列品解説「東大寺山古墳出土大刀群と金象嵌銘文の世界」 補遺1
特集陳列 「よみがえるヤマトの王墓―東大寺山古墳と謎の鉄刀―」の会期も、あと1ヶ月足らずとなりました(~2011年8月28日(日)まで)。
先日(7月26日(火))の列品解説「東大寺山古墳出土大刀群と金象嵌銘文の世界」は多くの方に聴いていただき、担当として大変嬉しく思っております。
限られた時間で十分に意を尽くせなかった点も多いのですが、また御来館いただいた際に役立てていただけるように、常設展示との関連などを少しばかり補足させて頂こうと思います。
また、会場配布の自主制作のチラシを列品解説の詳細ページに公開したので併せてご利用ください。
今回は東大寺山古墳出土の金象嵌銘大刀(きんぞうがんめいたち)を中心にお話させていただきました。
日本列島最古の象嵌銘文(1)をもつ大刀として有名ですが、古代東アジアの刀剣銘文の典型で大きく3つの部分で構成されています。
A:中国王朝の権威が及ぶことを示す後漢の元号
B:架空の日付を伴う材質・製作の正当性を示す常套句
C:辟邪除災(招福)(へきじゃじょさい(しょうふく))を意図する吉祥句
Cはこの大刀が天(宇宙)の星宿(星座)(せいしゅく(せいざ))に呼応して、地上のあらゆる災厄を避ける呪力をもつことを意味しています。
象嵌銘文(1)
「A:中平□□[184~189](年)、B:五月丙午、造作文刀百練清(釖)、C:上應星宿、(下辟不祥)」
※ [ ]内の数字は西暦、漢字は銘文の本字を示す。以下同様。
このうち、Cの前半は古代中国の世界(宇宙)観に適っていることを表現したものです。
宇宙(天)が大極(太一)・七星(輔星)とよばれる北極星・北斗を中心に、28の星座(二八星宿)から構成されるという思想は漢代以降の天文図にも描かれています。
(画像1) 古墳壁画の星宿図(天井部分:上方・南壁)(奈良県キトラ古墳:7c 文化庁)
そこには北極星=北辰(紫)を中心に陰陽五行説に基づく日輪(金)・月輪(銀)と二八星宿を表す東方七宿(青)・西方七宿(白)・南方七宿(赤)・北方七宿(黒)が描かれ、しばしば東西南北を青龍・白虎・朱雀・玄武(黒)の霊獣で象徴的に表現されました。
このような思想は中国製の銅鏡にも見られます。
今回、金象嵌銘大刀の隣に展示している太平元年[256]銘神獣鏡(天理参考館蔵)の銘文(2)がそれで、同じくA~C部分からなっていて、まさにそっくりです。
象嵌銘文(2)
「A:太平元[256]年、B:五月丙午、造作明鏡、百練清銅、C:上應星宿、下辟不祥」
さらに、解説でご紹介した資料は青竜3年[235]銘方格規矩四神鏡(ほうかくきくししんきょう)です。
3面の同笵鏡(どうはんんきょう)(大阪府高槻市安満宮山古出土例(画像2)があり、実はうち1面は向かい側の考古展示室(平成館1階)で展示しています。
(画像2) 青龍三年銘方格規矩四神鏡 (大阪府安満宮山古墳:3~4c)(高槻市教育委員会2000)
この同笵鏡(個人蔵)の銘文(3)もやはりA~C部分からなり、C部分はより具体的(C1・C2)に述べられていることがお解りいただけると思います。
中国製銅鏡の文様は当時の世界観を表したものが多く、まさに銘文と文様が一致する典型例です。
古代中国の世界観をビジュアルに観察することができますので、是非じっくりと御覧ください。
象嵌銘文(3)
「A:青龍三年[235]、B:顔氏作鏡成文章、 C1:左龍右虎辟不詳[祥]、朱爵[雀]玄武順陰陽、C2:八子九孫治中央、壽如金石宜侯王」
この金象嵌銘大刀の銘文は、古代中国で紀元前から発達した2~3世紀当時の世界観をストイックに表現した典型例です。
(画像3) 最古の星宿図 (中国・曾侯乙墓 漆塗衣装箱蓋絵:BC5c)(湖北省博物館1989)
しかし、東大寺山古墳に埋められた4世紀後半には、すくなくとも一番目立つ把頭部分は他の4本の大刀と共に改造され、元々付いていたと考えられる素環頭または三葉環頭ではなく、なぜか日本列島製の花形飾環頭や家形飾環頭に付け替えられていました。
少々長くなってしまいましたので、この改造の謎はまた、後日(補足の補足…)お話できればと思います。
今週は本特集陳列の列品解説、第2弾「東大寺山古墳の埴輪を読み解く」(8月9日(火))、第3弾「東大寺山古墳の副葬品をめぐって」(8月12日(金))が予定されています。
今回の展示で大部分を占める実に豊富な副葬品や墳丘の埴輪群に関する解説です。
銘文大刀とはまた違った角度で、東大寺山古墳の重要性をご理解頂ける機会となると思いますので、乞うご期待です。
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posted by 古谷毅(列品管理課主任研究員) at 2011年08月09日 (火)
「空海と密教美術」展も10万人の入場者をお迎えし、ますます盛り上がってまいりました。
しかし、特別展観覧後は、総合文化展をご覧にならずに帰られてしまうお客様も多いようです。
本館の総合文化展では、特別展の会期に合わせ、関連作品を展示しているのはご存知でしょうか?
