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中国山水画の20世紀ブログ 第9回-筆墨(ビィモォ)論争と中国画家のアイデンティティー

中国人画家に、「中国絵画で一番大切なものは何か?」と問えば、今でも99パーセントの人は「ビィモォだ」と答えるでしょう。
「ビィモォ」は漢字にすれば「筆墨」。これほどまでに中国人を虜にした「ビィモォ(筆墨)」とは何でしょう?
「ビィモォ」こそは近代絵画を理解するうえでも最も重要なキーワードの一つです。


大画面を制作する潘天寿
伝統的な筆力を生かして描いている。


すでにブログでも触れられた通り、水墨画の最も重要な表現は、墨のかすれやにじみです。
この表現を、中国では「筆墨(ビィモォ)」と言います。
600年ほど前、元時代には完成していたこの「筆墨」の表現は、中国文化では次第に違う意味を持ち始めます。すなわち、

筆墨が分かる人=文化人
筆墨が分からない人=非文化人

といった区分、権威の象徴になっていくのです。
特に、近代以降、西洋画法が中国に入ってくると、西洋画は「筆墨」がないからダメ、それを真似した日本画も(嶺南派も)「筆墨」がないからダメ、という議論までされるようになります。

実はこの背景には、近代の中国人画家たちによる「中国絵画とは何か?」という深刻な問いがありました。
日本は近代になって国家と民族を代表する絵画様式、すなわち「日本画」を生み出していましたが、近代になって「国画」と呼び変えられた中国画は、自らの行くべき将来について模索を続けていました。
その時、国画がよるべき価値基準とされたのが「筆墨」であり、「筆墨」を使い、鑑賞できる能力こそが、中国画家のアイディンティティーとされたのです(それゆえに「筆墨」の議論はわかりにくい)。


No.11 山水画冊(左) 張大千 1941年 中国美術館蔵
No.8 黄山写生画冊(右) 黄賓虹 1930年代 中国美術館蔵
それぞれが個性的ですぐれた「筆墨」を身につけ、絵画制作を行った


そんな「筆墨(ビィモォ)」に異議を唱えたのが呉冠中です。
1992年、「具体画面を離れた孤立した筆墨の価値はゼロである」と主張すると、美術界で大きな論争が巻き起こりました。
呉冠中は単純に筆墨を否定したのではありません。中国文化史上で筆墨が独占してきた伝統的な絵画観に疑問を呈したのです。


No.50 呉冠中 逍遥遊 1998年 中国美術館蔵
「逍遥」とは荘子の言葉で心を自在に遊ばせること。作品の前に立てば、従来の伝統絵画のイデオロギーを離れて、線や色に自由に心を遊ばせることができる。



「逍遥遊」のサインと印章。印は縦と横に押されている。
絵画の正面性にも疑問を呈しようとしているようです。


この作品は、作者が言うところの「具体的画面を離れ孤立した筆墨」のみで構成されているようです。
紙に墨(とインク)で描かれる以上、「筆墨」は存在するのですが、ここではどんな形象にもなっていません。
もしも「筆墨」の美しさのみを追求して形象を捨てていけば、どうなってしまうのか。ここに具体的な形象(家や船)を描きこめば、それで伝統山水に変化していってしまうのではないか…。

呉冠中はこの作品で、中国600年の筆墨至上主義の帰結を示そうとしたのです。
60年代、欧米ではアンフォルメルや抽象表現主義、日本では前衛書道が流行し、具象にこだわらないが東洋の水墨画が再評価されていました。しかし欧米の芸術運動に評価される側であった当の中国の伝統画家たちは、自らの伝統を自らの力で打ち破ることに必死でした。
中国の画家たちは、長い歴史を持つ水墨画が誕生した時点から必然的に内在する筆墨の可能性を再発見することで、逆にその伝統を打ち破り、国画の新しい方向性を指し示そうとしたのです。


会場では、伝統的な筆墨を使って最も優れるといわれる黄賓虹と呉冠中の作品を、対比的に展示してあります。

日本や西洋に学び、そして自らの伝統に学んだ中国近現代絵画は、こうして新たな展開を遂げていくことになりました。
そして私たちの時代。
世界中で創作を続ける中国画家たちがどのような作品をつくっていくのか、私もとても楽しみにしています。
伝統と現代をつなぐこの展覧会。中国美術を知る絶好の機会です。どうかお見逃しなく!

