伝教大師1200年大遠忌記念 特別展「最澄と天台宗のすべて」(11月21日(日)まで)の閉幕が近づいてまいりました。
特別展はあっという間です。
本展の第2会場・第6章では、「現代へのつながり―江戸時代の天台宗」というテーマで、関東地方の有力な天台宗寺院である、浅草寺・輪王寺・寛永寺に伝わった御寺宝を展示し、東京会場の特色を出しています。
今回は栃木県日光市の輪王寺に所蔵される二つの仏画をご紹介します(図1)。
仏画というと、難しいし、時代が古いものは絵の具が剥落したり退色したり、あるいは画面が汚れていたりしていてよく見えない!という感想をお持ちの方も多いと思います。
ですが、こちらの作品はいかがでしょう。目を見張る鮮やかさです!ともに江戸時代に制作されました。
図1
第2会場 展示風景
向かって左が「法華経曼荼羅図」です(図2)。
図2
法華経曼荼羅図
木村了琢筆 江戸時代・寛永17年(1640) 栃木・輪王寺蔵
展示期間=11月2日(火)~21日(日)
『法華経』「見宝塔品」の内容を描いたもので、釈迦如来と多宝如来が宝塔に並んでお説法をしています。
周囲にはありがたいお話を聞くために、いろいろな菩薩や釈迦の弟子たちが集まっています。
一方、右側に展示しているのが「仏眼曼荼羅図」です(図3)。
図3
仏眼曼荼羅図
木村了琢筆 江戸時代・17世紀 栃木・輪王寺蔵
展示期間=11月2日(火)~21日(日)
穏やかに過ごすことや安産を願って行われた「仏眼法」という密教修法の本尊に用いられました。
仏眼仏母という仏を中心に、周囲に様々な仏が、花が咲くように広がって位置しています。
ともに良質な絵の具が用いられ、華麗で美しい作品です。
華やかさの理由の一つが、随所にみられる金色です。
金箔を細く切って模様の形に貼り付けたり、金を絵の具のように用いて文様を描いています。
今は色あせてしまった平安時代の仏画も、描かれた当時はこのような輝きを持っていました。
また、表装部分も注目です。描表装(かきびょうそう)といって、絵の周囲もすべて描いています。
表装部分は通常、裂地を用いますが、仏画の場合、この二つの作例のように、風帯と呼ばれる掛軸上端から垂れ下がる裂や、裂地の文様にあたる部分までも丁寧に描き出した例がみられます。
ただ、どうしても傷んでくるので、裂地に代わることが多いです。
古い仏画では描表装が周囲に少しだけ残っている作例が散見されます。
そして、この二つの作品、以前使われていた軸や表装裏の墨書から、「木村了琢」という絵仏師が描いたことがわかります。
この木村家、江戸時代を代表する絵仏師の家系です。
二つの作品を比べると、確かに顔立ちがよく似ている仏がいたりします(図4・5)。
図4法華経曼荼羅図(部分)
木村了琢筆 江戸時代・寛永17年(1640) 栃木・輪王寺蔵
図5
仏眼曼荼羅図(部分)
木村了琢筆 江戸時代・17世紀 栃木・輪王寺蔵
(図4・5を比較すると、目尻の上がった顔立ちは似ていますが、鼻筋を入れる、入れないの違いがみられます。この違いをどのように考えるか……今後の課題としたいと思います)
木村了琢の画風を知る手掛かりです。皆様も会場でじっくりと見比べてみてください。
近世仏画は古代・中世の仏画を考えるうえでも重要です。
ご紹介した二つの作例は、仏画が本来持つ華やかさ、美しさを今に伝えてくれています。
※会期は11月21日(日)まで。会期中、一部作品の展示替えを行います。
また、本展は事前予約制を導入しています。
展示作品やチケットの詳細については、展覧会公式サイトをご確認ください。
カテゴリ:研究員のイチオシ、絵画、2021年度の特別展
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posted by 古川攝一(平常展調整室) at 2021年11月12日 (金)
カテゴリ:研究員のイチオシ、絵画、2021年度の特別展
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posted by 古川攝一(平常展調整室) at 2021年10月29日 (金)
こんにちは。研究員の高橋です。
特集「博物館に初もうで ウシにひかれてトーハクまいり」も、残すところあと数日。
展示はモーご覧になりましたでしょうか?