そこで、「空海と密教美術」展の観覧後、さらに密教美術をお楽しみいただくためのコースをご提案します。
題して、 「空海と密教美術展」とあわせて観たい!おすすめ作品コース!
まずは本館2階「日本美術の流れ」へどうぞ。
国宝室では、「国宝 宝簡集(ほうかんしゅう) 巻第二」(平安~南北朝時代・12~14世紀 和歌山・金剛峯寺蔵)が8月21日(日)まで展示されています。
特別展会場では、高野山の寺領に関する巻(巻第七、巻第二十五は8月21日(日)まで、巻二十六は8月23日(日)から展示)を紹介していますが、こちらの巻第二は源頼朝の書状、後鳥羽上皇・高倉上皇院宣(いんぜん)、など、鎌倉時代から南北朝時代にかけて幕府や朝廷といった公武の権力者が高野山に対して出した文書をご覧いただけます。時の権力者の高野山に対する尊崇がうかがえます。
国宝室では贅沢な展示空間をお楽しみください。
第3室 「仏教の美術―平安~室町」 では、愛染明王像(あいぜんみょうおうぞう)や両界曼荼羅図(りょうかいまんだら)が展示されています。
愛染明王は、特別展には出品されていませんが、平安時代、空海らが唐から持ち帰ったのちに信仰が盛んになり、彫像や画像も多数制作されました。
またこちらでは、密教法具「金銅八仏種子五鈷鈴(こんどうはちぶつしゅしごこれい)」もご覧いただけます。特別展で展示されている五鈷鈴(ごこれい)などとは趣の違う、繊細な作風です。
ここで、1階のジャンル別展示へ移動します。
大階段を降りたら左手の11室(彫刻)に入りましょう。
こちらには「不動明王立像」(平安時代・11世紀)が展示されています。空海が中国から伝えたものとは異なるすがたの不動明王です。
8月23日(火)からは、11室でも五大明王像(平安時代・11~12世紀 山梨・桑戸区蔵)が展示されます。特別展会場の京都・醍醐寺蔵の不動明王を含む五大明王像(平安時代・10世紀)と見比べるのも楽しいでしょう。
なお、空海が伝えたスタイルの不動明王と、11室の不動明王立像との違いについては当ブログ記事「不動明王の隠れたおしゃれ」をご参照ください。
最後は14室の特集陳列「運慶とその周辺の仏像」(10月2日(日)まで)です。
こちらには、密教の宇宙を現すといわれる曼荼羅の中心に描かれ、密教ではいちばん重要な仏である大日如来が展示されています。運慶作の可能性が高い栃木・光得寺蔵と東京・真如苑蔵の2体の大日如来坐像をご覧ください。
本館14室の展示風景
いかがですか?
特別展だけではもったいない、新しい楽しみ方が見つかるのではないでしょうか。
おすすめコースのページは右上の「このコースを印刷する」ボタンで簡単に印刷できます。
ぜひ、来館時にお持ちいただき、特別展会場と見比べてお楽しみいただければ幸いです。
カテゴリ:ウェブおすすめコンテンツ、2011年度の特別展
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posted by 広報室Web担当 at 2011年08月08日 (月)
ますます盛り上がって参りました「空海と密教美術」展。少しずつ展示替えされていますので、お目当ての作品がありましたら事前に展示作品リストでチェックしてみてください。
さて、前回「書」についてのインタビューを掲載しましたところ大変ご好評いただきましたので、今回は更にもう一歩「書」の世界に踏み込んでみたいと思います。研究員はいったいどのような視点で「空海と密教美術」展の書を見ているのでしょうか。解説はもちろん、書跡担当の髙梨真行研究員です。
『弘法筆を選ばず、は一日にして成らず』
広報(以下K):髙梨さんが好きな作品、または「ここに注目!」という箇所がありましたらお話ください。
髙梨(以下T):是非ご注目いただきたいのは、国宝「大日経開題(だいにちきょうかいだい)」(作品No.53 展示期間:展示中~8月21日(日))です。
空海、弘法大師というと、元々天賦の才があったからというイメージが先行しがちですが、実はものすごい努力家だったということがとても良く分かります。
作品全体を見てみてください。何枚もの料紙が使われ、書体も行間も実にさまざまです。このことから、一日で書かれたものではなく、長期にわたって勉強したものを継いだと考えられます。
これは、真言七祖の一人である一行が著した「大日経疏(だいにちきょうしょ)」(大日経の教えを要約したもの)を、空海が自身の勉強のために抜き書きした自筆の抄録です。
現代の人は重要な箇所にマーカーを引いたりしますが、当時はそんなことは出来ませんので、その部分をひたすら写すのです。文章がどういう意味なのかを脇に小さく記したり、どこまでを勉強し終わったかチェックしたりして、本当に勉強熱心だった様子が見てとれます。
K:空海が名を残しているのは単に天才だったからではなくて、こうして努力して勉強していたからなのですね!
