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1089ブログ

表慶館トラベルへGO!

表慶館アジアギャラリーで「おひとりさま」も「ファミリー」も楽しめる2つの体験型プログラムを開催しています。
題して、「表慶館トラベル」。

1つは「アジアの香り」。

みなさんは街角でふとなつかしい香りを嗅いで、記憶が呼び戻された経験はないでしょうか。
香りには、一瞬で時空を超える力があるのです。
また香りは、その国の文化と密接に結びついています。
たとえば、香料として最も古い歴史を持つ白檀(びゃくだん)は、インドで万病の薬として使用され、
細かくすりつぶしたものは殺菌や体臭消しとしても使われてきました。
ヒンドゥ教の神ガネーシャへは白檀の香を焚きます。
白檀は日本にも伝えられ、仏教寺院や、香道の場面でも使われました。
白檀に彫られた仏像もあります。


白檀 インドを代表する香り

こういった香りを、皆さんに嗅いでいただき、
ケース越しに見る作品をより身近に感じてもらいたいと思っています。
作品が作られた国々にトラベルし、その場の空気を感じながら作品をご覧いただければ…。
想像の翼でどこまでも飛んで行けそうです!

表慶館エントランス15種類の香りが体験できます。

1.白檀(びゃくだん) 2.白檀(塗香(ずこう)) 3.ターメリック 4.乳香(にゅうこう) 5.没薬(もつやく)
6.丁子(ちょうじ) 7.肉桂(にっけい) 8.沈香(じんこう) 9.龍脳(りゅうのう) 10.蓮茶(はすちゃ)
11.甘松香(かんしょうこう) 12.スターアニス 13.安息香(あんそくこう) 14.ナツメグ 15.バラ

表慶館トラベル「アジアの香り」 2011年10月1日(土)~2011年12月25日(日)までの毎週土曜日と12月23日(金・祝)の11:00~16:00の時間内であればいつでも、どなたでも参加いただけます。
詳細は、ワークショップ一覧ページよりご覧ください。

 

もう1つは「まぼろしの作品調査書」
小学生とそのファミリーが対象です。

「1907年秋、一人の研究員が中国の秘境へと旅立った。一通の手紙と虫喰いだらけの作品調査書を残して・・・」
こんなプロローグから始まる「まぼろしの調査書」は、ストーリー仕立てのアクティビティです。
研究者として作品調査書を完成させてみませんか。

現在、100年前の研究員の意思を引き継ぐのは自分だ!という熱い使命に燃えた小学生、緊急大募集です!

表慶館トラベル「まぼろしの作品調査書」
2011年10月1日(土)~2011年12月25日(日)までの毎週日曜日と11月23日(水・祝)の11:00~16:00の時間内であればいつでも参加いただけます。
ワークショップ一覧ページよりご覧ください。

カテゴリ:news催し物

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posted by 神辺知加(教育講座室) at 2011年11月11日 (金)

 

呉昌碩の書・画・印 その8(最終回)「80代の呉昌碩」

台東区立書道博物館の連携企画「呉昌碩の書・画・印」(2011年9月13日(火)~11月6日(日))は好評のうちに閉幕いたしました。展示をより深くお楽しみいただくための連載企画としてお届けしていたこの連載ブログも、いよいよ最終回の第8回です。


多くの日本人と親交した呉昌碩にとって、長尾雨山(1864~1942)との交友は格別の意味合いがあったように思われます。
明治21年(1888)東京帝国大学を卒業し、教員や新聞記者として活躍していた長尾雨山は、図らずも教科書疑獄事件に巻き込まれ、明治36年(1903)日本を脱出、大正3年(1914)12月まで、12年の長きにわたって上海に滞在しました。
民国元年(1912)上海に転居した呉昌碩は、長尾雨山の近隣に居を構え、長尾雨山が帰国するまでの3年間にわたって親交します。2人は詩文を応酬し、芸を談じ文を論じ、忘年の交わりを結びました。長尾雨山が日本に帰国した後も、2人は書簡を交わします。

5月某日、呉昌碩が乗った人力車は、上海南京路の先施公司の門で電車に接触。人力車は横転し、82歳の呉昌碩は地面に投げ出され、顔面が血だらけになってしまいます。周囲の人々は、あわやこれが最後かと気をもみましたが、医師の診察の結果、幸いにも傷は浅く内傷のないことが分かりました。図1は、その時の出来事を「一趺」と題した3首の七言絶句にまとめた詩箋です。大怪我をした2ヶ月後、呉昌碩は早くも近況を伝える詩を長尾雨山にあてて書き記しているのです。


