現在、平成館企画展示室では特集「羽黒鏡―霊山に奉納された和鏡の美」(2023年11月19日まで)を開催しております。同じような大きさの円い鏡ばかりが並んでおりますが、そのみどころについて、1089ブログで2回に分けてご紹介したいと思います。
特集「羽黒鏡―霊山に奉納された和鏡の美」展示会場
「和服」、「和食」、「和室」、「和風」……、「和」は美称として頭に「大」をつけることもあり(「大和」)、「やまと」すなわち日本を指すことばとしてなじみのあるものです。現在当館で開催中の特別展「やまと絵-受け継がれる王朝の美-」のタイトルにある「やまと絵」も、「大和絵」と記されることもあり、中国絵画の主題や様式を反映した「唐絵(からえ)」や「漢画」に対して、日本的な主題や様式を示す絵画に対して用いられてきたものです。
それでは一般の方にはちょっとなじみの薄い「和鏡」とは、一体どういったものでしょうか。
日本において前近代には鏡は銅(青銅)で作られるのが一般的で、顔を写す面とは反対の面(鏡背<きょうはい>)には様々な装飾が施されました。銅鏡は溶かした銅を型(かた)に入れて作る鋳物(いもの)なので、型に表した文様(もんよう)を鋳出(いだ)して装飾することがよく行われました。中国・漢の時代には幾何学的な文様や観念的な神仙世界の文様が好まれましたが、唐の時代になると、鳥や花といったモチーフが大きく生き生きと鏡背に表されるようになりました。和鏡のルーツはこの唐代の鏡(唐鏡<とうきょう>)に求められます。
唐の鏡は飛鳥から奈良時代に、遣唐使によって日本にもたらされました。奈良にある興福寺の中金堂の地下から発見された瑞花双鳳八花鏡(ずいかそうほうはっかきょう)は唐鏡と考えられるもので、中央にある鈕(ちゅう 紐などを通すためのつまみ)を挟んで左右に鳳凰(ほうおう)が向き合って表され、上下には中国風の花文様が配置されています。
他にも瑞雲双鸞八花鏡(ずいうんそうらんはっかきょう)のように、鈕の左右に鸞(らん)という想像上の鳥が向き合って表され、上下に雲、界圏(かいけん)と呼ばれる円い線の外側(外区)に雲や蝶が配置された鏡もあります。こちらは日本で唐鏡を型にとって作られた(これを「踏み返し」といいます)鏡のようで、コピーを繰り返した画像のように文様がぼやけてきているのが特徴です。
こうした唐代の鏡やこれを模倣した鏡(唐式鏡<とうしききょう>)が和鏡の遠いご先祖様に当たるといえます。
平安時代になると、踏み返しから脱却し、唐鏡をお手本にした鏡が日本で作られるようになります。平安時代に主流となる瑞花双鳳八稜鏡(ずいかそうほうはちりょうきょう)は、鈕の左右に向かい合う鳳凰、上下に中国風の花文様(瑞花)が表され、外区には花唐草(はなからくさ)の文様がめぐっています。これは基本的には先に見た瑞花双鳳八花鏡と瑞雲双鸞八花鏡の構成を踏襲していますが、中国に例がなく、唐鏡を元にしてこれを翻案し、日本で創出されたと考えられます。
重要文化財 瑞花双鳳八稜鏡
平安時代・11~12世紀(E-19934)
(展示の予定はありません)
また、907年に唐が滅んだ後、五代十国の興亡を経て、960年に強大な帝国を築いた宋の時代に作られ、民間の貿易船などによってもたらされた鏡(宋鏡<そうきょう>)も和鏡のご先祖様に当たります。
これら宋鏡の特徴は、鏡胎(きょうたい)が薄く作られていることや内区と外区を分ける界圏がないこと、鈕がとても小さく文様などが表されないところにあります。中国からもたらされた京都・清凉寺(せいりょうじ)の本尊・釈迦如来立像(しゃかにょらいりゅうぞう)の胎内に納められていた鏡や獅子唐草文六花鏡(ししからくさもんろっかきょう)はそうした特徴を備えた作例です。
獅子唐草文六花鏡
宋時代・10~13世紀 中国(TE-81)
(展示の予定はありません)
これら唐鏡には見られない特色も和鏡に反映されており、唐鏡と宋鏡をルーツに、平安時代・11世紀後半頃に、和鏡が成立したと考えられるのです。
つまり、和鏡は、中国の鏡が年月をかけて、日本風にアレンジされたものということができます。そしてその主題も、中国の鏡やこれを模倣した鏡に見られたような瑞花や鳳凰といった空想上の存在から、秋草や松、鶴や雀といった身近に存在する植物や鳥へと移っていったのです。
今回特集して展示している、山形県鶴岡市の羽黒山(はぐろさん)にある出羽三山神社(でわさんざんじんじゃ)の御手洗池(みたらしいけ)から出土したいわゆる「羽黒鏡(はぐろきょう)」は、そうした和鏡の極致を示すものとしてよく知られています。
例えばその中の一つである菊楓蝶鳥鏡(きくかえでちょうとりきょう)では、鈕を挟んで植物文と鳥がそれぞれ向かい合い、界圏で内区と外区が分かれる構図は維持しながらも、植物は菊に、鳥は雀のような小鳥に替わっています。蝶が外区に留まっているのも唐鏡の要素を色濃く残している点で興味深い作例です。
