本年1月1日に発生いたしました令和6年能登半島地震にあたり、全ての被災者の方々に心からお見舞い申し上げます。
つつしんで新春のお慶びを申し上げます。皆様にとって幸多い年となりますようお祈り申し上げます。
昨年1月に、「このままでは国宝を守れない」と題し、雑誌に寄稿しました。
そこでは、令和2年に、新型感染症に対する感染拡大防止が叫ばれ、博物館の臨時休館、来館者数の激減、入館料等の大幅な収入減や光熱費の高騰など、博物館を取り巻く環境が一層厳しさを増しており、国民共有の財産を守り伝えることに危険が生じていることをお伝えさせていただきました。
寄稿後、多くの方々から寄附金や賛助会員へのお申し込みをいただき、改めて、博物館を愛する多くの皆さま方に支えていただいていることを実感した次第です。しかしながら、光熱費をはじめ物価や人件費の高騰による博物館を取り巻く環境の厳しさは変わりません。昨年、当館は創立150周年を迎えましたが、これからの150年先を見据えて博物館運営を持続可能な形で継続するために、当館の使命・役割を広く訴え続けることが重要と考えています。
今年は、当館へのご支援の方法をわかり易くするための体制作りと、海外からの来館者が急増している機会を背景に、「世界の東京国立博物館」を目指して、国内外への情報発信に力を入れて行きます。
近年のコロナ禍によるさまざまな規制が緩和され、博物館も以前の賑わいが戻ってまいりました。特に、外国から多くの方にお越しいただいております。これまで外出を控えてきた方がそろそろ行ってみようと思っていただけるよう、また日本に初めてお越しになる方に「日本といえばまずは東京国立博物館へ」と言っていただけるよう、今年も魅力ある展覧会や企画を予定しております。昨年11月から金曜土曜の閉館時間を繰り下げ、午後7時まで開館としておりますが、今年も続ける予定です。お仕事帰りにお立ち寄りいただき、日本とアジアの芸術文化に触れていただければ幸いです。
年明けは1月2日より開館し、恒例「博物館に初もうで」で2024年の幕を開けます。今年は「辰年」ということで龍をテーマにした特集「謹賀辰年―年の初めの龍づくし―」を開催いたします。力強い龍の姿をご覧いただき、皆さまにパワーがあふれる年となるよう祈念したいと思います。館内ではおめでたい意匠や風景がみられる作品も随所に展示し、新しい年を寿ぎます。恒例となりました国宝「松林図屛風」の新春特別公開もいたします。また、今年はコロナ禍で中断していた新春のイベントも4年ぶりに復活。1月2日と3日の2日間限定で、和太鼓や獅子舞などのイベントを実施、日本のお正月をお楽しみいただけます。
年明け最初の特別展は、1月16日より「本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)の大宇宙」を開催します。16世紀から17世紀という戦乱の時代に生きた多才な総合芸術家・本阿弥光悦の深淵な世界を、書画や工芸の優品の数々でご紹介いたします。そのあと23日からは建立900年 特別展「中尊寺金色堂」を行います。岩手・平泉の世界遺産である国宝の中尊寺金色堂中央壇に安置される仏像11体が揃って東京にお目見えします。実物大の超高精細な映像で再現される金色堂堂内に入るかのような体験もお楽しみください。また、例年開催する台東区立書道博物館との連携企画が今年は拡大、朝倉彫塑館、兵庫県立美術館も加わった4館連携企画となります。中国の伝統書家・呉昌碩生誕180年を記念し、当館および書道博物館では「呉昌碩の世界」を開催、「金石の交わり」のなかで築かれた呉昌碩の芸術を紹介します。
新年度となる4月16日からは、特別展「法然と極楽浄土」を開催します。今年が浄土宗開宗850年を迎えるのを機に、全国の浄土宗諸寺院等が所蔵する国宝、重要文化財を含む貴重な名宝によって浄土宗開創から江戸時代までの発展の歴史をたどります。
6月25日からは特別企画として「内藤礼 生まれておいで 生きておいで」を開催します。現代美術家が当館収蔵品から選んだ考古遺物と作家自身の作品で構成する空間作品を敷地内の3か所に設置、皆さまに新たな鑑賞体験を提供いたします。続く7月17日からは、創建1200年記念 特別展「神護寺―空海と真言密教のはじまり」を開催。国宝「両界曼荼羅図(高雄曼荼羅)」をはじめ、空海ゆかりの寺である京都・神護寺にまつわる至宝の数々をご紹介します。
秋には当館蔵のはにわ「挂甲の武人」の国宝指定50周年を記念して「はにわ」展を開催します。人物、動物、器物など当時の生活の様子がわかるはにわの優品が勢ぞろい、古代の暮らしを垣間見るような楽しい展覧会です。
恒例の「博物館でアジアの旅」は「アジアのおしゃれ」をテーマに、衣服やアクセサリーなどアジア各地の多彩なファッションを楽しめる展示となります。
このほか、庭園散策やTOHAKU茶館など、さまざまなイベント等により、皆さまそれぞれに博物館をご利用、お楽しみいただけるよう尽力してまいります。
一方、来館することが難しい方にも博物館をご利用いただけるよう、オンラインでの取り組みも充実してまいります。ギャラリートークなど動画配信や文化財に親しんでいただけるデジタルコンテンツ開発も積極的に進める所存です。
多くの幅広い層の皆さまが「多様な楽しみ方ができる博物館」を目指してまいります。
多くの来館者で賑わう日常が戻る中、国民共有の財産を未来に引き継ぐために、職員一同、龍の如く、飛躍の一年となるよう尽力いたします。
今年も東京国立博物館をよろしくお願いいたします。