図1 長尾雨山宛書簡・同封筒 呉昌碩筆 中華民国・民国14年(1925)82歳 京都国立博物館蔵
(展示予定は未定)



80代を迎えた呉昌碩の書画の特徴は、老練の粘り強い含蓄ある筆致と、何ものにもとらわれない闊達さにあると言えるでしょう。82歳の4月に石鼓文を臨書した図2は、70代の作例に比べると、文字の恰幅が広く、筆力は雄渾で、気力の充実したさまが窺えます。

 臨石鼓文軸
図2 臨石鼓文軸 呉昌碩筆 中華民国・民国14年(1925)82歳 林宗毅氏寄贈 東京国立博物館蔵
(展示予定は未定)



図3は同年の8月、誕生日を迎えた呉昌碩が、自らを寿いで得意の梅を描いた興味深い作品です。

墨梅自寿図
図3 墨梅自寿図 呉昌碩筆 中華民国・民国14年(1925)82歳 青山杉雨氏寄贈 東京国立博物館蔵
(展示予定は未定)



王維の詩の1句「万事不関心」を行書で揮毫した図4は、民国16年(1927)、84歳の作。呉昌碩の書の真骨頂は、石鼓文に根差した篆書にあると言えますが、行草書にも尽きせぬ魅力があります。とりわけこの横披は、最晩年にたどり着いた呉昌碩の境地をよく表した、年齢を全く感じさせない力作です。

行書王維五言句横披
図4 行書王維五言句横披 呉昌碩筆 中華民国・民国16年(1927)84歳 個人蔵
(展示予定は未定)



陰暦の11月4日、呉昌碩は中風を発して昏睡状態となり、11月6日、上海の寓居に逝去しました。

カテゴリ:特集・特別公開中国の絵画・書跡

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posted by 富田淳(列品管理課長) at 2011年11月10日 (木)

 

書を楽しむ 第3回「きれいな紙」

書を見るのはとても楽しいです。

より多くのみなさんに書を見る楽しさを知ってもらいたい、という願いを込めて、この「書を楽しむ」シリーズ、第3回です。

今回は、紙。

書が書かれた紙のことを、「料紙」と呼びます。
じつは、料紙には、きれいなものがたくさんあって、それだけでも楽しめます。

いま、トーハクの本館3室(宮廷の美術)(~2011年12月11日(日)展示)に、きれいな料紙が並びました。

展示室で一番左は、荒木切(あらきぎれ)。
荒木切
荒木切(古今和歌集) 伝藤原行成筆 平安時代・11世紀 深山龍洞氏寄贈(~2011年12月11日展示)
(注)右画像は上記作品の部分、拡大画像


拡大してみると、お花と葉っぱが見えます。
展示室では、この文様が見えにくいですが、
そういう時は、ガラスに顔を近づけたり、しゃがんで下から見たり、横から見たり。
角度を変えると見えてきます。

二番目は、本阿弥切(ほんあみぎれ)。
本阿弥切
本阿弥切(古今和歌集) 伝小野道風筆 平安時代・12世紀 森田竹華氏寄贈(~2011年12月11日展示)
(注)右画像は上記作品の部分、拡大画像


右の青い方も文様はあるのですが、やはり見えない!
白く見えるのは、花崗岩に含まれる雲母(うんも)です。料紙工芸では、雲母と書いて「きら」と呼びます。
光の加減でキラキラ見えるためでしょうか。

三番目は、巻子本(かんすぼん)。
巻子本
巻子本古今和歌集切 藤原定実筆 平安時代・12世紀 森田竹華氏寄贈(~2011年12月11日展示)
(注)右画像は上記作品の部分、拡大画像


これは、「蝋箋(ろうせん)」と呼ぶ料紙で、中国から輸入されたものです。
つややかで蝋を塗ったように見えるから、この名前で呼ばれます。

四番目は、了佐切(りょうさぎれ)。
了佐切
了佐切(古今和歌集) 藤原俊成筆 平安時代・12世紀 古筆了悦氏寄贈(~2011年12月11日展示)
(注)右画像は上記作品の部分、拡大画像


三番目までの文様は、版木を用いて摺ったものですが、了佐切は、筆で描いた文様のようです。
金色の雲、いかがですか?
じつは、これは後世に描き加えられたものです。

さいごに、通切(とおしぎれ)。
通切
通切(古今和歌集) 伝藤原佐理筆 平安時代・12世紀(~2011年12月11日展示)
(注)右画像は上記作品の部分、拡大画像