日中国交正常化40周年 東京国立博物館140周年 特別展「中国山水画の20世紀 中国美術館名品選
本館 特別5室   2012年7月31日(火) ~ 2012年8月26日(日)

 

カテゴリ:研究員のイチオシ2012年度の特別展

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posted by 塚本麿充(東洋室) at 2012年08月18日 (土)

 

中国山水画の20世紀ブログ 第8回-私のイチオシ!10人が選ぶこの逸品(2)

特別展「中国山水画の20世紀」では、28人の画家、50件の作品が展示されています。
中国では「超」のつくほどの有名画家の代表作ばかり。
ただ、日本に住む私たちにとっては、なじみのない画家ばかりかもしれません。
そんなあなたのために、「私のイチオシ!10人が選ぶこの逸品」と題し、
当館の研究員10人に、展示作品の魅力を語ってもらいました。(前半はこちら
その後半です。

描き切らない、言い切らないのが、一番難しい
日本書跡が専門の島谷弘幸副館長は、今回の展示されている全作品を所蔵している中国美術館の胡偉副館長と、北京故宮博物院で20年前に出会って以来の友人だとか。
そんな中国との交友も深い島谷副館長はこの逸品のどこに惹かれたのでしょうか。


No.26 秋江夕照陳樹人筆 1943年 中国美術館蔵(右は部分) 

この作品にはとても日本的な美意識を感じます。
淡い色調と墨を微妙に変化させていくことで、画面に見事な遠近と詩情を表現しているよね。輪郭の墨線も色目にあわせて絶妙に変化をつけている。
しかし手前の崖の線を見て!とても力強い。こんな線はなかなか描けない。
たくさん描いて、積み上げて作品に仕上げる方法もあるけれど、この作品はそうではないよね。色も綿密に塗り固めるのではなく、その表現はあくまで簡潔。簡潔なのに、そこに空気の流れまでをも表現している。そこがすごいし、日本人の感性にもぴったりくるんです。
和歌ではなく、俳句の美意識っていったらいいかな。
日本人は中国の文化をすべて受け入れたのではなくて、自分に合うものを受け入れた。ここには日中で共通する美意識があるのかもしれない。
見れば見るほど魅力的な作品ですね。


勤勉な農村の情景に時代を感じる
浅見龍介東洋室長は彫刻が専門。来年に迫る東洋館リニューアルオープンと、特別展「飛騨の円空-千光寺とその周辺の足跡-」の担当者としていま大忙しです。
宋代絵画と甘いものが大好きという浅見室長のイチオシとは?


No.44 武漢防汛図巻 黎雄才筆 1956年 中国美術館蔵(右は部分)

ここに描かれているのは長江ですか?
水面はほとんど描かれていませんけど。木が長い列になって浮かんでいて、乗って作業している人は豆粒のように小さい。向こう岸が霞んでかすかに見える。雄大な流れですね。
堤防に立つ電線が遠ざかるにつれてスーっと消えていく。無限の奥行きが感じられますね。
人間なんてちっぽけで、せっかく造っている堤防もすぐ流されちゃうんじゃないかっていうくらい自然の大きさが感じられる。この空間の感覚は宋時代の山水画に通じるかな。
次の場面は川辺の農村の風景。穏やかな景観だけど人間はみな働いていますね。
清明上河図ではのんびりしてる人がたくさんいましたが、勤勉が求められた時代なんでしょうね。牛や鶏は餌を食べ、水鳥も水から上がった仲間をめざして泳いでいる。みな動いている。寒江独釣図などのように時間が止まっているのとは違う。そこが面白いと思います。
もちろん絵もみごとですよね。人間の描写は緊密さはないけどゆるんでいない。
ずっーと見ていると自分が絵の中に入り込んでしまいそうです。



No.44 武漢防汛図巻(部分)


俺の線をみろ!
流暢な英語を操り当館の国際交流事業を担う鬼頭智美国際交流室長。アメリカ留学の経験もある鬼頭室長は本展で一番の注目を集める、あの!作品をご指名です。
実際に会場で作品をじっくり見ると伝わってくることがあるのだとか。