同じ主題で他の作例も見てみましょう。菊枝双鳥鏡(きくえだそうちょうきょう)では、同じく界圏を残す形式ながら、界圏を無視して菊花が勢いよく伸びていき、鳥は向かい合うのではなく、並ぶように飛んでいます。ここでは既に唐鏡の構図が完全に崩れているのがわかります。
また、界圏がなく、鈕の小さい宋鏡の系譜に位置づけられる菊枝双鳥鏡(きくえだそうちょうきょう)では、文様的な構成を脱却し、一幅の絵画のように菊と小鳥が表されています。このような構図の自由さも和鏡の魅力の一つです。こうした絵画的な構図は同時代の他の工芸品にも見られるもので、当時のやまと絵はもちろん、これに影響を与えた中国・宋代の絵画の様式を受け継いでいると考えられます。
菊枝双鳥鏡
山形県鶴岡市羽黒山御手洗池出土 平安時代・12世紀(E-15395)
(特集「羽黒鏡―霊山に奉納された和鏡の美」にて2023年11月19日まで展示)
「和」というと、純粋に日本で創造されたように思われがちですが、中国の先進的な文化を受容し、それを基礎にして作り上げられたのが和鏡の形状であり、鏡背文様の構図であるといえます。とはいえ、和鏡の文様に感じられる心和むような安堵感や自由な構図には、自然の豊かな東方の島国で育まれてきた日本人の好みが深く刻み込まれているのではないでしょうか。
次回は羽黒鏡にみる和の文様についてご紹介したいと思います。
第2回「和鏡の文様を愉しむ」へ移動する
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posted by 清水健(工芸室) at 2023年10月17日 (火)
特別展「やまと絵-受け継がれる王朝の美-」(10月11日(水)~12月3日(日))が開幕しました。
カテゴリ:「やまと絵」
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posted by 江原香(広報室) at 2023年10月16日 (月)
東洋館で開催中の「博物館でアジアの旅」。今年は「アジアのパーティー」をテーマとした作品を展示している中から、今回は、東洋館10室で展示中の重要文化財「透彫冠帽(すかしぼりかんぼう)」についてご紹介します。
重要文化財 透彫冠帽(すかしぼりかんぼう)
三国時代(新羅)・6世紀 伝韓国昌寧出土 小倉コレクション保存会寄贈 東京国立博物館蔵 東洋館10室にて通年展示
「透彫冠帽」の側面
台形を2つ組み合わせた形状の冠帽の側面には両翼のような金銅板が斜めに取り付けられ、冠帽の上部には尾状の飾り板が伸びています。
騎馬人物形土器(きばじんぶつがたどき)
慶州金鈴塚 新羅 国立中央博物館所蔵
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posted by 玉城真紀子(東洋室) at 2023年10月14日 (土)
秋になると、当館の正面玄関前で、紫と白の萩の花がお客様をお迎えします。
正面玄関前に咲く萩(2023年10月5日現在)
この萩は「秋の七草」の1つです。
春の七草ほど知られていないかもしれませんが、じつは万葉歌人である山上憶良が和歌で詠った奈良時代から、日本人は秋草を愛好してきました。
春の七草は食べられますが、秋の七草は食べることはできません。その代わり、その花を楽しんできました。なんとも風流ですね。
ただ、自然に咲く花を愛でたばかりではなく、蒔絵や陶磁の器、鏡などの金工細工、着物に施された刺繡や織物などにも、平安時代の昔から江戸時代にいたる長い歴史の中で、秋草の模様が表されてきました。
秋草蝶鳥鏡(あきくさちょうとりきょう)
東京都八王子市中山 白山神社経塚出土 平安時代・12世紀
平安時代の銅鏡に装飾された模様です。「尾花」と称された薄や萩、菊、藤袴などが咲く秋の野に、蝶と鳥が飛び交っています。
秋草蒔絵見台(あきくさまきえけんだい)
安土桃山~江戸時代・16~17世紀
安土桃山時代に流行した高台寺蒔絵では、菊、萩、桔梗といった秋草模様が特に好まれました。
鼠志野秋草図額皿(ねずみしのあきくさずがくさら)
美濃 安土桃山~江戸時代・16~17世紀
志野焼の特徴である鼠色の地に、白く藤袴らしき秋草が浮かびあがります。
工芸品それぞれの表現を見くらべてみても、さまざまなデザインがあって面白いですね。
本館14室で行われている特集「日本の伝統模様「秋草」」(10月11日(水)~2023年11月19日(日))では、これら日本の工芸品に表された秋草の模様を秋の七草を中心に紹介しています。
日本の模様は、中国から影響をうけたものが多く、中国の模様は基本的に吉祥模様です。生活を彩る模様には、幸せを願い、身を守る役割がありますから、吉祥模様が多いのは当たり前ですね。
ところが、秋草模様にはほとんど、吉祥の意味はありません。それなのに、どうして日本人は秋草模様を愛好し続けたのでしょう?
