美術史の研究室に入り立ての頃、中国には日本で言う“床の間”がないことを知り、「掛け軸はどこにかけるんですか」、と先輩に聞いたことがあります。そんなことも知らないのかと言う顔をされて、「中国では掛け軸は壁にそのまま掛けるんだよ」、と言われて、妙に納得した覚えがあります。
日本では掛け軸は床の間や茶室に掛けますから、小さくて瀟洒な画面が好まれます。しかし中国での書画は、庁堂(ちょうどう)とよばれる母屋(写真左)を入ると、正面の大きな壁があり、そこに直接掛けて鑑賞します(写真右)。前に置かれた机には美しい陶磁器や主人の人徳の高さを示す青銅器、玉器などが置かれ、主人と招き入れられた客人は椅子に座り、薫り高い茶を喫しながら、清雅なひとときを過ごしたのです。
江蘇省揚州にある、清時代の代表的な文人の邸宅、个園(かえん)です。
文人たちがどのように書画を鑑賞していたのかがよくわかります。
まわりを庭園に囲まれ、四季折々の風光を楽しみながら書画を鑑賞できます。
時として鑑賞の場所は作品自体に大きな影響を与えます。中国で対聯(ついれん)と呼ばれる、おめでたい文句や古人の詩句を書いた二つの軸がたくさん作られたのも、中国の絵画が日本の絵画と較べて大きく遠目がきくものが多いのも、このような中国独自の「鑑賞の空間」と関係がありそうです。
(左右) 行書八言聯 包世臣(ほうせいしん)筆 清時代・18~19世紀 青山杉雨氏寄贈(展示未定)
(中) 包世臣肖像 呉熙載(ごきさい)筆 清時代・19世紀 高島菊次郎氏寄贈(展示未定)
先生(包世臣)と生徒(呉煕載)の作品をとりあわせることも可能です。
さらに御覧いただきたいのは、表具の型式です。日本の家屋は中国よりも背が低いですから、軸の高さもそこそこです。しかし中国では、「天」とよばれる表具の上の部分が非常に長いものが多く、これは高い天井から直接絵を掛けた時に、絵画部分がスッキリと眼に飛び込んでくる表具の仕掛けです。面白いことに、このような表具が日本に入ってくると、天井が低すぎて掛けることができなかったのでしょう、この「天」の部分を短くして再表具されている作品もあるくらいです。
(左) 墨竹図 呉宏筆 清時代・17世紀(展示未定)
(右) 松溪草堂図 王蒙筆(展示未定)
左図は日本の家屋にも掛けられるように、天の部分を短くしています。一方、中国の表具を残している右図は、天の部分がとても長いのがわかります。
このような中国書画の特性を十分に感じていただくために設計されたのが東洋館8室です。中国書画専門ギャラリーとして造られたこの空間のガラスの高さは5メートル5センチ、壁の高さは6メートル45センチ(!)。これで背の高い中国の書画作品を思う存分、その空間性をふくめて、ご鑑賞いただけます。
(左)リニューアル前の8室、(右)リニューアル後の8室
どこが違うかわかりますか?鑑賞の妨げになっていたガラスの枠がなくなったことで、あたかも作品と同じ空間にいるような感覚が味わえます。覗きケースもフラットになることで掛け軸の鑑賞の邪魔にならなくなり、天井もより高くなりました。
天井からかかる電動バトンによって、大きな作品も、より安全に展示することができ、快適にご鑑賞いただけるようになりました。
8室のガラスの厚みは東洋館最大の18ミリ。飛散防止フィルムが入っているため、地震があっても安全です。高透過低反射ラミネートガラスを使用し、実験を重ねることで、鑑賞に最適なこの厚みに到達したそうです。
国宝 紅白芙蓉図 李迪筆 南宋時代・慶元3年(1197)
「コメ字」といわれる李迪の小さな落款もきれいにご覧いただけます。
一番近いケースは作品までわずか58センチ。まるで目の前にかかっているように、作品の細かい表現までご覧いただけます。最高の作品を最高の展示空間でご鑑賞ください。
また今回、新しい展示コーナーとして、「文人の書斎」が設けられました。今まで単独でしか展示できなかった文房具や対聯などを、これからは、文人たちが楽しんでいた本来の空間に近い形で体感いただけます。
絵画は約6週、書は約8週間に一回の展示替えがあります。きっと次に起こしになられたときは違う作品が、違う取り合わせで展示されているでしょう。季節やテーマにあわせて何度も足をお運びいただき、中国書画を心ゆくまで楽しんでいただきたい、そう願いながら、皆様のお越しを心よりお待ち申し上げております。
文人の書斎では文房具や書画をとりあわせた、より多彩な展示が可能です。お楽しみに!