No.50 逍遥遊 呉冠中筆 1998年 中国美術館蔵

作家晩年の作、というだけあって、老練な円熟味の感じられる線が画面いっぱいにひかれていますね。みなさんも感じることだと思いますが、ぱっと見た印象では、アメリカのアクション・ペインティングの筆頭、ジャクソン・ポロックの作品がなぜここに展示されているの?と思ってしまいますね。
が!ポロックの絵は、一見その色彩とドリッピングによる絵具のほとばしりが力強く見える割に、どこか不安定そうな感じを受けるのに対し、
この作品は作家が長年の間に得た「筆のチカラ」を存分に披露し、「俺の線をみろ!」とばかりに墨やサインペンで好きなように線をひいて画面を作っていく「意思の強さ」を感じます。
フィジカルというよりはメンタル、肉体的な動きというよりは、精神的な思索の強さが出た、経験豊かな画家にこそできる表現だと思います。


No.50 逍遥遊(部分)

ポップだけどどこか懐かしい駄菓子チックなピンクや、グリーンのドットが、ちょっと茶目っ気も加えているような感じがします。
線の濃淡や、運筆のリズム、全体のなんともいえない遊び心は、実際にこの絵と対面してこそ。
是非、会場で、呉先生のメンタルの強さを体感してください!



水墨画には抽象も具象もないんだよ
救仁郷秀明貸与特別観覧室長は、室町時代の水墨画を中心に、広く東アジアの水墨画を研究しています。
中国絵画の論文もたくさんある救仁郷室長に、より深く掘りさげた水墨画の魅力を聞いてみました。


No.16 朱砂冲哨口図 陸儼少筆 1979年 中国美術館蔵(右は部分)

この画面の中央を、どこでもいいから四角く切り取ってよく見てみてください(右図)。
墨の濃淡の合間、塗り残した余白は、雲という「具象」を表現してますね。
全体を見れば、山とか川とかかたちあるもの=具象を描いているのに、ふと、ある部分を切り取って見てみると、この墨の濃淡も雰囲気があるし、
ある意味、抽象画のようにも見えてきませんか?
ここが水墨画の面白いところなんですよ。わたしたちは絵を見るときにどうしても「かたち」を探してしまう。でも水墨画の魅力は、かたちの追求よりも、墨の変化といった抽象的な面白さを楽しむことにあるんじゃないかな。この作品はそこのことをよく表してるんですね。
水墨画には具象と抽象の境界はないってこと。
鬼頭さんが語っていた呉冠中の№50「逍遥遊」もこの絵と同じ水墨画。
水墨画って苦手な人が多いけど、「山水」として見るのをやめて、墨や筆のにじみや線のかすれを鑑賞してみたらどうでしょう。
きっとその無限の変化を楽しめると思うんですよ。



お久しぶりです、陸先生!
富田淳列品管理課長は、古代から近現代までカバーする中国書法のエキスパート。現在、平成館で行われている特別展「青山杉雨の眼と書」も担当です。
先の救仁郷室長のイチオシと同じ作品の前で、あっと驚くべきエピソードが飛び出しました。


No.16 朱砂冲哨口図(左) 陸儼少筆 1979年 中国美術館蔵
No.9 江上山図(右) 黄賓虹筆 1930年代 中国美術館蔵


好きな絵と言えば他にもありますが、思い入れのある絵といえばこれ。
実は1985年、中国美術学院に留学していたときに、この絵を描いた陸儼少先生にお会いしたことがあるんです。
中国美術学院は杭州市の西湖のほとりにあるんだけれど、陸儼少先生の官舎は学校のすぐ隣だっていうんでね、みんなで会いに行こうって。しかしその言葉が方言で、一緒にいた中国人ですら、ほとんど聞き取れないほど(笑)。あれにはまいりました。
お宅を訪ねた時は山水画を描いていて、背を丸めて顔を紙に近付けて、筆数多く描いていたのを覚えています。やっぱりこの雲気たなびく山水画で、まだ画面墨が乾かずしっとりと濡れていたのが印象に残ってるなぁ。
書画というと近づきがたいように思われがちだけど、私の留学した1980年代は、張大千(№11)や、こうした黄賓虹の作品(№9)が、普通の人の家にもありました。いくつか見せてもらったけど、どれもいい作品だったなぁ。
中国の人たちにとっての書画って、暮らしの一部なんだって実感しましたね。


いまそこにある作品に真摯に向き合う。
作品と真正面に対峙したとき、作品と出会うよろこびや楽しさは、10人いれば10通りのみかたがあります。
納得したり、爆笑したり、担当者でも気付かなかった作品の魅力に出会うことができて、
本当に楽しいインタビューでした。

