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1089ブログ

【上海博物館展コラム】点描項元汴~史上最大の収蔵家は、渋ちんだった?~

巻物であれ、掛軸であれ、作品によっては画面いっぱいに様々な印が押してある場合があります。
これは所蔵者や鑑賞者だけに許された特権。今の我々にとっては、これらの印を整理することで、作品のおおまかな伝来をたどることができます。
作品に最も多い印を押したのは、おそらく乾隆皇帝でしょう。
画面はもとより、表具の上にまで実に堂々とした印を押し、画面に彩りを添えています(図1)。


参考図版1
(図1) 一級文物 浮玉山居図巻(部分)
銭選(せんせん)筆 元時代・13世紀 上海博物館蔵
展示期間:10月27日(日)まで

印も題識も乾隆皇帝。



では、民間人で最も多い印を押したのは誰でしょう?
答えは、明時代の項元汴(こうげんべん 1525~1590)。
特別展「上海博物館 中国絵画の至宝」前期の作品であればNo.10の浮玉山居図巻(ふぎょくさんきょずかん)に、後期ならNo.17の青卞隠居図軸(せいべんいんきょずじく)に、乾隆皇帝と項元汴がその数を競うように印を押しています。

青べん隠居図軸
一級文物 青卞隠居図軸
王蒙筆 元時代・1366年 上海博物館蔵
展示期間:10月29日(火)~11月24日(日)



浮玉山居図巻
一級文物 浮玉山居図巻(部分)


項元汴は、中国の歴史上、民間人としては最も偉大な収蔵家だったと言えます。
現在伝えられる名品のほとんどに、項元汴の印が押されていると言っても過言ではありません。
項元汴は日本の「いろは歌」に相当する、「千字文」の字を整理記号として作品に書き込み(図2)、余白にはおびただしい数の印を押しました(図3)。


参考図版2
図2 
一級文物 浮玉山居図巻(右下部分)
千字文の「其の祗植を勉む(そのししょくをつとむ)」の「祗」字を書きつけています

参考図版3
図3
一級文物 浮玉山居図巻(部分)
たとえば画面の左上、二行にわたって数々の印を押しています。


自ら入手の経緯を記し、時には購入価格までをも明記する場合があります(浮玉山居図巻は30金!でした)。
そのため、項元汴の印があるだけで、作品の出来ばえが保証されたようなものですが、一方では美しい作品を汚したと非難されることもあります。

さて、この項元汴とは、どんな人物だったのでしょうか?
項元汴の父・項詮(こうせん)は官途につくことなく、嘉興(かこう  浙江省)で豊かな財産を築きました。
項詮には、3人の息子がいました。項詮の没後、家業を継いで巨万の財産としたのが、末っ子の項元汴だったのです。
項家はどうやら質屋を経営していたようで、項元汴はいながらにして天下の珍宝の多くを入手することができました。
また自らも書画に眼が利いたので、普段の生活は徹底して節約し、収蔵品を増やしていきました。
ただ、蓄財に専心するあまり、本来の価値より高く購入してしまうと、悔しさを顔ににじませ、食事も喉を通らなかったそうです。

そんな弟の性格を熟知していたのが、兄の項篤寿(こうとくじゅ)でした。
項篤寿は嘉靖41年(1562)に進士に及第し、温和な性格の持ち主でした。
項篤寿はあらかじめ小僧を偵察に出し、項元汴が書画を高く買って鬱々と日々を過ごしていることを知ると、項元汴の家を訪ね、最近入手した書画を見せてもらいます。
そして高く買った作品が出ると、項篤寿はその書画を絶賛しまくり、項元汴が買った値段で引き取って帰るのでした(朱彝尊『曝書亭集』巻53)。

もっとも、項元汴の名誉のために一言。
徹底した吝嗇家であった項元汴ですが、万暦16年(1588)、干ばつに見舞われた江南が大飢饉となった時、項元汴は私財をなげうって多くの郷土の人々を助けたこともあります(図4)。


墓誌銘
(図4)
行書項墨林墓誌銘巻(ぎょうしょこうぼくりんぼしめいかん)
董其昌筆  明時代・崇禎8年(1635)  高島菊次郎氏寄贈  東京国立博物館蔵
項元汴と親交した董其昌が書いた、項元汴の墓誌銘です。



