特別展「飛騨の円空-千光寺とその周辺の足跡-」(2013年1月12日(土)~4月7日(日)、本館特別5室)から、「私のイチオシ!円空仏」と題し、円空展担当者によるイチオシの円空仏をリレー形式でご紹介しています。
さて、3番バッターは、私 広報室長の小林です。
ご紹介するのは、この十一面観音菩薩立像。
十一面観音菩薩立像 江戸時代・元禄3年(1690) 岐阜・桂峯寺蔵
展覧会場に並ぶ100体の円空仏のなかで、この仏像は私にとって特別な1体です。
分厚い唇と撫で肩ながら胸にかけてボリューム感のあるからだつき。 通常は衣の中に納まってあまり表されることのない腕が、すっと前に彫り表されていること。衣の裾からのぞく右足がほんの少しだけ前に出て見えること。
それらによるものでしょうか、朴訥な中に厳しさとたくましさを、なにか強い意志力を感じるお像です。
タイトルは十一面観音とされていますが、実はこのお像には六面しかありません。六面観音ともいうべきお姿です。
像の裏には円空の筆で文字が書きつけられています。
頂上六仏 元禄三年
乗鞍嶽(のりくらだけ) 保多迦嶽(ほだかだけ) 於御嶽(おおだけ)
伊応嶽(いおうだけ) 錫杖嶽(しゃくじょうだけ) 四五六嶽(すごろくだけ) 以下略
(※一部難読箇所は、浅見龍介(当館東洋室長)の考察による)
頂上六仏とは、まさに頭の上にある六面と呼応します。円空は明確な意図があって、「六面観音」をつくったようです。元禄3年というのはこの像をつくった年でしょう。
2行目からは6つの山の名前が並びます。
今とは呼び方が違っているようなので、現在私たちが親しんでいる山名になおしてみましょう。
順番に
乗鞍岳(3026m) 穂高岳(3190m) 笠ヶ岳(2897m)
焼岳(2455m) 錫杖岳(2168m) 双六岳(2860m)
いずれも日本アルプスの名だたる山で、3000メートル峰が2つも含まれています。
この仏像にはどんな思いが込められているのでしょうか。
円空は滋賀県の伊吹山や奈良県の大峰で修験道の修行を積んだといわれています。
また、北海道や岐阜には円空がこもっていたという岩屋が残されており、円空が長期間山中の岩屋にこもって厳しい修行をしていたことがわかります。
円空像 大森旭亭筆 江戸時代・文化2年(1805) 岐阜・千光寺蔵
現存唯一の円空さんの肖像。
岩屋にこもって修行する姿であらわされています。迫力のある相貌といかついからだつき。円空仏の柔和で微笑みかけるような姿とギャップを感じるのは私だけでしょうか。
山岳仏教の修験者にとって、山は力の源。山にこもり、山の霊力を身に着けることで、特別な力を得ることができると考えられてきました。円空も山で厳しい行を積むことによって、特別な力を得たものと思われます。円空ゆかりの村々の伝説は、円空の彫った仏像に雨を降らせたり、病を治したりする力があったと伝えています。
さて、話を十一面観音に戻しましょう。
背面に書かれた山のうち、笠ヶ岳や乗鞍岳に最初に登ったのは円空だという伝説があります。この6つの山を毘沙門、地蔵菩薩、如意輪観音、釈迦如来、不動明王、虚空蔵菩薩の六仏に見たてた六峰満行を行ったともいわれているそうです。だとすると、その厳しい修行の誓いなのか、あるいは達成したときに彫られたものなのか。いずれにしてもこの観音さまは、これらの聖なる山への祈りと山の霊力をこめた仏像であることは間違いなさそうです。
ところで、私事ですが、私の趣味は山登りです。それは、円空のような修行の山とは全く異なる行為ではありますが、円空が登った山のいくつかに実際に登ったこともあります。低い山も高い山も様々ですが、山に入ると、ときに神の領域につながる何かを見る(ような気がする)ことがあります。円空と同じものを見たなどというつもりは毛頭ありませんが、そんな感動を覚えることがあるのもまた事実です。
そこで、この十一面観音の墨書について、ごくごく素朴な疑問をもっていることを告白します。
はたして円空はほんとうにこの6つの頂きに登ったのだろうか。
それはいったいどんな山行だったのだろうか。