中国山水画の20世紀―中国美術館名品展」は来週26日まで。
あなたの「イチオシ!」を見つけるのはあなた自身です!ぜひ会場に足をお運びください。

カテゴリ:研究員のイチオシ2012年度の特別展

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posted by 塚本麿充・土屋貴裕・高木結美(「中国山水画の20世紀展」担当) at 2012年08月17日 (金)

 

中国山水画の20世紀ブログ 第7回-「中国山水画の20世紀」のわがままな歩き方

「展覧会は自由に楽しんで下さい」という言い方を私たちはよくします。
その分野の専門家であれば、勉強のためにすべての作品をしっかりと「調査」していくように見るということもあるでしょう。
でも勉強となるとあまり楽しくないような、できるだけ自由に楽しんでいただきたい、
とりわけ「楽しむ」ということを大事にしていただけたらというのが、展覧会を作る側としての想いです。
ということで、今回の「中国山水画の20世紀 中国美術館名品展」、私自身がどのように楽しんだかを少しご紹介いたしましょう。

中国人と日本人の空間認識 -初期伊万里と景徳鎮窯青花で考えてみた
「中国山水画の20世紀」、近現代の山水画の名品、名品、名品が並んでいます。
この展覧会を見ながら思ったのが、
中国人のDNAには空間認識と構築性というものが、備わっているのではなかろうか、
ということでした。
私の専門は日本の焼物です。焼物の世界では中国と日本との関係を考えることがしばしば。
この展覧会を見て思い出したのが、初期伊万里と景徳鎮窯の山水が描かれた二枚の大皿でした。


染付山水図大鉢(左) 伊万里 17世紀 東京国立博物館蔵
(2012年10月10日(水)~2012年12月16日(日)本館13室にて展示予定)
青花山水人物図皿(右) 景徳鎮窯 17世紀 東京国立博物館蔵
(展示予定はありません)


ひとつは初期伊万里の大鉢。皿と言っておいて大鉢なのかと言われそうですが、大鉢です。
初期伊万里のように磁器を焼き始めたばかりの頃には、本当は大皿を作りたいのだけど、技術的に平たい皿形に作ることができなくて、大鉢として作るしかなったのです。
その形は小さな高台から斜めに広がるように立ち上がっています。そこに染付で山水図が描かれています。
もうひとつが中国の景徳鎮窯で焼かれた青花。こちらは平たい皿形です。
見込全面を使って山水人物図が描かれています。

同じ山水が描かれていると言いながら、両者には大きな違いがありますね。
中国の皿に描かれた山水はまさに山水図。絵の下の方から上に向かって次第に遠くなっていくという遠近法に従ってしっかりと描かれています。
一方の初期伊万里。こちらはかろうじて天地が分かるものの、右上の部分などは空から草が生えているように見えます。
これは、中央に向かって深くなる形状の大鉢を、ぐるぐる回しながら描いていったのでしょうか。空間認識という言葉はこの絵には無いような…。

景徳鎮窯の山水図、これが水墨画であったなら、というのが下の絵です。
手前の近景から上に行くに従って遠くなる。川岸、人、山、山、さらに遠くの山。
空間を認識した上で、しっかりと構築された世界が見えてきますね。



ちなみに、この画像は、皿の絵を変形させたものです。
空間認識に優れた景徳鎮窯の陶工は、おそらく四角形の画面に描かれた絵を皿の円形のキャンバスに見事に描き込んでいったのだと、これは中国人の持つ優れた空間認識と豊かな構築性のDNAがさせたのに違いないと思ったのでありました。


日本画の強い影響を受けた呉慶雲の作品から思ったこと -西洋画を学んだ日本画との比較など
博物館という所は耳学問にとても良いところで、いろんな分野の専門家が沢山いるので、それぞれの分野からの話を聞くことができます。
そこで得た耳学問によりますと、中国と日本の山水画には構築性に大きな違いがあるようです。
中国の山水画は近景から遠景へと、しっかりと描きこまれています。山々が描かれているとしたら、どの山が前にあり、どの山が遠いのかが、明解なのだというのです。
日本でも雪舟などは、流石に中国で学んだ人だけに、しっかりとした絵が描かれていて、国宝の秋冬山水図の冬の絵に出てくる一見不思議に思える画面中央にある縦の線も、良く見れば、遠景の手前にある断崖の表現であることが分かってきます。


