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伎楽面のX線CT調査報告を楽しもう!(前編)


N-211 呉女 X線断層(CT) 前後方向のワンシーン
法隆寺献納宝物特別調査概報 43 伎楽面X線断層(CT)調査 関連動画 より



X線CTといえば、「わたしもやったことある」という方も多いと思います。
これはもちろん医療用CTのことですが、物質を透過するX線の特質を利用し、外からは見えない内部を観察する目的で活用されています。
通常のX線撮影では、一方向の情報がすべて重なりますが(健康診断のレントゲン撮影と同じです)、X線断層(CT)は、対象となる物質に360度の方向から照射されたX線をコンピュータ上で計算し、3Dデータとして生成されるため、対象を立体的に把握できる利点があります。

医療用の他にも産業用CTがあり、これが文化財の撮影にも広く使われるようになって、当館でも2014年に導入しました。
その成果のひとつとして、たとえば2017年の特別展「運慶」出品作品の撮影データは、『MUSEUM』誌にまとめてご報告しております。


「特集 運慶展X線断層(CT)調査報告」
『MUSEUM』696号、2022年2月

「特集 運慶展X線断層(CT)調査報告II」
『MUSEUM』703号、2023年4月



ただし、CTデータを公開するにあたって課題なのは、データそのものが簡単には見られないことです。
比較的高スペックのPCに高額なソフトをダウンロードしなければ見られませんし、誰にでも簡単に操作できるソフトでもありません。運慶展のCT調査報告にあたり公開方法を試行錯誤するなかで、このときは、最低限の静止画像を掲載し、概要を示す解説を添えることで中間報告としました。


東京国立博物館 十二神将立像 辰神 X線断層(CT)(『MUSEUM』703号、2023年4月、80~81頁)


これをご覧いただいた方は「もっと別の角度から見たいのに」と、もどかしい思いをもたれたかもしれません。
そこで、このたび館蔵品である伎楽面(ぎがくめん)のCT調査報告『法隆寺献納宝物特別調査概報 43 伎楽面X線断層(CT)調査』(以下、報告書)を刊行するにあたり、報告書をPDFで無料公開するとともに、データを動画形式で公開する試みを始めました。

出版・刊行物 PDFファイルダウンロードページで報告書、関連動画を見る
 


N-208 伎楽面 師子児(報告書10頁)

N-208  X線断層(CT)(報告書12頁)



そもそも伎楽面とは、飛鳥時代に大陸から伝わった芸能である伎楽に使われた仮面です。
中世には廃絶したため、今日には法隆寺や東大寺で制作された遺品しか現存しません。
このうち、飛鳥時代に遡る最古の伎楽面が含まれるのは、法隆寺に伝来し、明治天皇に献納されて今日当館に収蔵される法隆寺献納宝物です。

法隆寺献納宝物は、飛鳥時代から奈良時代にかけて制作された古代美術を中心とするコレクションであり、その重要性から、昭和54年(1979)年度から原則として毎年、館内外の研究者と共同で特別調査を実施してきました。
その調査報告が『法隆寺献納宝物特別調査概報』です。

『法隆寺献納宝物特別調査概報 43 伎楽面X線断層(CT)調査』はその最新号ですが、なんと最初の概報は『法隆寺献納宝物特別調査概報 I 伎楽面』(1981年)でした。
さらに、この概報を増補改訂して豪華本『法隆寺献納宝物 伎楽面』(1984年)も刊行しており、これは伎楽面の研究に欠かせない基本文献となりました。

彫刻史だけでなく漆工や金工の専門家まで、館の内外から参加者が集まり、X線撮影、蛍光X線撮影といった当時最新の研究手法も取り入れた画期的な調査だったことがわかります。

「なぜまた伎楽面を対象にするのか?」と疑問に思われるかもしれません。
さすがに43年も経過すれば技術も進歩しており、当時目新しかったX線撮影に対して、いまはX線CT撮影ができるようになりました。
素材(金属等)の元素分析を行なうための蛍光X線分析や、赤外線の吸収率が高い炭素(墨等)の性質を生かした赤外線撮影も、当時より精度が上がり、なおかつ比較的手軽に行えるようになっています。