令和6年1月1日
東京国立博物館長 藤原誠
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posted by 藤原誠(館長) at 2024年01月01日 (月)

ベンチに座るトーハクくんとユリノキちゃん
 ほほーい、ぼくトーハクくん! 2023年もおわりだほ。外のベンチはすこし寒いほ。
 ほほーい、ぼくトーハクくん! 2023年もおわりだほ。外のベンチはすこし寒いほ。
 こんにちは、ユリノキちゃんです。皆さんはどんな年の瀬を過ごしていますか?
  こんにちは、ユリノキちゃんです。皆さんはどんな年の瀬を過ごしていますか?
 ぼくたちとのんびりトーハクの1年をふりかえるほ!
 ぼくたちとのんびりトーハクの1年をふりかえるほ!
 今年もおつきあいくださいね。
今年もおつきあいくださいね。
 年末からつづいて、「150年後の国宝展―ワタシの宝物、ミライの国宝」を開催したほ!
 年末からつづいて、「150年後の国宝展―ワタシの宝物、ミライの国宝」を開催したほ!
 150年後に残したい国宝の候補をみなさんに応募していただきました! ありがとうございます。
 150年後に残したい国宝の候補をみなさんに応募していただきました! ありがとうございます。
 もちろん毎年恒例の「博物館に初もうで」もあったほ。
もちろん毎年恒例の「博物館に初もうで」もあったほ。
 兎(と)にも角(かく)にもうさぎづくしで、かわいい作品がいっぱいだったわね。
  兎(と)にも角(かく)にもうさぎづくしで、かわいい作品がいっぱいだったわね。
 特別企画「大安寺の仏像」も年明けからだったほ!
 特別企画「大安寺の仏像」も年明けからだったほ!
 日本仏教の源流ともいえる大安寺の木彫像が集まりました。
日本仏教の源流ともいえる大安寺の木彫像が集まりました。
 そのあとは創立150年記念特集「王羲之と蘭亭序」だほ。書道博物館との連携企画はなんと20回目!
 そのあとは創立150年記念特集「王羲之と蘭亭序」だほ。書道博物館との連携企画はなんと20回目!
 節目となる特集になったわね。春は何があったかしら?
節目となる特集になったわね。春は何があったかしら?

