置き手紙には
「博物館資料を持ち去らないで下さい。高田の自然・歴史・文化を復元する大事な宝です。市教委」
と書かれていました。
特別展「3.11大津波と文化財の再生」の展示パネルでご覧いただける置き手紙の写真は、2011年3月28日に撮影されました。
撮影者は遠野市文化センターの前川さおりさん。
手紙は、津波に呑み込まれて、近づくことさえ困難な陸前高田市立博物館のエントランス付近にあったそうです。
侵入しようと思えばどこからでも入れる状態の博物館でした。同じような状況が阪神淡路大震災の時にも、兵庫県立近代美術館でありました。
それを心配してやってきた誰かが、あまりの被害の大きさに何もできないかわりとして、置き手紙を残していったのだろうと思います。
実際に誰が書き残したかは、今もってわかりません。
もしかしたら、置いて行ったのは博物館の神様かもしれません。
下が陸前高田市立博物館に残されていた手紙の写真です
その手紙からすべてが始まりました。
そしてその思いはその後のレスキューに受け継がれました。
あの日から丸4年が経った現在、陸前高田市では46万点の資料がレスキューされ、閉校となった山間の小学校をはじめとして、全国各地で急激な劣化を止めるための安定化処理が進められています。
これまでに安定化が完了したのは16万点ほどです。
折れたり剥がれたりした部分を修理する本格修理は安定化処理を終えてからになりますが、これまでに本格修理を終えて再生した文化財はやっと1000点程度です。
被災地に路や建物が整ったとしても、文化財が残らないままの復興であるなら、それは真の復興ではありません。
この土地の自然、文化、歴史、 記憶の集積であり、かつてここに人々が生きた証である文化財は、陸前高田のアイデンティティーです。
それを再生し残すためには長い道のりと試行錯誤が今後も続きます。全ての再生が完了するまで10年以上の年月が必要と考えられます。
1月14日(水)に開幕した特別展「3.11大津波と文化財の再生」は、3月14日(土)のオルガン演奏会の後、翌15日(日)に最終日を迎えます。
これまでにご来場いただいた多くの方々、あるいはオルガン演奏を聴いていただいた皆様には、被災文化財再生の記憶が深く刻み込まれたのではないかと思います。
私たちの取り組みが次なる段階を迎え、再び皆様にご紹介できる日が必ず訪れることを期し、閉幕にあたってのご挨拶とさせていただきます。
どうもありがとうございました。
3月14日(土)のオルガン演奏会の奏者は、日本リードオルガン協会の伊藤園子さんです。
演奏曲目はNHK東日本大震災復興支援ソング 「花は咲く」や「月の砂漠」などを予定しています。
被災した後、修復されたリードオルガンの音色をまだ実際に耳にされていない方は、どうぞお聞き逃しのないように。
また、展覧会会場にもお越しいただき、展示を通じて、改めて東北の復興について考える機会となれば幸いです。
被災した文化財のひとつひとつに物語があります
カテゴリ:研究員のイチオシ、2014年度の特別展
| 記事URL |
posted by 神庭信幸(保存修復課長) at 2015年03月13日 (金)
開催中の特別展「3.11大津波と文化財の再生」では、本館特別4室で「文化財再生のみちのり」と題した、文化財レスキューの進み方と今後解決を必要とする技術的課題についてのパネル展示を行っています。
今回は、パネル展示の流れに沿って、本館特別2室で展示中の「石川啄木歌碑拓本」が救出されてから本展での展示にいたるまでのみちのりをご説明します。
写真1は、被災した陸前高田市立博物館(写真2)から救出された直後の資料の様子です。
画面中央にコンテナがあり、そこにたくさんの掛軸が収納されているのがわかりますでしょうか。
写真1 写真2
こうして救出された掛軸は津波で濡れ、泥や砂に覆われた状態でした(写真3)。このまま放置するとカビが発生し、劣化が著しく進行してしまいます。
写真3
そこで、表具を解体し、本紙1枚の状態にした後で水を使って洗浄と脱塩(塩分の除去)を繰り返します(写真4)。救出後に行なわれるこうした作業を安定化処理と呼び、これ以上劣化が進行しないような状態に留める処理内容のことです。安定化処理後の状態は本紙1枚だけですから(写真5)、このままでは展示に活用できません。
写真4 写真5