牛水滴 渡辺近江大掾正次作 江戸時代・17世紀
じつはこの特集、いたるところにさまざまな小ネタが仕込まれています。
例えば、次の章立てタイトルをよく見てみてください。何か気づきませんか?
第1章 牛にまつわる信仰史
第2章 牛と共同した暮らし
第3章 牛車と王朝の様式美
第4章 描写された牛の姿形
すべて平仮名にしてみるとわかりやすいかもしれませんね。
そう。よく見ると、4つの章立てタイトルすべてに、【ウシ】という言葉がまぎれ込んでいるのです。
信仰史【しんこウシ】
共同し【きょうどウシ】
様式美【よウシきび】
描写【びょウシゃ】
こんなかんじで、遊び心をふんだんにちりばめた展示ですが、出陳されている作品数もかなりのもの。
広くはない展示スペースに、60件もの牛にちなんだ作品たちが、ひしめきあっています。
(ちなみに「ひしめく」は「犇く」と書きます。牛×3!)
「第4章:描写された牛の姿形」展示風景
とくに、第4章の展示ケースはまさにギュウギュウ。ちょっと密ですね(笑)
なんと、本来はここに展示予定であった、第4章のメインの作品も並べるのが難しくなってしまいました。
そこで、ちょうど表具の「片輪車」が共通することから、お隣の牛車コーナー(第3章)に移したのでした。
重要文化財 駿牛図断簡 鎌倉時代・13世紀
そのメインの作品というのが、こちらの「駿牛図断簡」(すんぎゅうずだんかん)です。
牛車を引く優れた牛を描いた作品で、元は絵巻だったものが切り取られ、掛軸に表装されています。
後ろを振り返る美しい牛の姿から、名付けたニックネームは「見返り美牛図」!
絶妙な墨の濃淡によって牛の立体感を見事に表し、筆線を引き重ねた細部描写もたいへん緻密です。
数ある牛の絵のなかでも、その優美さはピカイチといってもよいのではないでしょうか。
駿牛図断簡 拡大図
さて、今回の特集は、すべてトーハクのコレクション(収蔵品)で構成されています。
トーハクには膨大な数の収蔵品がありますが、ふだん展示で使用されるのは、じつはそのほんの一部です。
そのなかで、今回のような「テーマ展示」は、収蔵品の新たな活用という面で、有効な切り口となります。
例えば「牛」というテーマであれば、ふだんの名品展とは違う角度から、作品に光を当てることができます。
とくに本展では、これまで一度も展示されていない作品や、出陳履歴の少ない作品を積極的に発掘しました。
そして発掘した作品はなるべく多く出したい!と思った結果、このようなギュウギュウ展示となったのです。
今回が初出陳となる屏風作品
右:四季耕作図屛風(模本) 江戸時代・19世紀 原本:伝狩野元信筆 室町時代・16世紀
左:四季耕作図屛風 江戸時代・17世紀
作品との思いがけない出会いにより、改めてトーハクと縁を結んでほしい、という想いを込めたこの特集。
「密」に対して過敏な昨今ですが、ケース内に密集した牛たちは、じつにほのぼのとした表情をしています。
人の営みを傍らで支え続けてくれた牛のように、本展をはじめとするトーハクのさまざまな試みが、今後の新たな日常を支える、ささやかなきっかけになれば幸いです。
博物館に初もうで ウシにひかれてトーハクまいり 本館 特別1室・特別2室 2021年1月2日(土)~2021年1月31日(日) |
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posted by 高橋真作(文化財活用センター) at 2021年01月22日 (金)
ミートパイがおいしい店なので期待して食べたら、牛の形をしているだけで肉が入っていなかった。
残念ではありますが、これは干支の縁起物にもかかわらず、あさましくもその肉が入っていることを期待した私の方に非があったのかも知れません。年賀状にかわいい牛の姿を描きつつ、「さあ、こいつの肉を食うか」という気分にはならないでしょう。