右の写真のように拡大すると、あみ目が見えるでしょう。
これ、紙の裏側です。紙を漉くときに、ふるいに布をひいていたため、布の目がついています。

以上のように、文様や絵のある料紙のことを「装飾料紙」と呼びます。
今回は、装飾料紙が5つも並んでいますが、全部『古今和歌集』が書かれています。
花や雲の文様の料紙に和歌を書くのは、平安貴族の美意識でしょうか。


ちなみに!
美麗をつくした装飾料紙といわれる「本願寺本三十六人家集」(国宝)が、
現在、平成館で開催中の特別展「法然と親鸞 ゆかりの名宝」(~2011年12月4日(日))で展示されています!
装飾料紙の代表作ですので、ぜひ御覧ください。
(「本願寺本三十六人家集(素性集・重之集・能宣集下)」は展示替があります。
詳しくは作品リスト のNo.186 をご覧ください。)

書だけでなく、
展示室でしゃがんで見たり、横から見たりして、きれいな紙も楽しんでください!

カテゴリ:研究員のイチオシ書跡

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posted by 恵美千鶴子(書跡・歴史室) at 2011年11月09日 (水)

 

現代根付を堪能できる高円宮コレクション室がオープン

本館のエントランスは、トーハクの「顔」ともいえる場所ですが、



その大階段を上がったところに、またひとつトーハクの見どころが誕生しました。



現代根付を展示した高円宮コレクション室です。



根付とは、江戸時代、着物を着用するときに使われた小物です。
着物にはポケットがないため、人々は巾着や煙草入れなどを帯から提げて携帯しました。
それらが、帯から抜け落ちるのを防ぐための留め具だったのです。


名古屋山三郎絵巻(部分) 伝宮川春水筆 江戸時代・18世紀 (展示予定は未定)

この絵の男性はひょうたんの形の根付を付けています(赤い丸の部分)。こんなふうに使われていました。
やがて根付は単なる道具ではなく、装飾品としても意識されるようになり
粋でおしゃれな男性のファッションアイテムとなっていきました。

洋服が一般化した現代でも、根付は技と趣向を凝らして制作され続けています。
牙彫、木彫、蒔絵、彫金などの技巧と精緻な描写が、手のひらサイズに凝縮されていることから
日本の工芸品として海外でも高い評価を受けているのです。

今回、トーハクに新しくオープンした展示室は、
世界的にも有名な現代根付の蒐集家であった高円宮殿下のご遺志によって誕生しました。
根付の文化を守り、多くの人がその魅力を気軽に感じられるように、
ここトーハクに現代根付をいつでもご覧いただける展示室が作られたのです。
ケースは、帝室博物館時代に使われていた歴史的展示ケースに照明等の改良を加えたもの。
両面で根付50点が展示されていて、かなりの見応えです。



伝統的な題材やかわいらしい動物、ユニークな表情の生き物(想像上のもの含む)……
タイトルにも趣向が凝らされていて、観ているとつい時間を忘れそうになります。



展示室となっているのは、昔、貴賓室として使われていた場所でもあります。
ほかの展示室とは違った雰囲気で鑑賞いただけるのも、この展示室ならでは。

となりの10室でも、世界的に有名な郷コレクションによる江戸時代の根付を展示しているのでぜひ両方ご覧ください。
精緻な表現に驚嘆し、かわいらしさやユーモアに癒される根付の世界に浸っていただきたいと思います。

さらには、平成館での特別展「法然と親鸞 ゆかりの名宝」(~2011年12月4日(日))がご好評いただいていたり、
秋の景色が楽しめる庭園開放(~2011年12月11日(日))も行っているなど、秋のトーハクも見どころ満載です。
いつもより少しお時間に余裕をもってお越しいただき、
美しいものをゆっくりたっぷりとお楽しみいただければ嬉しいです。(結)

カテゴリ:news

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posted by 林素子(広報室) at 2011年11月08日 (火)

 