再び表具を仕立てる本格修理を行い、ようやく現在の姿(写真6)に再生されるのです。
写真6
今回の特別展でお借りした全ての作品は、それぞれが様々なみちのりを経て当館で展示することができたものです。しかし、これで文化財の再生が完結したわけではありません。被災地が復興して、新たな博物館が完成した後に、そこで展示に活用されてようやく再生の終着を見ることができるのだと思います。
館内各所では特別展「3.11大津波と文化財の再生」のリーフレットを配布しています。
こちらからリーフレットのダウンロードができます
文化財レスキューの進み方など現地で撮影された画像とともに詳しく説明した内容となっています。
ぜひ、お手にとってご覧ください。
カテゴリ:2014年度の特別展
| 記事URL |
posted by 和田浩(環境保存室長) at 2015年02月13日 (金)
特別展「3.11大津波と文化財の再生」には「見どころ」だけではなく「聴きどころ」があります。
大津波によって奇跡的に残った高田松原の一本松の写真を背景に、本館大階段の踊り場に一台の古風なオルガンが展示されています。
陸前高田市立博物館が所蔵するこのオルガンは、東日本大震災当日は博物館の2階収蔵庫に保管されていました。
津波により収蔵庫扉はなくなりましたが、庫内への瓦礫の流入は思ったほど多くはなく、美術品、国登録有形民俗資料の漁撈用具やその他の民具、大量のマンガ、新聞などの紙資料、高田歌舞伎関連資料などとともに庫内で渾然一体といった状況から救出されました。
修理前のリードオルガン
オルガンが保管されていた収蔵庫は津波によりぐちゃぐちゃの状態でした
このオルガンは、岩手県陸前高田市における幼児教育の先駆者である村上斐(あや)氏が購入・使用していたものです。
村上氏は明治20年、現在の陸前高田市気仙町に生まれ、同39年から現在の陸前高田市域に所在した3つの小学校での勤務を経て、昭和6年に退職。同年私財を投じて私立高田幼稚園を開園します。戦後昭和23年には福祉施設「私立高田保育園」として再スタートし、同33年に市へ移管された後も初代園長に就任。没後半世紀を経た現在も斐先生と敬愛される、陸前高田市の幼児教育の母ともいえる方です。
オルガンは平成16年にご子息より博物館に寄贈されました。
幼児教育で活躍したこのオルガンは、三省堂機械標本部が明治末年からの限られた期間、海保オルガン社に委託して製造・販売していたリード(吸気式)オルガンです。日本リードオルガン協会によれば、このオルガンは海保オルガンのなかでも7個のストップ(特定のパイプへの送風を閉塞することで音色を選択する機構)を有するものとして現存する唯一の実物資料であるとされています。
リードオルガン
三省堂機械標本部製造 明治~大正時代・20世紀
岩手・陸前高田市立博物館蔵
救出後、リードオルガン協会の支援のもと、和久井工房(長野県)において修復が行われ、再生を遂げました。解体した後、全ての部品を点検しながらドライクリーニング法で汚れを取り除き、リードなど金属部分に発生した錆は丁寧に除去しました。過去に行われた修理痕はできる限り尊重して温存し、新たな部品の取り替えを必要最小限に留め、文化財としての修理を行いました。あわせて往時の音の再生を図りました。
1月31日はピアニストで作曲家の中村由利子さんによる演奏です。
どうぞお楽しみに!
展覧会の会期中、1月31日(土)、2月21日(土)、3月14日(土)にはこのリードオルガンの演奏会を行います。
初回1月31日(明日です!)はピアニストで作曲家の中村由利子さんがオリジナル曲の「天に響け」や「アメイジング・グレイス」などを演奏します。
どんな音が響くか、どうぞご期待ください。
カテゴリ:研究員のイチオシ、2014年度の特別展
| 記事URL |
posted by 神庭信幸(保存修復課長) at 2015年01月30日 (金)
特別展「みちのくの仏像」と特別展「3.11大津波と文化財の再生」が、いよいよ本日開幕しました!
それに先立ち、昨日は開会式・内覧会が行われました。
寒空のもとたくさんのお客様にご来館いただき、2015年最初の特別展も幸先の良いスタートとなりました。
特別展「みちのくの仏像」は、本館1階特別5室で開催されています。
東北各地から集められた仏像が、ひとつの空間に勢ぞろいした姿は、まさに圧巻!