その秘密を、本特集でご紹介しています。
皆さんもご存じの清少納言や兼好法師がつぶやいていますよ。
本館14室で無料配布しているパンフレット(オールカラーA4・全4ページ)を見ながら、その秘密を探ってみませんか?
また、本館14室での展示のほかにも、当館ではこの秋の時期に、さまざまな展示室で秋草模様の工芸品を展示しています。
小袖 白綾地秋草模様(こそで しろあやじあきくさもよう)
尾形光琳筆 江戸時代・18世紀
本館2階10室「浮世絵と衣装―江戸(衣装)」で展示している尾形光琳直筆の通称〈冬木小袖〉。桔梗・薄・萩・菊などが描かれています。
展示期間:2023年10月3日(火)~2023年12月3日(日)
当館のどこで秋草模様が展示されているかも、本館14室の特集「日本の伝統模様「秋草」」でご案内しています。
私たちの祖先が愛でてきた秋草、庭に咲く花とともに、博物館に咲く工芸品の秋草を探し歩いてみてはいかがでしょうか。
本館14室の展示風景
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posted by 小山 弓弦葉(工芸室室長) at 2023年10月12日 (木)
東京国立博物館では、「横尾忠則 寒山百得」展が12月3日まで開催中です。
トーハクで横尾忠則展?とお思いの方もいらっしゃるかもしれません。
中国・唐の時代に生きた、「寒山」と「拾得」という伝説的なふたりの詩僧が、横尾さんと当館との御縁を繋いでくれたといえます。
表慶館外観
当館では、寒山拾得を画題とした作品を多く所蔵しており、本館特別1室にて11月5日まで開催中の特集「東京国立博物館の寒山拾得図―伝説の風狂僧への憧れ―」では、前後期合わせて18件の作品を展示しています。(10月11日からは後期展示となりました。)
寒山拾得についての詳しい説明は、植松研究員の1089ブログ「東京国立博物館の寒山拾得図」をご覧ください。
寒山拾得は、その常識にとらわれない生きざまや反骨精神から、特に禅宗の世界で尊敬されるようになり、東アジアにおいて人気の画題となりました。
森鷗外や芥川龍之介など、近代文学にも取り上げられていますので、小説をご存知の方も多いかもしれません。
重要文化財 寒山拾得図
伝顔輝筆 中国 元時代・14世紀 東京国立博物館蔵
11月5日(日)まで、本館特別1室にて展示
しかし日本では近代以降、画題に取り上げられることが少なくなりました。時代の流れもあるのかもしれません。
そうして、一度は途絶えてしまったかのように見えた寒山拾得の系譜を、現代に繋ぎ合わせたのが、いまを生きる横尾さんだったというわけです。
そのため、「横尾忠則 寒山百得」展は、ぜひとも特集「東京国立博物館の寒山拾得図―伝説の風狂僧への憧れ―」とあわせてご覧いただきたいと思います。(特集は会期が11月5日までと、横尾展よりも少し短めです。)
特集では、水墨で瑞々しく描かれた楽し気な寒山拾得たちが、「横尾忠則 寒山百得」展では明るい色調を帯びて、いとも軽々と常識を超えて世を楽しんでゆきます。
過去の作品は、決して過去だけのものではなく、現代にも呼応して生き続けていること、歴史は地続きであることを、特集と横尾展を通して、改めて感じ取ることができます。
と、つい小難しく考えてしまう癖があるのですが、そんな小さなことはどうでもいいよと笑い飛ばしてくれるような、ふっと力を抜いて楽しめる展覧会、それが「横尾忠則 寒山百得」展です。
特集「東京国立博物館の寒山拾得図」展示風景
「横尾忠則 寒山百得」展 展示風景
「横尾忠則 寒山百得」展 展示風景
多種多様な寒山拾得と出会えます。
会場内は写真撮影も可能です!
横尾展グッズも素通りできないほど充実していますので、展覧会とあわせてお楽しみください!
横尾展グッズコーナー(充実!)
フラットトート(全4色)3,630円(税込)
生地がしっかりしていて、内ポケットもあってとても使いやすいです。
ちなみに、私が黒地に青のトートを持っていたら、それを見た子どもが「お菓子!」と言いました。
さまざまな楽しいかたちが、お菓子に見えたのかもしれません。きっと横尾先生も、笑って許してくださる、はず…!
カテゴリ:特集・特別公開、絵画、「横尾忠則 寒山百得」展
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posted by 小島佳(広報室) at 2023年10月11日 (水)