やはり干支の肉というのは、何となく禁忌に触れる感覚なのだろうか…。そんなことを思い悩む今年の正月でしたが、スーパーでは「丑年!お肉を食べよう!」みたいなコーナーができていて、どうもそんなに単純な話ではないようです。
何の話かというと、前回に引き続き特集「博物館に初もうで ウシにひかれてトーハクまいり」に関して、牛に対する視点のお話。
多くの現代人にとって、「ウシ」という言葉を聞いた時に思い浮かべるのは牛丼や焼き肉ではないかと思いますが(違いますか? 私はそうですが)、前近代から続く牛の霊力への信仰を完全に捨ててしまったわけではありません。スキヤキの名店で舌鼓を打ったあと、神社で撫牛像を撫でて病気平癒を願うなんてコースは観光の定番だったりします。牛は人にとって身近であるだけに、神様のような存在だったり、逆に神に捧げる犠牲だったり、あるいは労働力だったり、都合よくさまざまな役割を与えられてきました。
なかでもちょっと特殊な立場にあったのが、平安時代の牛です。というのは、ただの労働力ではなく、牛の姿形が人々の品評対象となり、その良し悪しが所有者の社会的身分を示す指標にもなったからです。その理由として挙げられるのが、貴族の乗り物「牛車」の流行でした。
平治物語絵巻(模本)院中焼討ノ巻(部分) 狩野栄信・中山養福模
江戸時代・19世紀 原本=鎌倉時代・13世紀
「平治物語絵巻」では、平治の乱発端の場面で、馳せ参じた牛車の行き交うなかに、ひときわ目立つ白い車体が見られます。これは檳榔樹の葉から糸を作り、白く晒したもので屋形(牛車の人が乗る部分)の全体を葺いた「檳榔毛車(びろうげのくるま)」です。上皇や親王、摂関など一部の人々にしか乗用が許されないため、まさに憧れの高級車でした。そんな貴紳を乗せた車を引くのですから、動力である牛も普通であってはいけません。ここでは上等な牛とされた黄褐色の「黄牛(あめうじ)」が引いているところもポイントです。
国宝 片輪車蒔絵螺鈿手箱 平安時代・12世紀
さて、牛車の文化があったからこそ生まれた意匠に「片輪車」があります。
平安時代に描かれた料紙装飾や経巻見返絵などの中には、牛車の車輪だけが地面に横たわっていたり、水流に半ば浸かっていたりする図像が見られます。これが後に「片輪車」と呼ばれる意匠の原型で、いずれも車輪の半分ほどが見えている状態にあり、楕円に歪んで描かれるのが約束事です。水流に浸かっているものについては、木製の車輪が干割れしないように水に漬けておくという習慣に伴う日常的な景観と説明されますが、水流が描かれない図像の場合はその説明が成り立ちません。
これに関しては実際の景観を表したというよりも、車輪を「わ」の音として読む「字音絵」として解釈したり、釈尊の説法を意味する転法輪と見たり、浄土の宝池に咲く蓮華の寓意と捉えたりする考え方があります。
ある図像というものは、見る側の文化的背景によって全く意味が違ってくるものです。
たとえば、ちょっと前までは市松模様を見ても何の関心も持たなかったのに、今では某炭焼きの少年を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。一様の解釈を当てはめるのではなく、成立時期や受容層により「片輪車」の意味するところも変わってくると考えた方が良いでしょう。
陣羽織 淡黄羅紗地片輪車模様 江戸時代・18世紀
中世以降、多額の維持費がかかる牛車の文化は次第に廃れてしまいます。それだけに牛車は失われた王朝文化の象徴として、憧れとともに記憶の中へ留まり続けることになります。
「片輪車」も形式化し、仏教的な寓意はすでに失われ、文様としては一種の吉祥モチーフとして扱われるようになっていきました。