東北の三大薬師といわれる黒石寺(岩手県)・勝常寺(福島県)・双林寺(宮城県)の薬師如来坐像も、
展示室奥にそろって展示されています。
重要文化財 伝吉祥天立像 平安時代・9世紀
岩手・成島毘沙門堂蔵 (左画像の提供:東北歴史博物館)
本展の魅力は、写真では伝わりづらい、木のお像の圧倒的な存在感と木目の美しさ。
例えば写真の吉祥天立像は、厚みのある体が大きく前傾しており、正面から見ると、こちらに迫ってくるような
迫力があります。
会場では、女優の薬師丸ひろ子さんによる音声ガイドの貸出を行っています(400円)。
薬師丸さんの包み込むようなナレーションで、特別展「みちのくの仏像」をさらにご堪能ください!
続いて、特別展「3.11大津波と文化財の再生」(本館特別2室・特別4室)の開会式も行われました。
展示室では、当館が被災地の博物館等と協力して取り組んできた、被災文化財の安定化処理や
修理の現状をご紹介しています。
リードオルガン 三省堂機械標本部製造
明治時代末期~大正時代初期・20世紀 岩手・陸前高田市立博物館蔵
本館大階段踊り場には、修復されたリードオルガンが展示されています。
こちらは「昆虫類ドイツ標本箱(昭和時代・20世紀 岩手・陸前高田市立博物館蔵)」です。
右隣に被災当時の状態を保存した標本箱が並べられていて、 修復前と修復後の状態を比べることができます。
資料によっては過度な修復は行わず、破損箇所を「歴史をくぐり抜けた証」として残しています。
本館1階特別4室では、「文化財再生のみちのり」を、パネル展示で分かりやすく説明していますので、
こちらもご覧ください。
上野で触れるみちのくの文化。
ぜひ、あわせてご鑑賞ください!
カテゴリ:news、2014年度の特別展、2015年度の特別展
| 記事URL |
posted by 宮尾美奈子(広報室) at 2015年01月14日 (水)
土偶せんぱーい!
こんにちは、トーハクくん。
あ、品川さん! 品川さんは「日本国宝展」の考古資料の担当なんだほ。
だから、土偶せんぱいとも、とっても仲良しなんだほ。
今回の展覧会で出品されている土偶は、思い入れのあるものばかりだから、
今日はぼくが案内しようか?
(さすが、土偶せんぱいのおともだち、親切なんだほ。)品川さん、よろしくお願いしますほ!
早速だけど、ぼくたちが今立っている場所、ここがぼくのおすすめの立ち位置なんだ。
あ! 土偶5体に囲まれているほ!!
第1会場の土偶コーナー。奥に3体、手前に2体の土偶が
展示されています
そう、そうなんだよ! 縄文人の「祈り」が形となったのが土偶。
そんな土偶5体に囲まれた、ここは日本国宝展の会場に生まれたパワースポットなんだ!!
(な、何だかすごく興奮しているんだほ…。)
こうやって見比べてみると、いろんな土偶があるんだほ。
実際は、たくさんのお客様でぐるりと見回すことは難しいけど、
そのかわり1体ずつじっくりと見て、その違いにぜひ注目して欲しいんだ。
品川さんは土偶せんぱいが大好きなんだほ。
「仮面の女神」はいいよね。ぼくが学生の時、「考古学者として生きていくんだ!」って
決意した頃に見つかったのがこの土偶。
今回の展覧会で「昔の馴染みに久しぶりに会ったな」って感じがするんだ。
品川さんの「青春の土偶」なんだほ~!
国宝 土偶(仮面の女神)
縄文時代(後期)・前2000~前1000年
長野県茅野市中ッ原遺跡出土
茅野市蔵 尖石縄文考古館保管
展示期間:11月21日(金)~12月7日(日)
造形も気に入っていて、顔のかわいさに、ぜひ多くの人に気がついて欲しい!
頭の後ろの仮面を結んだような表現も、丁寧に作っているなって感じがして好きだなぁ。
頭の後ろにも注目です。展示ケースの横からどうぞ
(いきなり土偶愛が止まらないほ…)
それに、土偶の表面のフレッシュさと言ったら! 他の土偶ほど表面が荒れていなくて、
まるで、ついさっき土の中から掘り出したかのようなみずみずしさなんだ。
(さすがにお腹いっぱいだほ…)
それからね…
(カットイン)あー! あそこに「縄文のビーナス」せんぱいがいるほ!