項元汴の集めた数々の名品は、兄の項篤寿が亡くなり、政界へのつてもなくなってしまうと、貪欲な官僚たちの餌食となり、さらに明末の動乱によって散逸してしまったのでした。
項元汴の偉大な収蔵品は、厚徳の兄・項篤寿に支えられていたと言えるかも知れません。

追記:
嘉興(浙江省)の出身であった朱彝尊は、項家と姻戚関係にありました。
項元汴の没後39年目に生まれた朱彝尊は、幼い頃に項元汴の築いた天籟閣(てんらいかく)に登ったことがあったそうです。
項元汴の所蔵していた青卞隠居図軸は、その後、北京の旧家が入手するところとなりました。
朱彝尊は初め清朝に仕えず、各地を遍歴して学問を積んでいましたが、康煕18年(1679)、51歳の時に博学鴻詞科(はくがくこうしか)に挙げられ、北京で『明史』の編修に従事するようになります。

これは朱彝尊が北京にいた頃のお話。
北京の旧家では、後に青卞隠居図軸をお針子に持たせて、この名画を市に売りに出しました。
たまさかこれを見かけた朱彝尊は、銭30緡(びん)の手付金を支払い、書斎に掛けること10日間、ためつすがめつ天下の傑作を堪能します。
ちなみに当時の青卞隠居図軸には、玉のように堅い薄緑色の官窯の軸がついていたそうです。
しかし朱彝尊は手元不如意、どうしても残金が支払えません。その頃、にわかに戸部尚書(こぶしょうしょ)の高い地位にあった梁清標(りょうせいひょう)が名乗り出て、白金5鎰(いつ)で購得しました。

晩年に宰相を務めた梁清標は、やがて郷里に帰り、その没後、愛蔵の書画は散逸してしまったそうです。
青卞隠居図軸の余白には、項元汴や乾隆皇帝の印とともに、梁清標の印も押されていますが、10日間の所有者、朱彝尊の印が押されることはありませんでした。

乾隆皇帝や項元汴を魅了した天下の名品・青卞隠居図軸は、10月29日(火)からの公開となります(イチオシ)。
全ての宋元作品と一部の明清作品も展示替え!!特別展「上海博物館 中国絵画の至宝」後期展示もお楽しみに。

カテゴリ:研究員のイチオシnews2013年度の特別展展示環境・たてもの

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posted by 富田淳(列品管理課長) at 2013年10月23日 (水)

 

清時代の書に挑戦!

現在平成館企画展示室で開催されている特集陳列「清時代の書 ―碑学派―」はもうご覧になりましたか?
じつは台東区立書道博物館でも、同じ名前の展示を開催しています。
トーハクと書道博物館に展示している作品をお手本に、実際に書いてみよう!というファミリーワークショップ「清時代の書に挑戦!」を開催しました。

臨石鼓文軸
臨石鼓文軸 呉昌碩筆 中華民国・民国14年(1925) 東京国立博物館蔵(12月1日まで展示)
右は「馬」の拡大


トーハクに展示されている作品のなかの字です。
「馬」という字だとはかはわかるけれど、こんなふうに書いた事はなかなかありませんよね。
どんな書き順?
どうしたらもっと近づける?
こどもたちは戸惑いながらも考え、何度も練習し、トーハクと書道博物館の先生に相談します。
先生のアドバイスを受けながら笑顔で書いているかと思えば、書家のようなまなざしで書に向かいます。

練習

練習が順調にすすむと、段々こなれて自信がついてきたよう。試行錯誤の賜物ですね。
ついに色紙、うちわに直接清書です。
書道博物館で展示されている中村不折の作品からとった「知識」を書き続けた女の子は書道を習っているそうで、その集中力は目を見張るものがありました。
不折の雰囲気がでています。
「馬」を書いた男の子、大きく堂々とした書きっぷりです。
じつは午年なんだとか。ぜひ来年のお正月には今日書いた作品を飾ってくださいね。

清書

最後に印を押したら完成!みんなよく頑張りました!