 3月は特別展「東福寺」と「博物館でお花見を」があったほ。4月は特集「親と子のギャラリー 尾・しっぽ」がはじまったほ。もりだくさんだったほ!
3月は特別展「東福寺」と「博物館でお花見を」があったほ。4月は特集「親と子のギャラリー 尾・しっぽ」がはじまったほ。もりだくさんだったほ!
 6月からは特別展「古代メキシコ -マヤ、アステカ、テオティワカン」を開催しました!
 6月からは特別展「古代メキシコ -マヤ、アステカ、テオティワカン」を開催しました!
 たくさんのひとにみてもらったほー!
 たくさんのひとにみてもらったほー!
 夏休み中の7月30日には「トーハクキッズデー」もあったわ。
  夏休み中の7月30日には「トーハクキッズデー」もあったわ。
 おともだちがいっぱい来てくれて、うれしかったほ。
 おともだちがいっぱい来てくれて、うれしかったほ。
 夏が終わってからは、9月に「横尾忠則 寒山百得」展、浄瑠璃寺九体阿弥陀修理完成記念 特別展「京都・南山城の仏像」。10月からは特別展「やまと絵―受け継がれる王朝の美―」が始まって、まさに芸術の秋にふさわしかったわね。
 夏が終わってからは、9月に「横尾忠則 寒山百得」展、浄瑠璃寺九体阿弥陀修理完成記念 特別展「京都・南山城の仏像」。10月からは特別展「やまと絵―受け継がれる王朝の美―」が始まって、まさに芸術の秋にふさわしかったわね。
 「博物館でアジアの旅」もわすれちゃいけないほ! ことしのテーマは「アジアのパーティー」だったほ♪
 「博物館でアジアの旅」もわすれちゃいけないほ! ことしのテーマは「アジアのパーティー」だったほ♪
 そうでした! いろいろな宴(うたげ)のかたちを知ることができたわね。恒例企画の10年目をお祝いする、楽しい企画でした!
 そうでした! いろいろな宴(うたげ)のかたちを知ることができたわね。恒例企画の10年目をお祝いする、楽しい企画でした!
 11月からは総合文化展で夜間開館がはじまったほ。
 11月からは総合文化展で夜間開館がはじまったほ。
 毎週金曜日・土曜日の夜は19時まで開館しています! 入館は閉館の30分前までです。2024年も、お仕事帰りや学校帰りにお立ち寄りくださいね。
  毎週金曜日・土曜日の夜は19時まで開館しています! 入館は閉館の30分前までです。2024年も、お仕事帰りや学校帰りにお立ち寄りくださいね。

本館を見ながら2023年を思うトーハクくんとユリノキちゃん
 ふりかえると今年もいろいろあったほ。
ふりかえると今年もいろいろあったほ。
 もうすぐ2023年が終わりだなんて、少し寂しいな…。
もうすぐ2023年が終わりだなんて、少し寂しいな…。
 だいじょうぶだほ! 2024年も1月2日(火)から開館だほ!
だいじょうぶだほ! 2024年も1月2日(火)から開館だほ!
 では2024年、年明けの予告をしておきましょう。
 では2024年、年明けの予告をしておきましょう。
 来年のえとは辰(たつ)だほ。「博物館に初もうで」では、かっこいい龍の作品が見られるほ。
来年のえとは辰(たつ)だほ。「博物館に初もうで」では、かっこいい龍の作品が見られるほ。

「博物館に初もうで」ビジュアル
 国宝「松林図屛風」やおめでたいモチーフの作品を展示するほか、1月2日(火)、3日(水)は和太鼓や獅子舞などの新春イベントが楽しめます。なんと4年ぶり!
国宝「松林図屛風」やおめでたいモチーフの作品を展示するほか、1月2日(火)、3日(水)は和太鼓や獅子舞などの新春イベントが楽しめます。なんと4年ぶり!
 特集「生誕180年記念 呉昌碩の世界―金石の交わり―」も2日からはじまるほー。
 特集「生誕180年記念 呉昌碩の世界―金石の交わり―」も2日からはじまるほー。

特集「生誕180年記念 呉昌碩の世界—金石の交わり—」ビジュアル
 東洋館8室で展示します。書はもちろん、画や印にも才能を発揮した中国の文人、呉昌碩(ごしょうせき)の世界を堪能してくださいね。
東洋館8室で展示します。書はもちろん、画や印にも才能を発揮した中国の文人、呉昌碩(ごしょうせき)の世界を堪能してくださいね。
 1月16日(火)からは、いよいよ特別展「本阿弥光悦の大宇宙」が開幕するほ。
 1月16日(火)からは、いよいよ特別展「本阿弥光悦の大宇宙」が開幕するほ。

特別展「本阿弥光悦の大宇宙」ビジュアル
 「舟橋蒔絵硯箱(ふなばしまきえすずりばこ)」で有名な本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)の代表作を一望できます! 会場は平成館特別展示室です。
 「舟橋蒔絵硯箱(ふなばしまきえすずりばこ)」で有名な本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)の代表作を一望できます! 会場は平成館特別展示室です。
 建立900年 特別展「中尊寺金色堂」は1月23日(火)からはじまるほ!
 建立900年 特別展「中尊寺金色堂」は1月23日(火)からはじまるほ!

