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編者の意図も伝えたい!写真アルバムの保存

皆さんが旅行や家族の写真アルバムを作る際、写真を厳選し、ページの進みは旅行の行程順、家族の歴史順になるように並べて作るなど、なんらかの意図を込められると思います。

前回のブログでご紹介しました当館所蔵の重要文化財「旧江戸城写真帖」(横山松三郎撮影、蜷川式胤編、高橋由一著色)は64図から構成されていますが、霞会館所蔵の、同じ「旧江戸城写真帖」は100図(著色はありません)で構成されており枚数が違います。ここに編集を行った蜷川式胤の意図が存在します。

このように、写真アルバムは「写真が全部揃っていること」、「写真の順番」、「編者の意図」などが保存方法を考える上で重要なのですが、写真アルバムでは酸性紙の台紙にデンプン糊やアラビアゴムで写真が貼りこまれているなど、画像保存の観点から見た場合、適切ではない保存形態であることが問題となります。

そこで、簡単に思いつくのが写真アルバムの形態を記録し、写真だけ外して保存に適した包材を用いて保存する手法です。展示や貸与においても必要な写真の移動だけで事が足り、その他の写真は収蔵庫から移動しないために環境の変化がないなどメリットもあります。しかし、情報を一緒に保管しても、ひとたび解体してしまえば写真アルバムとしての形態は崩れ、編者の意図が伝わりにくくなる上、保存している組織や担当者が変わった場合などに集められた写真の散逸につながる等、多くのリスクも伴います。

保存箱
旧江戸城写真帖の中性紙保存箱と取り扱い説明書
箱と写真帖の間に空気層があり温湿度の変化が少ない構造をとっており、また、下に板を敷いて安全に箱から出せるように工夫している。



中性紙
旧江戸城写真帖は台紙1枚1枚を中性紙で覆っている


画像を残すことを優先とするのか、写真アルバムとしての形態を優先とするかについて、写真アルバムの保存に関する研究者内でも明確な判断基準はなく、この判断は所有者の事情や意向に大きく左右されているのが現状なのです。今後、少しずつでも写真資料の保存を研究している人間が写真アルバムの保存について意見を述べ、研究成果や経験を伝えることが出来れば、写真アルバムの保存や活用の進展につながると考えます。

私に修理を教えてくれた師匠は「作品がどう修理してほしいか語りかけてくるので、その言葉に耳を傾けろ!」と教えてくれました。今は写真アルバム保存研究の基礎を築くために作品からの言葉に耳を澄ましています。


P.S.
私事ですが、この年末に父がなくなり、遺品の中からいくつも写真アルバムが出てきました。父が自分で現像プリントをしているためサイズも技法もまちまち、様々な筆記具で写真や台紙に書き込みがあり、父の育ってきた環境や歴史が分かる、見ていて大変楽しい写真アルバムに出会いました。こちらも家庭できちんと保存したく考えていますが…。
 

カテゴリ:研究員のイチオシ保存と修理

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posted by 荒木臣紀(調査分析室長) at 2015年01月28日 (水)

 

日々奮闘中!写真アルバムの保存

トーハクに多くの貴重な写真アルバムがあるのはご存知でしょうか。

当館の写真資料は質量共に日本有数で、その中には重要文化財2件が含まれており、うち1件が写真アルバム「旧江戸城写真帖」です。写真資料は主に本館15室で展示が行われており、一部はインターネット(東京国立博物館情報アーカイブ古写真データベース)で公開されています。


重要文化財  旧江戸城写真帖装丁  蜷川式胤編  横山松三郎撮影  高橋由一着色、明治4年(1871) ※展示は未定

旧江戸城写真帖
重要文化財  旧江戸城写真帖より  蜷川式胤編  横山松三郎撮影  高橋由一着色、明治4年(1871) ※展示は未定

私たちにも身近な写真ですが、当館所蔵の写真アルバムは約140年の時を重ねており、その保存には他の美術工芸品同様の注意を払わねばなりません。むしろ環境に敏感なため、より注意が必要な文化財に属します。写真そのものの保存については世界各国で議論され、様々な方法が考案されていますが、写真アルバムの保存については確固たるものがないのです。例えば、「ガラス乾板は縦置きが基本で、状況によっては横置きにする」といった具合に保存計画するのですが、写真アルバムは縦置きが良いのか、横置きがよいのかの基準もないのです。