完成

楽しかった、と口をそろえるこどもたちに、お手本にした展示作品についての感想を聞くといろんな答えが返ってきます。
「同じ字でもいろんな書き方があってかたちも違うから字を探すのが楽しそう」
「下手だけど印象に残るものがあって、その印象をあじわいといって、それもいい作品っていうことがわかった」
難しいことはともかく、純粋に作品を見て、書いて楽しんでほしい。そう思って開催したワークショップでした。
感想を聞いて、そして清書した色紙やうちわを大切そうに抱えて持ち帰る姿をみて安心しました。
目標は達成できたかな、と。

書をもっと知りたい方はもちろんですが、「わからないからいいや・・・」と食わず嫌いをしている方もぜひ、トーハクや書道博物館で開催している「清時代の書 ―碑学派―」で、まずは見て楽しんでみることから始めてみてはいかがでしょう?
書いてみたらもっと楽しめます。
書道博物館でもワークショップを企画しています(おとなも参加可)。
食わず嫌いを克服し、こどもたちにも負けないほど、清時代の書を楽しめるかもしれません。

カテゴリ:教育普及特集・特別公開

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posted by 川岸瀬里(教育普及室) at 2013年10月21日 (月)

 

クリーブランド美術館展と人間国宝展、来春開幕!

トーハクでは来春、「クリーブランド美術館展―名画でたどる日本の美」と、日本伝統工芸展60回記念「人間国宝展―生み出された美、伝えゆくわざ―」(どちらも2014年1月15日(水)~2月23日(日))を開催します。
2013年10月15日(火)に、報道発表会を行いました。

最初に、「クリーブランド美術館展」担当の特別展室長・松嶋雅人より、展覧会の見どころをご紹介しました。


松嶋さん
一番右側でマイクを持っているのが松嶋研究員。


アメリカ・オハイオ州にあるクリーブランド美術館は、中世ヨーロッパや東洋の美術、近現代美術などを網羅し、全米屈指のコレクション数を誇る美術館です。
本展覧会では、選りすぐりの日本絵画約40件と、中国・西洋美術の優品を加えた、総数約50件の作品をご紹介します。

まずは、ポスターやチラシのメインビジュアルにも起用されている、こちらの作品から。


雷神図屏風
雷神図屏風(らいじんずびょうぶ)
「伊年」印 江戸時代・17世紀 クリーブランド美術館蔵
Photography (c) The Cleveland Museum of Art


迫力があるけれど、ちょっとお茶目に見える雷神様。その視線の先には人間界がひろがっているのでしょうか。
雷神と対峙する「風神」が、もうひとつの屏風に描かれていたのかもしれません。


地獄太夫図  
地獄太夫図(じごくだゆうず)
河鍋暁斎筆 明治時代・19世紀 クリーブランド美術館蔵
Photography (c) The Cleveland Museum of Art


現在も根強い人気の河鍋暁斎。がいこつや擬人化された蛙など、ユーモラスな画題で有名です。
この作品では、妖艶な太夫を鮮やかに描き、その筆技をあますところなくご堪能いただけます。


かきつばた図屏風
燕子花図屏風(かきつばたずびょうぶ)
渡辺始興筆 江戸時代・18世紀 クリーブランド美術館蔵
Photography (c) The Cleveland Museum of Art


渡辺始興は、尾形光琳を尊敬していたのだとか。
光琳も同じ画題の作品を残していますが、それと比べると本作品は花の形や葉の色調などの変化を細やかに描いています。

人や自然の姿が時代ごとにどのように描かれてきたか、平安時代から明治時代までの名品でご覧いただく展覧会。
新年にふさわしく、華やかな展覧会になりそうです。


次に「人間国宝展」担当の工芸室主任研究員・小山弓弦葉より、展覧会の見どころをご紹介しました。

小山研究員


「人間」なのに「国宝」!?響きだけで、なんだかすごそうな展覧会です。
人間国宝は、正しく言うと「重要無形文化財の保持者に認定された人の通称」です。
工芸技術などの無形の文化財所産で、歴史上または芸術上価値が高く、うち特に重要なものを「重要無形文化財」といいます。
これらのわざを高度に体得している者が「重要無形文化財の保持者」です。