本来は、当時と同じく総合的な調査とすべきでしょう。
しかし、当時の法隆寺宝物館(旧館)は毎週木曜日だけ公開していたのに対し、現在の法隆寺宝物館は館の開館日程通り毎日公開しており、その中で伎楽面を展示する第3室は保存状態に配慮しつつ毎週金・土に開館するため、調査時間は限られます。
また、同時に複数の調査を行なうのは危険がともなうため、今回はもっとも新知見が見込まれるX線CTにしぼって調査を実施することになりました。


X線CT撮影風景

CT担当者と執筆者によるデータ検証



CTでわかることに、たとえば部材の接合箇所や木目の方向、異なる素材の使用等があります。
いずれも、基本的には素材によってX線の透過率が異なる性質を利用しており、X線を通しにくい材質ほど白く映るため、その濃淡や連続性で判断します。
これは従来のX線撮影と同じですが、立体的な把握ができる点で得られる情報量は飛躍的に増大しました。
これにより、表面観察では見分けられなかった接合箇所や、表面に露出しない金属の使用(釘頭の折損はもちろん、釘が腐朽により脱落した後でも、周辺に鉄成分が付着していることで釘穴とわかります)等が判明します。

たとえば、力士の面を見てみましょう。
X線の透過度による見え方を強から弱へ段階的にかえていくと、もっともX線を通さない材質が白く残ります。
右の画像はその中間のものですが、頭頂部に釘が残り、曲げられていることがはっきりわかります。
なお、おぼろげに表面の輪郭がわかるのは、彩色に使われた顔料が鉱物質であることによります。


N-228 伎楽面 力士(報告書127頁)

N-228 X線断層(CT)(報告書131頁)



こちらは、その垂直断面と水平断面です。
垂直断面というのは、データを左右に輪切りにしたもので、これは顔の中間あたりです。
水平断面は、上下の輪切りで、これは鼻の孔あたりです。
シマシマに木目が見える部分が木製で、表面が光っているのは鉱物質の顔料によるもの。
木製の部分に多い小穴は虫食いによるもので、取扱いに一層の注意が必要でしょう。


N-228 X線断層(CT) 垂直断面(報告書129頁)

N-228 X線断層(CT) 水平断面(報告書130頁)



垂直断面の眉のあたり、水平断面の頬のあたりにその中間程度の濃さの部分がありますが、木でも金属でもない物質(表面観察では、漆に木粉等を混ぜた木屎漆とわかります)を表面の形にあわせて盛りつけています。

CTでわかるのは、あくまで物質の内部構造であり、厳密にはその材質まで特定することはできません。
そのため、表面観察と組み合わせることで、木屎漆と推定される部分が実際にどの程度あるかわかるようになります。

ただし、紙媒体の刊行物に掲載できる挿図で示せるのは、本来の情報量のごく一部といわざるを得ません。
そこで、少しでもその情報量を増やすため、方向別にデータが見られる1分前後の短い動画を作成しました。


法隆寺献納宝物特別調査概報 43 伎楽面X線断層(CT)調査 関連動画


垂直断面は左右方向と前後方向、水平断面は上下方向の計3種類です。
好きな部分で止められるので、スクリーンショットを撮れば、報告書に掲載されるCT画像のようにご覧いただけます。

これまで、紙媒体では報告書本文の記述をすべて挿図で示すのは難しかったのですが、十分とは言えないまでも、動画でわれわれの報告書の記述を検証することもできるでしょう。
最終的には、データそのものをご覧いただけるように整備したいと考えておりますが、動画公開はその試みの一環としてご利用ください。

しかし、報告書の見どころはCTデータだけではありません。
伎楽面の新撮画像を、正面、側面、裏面等、さまざまなカットでお楽しみいただけます。
これについては後編で詳しくご紹介したいと思いますので、ぜひ報告書をダウンロードして、動画もご覧いただければ幸いです。