国宝 秋冬山水図 冬図 雪舟等楊筆 室町時代・15世紀末~16世紀初 東京国立博物館蔵
(2013年1月16日(水)~2013年2月11日(月・祝)本館2室にて展示予定 )


ところが日本の多くの絵では、厳密なまでの構築性というのはあまり感じられないように思えます。絵巻や洛中洛外図屏風を思い浮かべていただきましょう。
空間の折り合いがつかなくなると、都合の良いことに金の雲がたなびいて来てくれます。困った時の金の雲。
構築性などという、難しいことは抜きにしようや、などとは言ってないと思いますが、なんとなく折り合いがついていく、独特な自由な気分というものが日本の絵にはあるように思えます。

今回の近現代の中国山水画、やはりそこには中国人ならではの、空間認識力と高い構築性があるように思えます。
そして、2章の題ともなっている「西洋画法との競合」という部分がとても興味深く思えてきました。
そこで出会ったのが下の絵、「遠寺夕照図」呉慶雲の作品です。
画題はまさに伝統の画題と言っていいでしょう。日本人が好きな画題でもあります。
パンフレットの解説に「日本画の強い影響を受けた呉慶雲の代表作」とありました。「国画に遠近法の理論を導入しようとする苦心のあとがうかがえる」ともありました。


No.21 遠寺夕照図 呉慶雲筆 1903年 中国美術館蔵

呉慶雲の絵を見ながら思い出したのが、かつて東京国立博物館で開催された「海を渡った明治の美術 再見!1893年シカゴ・コロンブス世界博覧会」展に出品された橋本雅邦の山水図でした。呉慶雲の作品が描かれる10年前の作品です。
アメリカのシカゴで開催される博覧会に出品するために描かれたこの絵は、前述の展覧会の解説によれば「構図、遠近法、明暗法などヨーロッパの風景画のスタイルを高い技術によって取り入れられている」と、こちらも日本画の中に西洋風の遠近法を導入する試みの中で描かれたものとされています。
「日本画の強い影響を受けた」という呉慶雲、あるいは橋本雅邦などから学んだところもあっただろうか、などと思い巡らしてみたのでありました。


山水図 橋本雅邦筆 1893年 東京国立博物館蔵(展示予定はありません)

といった具合に少々わがままにこの展覧会を楽しみました。
皆様はどんな楽しみ方をされますか?

日中国交正常化40周年 東京国立博物館140周年 特別展「中国山水画の20世紀 中国美術館名品選
本館 特別5室   2012年7月31日(火) ~ 2012年8月26日(日)

 

カテゴリ:研究員のイチオシ2012年度の特別展

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posted by 伊藤嘉章(学芸研究部長) at 2012年08月16日 (木)

 

「青山杉雨の眼と書」で親子書道教室開催

8月13日(月)と14日(火)の2日間、特別展「青山杉雨の眼と書」に関連して、ワークショップ「親子書道教室」が開催されました。

定員いっぱいの参加者で熱気あふれる小講堂です。

親子書道教室実施風景

まずは、まるで絵のような青山杉雨の書をお手本にして書いてみます。


こんな字、みんな書いたことないはずですね。

今回は作品の仕上げに押す印も自分で作りました。
なんと!発泡スチロールを使った印材に、鉛筆で名前を彫り込んで作りました。
文字を書いたら、自作の印をバランスよく押して、うちわに貼り付ければ出来上がり!

最後は作品を手に、全員で記念撮影。

親子書道集合写真
8月13日にご参加の皆様

親子書道修道写真814
8月14日にご参加の皆様

どんな作品か少し寄ってみてみましょう。

うちわ完成814

紙の色、文字、印、そしてそれらのバランス。それぞれ個性があって、楽しいですね。 

真剣に作品を作ったあとは、青山杉雨の作品を鑑賞していただきました。
実際に書いてみたからこそ感じるなにか、新しい発見があったかもしれません。

猛暑のなか、参加された皆様、ありがとうございました。

16日(木)は平成館ラウンジにて、書のデモンストレーション(席上揮毫) も実施します。
小川誠子6段などの囲碁棋士や書家の実作の様子を間近でご覧いただくまたとない機会です。

デモンストレーションで完成した作品はご参加のお客様にプレゼントします。
是非ご参加くださいませ。
 
書のデモンストレーション(席上揮毫)
2012年8月16日(木)14:00~(約2時間を予定)
会場:平成館-ラウンジ
演者
囲碁棋士:二十四世本因坊秀芳(石田芳夫9段)、小川誠子6段
書家:角元正燦、海野濤山、吉澤大淳、廣畑筑州、政池龜有、吉田洪崖 