国宝 土偶(縄文のビーナス)
縄文時代(中期)・前3000~前2000年
長野県茅野市棚畑遺跡出土
茅野市蔵 尖石縄文考古館保管
おっ「縄文のビーナス」かぁ。この土偶は、縄文時代のもので初めて国宝に指定されたものなんだ。
「『縄文のビーナス』が国宝への扉を開いてくれたおかげで、多くの人が縄文時代に関心を持ってもらえた」って、
ぼくは感謝しているんだよ!
あれ? お腹がぽっこりしているほ…?
これは妊娠した女性を表現しているんだよ。土偶には、安産や豊穣の祈りが
込められていたんだろうね。そしてこっちが「合掌土偶」。
国宝 土偶(合掌土偶)
縄文時代(後期)・前2000~前1000年
青森県八戸市風張1遺跡出土
八戸市埋蔵文化財センター是川縄文館蔵
まさに祈りの姿って感じがするでしょう? しかも、この土偶には補修の痕があるんだよ。
壊れた土偶をわざわざ直したってこと?
そう、縄文時代の人たちはこの土偶を大切にしていたんだ。
「縄文のビーナス」や「合掌土偶」からは、土偶に込められた祈りの気持ちがよく伝わってくるね。
「合掌土偶」せんぱいも女のひとって聞いたけど…本当なんだほ?
「縄文のビーナス」せんぱいと比べると、かなり違って見えるほ。
トーハクくん、いいところに気がついたね。じゃあ、この「縄文の女神」を見てごらん。
(左)国宝 土偶(縄文の女神)
縄文時代(中期)・前3000~前2000年 山形県舟形町西ノ前遺跡出土
山形県蔵 山形県立博物館保管
展示期間:11月21日(金)~12月7日(日)
(右)横から見るとスレンダーさがわかります
わ、”すれんだー”なせんぱいだほ!「縄文のビーナス」せんぱいとはまったく違うんだほ。
でも、「縄文のビーナス」と「縄文の女神」は、ほぼ同時期のものなんだ。だけど、こんなに違う。
なんでかな…???
ポイントは土偶の出身地。オーバーなほどに女性らしさを強調する「縄文のビーナス」に比べると、
あまり女性っぽくない「合掌土偶」や「縄文の女神」は、東北の土偶なんだ。
実はね、東北の土偶はもっと古い時期のものから一貫して、女性っぽい表現は控えめなんだよ。
なるほー! 控えめなのは、東北地方の土偶の特徴なんだほ!
そうそう。東北の人は、はにかみ屋さんなんだ。
(ちなみに品川研究員は東北の出身です。)
それにしても、「縄文の女神」せんぱいは、とってもシンプルにできているんだほー。
「縄文の女神」は削ぎ落とされた美しさ。それに対して、「中空土偶」はとっても凝っているんだ。
(左)国宝 土偶(中空土偶)
縄文時代(後期)・前2000~前1000年 北海道函館市著保内野遺跡出土
函館市蔵 函館市縄文文化交流センター保管
展示期間:11月21日(金)~12月7日(日)
(右)頭部の破損箇所をのぞいてみてください。その薄さがわかります
いろんな文様があるほー!
この文様の緻密さ! 文様のあるところと無いところのバランス!
ちゃんと考えて、計画的に作られたと思うんだ。
それに、中が空洞でありながらこの薄さ! 技の粋が詰まっているよね。
土偶って見どころがいっぱいだほ。奥が深いんだほ。
そうだね。ぼくたち考古学者は、目の前の資料だけを見るんじゃなくて、
その背景にあるもののことも考えているんだ。
土偶を見るときも、「これはあの土偶に似ているな」、「同じ時期の土器はこれだな」、
「出土した遺跡はこんな場所だったな」というように、
その土偶に関係のありそうな、たくさんのことを考えながら見るようにしているんだよ。
そんなにたくさん考えているんだほ…!
だから、ぜひ、この5体の土偶たちのふるさとを訪ねてみて欲しいな。
どんなところで、この土偶たちが作られたのか見てきてください。
そうしたら、土偶の魅力が伝わってきて、ますますおもしろくなります。
いつかぼくも見に行くほー! 品川さん、今日はありがほーございました。
もっと活躍して、土偶せんぱいのように品川さんから
熱く語ってもらえるようになりたいと思った、
トーハクくんなのでした
「日本国宝展」の会期は残り1週間をきりました。
現在、国宝に指定されている土偶5体すべてを一度にご覧いただける貴重な機会です。
ぜひ、お見逃しなく!
カテゴリ:研究員のイチオシ、2014年度の特別展
| 記事URL |
posted by トーハクくん at 2014年12月01日 (月)