墺国維府博覧会出品撮影 横山松三郎撮影 明治5~6年(1872~73)

その原因は、写真アルバムが写真資料として、本として、そして美術品としての側面を併せ持つため、分野を横断した保存方法の研究がなかなか進まない現状にあります。
当館の写真アルバムだけみても、和紙に写真が固定されて和綴じのものもあれば、画帖のような装丁をしたもの、洋紙に糊で写真が貼りこまれた洋書のようなものまであります。更には顔料等で著色されていたり、墨による書き込みがあったり、地図が付いていたりしています。また、当館所蔵ではありませんが、漆芸の装飾を表紙に施したものもあります。

このように一筋縄ではいかない写真アルバムの保存ですが、当館では写真アルバムそれぞれの形態や状態に合わせた最善の保存方法を選択しています。しかし、更により良い写真アルバムの保存を目指し、さる11月5日にアメリカ合衆国デラウェア大学から写真保存の世界的権威であるDebra Hess Norris氏をお招きして研究会を催し、欧米の状況を伺うのと同時に当館の写真アルバムの保存方法について意見交換を行いました。

研究会の様子
資料を閲覧するDebra Hess Norris氏(右から2人目)


江戸の面影を残す明治初期の日本の姿が末永く見られるように、現状に満足せず、適した保存方法の模索を日々行っています。

 

カテゴリ:news保存と修理

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posted by 荒木臣紀(調査分析室長) at 2014年12月22日 (月)

 

人気見学ツアー「保存と修理の現場へ行こう」

ただいま平成館企画展示室では、
特集陳列「東京国立博物館コレクションの保存と修理」(2014年3月4日(火)~3月30日(日))を開催中です。
関連イベントである見学ツアー「保存と修理の現場へ行こう」(2014年3月13日(木)、3月14日(金))は、
毎回、応募者殺到の人気ツアー。
今年も多くの方にご応募いただき、ありがとうございました。

今回、この人気ツアーに広報室が参加! ツアーのみどころをリポートします。


参加者集合の後、まずは保存修復課長の神庭よりご挨拶。
そして、保存と修理を知る最初のステップとして、
荒木研究員から文化財の調査・診断について説明がありました。
文化財を修理する前には、どんな状態なのかを知る必要があります。
病院で治療前に診察をするのと同じですね。
4月から世界最大級のCTが導入されるなど、当館には文化財の状態を調査・診断するための機器が揃っています。
ただし、大切なのは人間の目で見ることなのだとか。
ひとつの修理作品を、複数の人の目で丹念に見て、文化財の状態を把握しているそうです。


さて、文化財の病気の診断がついたら、いよいよ治療(修理)です。
参加者は4班に分かれて、修理の現場へ出発!
今回は、酒井研究員の班に参加しました。


まずは、特集陳列「東京国立博物館コレクションの保存と修理」の展示室へ。
実際に修理を経た作品を見ながら、修理の方法や修理過程で判明した情報について解説してもらいます。
時には「これはもはや発明ですね」と、参加者がどよめくような、スゴイ修理技術も!