カテゴリ:2012年度の特別展

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posted by 小林牧(広報室長) at 2012年08月15日 (水)

 

中国山水画の20世紀ブログ 第6回-私のイチオシ!10人が選ぶこの逸品(1)

特別展「中国山水画の20世紀」では、28人の画家、50件の作品が展示されています。
中国では「超」のつくほどの有名画家の代表作ばかり。
ただ、日本に住む私たちにとっては、なじみのない画家ばかりかもしれません。
そんなあなたのために、「私のイチオシ!10人が選ぶこの逸品」と題し、
当館の研究員10人に、展示作品の魅力を語ってもらいました。

見る場所によって印象が異なる、現代絵画はおもしろい!
トップバッターは田沢裕賀絵画・彫刻室長。当館日本絵画の責任者です。
そんな絵画のエキスパートが選ぶ逸品がこれ。


No.46 緑色長城 関山月筆 1974年 中国美術館蔵

この絵、画面の左手に立って見てみると、自分がすごく変な所に立ってるような印象を受けるんだ。
変な高さ、空中に浮かんでいるような感じで、どうもしっくりこない。
奥行きを出そうとしているんだけど、浜の先のほうまで行けちゃう、中国山水画の伝統にある、現実を超越した奥深い広がりではなく、「人間のいる世界」って感じがする。
でもね、この絵、右から見てみると、自分が画面の中の地面に立っているような感覚で、景色が奥に広がっていくような感じがする。

右下から左上へ風がブワーって吹いて、木のザワザワって音も聞こえてきそうじゃない?
緑青の絵具がもりもりっとして、木々の立体感がすごく出てくる。絵具の塗り重ねで画面の奥行きや立体感を表そうとするのは東洋の古い絵にはなかったことだから、とても新しさを感じる。現代の日本画にも共通する面白さだよ。
右から見るって言ったけど、正面、ソファーの後ろあたりから見るのが普通か(当り前か!)。



木がしゃべりだしそう、20世紀中国絵画にドイツ・ロマン主義を見た
伊藤信二教育普及室長は仏教工芸が専門。 勤務時間前、誰もいないオフィスで一人ギターをかきならす、70年代フォークをこよなく愛する伊藤室長の「イチオシ!」はこれ。


No.45 護林 黎雄才筆 1959年 中国美術館蔵

画面手前に雄々しく荒ぶる木々や岩の存在感がすごい。いまにも、木がしゃべりだしそうな感じがしない?
近景に画家の強い意識が及んでいるように思えるんだ。小さく人が描かれているけれど、これがなければ確実に木そのものがこの絵の主人公。
そして、立ち込めるもや、差し込む光の表現によって、視線は右奥ふかく導かれていく感じ。
こんな神々しいまでの景観表現には、「語りたい何か」があるに違いない。そんな寓意性が込められた絵画なんだろうな。

この画風、日本でいえば橋本雅邦あたりの絵画を思いだすけど、やっぱり、ドイツ・ロマン派の画家、フリードリヒの一連の作品をつい、思い起こさせるよね。


人民のとまどい、国家のいきおい
天津での留学経験を持ち、中国語も堪能な和田浩環境保存室主任研究員は、魏紫熙「天塹通途」に描かれた南京長江大橋を実際に歩いた経験があるそうです。
そんな和田主任はこの「天塹通途」を「山頂のコンビニ」とたとえました。


No.40 天塹通途 魏紫熙筆 1973年 中国美術館蔵

この絵を見ていると、若干のとまどい、違和感を感じる。高い山に登って、さあ頂上だって時に、そこにコンビニがあるような。
というのも、山と河、これだけだったら伝統的な絵画なのに、いきなりこの橋?!
この感覚って、この絵に描かれた時代の人々も同じような感じを持っていたんじゃないかな。
当時の人たちも、自分たちの生活の中に突然こんな大きな橋ができて、とまどっていたんだと思う。

絵を見てみると、地面に接しているはずの、橋の支柱部分が描かれていなくて、橋と、岸辺で暮らす人々の生活が全く別次元のように描かれているでしょ。 しかも、橋の先も霞に隠れて見えない。
なにかを象徴しているように思えてくる。
人々の生活とは直結しない、近代的な橋の建設や国家の存在に対する人々の違和感を、この画家はたくみに描いているんじゃないかな。
これは写真じゃなくて、実際に作品を見たからこそ伝わる迫真性だよね。