T:そうです。空海は、その名に見合うだけの努力をしていたのです。
『空海の威光、宗派を越えて』
T:もう一つ、空海の声望が見えてくるのが、国宝「灌頂歴名(かんじょうれきめい)」(作品No.39 展示期間:展示中~8月21日(日))。
これは、いつ、誰が、どの仏と結縁したかが書かれた備忘録ですが、ここに書かれている人物がすごい。最澄はもちろん、のちに天台宗の高僧となる光定、最澄の弟子・泰範など、宗派を越えて受け入れられています。空海の実力を認めざるを得なかった、空海の勢いを感じますね。中には俗人の名前も入っています。
これは、空海以外の人々が空海とどう向き合ったかが分かる、貴重な史料です。
K:大日経開題と灌頂歴名、そういう視点でこの二つの作品を見てみると、空海の実直な人となりが浮かび上がってきます。
空海は、色々な伝説や逸話ではカリスマティックに描かれることが多いので、今まではそういう印象を抱いていたのですが、そのカリスマ性は努力や勤勉さに裏付けられたものだったことがよく分かりました。人間・空海の姿を垣間見れた気がします。
髙梨さん、どうも有難うございました!
今回ご紹介した、国宝「大日経開題」と国宝「灌頂歴名」が見られるのは8月21日(日)までです。
次回のテーマは「絵画」です。どうぞおたのしみに!
カテゴリ:研究員のイチオシ、news、2011年度の特別展
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posted by 小島佳(広報室) at 2011年08月06日 (土)
「空海と密教美術」展は、2011年8月5日(金)午後、10万人目のお客様をお迎えいたしました。
これまでご来場いただいたお客様に、心から感謝申し上げます。
10万人目のお客様は、埼玉県越谷市からお越しの垣沼亮子さん(41歳)です。
お嬢様の真理子ちゃんと一緒に来館されました。
東京国立博物館 銭谷眞美館長より、展覧会図録と密教展オリジナルグッズを贈呈いたしました。
左から、銭谷眞美館長、垣沼亮子さん
2011年8月5日(金) 東京国立博物館平成館にて
垣沼さんは「空海に興味があり、国宝もたくさん出品されていると聞いて伺いました」とのこと。
展示の最後を飾る「仏像曼荼羅」にも期待されているということでしたので、
ぜひ360度の角度から仏像をご堪能いただければと思います。
垣沼さん、ありがとうございました。
空海が所持していたと伝わる重要文化財「三鈷杵(飛行三鈷杵)」(平安時代・9世紀 和歌山・金剛峯寺蔵)は、8月11日(木)までの展示です。
是非お見逃しなく!
「空海と密教美術」展は、2011年9月25日(日)まで開催しています。
カテゴリ:news、2011年度の特別展
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posted by 広報室員 at 2011年08月05日 (金)
本館10室では、何年かに一度、浮世絵の揃物を一挙に公開する展示を企画しています。
今回は、広重の代表作「東海道五拾三次之内」と並ぶ街道物の優品、
渓斎英泉(けいさいえいせん)と歌川広重(うたがわひろしげ)の合作「木曽海道六拾九次之内」シリーズを大公開!
「木曽海道六拾九次之内」は、江戸と京を結ぶ中山道の各宿に取材したもので、
出発点としての日本橋と、板橋から大津までの69の宿場が描かれています。
その全70図を、35枚ずつ2回にわたって全揃い展示します!
展示期間:(1)日本橋~奈良井 7月26日(火)~8月21日(日) (2)薮原~大津 8月23日(火)~9月19日(月・祝)
活き活きとした旅人たちの様子や土地の名産、旅情を誘う情感溢れる宿場の風景。
まるで画中の人物たちと一緒に中山道を旅しているような気分を味わうことができます。
また、人物画も得意とした英泉と、名所絵で人気を博した広重、
二人の競演も大きな見所です!
皆さんはどちらの絵師がお好みでしょうか?
木曽海道六拾九次之内・洗馬 歌川広重筆 江戸時代・19世紀 2011年7月26日(火)~8月21日(日)展示
木阻路ノ驛・河渡 長柄川鵜飼舩 渓斎英泉筆 江戸時代・19世紀 2011年8月23日(火)~9月19日(月・祝)展示
いつもは掛軸や屏風が展示されることの多いケースも、今回は木曽海道一色に染まります。
暑さの厳しいこの季節、美術館で木曽路の旅を楽しみませんか?
江戸時代の旅を満喫できる、シリーズ全公開のこの機会をぜひお見逃しなく!
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posted by 大橋美織(絵画・彫刻室) at 2011年08月03日 (水)