野草笹匹田模様着物
木綿地型絵染 野草笹匹田模様着物(もめんじかたえぞめ やそうささひったもようきもの)
稲垣稔次郎作 昭和30年 京都国立近代美術館蔵
稲垣稔次郎は、文様を彫った型紙を使った「型絵染」という手法によって、型紙で着物に絵模様を表すという新境地を開きました。



「工芸」とひとことで言っても、色々な種類がありますよね。
今回は、陶芸、金工、染織、漆芸、木竹工、人形、諸工芸の7部門に分けて、人間国宝の名作をご覧いただきます。


恒河
耀彩壺「恒河」(ようさいつぼ こうが)
徳田八十吉(三代)作 平成15年 小松市立博物館蔵
徳田八十吉は加賀に生まれ、初代徳田八十吉から九谷の色釉の技を学んでいます。その技を極めた先に、このような新しい表現が生まれました。



本展覧会と同時期に、平成館1階 企画展示室にて、特集陳列「人間国宝の現在」を開催します。
特別展では物故された人間国宝の作品が並びますが、こちらの特集陳列では現在もご活躍の人間国宝の作品が勢揃いします。


彩光
蒔絵螺鈿八稜箱「彩光」(まきえらでんはちりょうばこ さいこう)
室瀬和美作 平成12年 文化庁蔵
第47回日本伝統工芸展出品 東京都知事賞受賞



最後に、この作品を制作された重要無形文化財「蒔絵」保持者で、日本工芸会 副理事長の室瀬和美氏が、記者からの取材に応じてくださいました。


室瀬氏

室瀬氏は、
「本展覧会では、“工芸”のことを“CRAFT”とは英訳せずに、敢えて“KOGEI”とそのままアルファベットで表記しました。
工芸は日常的に使うものだけでなく、美術や芸術全般を含めた呼称なので、クラフトという単語だけでは十分に理解ができません。
“CRAFT”と“DECORATIVE ART”を含めた“KOGEI”をさらに広めていきたいです」と語りました。


クリーブランド美術館展―名画でたどる日本の美」と、日本伝統工芸展60回記念「人間国宝展―生み出された美、伝えゆくわざ―」は、どちらも2014年1月15日(水)~2月23日(日)に開催します。
日本美術の名品をあつめた2つの展覧会、どうぞご期待ください。

カテゴリ:news2013年度の特別展

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posted by 小島佳(広報室) at 2013年10月17日 (木)

 

特集陳列「うつす・つくる・のこす」のみどころ(2)

10月20日(日)まで開かれている特集陳列「うつす・つくる・のこす -近代・現代の考古資料の記録-」のみどころをご紹介します。

先日(10月1日、8日)の列品解説では(“選手交代”しつつ)2回にわたって、本展示の軸をなす絵画・復原図などを中心に、作品・作家にまつわるエピソードやその時代背景などをお話しました。
2回目では、展示の全体構成が前半の収蔵資料の保存(「うつす・つくる→のこす」)に努力した段階から、後半の収蔵資料を研究する段階への変化を踏まえていることもご紹介しました。

展示風景
展示室風景:(左)北側ケース全景、(右)南側ケース全景

これは前回のブログで、明治・大正期(展示室北側)の「現状の把握」段階から、昭和初期(展示室南側)の「過去の復原」段階として紹介された内容とも対応するものです。
それは、1882(明治15)年に開館したJ.コンドルのレンガ造りの旧本館と、関東大震災(1923年)を契機に再建された復興本館(現在の本館)の展示構成に表れていたと考えられます。

本特集陳列の展示品は、私たちからは想像しにくい(=忘れかけている?)このような明治・大正期から昭和初期のドラスティックな変化を物語る、いわば貴重な“証言者”でもあるといえます。
今回はこれまでご紹介してきた以外にも、時代毎の我々日本人の過去や祖先に対する考え方(姿勢?)を実感させてくれる展示品をご紹介したいと思います。

まず、展示室真ん中にある(背中合わせになった)のぞき込むスタイルのケースに注目して頂きましょう。
中央展示ケース
中央展示ケース北側:(左)模造 土偶・土面、(中) 『人種文様』(右)平福陶棺(考古展示室) 岡山県平福出土