呉昌碩の書・画・印 その7「70代の呉昌碩」

台東区立書道博物館の連携企画「呉昌碩の書・画・印」(~2011年11月6日(日))をより深くお楽しみいただくための連載企画をお届けします。 今日は第7回目です。


呉昌碩にとって70歳は、地位も名誉も獲得した、いわば上り詰めた年でした。
この年、西泠印社の社長に就任、篆刻界のトップに立ちます。それにともない、名声を博した呉昌碩の書画篆刻を求める人たちが日に日に多くなっていきました。詩文や碑文を揮毫し、中国歴代の名品には跋文を記し、印を刻し、印譜をつくり、画の制作に没頭。それはまさに自らが望んでいた、書・画・印の世界のみに生きる暮らしでした。はたから見れば、芸術家として順風満帆な人生を歩んでいるように思えるでしょう。しかし呉昌碩自身は、この状況に精神的な重圧を感じていたようです。

ちょうどこの頃、呉昌碩の妻・施酒(ししゅ)の病状が思わしくなく、治療費や薬代が必要でした。また2人の息子、呉涵(ごかん)と呉東邁(ごとうまい)が多額の借金を抱えてもいました。
呉昌碩が友人の沈石友(しんせきゆう)に宛てた手紙に、以下のような一文があります。


金揮潤筆償児債、紙録単方療婦疴。
(金は潤筆をふるって児の債をつぐない、紙は単方を録して婦の病を療す)


呉昌碩は、書画の潤筆料で我が子の負債を返済し、夫人の医療費をまかなっていたのです。
実は呉昌碩自身も、この頃耳がよく聞こえず、足も不自由な状態でしたので、肉体的にも大きな負担を強いられていました。そのような中での作品制作でしたから、相当なプレッシャーを感じながら、良い作品を数多くつくらなければならないという状況に追い込まれていきます。
しかし人間は、窮地に立たされると思わぬ実力を発揮し、エネルギッシュな作品を生み出すこともあります。呉昌碩の70代がまさにそれであり、彼の生涯を通じて、最も作品数が多く、また最も脂ののった優品が多い時期でもありました。


臨石鼓文額
臨石鼓文額 呉昌碩筆 中華民国9年(1920)77歳 台東区立朝倉彫塑館蔵
(~11月6日(日) 書道博物館にて展示)



特に書においてはその傾向が顕著で、石鼓文の書風を基盤とした、呉昌碩独自の書風が形成されます。篆書の作品は、少し右上がりで、文字の重心が高く、脚が長くて、キュッと引き締まった字形を特徴とします。また行草書においても、石鼓文から得た筆意で書かれ、鋭さと張りのある力強い線質の作品が多くみられます。思わず臨書をしたくなるような、とても魅力的な字姿です。


朝倉文夫宛書簡
朝倉文夫宛書簡(部分) 呉昌碩筆 中華民国10年(1921)78歳 台東区立朝倉彫塑館蔵
(~11月6日(日)まで台東区立書道博物館にて展示)


画もまた、石鼓文の臨書から学び得た、動きのある線を用いて、二次元的に描写するのではなく、立体的な表現で自在に構成されています。呉昌碩の絶妙なバランス感覚と自由な感性とがうまく融合した作品群です。


水仙怪石図
水仙怪石図 呉昌碩筆 中華民国7年(1918)75歳 青山慶示氏寄贈・東京国立博物館蔵
(展示予定は未定)



78歳時の呉昌碩胸像を制作し、それを契機に呉昌碩書画のファンになった朝倉文夫は、呉昌碩作品について、「76、77、78の3年間が最も高潮に達して、全力を発揮した時期」と述懐しており、朝倉自身もまた、その頃の作品を好んで収集しています。
印は、呉昌碩篆刻の集大成である『缶廬印存(ふろいんそん)』を出版したことが大きな成果です。


「鍾善廉」(『缶廬印存』所収)
「鍾善廉」(『缶廬印存』所収) 呉昌碩作
中華民国4年(1915)72歳 小林斗盦氏寄贈・東京国立博物館蔵
(『缶廬印存』は~11月6日(日)まで東京国立博物館にて展示)



この印譜集は、30代から70代にかけて制作された印が収録されています。70代の印は、若い頃から苦心して追い求めてきた漢印の趣にたどり着き、古拙の味わいが十分に感じられる作品です。篆刻界の頂点に立った呉昌碩にとって、印への重圧は特別なものがあったことでしょう。
これら70代の書・画・印は、苦難の中で力を奮い立たせて作り上げた、呉昌碩芸術の境地といえるかもしれません。

  

講演会「呉昌碩の書・画・印」 平成館 大講堂 2011年11月5日(土) 13:30~15:00
※当日受付

カテゴリ:特集・特別公開中国の絵画・書跡

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posted by 鍋島稲子(台東区立書道博物館) at 2011年11月04日 (金)