建立900年 特別展「中尊寺金色堂」ビジュアル
 中尊寺金色堂は、東北地方に現存する最古の建築物。本展は、中央檀にある国宝の仏像11体がそろって本館特別5室に展示される貴重な機会です。
中尊寺金色堂は、東北地方に現存する最古の建築物。本展は、中央檀にある国宝の仏像11体がそろって本館特別5室に展示される貴重な機会です。
 同じく1月23日からの特集「親と子のギャラリー 中尊寺のかざり」もいっしょに見てほしいほ。
  同じく1月23日からの特集「親と子のギャラリー 中尊寺のかざり」もいっしょに見てほしいほ。
 トーハクくん、最後にみなさんにごあいさつしましょうか。
トーハクくん、最後にみなさんにごあいさつしましょうか。
 今年もトーハクに来てくれてありがほー。
 今年もトーハクに来てくれてありがほー。
 東京国立博物館に来てくださった方、ウェブサイトやSNSで知ってくださった方も、ありがとうございました。2024年もどうぞよろしくお願いします。
  東京国立博物館に来てくださった方、ウェブサイトやSNSで知ってくださった方も、ありがとうございました。2024年もどうぞよろしくお願いします。

本館
 
カテゴリ:トーハクくん&ユリノキちゃん
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posted by トーハクくん&ユリノキちゃん at 2023年12月28日 (木)
コロナ禍の中断を経て昨年再開したボランティアデー、今年は12月2日(土)・3日(日)に行われました。
ボランティア募集説明会と活動紹介ツアー、そして、ボランティア自主グループによる様々なガイドツアーやスライドトークを、この2日間に凝縮して実施しました。
来年度の東京国立博物館ボランティア(以下、トーハクボランティア)募集中のため、ボランティアの活動に興味のある方々にたくさんご参加いただきました。

トーハクくんがお出迎え
 トーハク職員による募集説明会
募集説明会では、トーハクボランティアの活動内容や応募時の注意点などをご説明しました。
「ボランティア」のイメージは人それぞれ。
館によって、組織によって、ボランティアの考え方や活動のあり方は少しずつ異なります。
そこで、ボランティア室長と室員から「トーハクのボランティア」の考え方・特徴をお話ししました。

ボランティア募集説明会の様子
 現役ボランティアと一緒にまわる活動紹介ツアー
トーハクボランティアは、本館19室のみどりのライオンや、東洋館オアシスなどの体験コーナーのサポートや、本館エントランスや17室でのご案内を基本的な活動として行っています。
それらの活動場所を現役ボランティアとともにめぐり、実際の活動の様子を見てもらったり、活動についてのお話を聞いたりしました。
今年の紹介ツアーは大盛況でした。ご参加の皆様も楽しみ、ボランティア活動により関心を深めていただけていたら幸いです。

活動紹介ツアーの様子
 自主企画ガイドグループ、大活躍!
トーハクボランティアには16の自主企画ガイドグループがあります。この2日間で全16グループが、ガイドツアーやスライドトーク、ワークショップを実施しました。
晴天にも恵まれ、多くの方にご参加いただきました。コロナ禍を経て、再開されたばかりのガイドツアーもあります。もしかしたらご参加の人数が多く、作品が見えにくいことや声が聴きづらいこともあったかもしれません。
しかし、参加者の皆様からは、おおむね好意的なご意見をいただきました。ボランティアの地道な準備と活動が報われた、貴重な2日間でした。









大講堂でのスライドトーク
自主企画ガイドグループの内、本館内のガイドを日本語で行う6つのグループ(彫刻ガイド、陶磁ガイド、浮世絵ガイド、本館ハイライトツアー、近代の美術ガイド、刀剣・武士の装いツアー)は、平成館大講堂にてスライドトークを行いました。
各グループが、スライドを使って、総合文化展に現在展示されている作品の中で、おすすめ作品をご紹介しました。
本館内ガイドグループの作品への熱い思いが、参加者の方にも伝わったのか、終了後は展示室に向かう方やボランティア募集のパンフレットを手に取る方も多数いらっしゃいました。