北側ケース左の模造土偶・土面は、明治から大正年間に古物収集家としても活躍した在野の研究者(作家の江見水蔭や図案家の杉山寿榮男ら)のコレクションを模造したものです。
また、ケース右の画集は明治・大正期に数多くの考古遺物の記録を残した大野雲外による陶棺の立体文様のスケッチです。

どこか素朴な“風合い”は、展示構成の前半の油絵や石版画・雑誌挿図などともあい通じる特徴で、この時代の過去や祖先に対するイメージからくるようです。
ちなみに、この陶棺文様は(以前もブログでご紹介した)大正期から戦後にかけて活躍し、1920年代から古代日本文化の独自性を説いた和辻哲郎が奈良時代以前の文化に眼を向けるきっかけとなったものです。ひょっとして、このスケッチ集を参照したことが壮大な古代日本文化論の契機となったのかもしれません。
なお、実物の陶棺は、現在平成館の考古展示室(飛鳥時代の古墳・古墳時代V)で展示中ですので、是非見比べて頂ければと思います。


続いて反対側に廻って、南側ケースをご覧ください。
なにやら“同じようなもの”がたくさん並んでいますが・・・。
展示ケース
中央展示ケース南側:(左)杏葉・模造 杏葉(2 木製・3 石膏製)  、(右)有柄鉄斧・模造 有柄鉄斧(2 木製)

いずれも保存処理された古墳時代の実物資料と、大正年間に製作された現状模造品を比較しています。
新素材であった石膏や、明治・大正年間に盛んに製作された正倉院宝物の木製模造品などの技術を用いて製作されたものです。
保存処理技術が確立されていなかった当時、日々銹化によって変形したり、なかには崩壊してしまう金属製品の姿をどうにか記録・保存しようとする必死の努力が窺われます。

さらに進んで、その左側には古墳時代の金槌を展示しています。
鉄鎚・模造 鉄槌(木製・鉄製)
中央展示ケース南側: 鉄鎚・模造 鉄槌(4 木製・5 鉄製)

最初は同じく保存処理された実物資料で、2番目が大正年間に製作された復原模造品ですが、木製であることが特徴です。
いわゆるトンカチの先端がめくれ上がった部分も忠実(リアル)に再現しています。しかし、金槌の重量感や表面の質感にはほど遠く、(かなり)“イマイチ”な印象です・・・。
おそらく当時の担当者(研究員)もそのように感じた(?)のか、昭和になって3番目の鉄製の復原模造品を新たに製作しています。

鉄素材で鍛冶工房に依頼しての製作にあたっては、実物の製作手順や微細な形態の仕上がりなどを何度も試行錯誤しながら繰り返し検証作業があったことは容易に想像できます。
いわば実験考古学の“はしり”(先駆け)といえるもので、資料の構造・形態や特徴・製作技術に関するさまざまな情報を得ることができたはずです。

このような経験を経て製作されたのが、隣の独立ケースに展示してある美しい眉庇付冑とその復原模造品です。
眉庇付冑・復原模造 眉庇付冑(鉄・金銅製)
独立展示ケース:(左)眉庇付冑・()復原模造 眉庇付冑(鉄・金銅製)

ウリ二つの形状だけではなく、黒光りした鉄の肌合いや金銅の輝きなど、実物資料以上に(?)にリアルな質感は、このような資料の詳細な観察に基づいた(すべての活用・公開の基盤ですが・・・)研究を踏まえた点にあった訳です。
このような視点で、後半の南側壁付ケースの復原図と復原模造品を比較した構成をご覧頂ければ・・・、その意味はすでにお判り頂けたことと思います。

短甲・冠・復原模造 短甲・冠・短甲着用男子・上代男子図
南側壁付展示ケース:(左)短甲・冠・復原模造 短甲・冠・短甲着用男子・上代男子図(右)全景

そう、リアルな質感(景観)が実現された“秘密”は、前回のブログでも紹介された研究者と絵画・工芸作家との間に行われた同様なプロセスが背景にあったことは、すでにお気づきの通りです。
これらの鉄製甲冑や金銅製冠の復原模造品や、武装男子図や女子図などの復原図は、実物資料の詳細な観察を経て得られた研究成果を踏まえて製作(制作)されたからこその造形・表現といえます。
金銅製冠の実物も、やはり平成館考古展示室(王者の装い)で展示中ですので、是非ご覧ください。