カテゴリ:展示環境・たてもの
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posted by 塚本麿充(東洋室研究員) at 2012年12月18日 (火)
書を見るのは楽しいです。
より多くのみなさんに書を見る楽しさを知ってもらいたい、という願いを込めて、この「書を楽しむ」シリーズ、第28回です。
みなさん、年賀状はもう書かれましたか?
私はまだです…。
年賀状は、裏は印刷、表もパソコンで印字、という昨今ですが、
この「書を楽しむ」を読んでいただいた方!
せっかくですから、少しでも自分で書いてみませんか?
いま展示中の作品から、文字を抜き出して
年賀状の手本をつくってみました。
(左)巻子本古今和歌集切 藤原定実筆 平安時代・12世紀 植村和堂氏寄贈(2012年12月24日(月)まで本館3室(宮廷の美術―平安~室町)にて展示中)
(中)巻子本古今和歌集切より「あけましておめてと」
(右)恵美が写したもの
「巻子本古今和歌集切」(藤原定実(ふじわらのさだざね)筆)に、
あけましておめてと、までありました。
「う」が無かったのは残念。
私は、エンピツ(左)とペン(右)で写してみました。
もう少し文字をつなげられると(連綿といいます)、
かっこいいですよね。
ほかに、
私が大好きな、国宝「白氏詩巻」(藤原行成(ふじわらのこうぜい)筆)の画像から、
「新春」を抜き出してみました。
(当館の主な作品は、ウェブサイトの画像検索や、e国宝から、画像で見られます。)
国宝 白氏詩巻 藤原行成筆 平安時代・寛仁2年(1018) (来年夏の特別展「和様の書」で展示予定)
(左)白氏詩巻より「新春」
(右)恵美が写したもの(エンピツと筆)
三跡(さんせき)の一人・藤原行成の書いた「春」、
横三本線の間隔と、斜めの線の傾き。
そのバランスが好きなのですが、
真似するのは、むずかしい!
定信や行成の文字の上手さも
再確認できました。
でも、年賀状に毛筆で「新春」と
書いてみたいです。
今年はこの「春」を目指して、
練習したいと思います。
年賀状に手書きの部分があると、
「こんな字を書くんだな~」と
しみじみ見てしまいます。
私の中では、平安時代の書を見るのと同じように、
年賀状の中の書も楽しいものです。
平安時代や鎌倉時代の書の中から文字を集めて手本をつくって、
年賀状を書いてみませんか?
どこかでそれを楽しんでくれる人が
いると思いますよ。
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posted by 恵美千鶴子(書跡・歴史室) at 2012年12月17日 (月)
年の瀬も押し迫り、仕事に家事に大忙しの時期になりました。
まだ年賀状かいてないなぁ、絵柄とかどうしよう…
などと、お正月を迎える準備が色々ありすぎて、気持ちが疲れていませんか?
トーハクのポストカードをご存知でしょうか。
このポストカード、なんだか知る人ぞ知るのコーナーになっているのですが、
当館コレクションをモチーフにしたオリジナルカードをダウンロードできる
それはそれは素敵なコーナーなのです。
はい。お察しの通り。
このポストカードはいま、年賀状用のデザインが公開されています。
ここだけのトーハクオリジナルのデザインです。
今回ご登場いただいたのは、
博物館ニュースの表紙にも抜擢された、二代目嵐三五郎の巳の字巻物持男。
そして、ユリノキちゃんとトーハクくんです。
二代目嵐三五郎の巳の字巻物持男は、新年1月2日からの特集陳列「博物館に初もうで-巳・蛇・ヘビ」でも展示されるので、本物も見ることができます。
二代目嵐三五郎の巳の字巻物持男 勝川春章筆 江戸時代・18世紀(右は拡大)
(2013年1月3日(水)~1月27日(日)本館 特別1室・特別2室で公開)
さて、この二代目嵐三五郎が持っている巻物に書かれた文字を、よーく見てみてください。
巳年にちなんで「巳」の字が四つと思いきや、一字いちじが微妙に違う。
四隅がくっついてたり、離れていたり。
これはどういうことか言いますと…
おっと、ここはぜひポストカードのコーナーにある<作品解説>を読んでみてください。
21世紀の私たちが、この浮世絵にまつわる物語を楽しんでいるのが、なんだかとっても不思議で愉快です。
そういう気持ちをぜひ、この年賀状で親しい方に教えてあげてほしいなと、思います。
トップページの右側やや下に「ポストカード」というリンクがあります。
これをポチっとクリックするだけ。
あとは、使用上のご注意を読んでいただいて、PDFをダウンロードしてください。
ヘビのパペットで遊んでいる、トーハクくんも捨てがたいかな?
では、両方のデザインをお使いください。
そして、時間に余裕のある人は、ユリノキちゃんとトーハクくんにも、年賀状をおくってくださいネ。
待ってます!