大峰山や伊吹山など、古来修験の山として多くの人々に歩かれた山に登るのと、これら未踏の山に登るのではまったく話が違うのではないか、と私は思うのです。山の厳しさ、気候の厳しさが、低山と3000メートル級の高山では全く異なるうえに、なんといってもそこには道がないのです。
北アルプスの登山地図を開いてみましょう。
乗鞍岳、焼岳、穂高岳、双六岳は岐阜・長野県境にそそりたつ尾根上に並ぶ峰であること、残る錫杖岳と笠ヶ岳は現在、新穂高温泉がある谷をはさんで西側の尾根に位置し、この2つの尾根は双六岳で合流することがわかります。つまり、6つの峰は新穂高温泉のある谷をぐるっと囲む尾根上に並んでいるのです。
十一面観音が安置されていた上宝村の金木戸の集落からはいずれも半径25キロ以内。
飛騨の円空にとって、この6つの山の選択、そこでの修行の計画は、決して荒唐無稽なものではなかったように思えます。
日本登山史の黎明期、明治時代に日本アルプスを開いた欧米の登山家たちの記録を見ると、多くの場合、土地土地で山に精通した案内人をたて何日もかけ、あるいは何回も挑戦を重ねてようやく登頂を果たしていることがわかります。
江戸時代、円空に続いて笠ヶ岳に登頂し、のちに槍ヶ岳の登山道も開いたとされる幡隆上人もまた、多くの山人たちの協力を得てその行を終えました。
円空は、はたして一人でこれらの山に登ったのでしょうか。
いや、そうではなく幡隆上人と同様、多くの村人の助けを得たと考えたほうが自然ではないでしょうか。それは、一人でふらりと山に入るというような類のことではなく、多くの人の経験と知恵と力を結集させなければかなわない大いなる挑戦だったのではないでしょうか。
それほどまでして山に入る、その思いはどこからきたのでしょうか。
カシミールという大変便利なソフトがありまして、それで作った展望図をご覧いただきます。
上宝村 桑崎山頂から北アルプスを望む
十一面観音、いや、六面観音の安置されていた金木戸の集落近くの桑崎山の上に視点を設定し、そこからの眺めを地図データから再現したものです。
どうです。すばらしいでしょう。
円空さんはこの景色をみて何を思ったのか。
私はどこかの峰に登りついたとき、いつもそのまた向こうに見える峰に登りたいと思います。空遠く、空高くそびえる向こうの山の峰にはなにか特別なものがあるような気がするのです。それが白く雪をいただく峰であればなおさら。
山の特別な力に魅入られていることにおいては、円空さんも同じではなかったかと。不遜ながら、そんな想像をしてしまいます。
皆様には、六面観音の背後にはこんな神々しい山々の姿があったことを知っていただければと思います。
そしてそれが、円空さんの力となって、ますます村人たちの信仰を集めていたことも。
カテゴリ:研究員のイチオシ、彫刻、2013年度の特別展
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posted by 小林 牧(広報室長) at 2013年03月27日 (水)
円空仏の森へようこそ。
特別展「飛騨の円空-千光寺とその周辺の足跡-」にご来場いただき、
いっぽ本館特別5室の展示室に踏み入れると、そこは飛騨の森。
飛騨の木から姿をあらわした円空仏100体があなたをお待ちしています。
特別5室の天井高は14mほど、本館吹き抜けの雰囲気ある展示室。
円空展チーフの浅見東洋室長は展示プランについて、検討をはじめたごく初期の段階から
「ここ特別5室に円空仏の森を作りたい」という思いがありました。
会場デザイン:オフィスイオ 施工:乃村工藝社
この森を歩いているとふとした出会いがあるかもしれません。
たとえば「愛染明王坐像(あいぜんみょうおうざぞう)」
愛染明王坐像 円空作 江戸時代・17世紀 岐阜・霊泉寺蔵
華瓶とおぼしきうずまき模様の上に咲いた蓮の花、
そのうえにどっかと坐る愛染明王の手は6本。
お腹の前に突き出した右手に金剛杵、左手には金剛鈴を握ります。
本来弓矢をもつはずですが、ここでは省略されています。
お顔をながめると、口の端をきゅっとあげているからか
不敵な笑みを浮かべているようです。
(左)うずまき模様
(右)ひとつの手はぐー?