このようないわば科学的な精神(姿勢)は、どこからもたらされたものでしょうか?
そこには深い理由があったはずです。

先日の列品解説(10月8日)では、1910~20年代に紹介されたヨーロッパの研究方法(型式学)の影響で、急速に日本考古学の研究方法が整備され、研究が進展したことをご紹介しました。
遺跡・遺物の新古が整理され、 “先住民族”への関心(民族論)などが中心であった過去に対するイメージが急速に薄れてゆき、ストイックな1930年代の縄文土器・弥生土器や前方後円墳・甲冑などの編年研究の急速な確立には、このような背景があったとみられます。

南側壁つき展示ケース全景
展示室全景:(左)北側壁付ケース、(右)南側壁付ケース

その結果、遺物の形態や構造はもちろんその用途をはじめ、装身具・武具においては着装形態までも、リアルに追求されるようになりました。
まさに「うつす・つくる・のこす」といった明治・大正年間の現状の維持・保存の活動は、過去の人間(祖先)への深い愛着と理解に基づいた文化財の保護の過程そのものであったといえます。

これに対し、復原模造や復原図の制作・製作といった昭和初期に始まる過去の復原の活動は、考古資料の意義の追求・究明に向けた.本格的な研究と活用のはじまりということができるのではないでしょうか。
もちろん、現状の把握(維持・保存)があったからこそ、過去の復原(再現・究明)という段階に進むことが出来たことは言うまでもありません。

このような急速な変化は、とくに考古資料の絵画や模造品の表現や造形の「差」に表れており、それを具体的に辿ることができることが博物館資料の重要な点です。
今回の展示を通して、近現代における日本人の過去(祖先)に対するイメージの転換を肌で感じ取って頂ければ幸いです。

 

カテゴリ:研究員のイチオシ考古

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posted by 古谷毅(列品管理課主任研究員) at 2013年10月12日 (土)

 

音声ガイドと図録で、上海博物館展を100倍楽しもう!

トーハクくん登場

ほっほーい!ぼくトーハクくん。
今日は、トーハクのルーシーリューこと、特別展室の高木結美ちゃんといっしょに、特別展「上海博物館 中国絵画の至宝」の会場に来ているんだほ。高木ちゃん、よろしくだほ。


高木さんとトーハクくん

高木(以下T):宜しくお願いします!

トーハクくん くはぁーっ!やっぱり女子と一緒だとテンションあがるほぉーっ!
さて高木ちゃん、この展覧会について教えてくださいだほ。上海博物館ってどんなところなんだほ?

T:上海博物館は、北京市の故宮博物院とならんで、中国美術の殿堂として名高い博物館です。
その秘蔵の名画のなかから、一級文物18件を含む40件もの名画が、いまトーハクに来日しています。

トーハクくん 一級ブンブツ、ってなんだほ?

T:文字どおり、とても優れた作品のことです。日本でいう「国宝」にあたります。
これだけ質の高い絵画作品は、所蔵している上海博物館でも滅多に展示されるものではなく、
それが日本で、上野で見られる、またとない機会なんです。


展示風景


トーハクくん それは豪華だほ!大事な絵画がたくさん見られるんだほ!
でも中国絵画ってちょっと渋いんだよね。実はぼく…、見方がよく分からないんだほ…。

T:あら~。でも、そんなトーハクくんにぴったりの、この展覧会をもっともっと楽しむ方法をご案内しますね!

トーハクくん おおー!よろしくだほ!
(でも、高木ちゃんと一緒というだけですでに楽しいんだほ。ほっほ。)


その1!<詩書画一致の音声ガイド>
出品作品のうち、特に厳選した作品は音声ガイドでもお楽しみいただけます。


音声ガイド看板 音声ガイド堪能
前期後期の展示替に合わせて音声ガイドの内容も変わります。
特別展「上海博物館 中国絵画の至宝」音声ガイド 300円/1台(税込)


前回のブログにありますとおり、中国絵画の魅力は、絵と書、それに詩があってこそのもの。
この音声ガイドは、作品を見ながら「詩を耳で楽しむ」ところが大きな魅力です。
ほんの少しですが中身をご紹介しますと…