大講堂でのスライドトークの様子
おわりに
ご参加くださった皆様、どうもありがとうございました。
通常、トーハクボランティアは、お客様の案内や体験のサポートをしています。また、自主企画グループでは、この2日間に行ったガイドツアーやスライドトークを実施しておりますので、当館ウェブサイトの催し物ページをチェックしていただけたらうれしいです。
トーハクボランティアとの出会いが、トーハクでの皆様の博物館体験をより豊かにしてくれるはずです。来館の折には、ボランティアの活動にもご注目ください!
カテゴリ:教育普及
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posted by 田辺可奈(ボランティア室) at 2023年12月15日 (金)
現在本館14室では、特集「大聖寺藩(石川県)前田家伝来の能面」(2024年1月14日(日) まで)を開催しています。

本館14室 展示風景
その中から見どころをいくつかご紹介します。
加賀100万石で知られる加賀藩の支藩が大聖寺藩(だいしょうじはん)です。
加賀藩主前田利常(としつね)の三男を初代藩主とした大聖寺藩は小さな藩でしたが、
加賀藩と足並みを揃え能楽が盛んで、特に能楽の流派のひとつである宝生流(ほうしょうりゅう)と深いつながりがありました。
そのため大聖寺藩伝来の面には、宝生家の能面の写しが多数含まれています。


これは大聖寺藩に伝わった、増女(ぞうおんな)という種類の面です。
鼻の付け根左側、左目眼頭との間に茶色のしみが見えます。
ちょっと近づいてじっくりしみを見てください。

能面 節木増(部分)
このしみは自然な汚れではなく、作為的に描いたものであることがわかるはずです。
なぜそんなことをしたのでしょうか。
実はこの増女は、宝生家の名物面「節木増」の写しで、このしみはその節木増にあるものなのです。
宝生家の節木増のこのしみの部分には、面の材である木の節(ふし)があります。
木の節からにじみでた樹脂がこのようなしみとなり、そのため「節木増」と呼ばれています。
この名物面の名の由来ともなったこのしみは重要な要素だったので、写す際にはあえて描いたわけです。
大聖寺藩の節木増の面裏、ちょうどこのしみの裏側には節を示すように穴がありますが、
これも本当の節の穴ではなく、あえて作られたものです。

能面 節木増(面裏・部分)
穴のまわりには「御命により家の増うつし上ル者也」と加賀藩の能の指南役を勤めていた宝生良重が署名しています。
宝生良重とは、宝生流9世友春(ともはる・1654~1728)のことです。
この節木増の写しは大聖寺藩主からの命令で作られたということでしょう。
樹種まで宝生家の節木増に合わせているところからも、非常に熱心に名物面の写しを請う大聖寺藩主の姿がうかがえます。

能面 節木増(面裏・「御命により家の増うつし上ル者也」と書かれた部分)
こちらの面をみて驚く方も多いのではないでしょうか。
灰色と茶色のしみがたくさんあり、何とも不思議な面です。


今度は反対に、大聖寺藩の面の写しを宝生家が持っているという例をご紹介しましょう。


この面は老女といいます。大聖寺藩に伝わったもので室町時代の作でしょう。
この老女とそっくりな面が宝生家にもあり、前田備後守(びんごのかみ)家のものを写したことが記録されています。
備後守には大聖寺藩第4代藩主利章(としあきら)、6代利精(としあき)、9代利之(としこれ)が任じられていますが、前田氏が治めていた加賀藩や富山藩には備後守に任じられた人物はいません。
そのため、宝生家の老女は大聖寺藩の老女を写したものだとわかるのです。
宝生家が写しを求めるほどの面が、なぜ大聖寺藩にあったのかなど謎もまだまだ多く残されています。
大聖寺藩にはほかにも宝生家の能面の写しはたくさんあり、また、能楽の他の流派である金春家(こんぱるけ)や観世家(かんぜけ)の面の写しもあります。
多くの能面を収集する中で、名物面の写しは流派を越えて求めたのかもしれません。
あえて写した傷は、肉眼でもわかるものがあります。
能面を見るときに、作為的につけられた傷があれば、その面は写しかもしれません。
傷も含めた面の魅力が、その写しを求め、また手間をかけ細やかに写す動機になったのでしょう。
じっくりと見ながら面の魅力を感じてください。
 
カテゴリ:特集・特別公開
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posted by 川岸 瀬里(ボランティア室長) at 2023年12月07日 (木)
東洋館8室では、特集「中国書画精華―日本におけるコレクションの歴史」が開催中(後期展示:2023年11月28日(火)~2023年12月24日(日))です。
「中国書画精華」は、東京国立博物館でおこなっている毎年秋恒例の中国書画名品展です。
今年は日本におけるコレクションの歴史を切り口に、「古渡(こわた)り」「中渡(なかわた)り」「新渡(しんわた)り」といった観点から作品を紹介しています。

