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1089ブログ

「クレオパトラとエジプトの王妃展」王妃のプロフィール(2)~ティイ~

「クレオパトラとエジプトの王妃展」で注目の王妃について、紹介するシリーズです。
第2回目のヒロインは、アメンヘテプ3世の王妃ティイ。
今から3400年ほど前、新王国・第18王朝時代の絶頂期であった頃の王妃です。
ティイの名前をご存知ない人も、彼女の次男・アメンヘテプ4世(後のアクエンアテン王)の名前は、聞いたことがあるかもしれません。
ティイとはいったいどのような王妃だったのでしょうか。
娘として母として、そして妻としてのティイをご紹介します。


アクミムのイウヤの娘ティイ
王妃ティイは、新王国・第18王朝時代の9代目の王であるアメンヘテプ3世の妃です。
一般に、ティイは王族ではなかったために、新王国時代で最初の平民出身の王妃であるとされていますが、実際は、アメンヘテプ3世の父親であったトトメス4世もまた、王族出身ではないネフェルトイリを正妃としています。
この王族ではない女性を正妃とするトトメス4世の婚姻は極めて異例のものであったとされています。
王族でなかったティイが正妃となったことも、異例な結婚としてしばしば強調されていますが、このことは何を意味していたのでしょうか。

新王国時代は、王族の女性と結婚することが慣例でした。
そんな伝統的な王の婚姻慣習を破ってまでも、王族出身ではない女性との結婚は、専制王としての王権の増大を示しているとの見方も存在しています。
「アメンヘテプ3世の記念スカラベ(王妃ティイとの結婚)」には、王妃ティイの両親の名前が刻まれています。


アメンヘテプ3世の記念スカラベ(王妃ティイとの結婚)
出土地不詳
新王国・第18王朝時代
アメンヘテプ3世治世(前1388~前1350年頃)
ウィーン美術史美術館蔵
Kunsthistorisches Museum Vienn


それによると、ティイの父親はイウヤ、そして母親はチュウヤという人物です。
イウヤは中部エジプトのアクミム出身の有力者であり、アメンヘテプ3世は、イウヤの娘と結婚することで強力な王権を築くことができたものと考えられます。
イウヤとチュウヤは、王家の谷に彼らの墓(KV46)を築く特権を得ました。
ちなみにこの墓は、1905年にイギリス人考古学者のキベル(J. E. Quibell)により発見され、墓内部からは非常に保存状態の良いミイラ・マスクをつけた二人のミイラが発見されるとともに、副葬された品々も発見されています。


王母としてのティイ 
「アメンヘテプ3世の記念スカラベ(湖の造営)」には、アメンヘテプ3世の治世11年に、王妃ティイの出身地であるアクミム近郊のジャルカという町に、長さが1.9㎞、幅が0.36㎞の巨大な人造湖を2週間ほどで完成させたことが記されています。


アメンヘテプ3世の記念スカラベ(湖の造営)
出土地不詳
新王国・第18王朝時代
アメンヘテプ3世治世(前1388~前1350年頃)
大英博物館蔵
(C)The Trustees of the British Museum, all rights reserved


王は、この湖の完成の式典で「輝くアテン」という名の船に乗ったことが記されています。
アマルナ時代に唯一神として崇拝されたアテンの名前が使われていたことは、非常に興味深いことです。
この太陽神アテンを唯一神とする宗教改革を断行したアメンヘテプ4世は、冒頭でもご紹介したとおり、アメンヘテプ3世と王妃ティイの息子でした。
このように王妃ティイは、王の母でもあったのです。

アメンヘテプ4世は、王の治世4年に中部エジプトに位置するテル・アル=アマルナの地を公式訪問します。
この公式訪問には、王妃ネフェルトイティとともに、母であるティイも同行しました。
そして、アマルナに新しい王宮の建設が決定され、王は自らの名前を「アクエンアテン(アテン神に有益なもの)」と改名し、アテン神を唯一神とし、伝統的な美術様式にはとらわれない「アマルナ様式」という新しい美術様式が作られました。
新王国・第18王朝時代の大きな変革期であるアマルナ時代の誕生に、王妃ティイは重要な役割を演じたと考えられます。


王のパートナーとしてのティイ
エジプトの首都があるカイロの南100キロほどのところにあるファイユーム地域のグラーブ遺跡には、新王国時代の王のハーレムがありました。
第18王朝時代のトトメス3世により造営が始まり、その後、新王国時代(第18~20王朝)を通じて利用されていたことが知られています。
このグラーブ遺跡から、ティイの名を刻した供物台が発見されています。
これはティイがアメンヘテプ3世のために副葬品として用意したものです。
この供物台では、ティイが夫であるアメンヘテプ3世を「兄」と呼んでおり、二人の親密な関係を想起させます。


王妃ティイの供物台
グラーブ出土
新王国・第18王朝時代
アメンヘテプ3世治世(前1388~前1350年頃)
マンチェスター博物館蔵
(C)Manchester Museum, The University of Manchester