煙江畳嶂図巻
一級文物 煙江畳嶂図巻(えんこうじょうしょうずかん)
王詵(おうしん)筆 北宋時代・11~12世紀 上海博物館蔵
10月27日(日)まで展示


王詵の友人であった蘇軾は、この作品を見て、次のような詩をつくりました。
はるかに広がる川面を眺めれば、限りない愁いの心がわき起こる。
深い山には泉の水が、山道には小さな橋や店が、水面には小さな漁船があって、
まさに人と天とが一体になったかのようだ。(中略)
ああ、絵の中の人々よ、どうか私をこの絵の中に招き入れ、理想の世界に遊ばせてください。



音声ガイド、たのしいね


T:この絵を見た文人たちの心には、こうした詩が流れていたのでしょう。
浮玉山居図巻の題跋(矢印のある部分)では、元時代の黄公望が次のように書いています。

『知詩者乃知其畫矣(その詩を知れば、自然とその画もわかるようになる)』

図録より
(図録 62~63ページより)
一級文物 浮玉山居図巻(ふぎょくさんきょずかん)
銭選(せんせん)筆 元時代・13世紀 
10月27日(日)まで展示


トーハクくん一緒に書かれている詩の意味がわかると、その絵がなにを言いたいのかがはっきり見えてくるんだほ。
ん~しかし、ナレーターのボイスがまろやかでたまらんほ。

T:そうでしょ?こうした情感豊かな詩を静かに優しく読み上げるのはナレーターの藤村紀子さん。
そしてここぞ!というところでは本展担当研究員、塚本麿充も解説します。

塚本研究員 藤村さんと塚本研究員
塚本研究員が、音声ガイドのナレーションに初挑戦しました!
すこし緊張の面持ちですが、気合いを入れて収録に臨みました。


作品を前にして、目で楽しみ、耳で楽しむ、
画中の詩、そして文人たちの生き様に思いを馳せる音声ガイドです。


その2!<渾身の図録―上海博+東博 中国絵画の決定版!>
中国絵画をもっと知りたい!と思ったらぜひ図録を読んでみてください。
宋元から明清に至るまでの名品がずらりと並ぶ、まさに中国絵画の教科書のような図録です。


図録 図録
特別展「上海博物館 中国絵画の至宝」図録 1600円(税込)
全187頁、もちろん作品図版はオールカラー。


さらに詳しく知りたい方のために、出品作品に書き込まれた詩や跋文の書き起こし
別冊「釈文・印章編」(図録とセット購入で100円)もあります。


本展図録そのものが中国絵画史の入門書になりました。
およそ1000年の中国絵画史が語られます。

トーハクくん ほ~、とってもきれいで、絵も見やすいほ。
この図録の一番のおすすめポイントはどんなところだほ?

T:なによりも美しい図版が豊富に掲載されているところです!
全40件の出品作品の全図はもちろん、細かな部分の拡大写真も充実しています。
さらに解説文ではトーハク所蔵品を中心とした約100点の挿図が使われ、
中国絵画になじみのない方から、もっと知りたい方まで、みなさんが楽しめる「わかりやすい」1冊です。

図録


トーハクくん いや~高木ちゃん、展覧会が100倍楽しくなるアイテムのご紹介、どうも有難うございましただほ!


広報室担当者:(トーハクくんになにやら耳打ち)


トーハクくん えっ?人をちゃん付けで呼ぶのはNGだって?むー、広報の人はカタイことを言うほ…。ごめんね高木ちゃん、許してほ?

T:うふふ、ずるいなあトーハクくんは(笑)。
上海博物館と東京国立博物館の奇跡のコラボレーションをどうぞお楽しみくださいね。


特別展「上海博物館 中国絵画の至宝
11月24日(日)まで(期間中、展示替えがあります。)
東京国立博物館 東洋館8室
※総合文化展観覧料でご覧いただけます

いよいよ10月11日(金)からリレートークが始まります。10月12日(土)には講演会もあります。お聞きのがしなく!

高木さんと浮かれるひろし 
高木さんと2ショットで浮かれるトーハクくん。言動がすっかりオヤジですが、永遠の5才です。

カテゴリ:研究員のイチオシnews2013年度の特別展展示環境・たてもの

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posted by トーハクくん at 2013年10月10日 (木)