解説は酒井研究員。みんな熱心に聴いています


紙の繊維の水溶液に、破損した資料を漬けて
破損部に繊維を付着させる「リーフキャスティング」という
修理方法には参加者から感嘆の声があがりました

 

展示室を後に平成館小講堂へ。
ここでは、書画・歴史資料の修理について、実際の修理道具を見ながら説明を受けます。
修理で使う糊は「接着力はあるけれど剥がしやすい」のがポイントです。
なぜなら、もともとの作品の状態を後世に伝える必要があるから。
文化財修理では、修理を施す前の状態に戻せる「可逆性」が重要なのだそうです。

   
2種類の糊の                 左側の糊の方が剥がしやすい
剥がしやすさを比較



そしてツアーはいよいよクライマックスへ!
まずは、今回のツアーで最大の盛り上がりをみせた刀剣修理室へ向かいます。
普段は入れない、博物館のバックヤードを見学できちゃうのもこのツアーの魅力です。

刀剣をそのままにしておくと次第に錆びてきます。
サビを取るためには、定期的に研がなくてはいけません。
ただし、研げば研ぐほど刀剣は磨り減っていく一方で、
文化財修理でポイントとなる「可逆性」が、この場合は当てはまりません。
そこで、まずは錆びないようにすること、
そしてごく初期の段階でサビを見つけることが重要なんですね。


実際に刀を持ってみました。想像以上に重い!

最後に、なんと実際に刀剣を研ぐ様子を見学しました!
酒井研究員でもめったに見ることがないそうで、貴重な体験です。
「刀剣は、静かな空間で音に耳を澄ませながら研ぐ」という言葉が印象的でした。


音で刀剣の状態を確かめながら研ぐそうです


ツアーのラストは実験室。
部屋の名前は「実験室」ですが、ここは比較的小規模な修理のための部屋です。
入り口は二重扉、壁に調湿効果のあるボードを使用するなど、
修理室ならではのつくりにも注目です。


1年間でおよそ1000件もの修理が行われています


ツアー終了後は、質疑応答タイム。
参加者からは盛んに質問が飛び出します。
普段は見られない場面、なかなか聞く機会のないエピソード満載のツアーだけあって、
興味は尽きません。

特集陳列「東京国立博物館コレクションの保存と修理」は3月30日(日)までです。
表舞台に出ることのない、文化財の修理について知ることのできる貴重な機会です。
皆様のご来館をお待ちしております。

カテゴリ:教育普及保存と修理

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posted by 高桑那々美(広報室) at 2014年03月25日 (火)

 

「保存と修理」展、あと10日!

第14回目を迎えた特集陳列「東京国立博物館コレクションの保存と修理」も、展示に合わせて先週行われたバックヤード・ツアー(事前申込制。当選倍率3.5倍!)を終え、残すところあと10日ほどになってしまいました(3月30日(日)まで、平成館企画展示室)。

展示風景
特集陳列「東京国立博物館コレクションの保存と修理」展示風景

前回のブログでも紹介いたしました「応急修理」と「本格修理」以外にも今回の展示には隠れたみどころがあります。
それは当館が日頃行っている「予防」「調査診断」「修理」の連携を展示からコンパクトに見る事が出来るという点です。


まずは「予防」。
展示室には建物備え付けの温湿度センサーがありますが、より細かく温湿度の様子を捉える為の測定機器(データロガー)が下の写真の作品付近に備え付けられています。
通常、平成館で行われる特別展示では約20個程度が作品の環境を陰から測定しており、本館、東洋館では約200個が常時設置されています。影ながら見守っていますので、ほとんど目に付く所にはありません。


和泉国図展示の様子。画像右下に測定機器(データロガー)があります。


次に「調査診断」。
今回の展示作品の中で、考古、絵画、磁器の3分野6作品でX線を用いた修理前調査が行われており、展示室にて展示パネル、リーフレット等でそのX線透過画像を見る事ができます。
鉄鉾と石突のX線透過画像は解説パネルでもご覧いただけますが、少々小さいので以下にちょっと見やすくしてみました。
スマートフォンやタブレット端末を片手に展示作品と照らし合わせて、診断をなさってみてください。


鉄鉾、石突
左:鉄鉾、右:石突のX線画像


そして「修理」。
これは、言うまでもなく全ての作品をご覧ください。
コレクションを守る「保存と修理」の事業は今後も長く続いてまいります。今後も皆様のご支持を得られるように日々努力してまいります。

 

カテゴリ:研究員のイチオシ保存と修理

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posted by 荒木臣紀(保存修復課主任研究員) at 2014年03月21日 (金)