かくれた筆力、青の時代のピカソを想起させる
中国をはじめとする東洋工芸が専門の松本伸之学芸企画部長。トーハクに赴任する前、関西での美術館学芸員時代に、館蔵品充実のため香港で斉白石の作品を大量買いした経験があるとか。
そんな稀有な経験を有する松本部長に聞いた「イチオシ!」はこれ。


No.28 風景 林風眠筆 1961年 中国美術館蔵(右は部分拡大)

一見、拙そうに見えるこの絵だけど、実は隠れた筆力がみなぎっているのが分かる。西洋の筆では表現できない、東洋の筆独特の筆使いがよく見える。
とくに山のひだの所を見てもらいたいんだけど、偶然できたってわけじゃなく、意識して、緻密に計算してこれを描いている。
本当はうまく描けて、ものすごい技法を持っているのに、わざと崩して描いている気がする。
離れて見るとぼんやりしているように思えるんだけど、近づいてみると、この人、ものすごく絵がうまいってことがよく分かる。
じっくり見ていると、絵の中の風景が動き出してきて、がぜん、味わいが出てくるでしょう。
こういった遠景、中景、近景の絶妙な奥行き感も、実際に会場で作品を見ないと感じられないと思うよ。
この人、パリに留学してたんだよね? 見ているとピカソの「青の時代」のような感じを受けるよ。
一見、全然違うようだけど、筆力を生かした線描にどこか共通するところがあるんじゃないかな。
もしかしたら留学先で、ピカソの絵も見ていたのかもしれないね。


描けそうで描けない、この斬新な“間”
井上洋一企画課長は日本考古が専門。この展覧会の後に特別5室で開催される「出雲―聖地の至宝―」展を現在準備中。
選んだのがこの逸品。


No.7 滕王閣図(左) 斉白石筆 1930年代 中国美術館蔵

この間だよ、この間! 分かる?
構図として絶妙におもしろい。山水画の常識を超越した、まさに「伝統の継承と発展」。
この山、樹木、楼閣の三段と、そこをつなぐ間。こんな間は描けそうで描けない、斬新さを強く感じるね。
山水画って、空間をどうとらえるかってことでしょ? こんな発想はこれまでの伝統絵画にはありえない、新たな中国絵画の誕生を強く主張しているようにも思えるね。 よくぞ思いついたもんだよねと、すごい!
それともう一点、お勧めがあるんだけど、いいかな?
 (聞き手:もちろんです!)


No.12 秋江雨渡図(右) 陳少梅 1941年 中国美術館蔵

この絵、『真美大観』って本の図版から写したんでしょ?
それでね、私も図版と絵とを見比べたんだけど、よく見ると波の形が違うことに気付いた?
『真美大観』の方の波は、どちらかというと形式的に描いているんだけど、陳少梅の方は、強い風に川の水があおられて、波しぶきが立っているように描かれている。とてもリアルな表現。
もちろん構図は写しているんだけど、そこに独自性を盛り込んでいる。ただ写したんじゃないぞという、主張じゃないのかな。
よーく見比べないとわからないから、これを読んでいるみなさんもぜひ、会場で確かめてほしいですね。



前々回の松嶋雅人特別展室長の記事に引き続き、さまざまな専門分野を有する、トーハク研究員のバラエティー豊かな視点から作品を紹介しようとはじめたこの企画。取材している我々も、あっとおどろくエピソードと斬新なみかたが盛りだくさんの記事になりました。

特別展「中国山水画の20世紀」には、語りだしたらとまらない、個性的で魅力あふれる作品が数多く展示されています。
みなさんも会場で「私のイチオシ!」を見つけ出してください!

続く5人の研究員も饒舌に作品の魅力を語ってくれています。間もなく公開予定です。どうぞご期待ください。

日中国交正常化40周年 東京国立博物館140周年 特別展「中国山水画の20世紀 中国美術館名品選
本館 特別5室   2012年7月31日(火) ~ 2012年8月26日(日)

 

カテゴリ:研究員のイチオシ2012年度の特別展

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posted by 塚本麿充・土屋貴裕・高木結美(「中国山水画の20世紀展」担当) at 2012年08月14日 (火)