王妃ティイの名前が、アメンヘテプ3世の名前と並んで記されている作品が数多く残されています。
第18王朝時代の絶頂期の王アメンヘテプ3世のパートナーとして王妃ティイは、常に夫とともにいたことを示しています。
このことから王妃ティイは、王の補佐役として重要な役割を果たしていたと考えられます。


王家の谷・西谷に造営されたアメンヘテプ3世墓(KV22)の中には、ティイのための部屋(Je室)が用意されていましたが、王の死後、息子のアメンヘテプ4世とともにアマルナ王宮に移り住みました。
ティイの孫にあたるツタンカーメン王墓からは、彼女の髪の毛が発見されています。
ツタンカーメン王と祖母であるティイの関係はどのようなものだったのでしょうか。
アマルナ時代が終わった後に、ティイの遺体は再びテーベに戻されたと推定されています。
「年配の婦人(the Elder Lady)」と呼ばれる髪の長い女性のミイラが、ティイのものではないかとされています。
王妃ティイは、まだまだ謎の多い女性です。


「アメンヘテプ3世の王妃ティイのレリーフ」も必見です
左側が本展監修の近藤二郎教授
(写真右)アメンヘテプ3世の王妃ティイのレリーフ
テーベ西岸 ウセルハト墓出土
新王国・第18王朝時代
アメンヘテプ3世治世(前1388~前1350年頃)
ブリュッセル・ベルギー王立美術歴史博物館蔵
(C)RMAH

カテゴリ:研究員のイチオシ、2015年度の特別展

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posted by 近藤二郎(早稲田大学教授) at 2015年06月24日 (水)

 

「クレオパトラとエジプトの王妃展」王妃のプロフィール(1)~ハトシェプスト~

古代エジプトの王妃や女王がテーマの「クレオパトラとエジプトの王妃展」。
展覧会では多くの王妃たちが登場しますが、なかでもご注目いただきたい4人の王妃について、4回にわたってご紹介します。
予習をしてお越しいただければ、一層、展覧会をお楽しみいただけるはずです!

第1回目は、新王国・第18王朝時代のハトシェプスト女王。
今から約3500年前頃に活躍した女性です。
3000年も続いた古代エジプトですが、大きな権力をもった王妃は何人もいながら、女王となることは稀でした。
彼女が女王となれたのはなぜでしょうか?

イアフメス王の血筋
この頃のエジプトでは、王位継承の条件として血筋が極めて重要でした。
そこでキー・パーソンとなるのが王女です。
たとえば、ハトシェプストの父トトメス1世は、第18王朝を樹立したイアフメス王の王女と結婚して王位につきました。
二人の間に生まれたハトシェプストは、母から王家の血筋を受け継いだことになります。
トトメス1世の跡を継いだトトメス2世は側室の生んだ王子でしたが、正妻の娘であるハトシェプストと結婚することで、王家の血筋を強固なものにしました。
後に、ハトシェプストが大きな力を得たのも、イアフメス王の血筋の継承者という前提があったからでもあります。

ちなみに、展覧会ではイアフメス王のシャブティ像をご覧いただけます。
オシリス神の格好をした王が丁寧に削り出されています。
現存する王のシャブティとしては最古のものです。どうぞお見逃しなく!


イアフメス王のシャブティ
テーベ西岸出土か
新王国・第18王朝時代 イアフメス王治世(前1550~前1525年頃)
イギリス 大英博物館蔵
(C)The Trustees of the British Museum, all rights reserved



王妃ハトシェプストから、「男装の女王」ハトシェプストへ
ハトシェプストの夫トトメス2世は、わずかな治世ののち、亡くなります。
側室が生んだ王子トトメス3世はまだ幼く、このような場合の伝統に従って、王妃ハトシェプストがトトメス3世の共同統治者となりました。
ハトシェプストは当初から実権を握っており、数年後には「ファラオ」を名乗るようになります。
いつしか彼女は完全な男性の格好で、自身を表現するようになります。
展覧会では、王妃時代のハトシェプストとされる彫像と、男装姿の、女王となってからの彫像を見ることができます。
前者の柔らかな表情と、為政者となった後者の凛々しい表情を比較してみてください。


王妃ハトシェプスト(部分)
出土地不詳
新王国・第18王朝時代 トトメス2世~ハトシェプスト女王治世
(前1492~前1458年頃)
アメリカ ボストン美術館蔵
Gift of Mrs. Joseph Lindon Smith in memory of Joseph Lindon Smith, 52.347, Museum of Fine Arts, Boston. Photograph (C)2015MFA, Boston



壺を捧げるハトシェプスト女王
ルクソール ハトシェプスト女王葬祭殿出土
新王国・第18王朝時代 ハトシェプスト女王治世
(前1473~前1458年頃)
ドイツ ベルリン・エジプト博物館蔵
Staatliche Museen zu Berlin – Ägyptisches Museum und Papyrussammlung, inv.-no. ÄM 22883, photo: Sandra Steiß