 

東洋書画の修復と保存

東洋の絵画や書跡の作品の多くは、紙や絹など脆弱な基底材に墨や絵具などの素材で表現されています。その形態には掛軸、巻子、屏風、額、襖、折本、冊子、板絵などがあり、各々の素材や形態の構造体上の特性に起因する損傷や劣化がみられます。また、収蔵環境などによって生じる生物や水損による長期的作用からの被害、人災による被害、地震、水害、火災など短期的作用によっても被害を受けている場合もあります。加えて、過去に施された処置に用いられた材料や技術による被害がみられることもあります。

そこで東京国立博物館では収蔵品を取り巻く環境を整えることと、劣化や損傷がみられる収蔵品を早期発見し対処することによって収蔵品全体の保存状態を高めるように努めています。私たち技術者は収蔵品や展示品などを管理する立場で作品と向き合い、診ています。さらに、処置作品に関連する複数の作品にも目を向け、予防や保全を考えていくように心がけております。

本格的な解体修理に加え、活用や収蔵を目的とした劣化や損傷箇所にのみ行う対症修理も施しています。その際に展示や収蔵などのための保護器具の活用は、必要最小限の処置にとどめる事が可能となるため有効です。それは従来までの応急修理とは異なる考え方で保存処置対策を講じております。そのため新たな用語が必要になって来たからこそ、当館では対症修理と呼び、使い分けているといって良いかもしれません。

このような総合医療的な保存活動は、保存と活用の両立を目指さした中で、損傷の拡大を防ぎ、劣化の進行を遅らせるという予防保存の考え方に基づいて体系的に実施しています。博物館全体として組織的に体系的な保存活動を行うことで、予防保存対策がより効果的に行うことができるため有効で、重要であると考えます。

 
実際の例を写真で紹介します。

掛軸の対症修理の例
 
作品の損傷:掛軸下部
軸木部分に錘として埋め込まれていた鉛が、
腐食して表装裂を突き破り出て来ていました。
損傷の様子から巻かれた状態で生じたことがわかります。
  作品の損傷:軸木部分
腐食した鉛が表装裂を突き破り出て来ています。

 


診断と対症修理
掛軸の軸に鉛が埋め込まれているものや、
巻き癖や折れが強いものに太巻芯を装着して対応します。
(器具:中性紙製簡易万能型太巻芯)

 

大型の掛軸を安全に展示するための工夫

 
大型の掛軸装の展示
作品の縦寸法が長いために、展示ケース内に作品全体を展示できないことがありました。
そのため、安全性と活用を両立させた展示方法を案出することが急務となりました。
その結果、安全性を高めるための保護対策が求められ、
表装上部に展示補助器具を一時的に装着することで安全に展示することができました。
(器具:中性紙製巻芯型吊展示器具) 
  展示ケース内作業の様子
大型の掛軸に、展示補助器具を装着して展示をしました。
展示ケース内作業に複数人、横側や外側の正面などから
指示を伝達する人員を配し安全に作業が進められました。   

 

大きな紙資料の展示と収蔵方法

絵地図の展示と収蔵
展示方法として「壁面」より「傾斜台」、さらに「平置き」の方が安定した状態となり作品への負担は軽くなります。
しかしながら絵地図など大きな紙資料の場合には、必ずしも「平置き」にすることが可能な展示ケースがあるとは限りません。
そのため、従来から展示頻度の高い紙資料の多くは掛軸装などに形態を変えられてきました。
近年、当館では折り畳まれた絵地図に展示補助器具を一時的に装着して壁面に展示することがあります。
展示を終えた後に折り畳み、元の姿に戻して収蔵するようにしています。



関連展示 特集陳列「東京国立博物館コレクションの保存と修理」
平成館 企画展示室   2014年3月4日(火)~ 2014年3月30日(日)



カテゴリ:研究員のイチオシ保存と修理

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posted by 鈴木晴彦(保存修復室) at 2014年03月12日 (水)