 

リンクまとめ
法隆寺献納宝物特別調査概報 43 伎楽面X線断層(CT)調査
法隆寺献納宝物特別調査概報 43 伎楽面X線断層(CT)調査 関連動画
法隆寺献納宝物特別調査概報
法隆寺宝物館 第3室 伎楽面
MUSEUM(東京国立博物館研究誌)
 

カテゴリ:彫刻調査・研究

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posted by 西木政統(登録室) at 2024年05月01日 (水)

 

ひろがるネットワーク 米欧ミュージアム日本美術専門家交流事業(2020年開催の報告)

当館では毎年、米欧の研究者を招いて「北米・欧州ミュージアム日本美術専門家連携・交流事業」を行っております。
そのプログラムの中で、当館を会場にして国際シンポジウムを開催していますが、1月30日(土)の今年の国際シンポジウム「日本美術がつなぐ博物館コミュニティー:ウィズ/ポスト・コロナ時代の挑戦」はリモートで行い、その様子をライブ配信することにいたしました。
ライブ配信はどなたでもご視聴できます。

ミュージアム日本美術専門家連携・交流事業実行委員会2020のページに移動する

さて、ここでは昨年開催した「第6回 北米・欧州ミュージアム日本美術専門家連携・交流事業」の模様をご紹介させていただきます。

 



2020年2月1日~5日の間、アメリカやヨーロッパから日本美術の専門家および日本の文化財を扱う人を集めて行う恒例の「北米・欧州ミュージアム日本美術専門家連携・交流事業」を行いました。
6回目となる今回は、当館でのシンポジウム「展示室で語る『日本美術』」を皮切りに、専門家会議、作品取り扱いワークショップ、エクスカーション、フィードバックセッションを東京および京都で実施しました。米欧の11カ国から約30名が参加し、当館をはじめ国立文化財機構の各館や国内のミュージアムの学芸員らと交流しました。

シンポジウムは、当館銭谷館長の挨拶の後、国立民族学博物館の吉田憲司館長から基調講演をいただき、まず今の日本美術史が普及した経緯からミュージアムの種別とその役割、また欧米の日本展示の例などをわかりやすく整理してお話しいただきました。続いて、米欧および当館の4人の学芸員が自館での日本美術展示について事例を交えて発表があり、パネルディスカッションでは、それぞれの日本美術との関わり、各館の取り組み、若年層へのアプローチ等活発な討議が展開し、日本美術の多様性が示されました。


まずは、国立民族学博物館 吉田館長の基調講演から


フリーア美術館 フランク・フェルテンズ博士からは、米国ワシントンDCにある同館での日本美術展示についてお話しいただきました


浮世絵コレクションで有名なホノルル美術館から、スティーブン・サレル氏がハワイでの挑戦について語りました


スイスのチューリッヒ・リートベルグ美術館 カーン・トリン博士は、自身が手がけた「蘆雪」展「神坂雪佳」展を例に、一般へのアプローチの違いをお話しいただきました


当館 松嶋雅人からは、一昨年話題になった「マルセル・デュシャンと日本美術」での試みについて紹介しました


パネルディスカッションは、展示室でみせる日本美術について、和やかかつ活発に意見交換がなされました


シンポジウム後は参加者との交流会も


翌日の専門家会議では、シンポジウムへのコメントから、英国での日本美術活用事例、博物館や学芸員のサステイナビリティ、また実務について、博物館業務に即した議論が交わされました。


持続可能性や輸送実務の課題など、幅広く実務に則した議論が展開しました



きもののワークショップでは、折り紙風の紙を使って、子ども用のきものについて、模様の意味や仕立て方を学びました


書跡ワークショップでは、実際の作品を前に掛物や巻物の取り扱い講義


特別展「出雲と大和」見学


京都国立博物館での刀剣取り扱い講座


東福寺見学


京都での懇親会は、欧米の皆さんにはゆかりの深い山中商会の事務所跡を利用したレストランで開催されました


大徳寺龍光院和尚様による坐禅体験
空気が凛として清々しい体験でした



日本美術品の修理の様子を見学(岡墨光堂)