東洋館8室 展示風景
中国絵画では、室町時代以前に日本に渡ったものを「古渡り」と呼びます。今回の展示では、室町以前の伝来が裏付けられる作品に加え、『君台観左右帳記(くんだいかんそうちょうき)』など、足利将軍家の中国絵画趣味を伝える書物に名前が載っている画家の作品を、「古渡り」のカテゴリーで紹介しています。


例えば、元時代の怪奇趣味を体現する画家、蔡山による、どこか不気味な「羅漢図軸」は、右下の「奉三宝弟子左兵衛督源直義捨入」という寄進銘により、足利尊氏(1305~1358)の弟、直義(1306~1352)が、貞和2年(1346)に高野山 金剛三昧院(こんごうさんまいいん)に寄進した十六羅漢図の一つであることがわかっています。
次に、「中渡り」ですが、中国絵画分野では、「古渡り」と「新渡り」の中間、主に江戸時代に伝わったものを指しています。厳密にいえば、江戸時代に伝わったのか、それ以前から日本にあったのかは定かでありませんが、後世に大きな影響を与えた足利将軍家の中国絵画趣味の体系には入っていない作品を紹介しています。

重要文化財 天帝図軸
元~明時代・14~15世紀 中国 霊雲寺蔵
[展示中、12月24日まで] 


江戸時代に日本にあったことが裏付けられる作品として、霊雲寺ご所蔵の「天帝図軸」があります。霊雲寺は、元禄4年(1691)、5代将軍徳川綱吉(1646~1709)により、徳川将軍家の祈願寺として湯島に創建された名刹です。
本作には、北斗七星の旗と剣、玄武を従える玄天上帝が描かれ、その周りに、青龍偃月刀(せいりゅうえんげつとう)を持った関元帥(関羽)、黒衣の趙元帥、火炎に包まれる馬元帥、青顔の温元帥が配されます。画家の名は伝わりませんが、細かな描写と華やかな彩色が見事な、道教絵画の名品です。

霊雲寺の4世住職法明(1706~63)による、箱の蓋裏の書付(1754年)によれば、本作は狩野探幽(1602~74)の旧蔵で、御用絵師を務めた狩野家から8代将軍徳川吉宗(1684~1751)に献上されたものといいます。吉宗はこれの摸本を作らせたのち、原本を霊雲寺の3世住職慧曦(1679~1747)に下賜(かし)したそうです。
狩野家ではこれの摸本を代々作っていたようで、当館にも、狩野惟信(かのうこれのぶ・1753~1808)の弟子、竹沢養渓、養竹の摸本が伝わっています。
さて、清の衰退にともない、中国本土に秘蔵された名画が多く流出した近代には、古渡り、中渡りとは異なる、本場の文人趣味を体現する作品が日本にやってきます。
これら新渡りとして、高島菊次郎(1875~1969)蒐集の揚州八怪(ようしゅうはっかい)の作品を紹介します。揚州八怪は、清の最盛期に商業都市揚州(江蘇省・こうそしょう)で活躍した在野の書画家たちの総称です。その後の文人画の動向を決定づけた彼らの書画は、中国で大変珍重されたため、近代以前の日本人はその真跡を見ることはほとんどできなかったと思われます。

秋柳図巻(しゅうりゅうずかん) 黄慎(こうしん)筆 清時代・雍正13年(1735) 中国 高島菊次郎氏寄贈[展示中、12月24日まで]

秋柳図巻 拡大図
高島菊次郎は大正から昭和にかけての著名なコレクターです。王子製紙社長として活躍しながら、中国書画を多く収集しました。当館に寄贈された高島コレクションには、揚州八怪の一人、黄慎(1687~1768?)の優品が含まれています。
「秋柳図巻」は、王士禎(おうしてい・1634~1711)の著名な詩「秋柳」に想を得た作品で、葉の落ちた柳の枝に見られる、洗練されたすばやい筆さばきが見所です。本場の中華文人の洗練された筆墨を初めて目にした、日本の愛好家の興奮が想像されます。
以上、駆け足で古渡り、中渡り、新渡りについて紹介しました。これらを通覧することで、日本における中国絵画鑑賞伝統の層の厚さを体感していただければ幸いです。
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posted by 植松瑞希(絵画・彫刻室) at 2023年12月01日 (金)