鍋島稲子(台東区立書道博物館主任研究員) at 2019年01月18日 (金)

 

斉白石作品のたのしみかた

現在、東洋館第8室では、北京画院所蔵の斉白石(1864~1957)作品が展示されています。
この北京画院は、斉白石が最晩年に名誉院長を務めた美術アカデミーです。日本で、いわば「本場」の斉白石作品がまとまって見られる機会はなかなかありませんので、ぜひ足を運んでいただければと思います。

といっても、斉白石は現代日本ではさほど有名な画家ではなく、今回初めてその作品を見る、という方も多いのではないでしょうか。
そんな方々のために、本ブログでは、斉白石作品をどのようにたのしむかについて、「重なり」をキーワードにご紹介したいと思います。

1 ジャンルの「重なり」をたのしむ

斉白石は湖南省湘潭の貧しい農家の生まれで、はじめは家具に木彫をほどこす指物師として世に出、その後、画家、篆刻家、書家、と活躍分野を広げていきます。
それぞれの分野において、別の分野での経験が活かされており、作品の中にこれまでの芸術家としての経歴が複層的に「重なって」みえるのが白石の魅力の一つです。

例えば、白石の人物画には、指物師として立体物を作っていた経験をみることができるのではないでしょうか。

「清平福来図」に描かれるずんぐりむっくりした老人は、どこか漫画的でユーモラスですが、肩や腰回りは木彫りの人形のように丸味があり、しっかりとした量感を備えています。
簡略な筆致ながら、対象の立体感をおさえる、熟練した職人のまなざしが感じられます。


No.72 清平福来図
No.72 清平福来図 

また、よくいわれるのが、篆刻の彫り方と指物師の経験との関係です。

白石は篆刻において、線の片側のみから彫る単入刀法を多く用いています。
両側から彫ってなめらかな線を作る双入刀法と比べ、単入刀法の線はギザギザとしており、豪快で力強い印象を与えます。
このような彫り口は、指物師として刀に親しんでいた白石ならではの好みといえるでしょう。
本展には残念ながら白石の木彫作品は出陳されませんが、印面からその刀さばきを想像していただければと思います。


No.100 「中国長沙湘潭人也」白文方印
No.100 「中国長沙湘潭人也」白文方印 

篆刻の制作は、絵画の構図法にも影響を及ぼしたかもしれません。

白石の印の字配りは、疎密をわざと偏らせ、朱色と白色の対比を強調するところに特徴があります。
絵画においても、モチーフを片方に偏らせ、描き込みの多い部分と少ない部分を対比させる構図がしばしばみられますが、これは優れた篆刻家ならではの美意識といえるでしょう。


  
(左)No.98 「吾孤也」白文方印
(右)No.23 
葫蘆小鶏図 

また、中国伝統の考え方である「書画同源」が、白石の作品についても指摘できます。

画家として白石は、水分を多く含んだにじむ筆線と、乾いてかすれる筆線を交互に用いながら、ごつごつとした松の幹や枝の質感を表しています。
拡大してみれば、筆墨の抽象的な美しさを楽しむこともできるでしょう。

白石は同様に、書においても、時には演出過剰でないかと思えるほど、にじみとかすれを重ね、純粋に筆墨の美を追求したような作品を残しているのです。


  
(左)No.6 松図(部分)
(右)No.76 
篆書四言聯(部分)

2 個人的思い出の「重なり」をたのしむ

白石は、一般的な画題に自分の個人的思い出を「重ねて」、作品の伝えるメッセージをより味わい深いものにしていました。

例えば、蝦や蟹は、伝統的な吉祥モチーフとして知られています。
腰を自在に湾曲させる蝦は、物事が順調に進むことの寓意であり、蟹は甲羅の「甲」が、科挙の第1位合格者を示す「一甲一名」と通ずることから、立身出世の象徴でした。

白石の描く蝦や蟹の特徴は群れて重なり、時には画面からはみでるほど生き生きと動き回る姿で描かれる所にあります。
ここには、幼いころから農村で生きた蝦や蟹に親しんでいた、白石の思い出が投影されているとみることができます。


  
(左)No.49 蝦図(部分)
(右)No.55 
蟹図(部分)

さらに、蝦や蟹は白石にとっては、日々の生活を彩る食材でもありました。
「工虫画冊」では「独酌」と題して、ぽつんと置かれた酒杯と一緒に、脚のとれた茹で蟹を描いています。

酒菜としての蟹を、個人的感慨を込めて描くという行為は、明時代の文人画家・徐渭(1521~1593)に先例が見いだせます。
例えば当館所蔵の「花卉雑画図巻」は、酒を携えてやってきた知人のために、やや酔っぱらいながら一気呵成に仕上げたと、徐渭自ら記す作品です。
白石は徐渭に私淑しており、「工虫画冊」にみられる、輪郭線を用いず、色面のにじみだけで蟹を造形する手法は、徐渭の系統に連なるものです。


  
(左)No.37 工虫画冊(第2図)
(右)
花卉雑画図巻(部分) 徐渭筆 東京国立博物館蔵 
※本展には展示されていません


白石の工夫は、文人風の、草々とした筆致による蟹に、非常に精緻に写されたコオロギを組み合わせた点にあります。
この小さな虫のリアリティにより、「工虫画冊」にはまさに目の前の情景を写した、という実感が備わり、鑑賞者は斉白石をより身近に感じることができるのです。