(左)会場だと影になりよく見えませんが、金剛鈴には舌(ぜつ)も彫られています
(右)憤怒相…ではありませんね。目と目の間がはなれている獅子冠
愛染明王は恩愛を司る仏さまとして、平安時代以降広く信仰を集めてきました。
このお像を所蔵する霊泉寺は、高山市内にある真言宗泉涌寺派の寺院。
延宝5年(1677)、地元の人たちが力を合わせて堂宇、愛染堂を建立し、
愛染明王(秘仏)を安置したことから、霊泉寺は地元で「愛染」の名で親しまれます。
貴賎の別なく人を想い、人に想われた円空。
修行の旅を続ける中で、霊泉寺を訪れたとき、
この愛染明王像をのこしていったのでしょう。
地元の人々の篤い信仰心と、それに向き合う円空の暖かい心が感じられるようです。
円空のお像には通じて、心に寄り添うような近さ、親しみを覚えます。
すぐそばにいる仏さま、神さま。
あなたはこの森でどんな円空仏に出会いますか?
次回「私のイチオシ!円空仏」は小林牧広報室長に引き継がれます。どうぞお楽しみに。
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posted by 高木結美(特別展室) at 2013年03月23日 (土)
特別展「飛騨の円空-千光寺とその周辺の足跡-」(2013年1月12日(土)~4月7日(日)本館特別5室)は会期終了まで残すところ1ヶ月をきりました。
これまでお越しいただきました皆様、誠にありがとうございます。
100体ご覧いただきますと、心に残った円空仏があるのではないでしょうか。
このブログでは、「私のイチオシ!円空仏」と題し、円空展担当者によるイチオシの円空仏をリレー形式でご紹介します。
私のイチオシは「柿本人麿坐像(かきのもとのひとまろざぞう)」です。
柿本人麿坐像 円空作 江戸時代・17世紀 総高50.2cm 岐阜・東山神明神社蔵
この像は会場の右奥に展示しています。
展覧会に向けてプレスリリース、チラシを作成時している時からずっと気になっており、早く実物を見たいと思っていました。
いざ展示されると、会場内の雰囲気と照明によって陰影がはっきりし、さらに引き込まれました。
私がこの像を見るときは、まず正面に立ち全体を見ます。
柿本人麿は左肘を脇息にもたれた姿勢で表現されることが中世には定型となっていました。
この像も少し姿勢をくずしているせいか、見るこちら側の緊張をとり安堵感を与えてくれます。
全体を見た後は、像の視線と同じ高さになるよう少し中腰になり真正面から顔を見ます。
この柔和な表情は見れば見るほど心が穏やかになり優しい気持ちになります。
また、まるで私にほほえみかけてくれているような気持ちにさえなってしまいます。
表情も見どころですが、横からもご覧ください。
正面から見ただけでは想像できないぐらい薄く、また平たいことがわかります。
円空は木を鉈で割り仏像を彫りました。
背面はこのように割ったままのものが多く、木を大事に使ったからか、薄い材を用いていることも多いです。
衣の表現も見てください。
このように薄い材でもしっかり彫りこんでいるので見応えたっぷりです。
お越しの際は、「柿本人麿坐像」の表情とともに、造形力に満ち溢れているところもご覧いただければと思います。
円空仏を見ていると「円空はどんな人だっただろうか?どんな思いで彫っていたのだろうか?」といろいろな思いがめぐります。
円空に関わる資料がほとんどないため、まだわかっていないこともたくさんありますが、
円空仏は見るものに様々なことを想像させ、訴えかける力を持っているのだと思います。
それが円空その人自身、そして円空仏の魅力的なところでもあると思います。
皆様のイチオシはどの円空仏でしょうか?