ではただの「おめでたい文様」になってしまったのかというと、そうも言いきれない。近世には傾奇者に好まれた意匠であったとする指摘もあります。何より、この赤くズバッと背中に片輪車を配した陣羽織を見ると、その文様に託した強い主張を実感せざるを得ません。着用者は、この歪んだ車輪に何を見ていたのでしょうか。
博物館に初もうで ウシにひかれてトーハクまいり 本館 特別1室・特別2室 2021年1月2日(土)~2021年1月31日(日) |
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posted by 福島修(工芸室) at 2021年01月15日 (金)
あけましておめでとうございます。研究員の増田です。
丑年の本年は、牛を表わした作品や牛にまつわる作品を展示した特集「博物館に初もうで ウシにひかれてトーハクまいり」が本館特別1・2室で開催中です(2021年1月31日まで)。
本特集のタイトルは「牛に引かれて善光寺参り」という諺(ことわざ)をもとにしたもの。「身近に起こった出来事に導かれて、思いがけない縁が結ばれること」のたとえです。
このブログでは、皆様と当館とを結ぶ展示作品を紹介します。
今回は、宗教における牛についてお話ししていきます。
まず、牛は古代インドの神々の強大な力のシンボルとされました。
チューギェル立像 中国 清時代・18~19世紀
チューギェルとは古代インドの神ヤマが仏教に取り込まれた姿です。ヤマの象徴である牛の頭をしていて、大きな鼻や二本の立派な角が表わされています。手足を大きく広げて牛の上に乗る軽快な姿ですが、実は死者を厳しく処罰する強大な力を持ちます。
次に、中国の宋時代には、牛が仏教における悟りの象徴とみなされるようになります。
十牛図(模本) 陶山雅純摸 江戸時代・嘉永3年(1850) 原本=狩野探幽筆 江戸時代・17世紀
十牛図とは、人が牛を飼いならすまでの過程を禅の修行になぞらえ、悟りの境地に至るまでの十段階のプロセスを絵で示したものです。ここで牛は「悟り」や「真の自己」を表わすといいます。
最後に、日本の仏教説話では、人を仏のもとへ導く存在として牛が登場します。
本特集のタイトルのもとになった諺の善光寺に関する作品を紹介します。
善光寺如来絵詞伝一 釈卍空著 江戸時代・安政5年(1858) 徳川宗敬氏寄贈
お話のあらすじは次の通りです。
昔、ある老婆が布を干していると、どこからか牛が現われ、角に布を引っかけて走り去ってしまいます。老婆は牛を追いかけ、気づくと善光寺にたどり着き、そこで仏を信じる心を起こしました。
江戸時代には、このストーリーを記したさまざまな書物が制作・刊行されました。
ところで、善光寺の本尊である阿弥陀如来三尊像はインド伝来とされる秘仏ですが、鎌倉時代以降にはその姿を模した、いわゆる善光寺式の阿弥陀三尊像が数多く作られました。
重要文化財 阿弥陀如来および両脇侍立像(善光寺式) 鎌倉時代・建長6年(1254)
本像もその一つです。
阿弥陀如来が左手の人差し指と中指を伸ばす手のしぐさ、左右の脇侍が両手を胸前で重ね合わせる手のしぐさ、などが特徴です。さらに銅でつくられていることも他の模刻像と共通します。
古代インド、中国、そして日本における信仰の歴史のなかで、牛がどのような存在とされてきたかをギュウっとまとめて紹介しました。
これらの作品を通じて、ぜひトーハクと縁を結んでいただきたいと思います。
博物館に初もうで ウシにひかれてトーハクまいり 本館 特別1室・特別2室 2021年1月2日(土)~2021年1月31日(日) |
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posted by 増田政史(絵画・彫刻室) at 2021年01月08日 (金)