白石作品は、蟹というモチーフについて、吉祥モチーフとしての伝統的意味、農村の思い出、徐渭を学んだ記憶、「今」の生活の一コマ、といった、意味の「重なり」合いを提供しています。
その複層的な味わいもまた、斉白石の魅力の一つといえるでしょう。



No.37 工虫画冊(第2図)(部分)

「中国近代絵画の巨匠 斉白石」展は、11月27日(火)より後期展示となり64作品が新たに展示されています。
前期をご覧になった方も是非、もう一度ご来場いただき、ご自分なりの「斉白石作品のたのしみかた」を見つけていただければ幸いです。

 

 

カテゴリ:研究員のイチオシ「中国近代絵画の巨匠 斉白石」中国の絵画・書跡

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posted by 植松瑞希(出版企画室研究員) at 2018年12月11日 (火)

 

世界に羽ばたく斉白石

はじめまして、京都国立博物館(京博)の呉[くれ]と申します。
いつもは東博の方々が登場するこのブログに、なぜ京博の職員が書いているのか、不思議に思われる読者もいらっしゃるかもしれません。

現在、東洋館第8室で開催中の日中平和友好条約締結40周年記念 特別企画「中国近代絵画の巨匠 斉白石」は、12月25日までの東博での会期終了後、京博にも巡回します(平成31年1月30日から3月17日まで)。京博での前宣伝もかねて雑文をつづってみたいと思います。

この企画は昭和53年(1978)に締結された日中平和友好条約が40年を迎えたことを記念したもので、中国政府そして今回の出展作品を所蔵する北京画院の全面的な協力のもと、実現しました。

20世紀の中国の水墨画といえば斉白石(1864-1957)の名がすぐに挙がるくらい、中国では最も有名な画家の一人です。日本の近代でいえば、日本画壇を牽引した横山大観(1868-1958)の知名度に、繊細な画風で孤高を貫いた熊谷守一(1880-1977)の芸術をあわせたような存在であるのかもしれません。

白石の画は中国の伝統絵画の様式を押さえたうえで、簡潔な構図と描写で独自に創意を加えました。画家の胸中の想いをかたちにとらわれず表現する、いわゆる「写意」の文人画に新境地を拓いたのです。


借山図(第三図) 斉白石筆 中国 1910年 北京画院蔵 (展示期間:~11月25日(日))


色鮮やかな山水をたっぷりの余白で表わした「借山図」のシリーズはその代表です。日々めまぐるしく変化しつづける中国で、ゆったりとした時間の流れを感じさせる白石の絵画は現代の中国人にとっても「癒し」の芸術です。そのためでしょうか、世界的な美術オークション市場でも白石作品は近年、驚異的な高値で取引されています。

世界的に高まる斉白石への関心を受けて、白石作品の展示もさかんです。


北京の地下鉄のホームで撮影


上の写真は今年10月、斉白石展の集荷のために訪れた北京で、地下鉄の駅のホームでみかけた広告です。「斉白石、次の駅はどこでしょうか」とのコピーに「2018年、さらに多くの地、さらに多くの国で斉白石芸術の魅力を感じてください」とつづきます。2018年の展示場所として、広告の左上に「列支敦士登国家博物館」、右下隅から北京画院美術館、故宮博物院(北京)、湘潭市博物館(湖南省で斉白石の出身地)、東博、京博の名が列記されています。「列支敦士登」とは、欧州でスイスとオーストリアの間にあるリヒテンシュタイン公国のことです。

東博・京博の展示は、北京画院美術館と北京故宮につづくもの。来年も欧州での展示を計画しているようで、まさに世界に羽ばたく活躍ぶりです。


北京故宮 外看板



北京画院美術館 会場入口


それでは、今回展示の白石作品を所蔵する北京画院はさぞかし慌ただしいところかといえば、ちがっていました。画院は斉白石が晩年に初代名誉院長をつとめたことから、中国で最も多くの白石作品を所蔵する機関のひとつです。

北京市民の憩いの場である朝陽公園のすぐ近くにあり、その建物は北京の伝統的な居宅である四合院を模した趣をたたえています。


北京画院外観(左奥のビルが画院の美術館)


事務棟には四合院らしく中庭もあり、斉白石の胸像の横でオウムの「小翠(シャオツゥイ)」も飼われていました。


北京画院のオウム「小翠」


ときどき大きな声で鳴くので最初はびっくりしましたが、画院に勤務する学芸員や画家たちのアイドルとしてかわいがられていました。

近年、日本でも中国からの旅行客が増えています。隣国とはいえ、中国についてまだまだ知らないこともたくさんあります。芸術の秋、総合文化展の料金で(ということは京都の大報恩寺展、アメリカからのデュシャン展を参観したついでに)中国文化のいまにふれるのもお得かもしれません。

カテゴリ:「中国近代絵画の巨匠 斉白石」中国の絵画・書跡

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posted by 呉孟晋(京都国立博物館列品管理室主任研究員) at 2018年11月22日 (木)

 

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