次回は特別展室高木よりご紹介します。どうぞお楽しみに。
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posted by 江原 香(広報室) at 2013年03月11日 (月)
円空仏は素材である木が造形に大きく関わっています。木の形や質感を最大限生かして造った像は円空と自然の合作と言ってもいいでしょう。
たとえば三十三観音の顔に注目してください。木目が等間隔に通っている柾目(まさめ)の顔と隙間が多い板目(いため)の顔では印象が違いますね。
板目(左から2つめと4つめ)の方がのんびりしていて、柾目の方はまじめそうです。
三十三観音立像(部分) 円空作 江戸時代・17世紀 岐阜・千光寺蔵
木目の間隔によっても印象は異なります。宇賀神と弁財天を比べてみましょう。
(左)弁財天坐像および二童子立像のうち弁財天坐像(部分) 円空作 江戸時代・17世紀 岐阜・千光寺蔵
(右)宇賀神像(部分) 円空作 江戸時代・17世紀 岐阜・千光寺蔵
左の弁財天の方が目が詰んでいて木目が目立ちません。宇賀神の木目も同様だったらその魅力は少し減るのではないでしょうか。
円空が彫り進めている時に節が現われたため、姿を変えたと思われる例がこちら。
僧形立像 円空作 江戸時代・17世紀 岐阜・熊野神社蔵
胸の前の宝珠が中央から少しずれているのは右胸に節があるからでしょう。からだを左にひねった分、顔は右を向いています。動きが出て面白い像になりました。
木を断ち割った時の断面がとても効果的に見えるものもあります。
龍頭観音菩薩立像(部分) 円空作 江戸時代・17世紀 岐阜・清峰寺蔵
木の繊維のつくる曲線が龍の頭に動きを加えています。ここには一切鑿は入れていません。
今回出品作中最大の金剛力士(仁王)立像は横から見ると肩甲骨が出っ張って、腰に向かってすぼまっていく背中のラインがみごとに表現されているように見えます。
しかしこれはもともとの木の形です。円空はこれを見越して仁王像を造ることにしたのでしょう。
金剛力士(仁王)立像 吽形 円空作 江戸時代・17世紀 岐阜・千光寺蔵
円空は木にカミや仏がこもっていると考えていました。だから木の質感、あるいは個々の木が持っている姿にあまり手を加えずに完成としたのです。
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posted by 浅見龍介(東洋室長) at 2013年03月01日 (金)
新年を迎えたトーハクは、リニューアルしたての東洋館、博物館に初もうで開催中の本館と多くの方にお越しいただいています。
ありがとうございます。
そして、いよいよ特別展「飛騨の円空-千光寺とその周辺の足跡-」(2013年1月12日(土)~4月7日(日)本館特別5室)の開幕が間近となってきました。
展示室内では、開幕に向けて作品の陳列がほぼ終わり、調整に入っています。
今回は、開幕直前の展示室を少しご紹介します。
展示室内で一際目立っているのは、本展覧会の目玉の一つ、仁王像。ただいま、題箋の位置を調整中です。
作品が2mを超える上、台座に乗せていることから脚立を使っています。
金剛力士(仁王)立像 吽形(こんごうりきし(におう)りゅうぞう うんぎょう)
江戸時代・17世紀 総高226.0cm 千光寺蔵
地面に生えたままの立木を彫刻した像です。200年ほど前に根元が朽ちたため切り離されました
こちらでは、わずか20センチの宇賀神を展示具で固定中。
宇賀神像(うがじんぞう)
江戸時代・17世紀 総高19.8cm 千光寺蔵
正面をご覧いただくと、とてもかわいらしい表情です
現場では、多くのスタッフが相談しながら作業を進めています。
今後の進め方を担当研究員、特別展担当、施工業者さんと協議中
表情がそれぞれ違う三十三観音立像はこのように展示をする予定です。
31体がずらーっと並んでいるのはなかなか迫力がありますよ!
三十三観音立像(さんじゅうさんかんのんりゅうぞう)
江戸時代・17世紀 総高61.0cm~82.0cm 千光寺蔵
31体しか残されていないのは近隣の人々に貸し出して戻って来なかったからと言われています
まだ作品にライティングを施していません。
これからさらに各像の顔が鮮明になり、朗らかな表情のものもあれば、
険しい表情のものなど円空仏の魅力をより感じていただけると思います。
どうぞ楽しみにしていてください。
また、12日・13日は開幕を記念して本館前庭付近にて、高山市の協力をいただき飛騨高山の振る舞い酒を先着順で配布いたします。
ご当地キャラクターのさるぼぼの「ひだくん」や伝説の白猿「遊湯(ゆうゆ)」が皆様をお出迎えします。
日時:2013年1月12日(土)・13日(日)
場所:東京国立博物館 本館 前庭付近
新春飛騨高山の酒鏡開き(12日のみ)
2013年1月12日(土) 9:30頃
飛騨高山の地酒&甘酒振る舞い
2013年1月12日(土) 9:30~、13:30~
2013年1月13日(日) 9:30~
※各回とも、地酒振る舞い 先着200名様 甘酒振る舞い 先着100名様
※なくなり次第終了
先着順で飛騨高山タオルを本館入口付近でプレゼント
本展ご鑑賞者限定 ※なくなり次第終了
さるぼぼの「ひだくん」と白猿の「遊湯(ゆうゆ)」は、高山市の特別住民となっています
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posted by 江原 香(広報室) at 2013年01月09日 (水)