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posted by 宇野裕喜(広報室) at 2012年12月15日 (土)
今年も残すところあとわずか。
博物館に初もうでのポスター、来年は誰かな? と楽しみにしてくださっている方もいるのではないでしょうか。
トーハクでは2011年から年末年始にタレントさんを起用したキャンペーンを行っています。
2011年 トーハク?キャンペーン。
女優の貫地谷しほりさんにご出演いただき、「博物館の楽しみ方」をテーマに館内のさまざまなシーンを撮影。
ナチュラルで感性豊かな貫地谷しほりさんを等身大のモデルとして、まだ博物館に一度も来たことのない方が
「行ってみたい!」という気持ちになってくれたら。そんな思いをこめたポスターでした。
「トーハク」という愛称を前面に打ち出した最初の広報展開でした。
2012年 140周年キャンペーン。
女優の中谷美紀さんにご出演いただき、140年の歴史と、それを支えてきた多くの人々への感謝の思いを表現しました。
本館大階段で、見返り美人をイメージした赤いドレスの中谷美紀さんが振り向く姿は息をのむほどの美しさ。
140年を迎えたトーハクの、非日常的な美しい空間をアピールし、大きな話題になったポスターです。
このデザインで制作した新聞広告では、毎日広告デザイン賞の部門賞もいただきました。
そして2013年。来年のトーハクの顔は俳優の井浦新さんです。
大河ドラマ「平清盛」での崇徳上皇役の熱演が記憶に新しいところ。
実は井浦さんは、大の美術ファン。展覧会でのトークショーや、音声ガイドのナレーション、さらには美術をテーマにした
雑誌連載など、美術に関わるお仕事の幅を広げておられます。
私がはじめて井浦さんにお会いしたのは、2012年春。テレビ番組の収録で特別展「ボストン美術館 日本美術の至宝」に
ご来場いただいたときです。
撮影の待ち時間もひたすら熱心に作品を見ている井浦さん。インタビューでは、言葉をひとつひとつ選んで誠実に
答える井浦さん。
その様子から、日本美術への思い、そしてたいへんうれしいことに、トーハクへの愛がひしひしと伝わってきました。
そこで、2013年のキャンペーンは、ぜひ井浦さんの目線で、「美術に出会う感動」を表現していただこうと思いました。
成熟したおとなが、新しい出会いにどきどきしたり、美しいものと過ごす時間にしみじみ幸せを感じたり。
そんなトーハクならではの感動を皆様にお伝えできればと思っています。
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posted by 小林牧(広報室長) at 2012年12月14日 (金)
生まれ変わった東洋館─中国漆工・犀皮(さいひ)と屈輪(ぐり)
漆の樹液を器に塗る工芸技法を漆工といいます。漆工というと、和食器の黒光りする塗色や、細かい金粉で描かれた蒔絵を想い起こされる向きも多いかと思います。
しかしながら漆工は日本ばかりでなく、中国・韓国・タイ・ミャンマーなどアジア各地で行なわれた工芸であり、それぞれの土地で工夫された技法や好まれたデザインがあったため、一口に漆工といっても、その表情はさまざまです。
ここでは中国漆工の紹介として、犀皮(さいひ)という技法と屈輪(ぐり)という文様を紹介します。
中国の漆工は、塗料のように塗るばかりでなく、薄い漆を何層にも塗り重ねて厚みをつくり、これを彫刻するという立体的な表現も広く行なわれました。この塗り重ねる漆の色を層ごとに変えて、文様を斜めに彫り出すと、幻惑的な色層が現われます。この技法は犀皮(さいひ)とよばれ、宋時代を中心に行なわれました。
また中国工芸では唐草文様のデザイン化が進んで、ハート形や渦巻きのような抽象的な文様が現われました。こうした中国漆器は中世の日本にもたらされて、唐物(からもの)といって珍重されました。日本では、彫漆で表わされた渦巻きを「クリクリ」とよび、それが転じて屈輪(ぐり)とよぶようになりました。音感が文様名になったわけです。
犀皮輪花天目台 南宋時代・13世紀
2013年6月11日(火) ~ 9月1日(日) 東洋館9室にて展示予定
犀皮盆 南宋時代・12~13世紀
2013年6月11日(火) ~ 9月1日(日) 東洋館9室にて展示予定
こうして見ると、中国から伝わった唐物が、どのように日本人の美意識や生活のなかで受け入れられたのかということが興味深く思われてきます。
(注)画像の作品は、いずれも2013年6月11日(火) ~ 9月1日(日)の展示となります。
1月2日(水)のリニューアルオープン時には展示されておりませんのでご注意ください。
カテゴリ:展示環境・たてもの
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posted by 猪熊兼樹(貸与特別観覧室主任研究員) at 2012年12月12日 (水)