第16代大西清右衛門様より、茶釜の技法について実物を使って説明を受けました


千總美術館では、現代の京友禅を見ながら染織技法について学びました


最終日にはフィードバックセッションを開催。1週間のプログラムを振り返りました


これが行われたのは2月の初め、世界中がコロナ禍に見舞われる直前の出来事です。今の状況では、米欧からこれだけの人を集めて事業を行うことは夢のようで、この後このようなことをいつ行えるかもわかりません。しかし、この交流でつちかったネットワークを大切に生かし、日本美術で何ができるのか、またトーハクが世界に向けて何を発信していけるのか、探っていきたいと思います。


東福寺にて
永井和尚を囲んで


 

 

カテゴリ:news調査・研究

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posted by 鬼頭智美(広報室長) at 2021年01月18日 (月)

 

上海で国際シンポジウムに参加してきました。

上海博物館で現在、「灼爍重現:十五世紀中期景徳鎮瓷器大展」を開催中です(9月1日まで)。


上海博物館


会場の風景


15世紀中期の正統(せいとう)、景泰(けいたい)、天順(てんじゅん)の三代(1436~1464年)の景徳鎮官窯(けいとくちんかんよう、宮中の御用品を焼く窯)は、「大明○○年製」といった年款銘を入れた作品が存在せず、また文献の記録もほとんど残されていないことから、長くその実態が明らかでなく、「空白期」と呼ばれてきました。
本展は、景徳鎮における最新の発掘調査の成果に基づきながら、空白期の景徳鎮磁器の実像に迫ろうとする、たいへん意欲的な展覧会です。
東京国立博物館からも2点の作品が出品されています。


青花八吉祥文壺 中国・景徳鎮窯 明時代・15世紀 横河民輔氏寄贈


青花宝相華唐草文瓢形瓶 中国・景徳鎮窯 明時代・15世紀


これらは、実は2009年に当館で開催された特別展「染付―藍が彩るアジアの器」において、空白期の景徳鎮官窯の青花磁器ではないかとして展示しました。
その折りにはほとんど反響がなかったのですが、展覧会から5年後の、2014年に景徳鎮で行われた発掘調査によって、当館の見解がほぼ全面的に支持されることになり、今回の出品につながりました。

展覧会の会期に合わせて、6月27日・28日に国際シンポジウム「灼爍重現 十五世紀中期景徳鎮瓷器国際学術研討会」が開催され、中国内外から120名を超える研究者が集まりました。
東京国立博物館からも、三笠景子研究員と私の2名が参加しました。
私は「明早期青花瓷器的両種流派―以雲堂手為例(明代前期の青花磁器の二つの流れ―いわゆる雲堂手を手がかりに)」という演題で発表しました。




日本人は古くから15世紀中期に景徳鎮民窯で焼かれた青花磁器を受容しており、とくに茶人たちが珍重してきました。
楼閣と渦状の独特の雲気文(うんきもん)に特徴があることから、日本では雲堂手(うんどうで)と呼ばれます。


青花楼閣人物文大壺 中国・景徳鎮窯 明時代・15世紀 谷村庄平氏寄贈 (展示していません)


私は、15世紀中期に景徳鎮窯磁器の生産量が増大し、需要層が拡大した結果、官窯と民窯の様式が分岐したのではないかと考えました。
先に挙げた2点の作品は、蓮弁文(れんべんもん)の表現などに雲堂手との同時代性が認められる一方、活き活きとした筆線で描かれる雲堂手の文様表現に対して、抑揚の乏しい筆線による洗練された唐草文がメインとなっています。
そこで、これらが空白期の官窯の青花磁器に当たるのではないかと推定したのです。

伝統的に中国の民窯磁器に親しんできた日本人だからこそできる、中国陶磁史研究に対する貢献は、まだまだありそうです。
 

カテゴリ:工芸調査・研究

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posted by 今井敦(博物館情報課長) at 2019年07月08日 (月)

 

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