ハトシェプスト女王の業績
ハトシェプストは、内政に優れた手腕を発揮したとして知られ、周辺地域と平和的な関係を築き、交易活動に力を注ぎました。
これは、軍事遠征を繰り返し第18王朝の他の王たちとは対照的です。
なかでもプント(現在のエチオピアやエリトリア周辺と考えられている)に派遣した交易使節団が有名で、ハトシェプスト女王葬祭殿のレリーフには、香木をはじめとする贅沢品が運び込まれる様子が描かれています。


交易品を運ぶ様子を表したハトシェプスト女王葬祭殿のレリーフ


ハトシェプスト女王葬祭殿

お互いに使節団を派遣し合い、それぞれの産物を交換するという事業を、研究者は「ロイヤル・ギフトの交換」とよんでいます。
国による大規模交易でもあり、外交でもありました。
この時期の地中海・西アジア地域は各地が密接につながりあった「グローバル」な世界へと発展していきます。
その基礎となったのが「ロイヤル・ギフトの交換」であり、ハトシェプストが推進した交易はその先駆けと評価できると思います。

また、国内のいたるところで大規模な建築事業を推し進めました。
ハトシェプスト女王が残した建築のうち、最高傑作として名高いのが、現在のルクソールの西岸、アル=ディール・アル=バハリにある葬祭殿です。
断崖を背にして築かれた葬祭殿は、美しさと迫力を兼ね備え、景色の中に見事に調和しています。
断崖の向こう側は、新王国時代の歴代の墓が造営された「王家の谷」があります。ハトシェプストも王として、王家の谷に大規模な墓を造営しました。


通好みの注目作品
最後に、私のおすすめ作品をもう少しだけご紹介しておきます。
ハトシェプストが歴史の表舞台に立った一方で、夫トトメス2世の事蹟はあまり知られていません。
本展では、もう1人、妻の影に隠れてしまった王を紹介しています。
その人はセティ2世。新王国・第19王朝時代の王です。
彼もまた、トトメス2世と同様に幼い息子サプタハを残して死去してしまいます。
その後、実権を握ったのがセティ2世の王妃タウセレトでした。
タウセレトはサプタハ王が即位わずか6年で亡くなった後に、女王となります。
トトメス2世とセティ2世。歴史上、注目されることの少ない2人の夫ですが、通好みの注目作品だと思っています。ぜひご覧ください。


トトメス2世のレリーフ
出土地不詳
新王国・第18王朝時代 ハトシェプスト女王治世
(前1473~前1458年頃)
ベルギー ブリュッセル・ベルギー王立美術歴史博物館蔵
(C) RMAH



セティ2世
出土地不詳
新王国・第19王朝時代 セティ2世治世(前1199~前1193年頃)
イタリア フィレンツェ・エジプト博物館蔵
Su concessione della Soprintendenza per i Beni Archeologici della Toscana - Firenze

カテゴリ:研究員のイチオシ、2015年度の特別展

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posted by 小野塚拓造(特別展室アソシエイトフェロー) at 2015年06月18日 (木)

 

トーハクくんのなるほートーハク 「ワークショップについて教えて!」

ほほーい!ぼくトーハクくん!
トーハクのワークショップ3月21日(土・祝)の「ふれて納得!茶の湯の茶碗」に参加してきたほ!
ワークショップって興味あるけど、実際に体験したことないわ。
今日はそんなユリノキちゃんの疑問に答えるほー!


 Q1 そもそも、ワークショップってなに?
オリジナルの作品を作ったり、研究員に話を聞いたりする体験型のプログラムです。
実際に体験することで、展示室での鑑賞をもっと楽しむことができます。


研究員さんの話を聞きながら、
展示をじっくり見るほー

 Q2 どんなワークショップがあるの?
「勾玉作り」「お皿づくり」など自分で作るもの、「屛風体験!」「仏像のみかた」など鑑賞するものがあります。
また、「学芸員に挑戦!」といった学芸員になりきって作品の扱い方を体験するワークショップもあります。


庭園の茶室でお茶碗を使ったほー!

 Q3 誰が参加できるの?
親子で参加できる「ファミリーワークショップ」や、おとなが楽しめる「一般向け」、小学生や中学生に向けたものもあります。


お父さん、お母さんも一緒に楽しんでるほ!

 Q4 いつやってるの?
土・日・祝日に開催されることが多いです。
夜間開館実施日の金曜日に行うこともあります。


金曜日の夜なら仕事帰りに参加できるほ!

Q5 どうやって参加するの?
ほとんどのワークショップは事前申込制になっています。
当館ウェブサイトの〈催し物〉から〈ワークショップ〉のページをご覧ください。
各ワークショップの申込フォームから、申し込めます。
当館インフォメーションなどで無料配布している『東京国立博物館ニュース』毎号12~13 ページも参考に!
また、本館19 室の「トーハクでデザイン」など、当日参加していただけるものもあります。


なるほー……。ワークショップのことが少しわかったわ。
セリフをとらないでほ! ぼくといっしょに参加したみんなも、お抹茶を飲んだりお茶碗に名前をつけたり、ワークショップを楽しんでたほ。
今度はいっしょに参加しましょ!
もちろんだほー!

 

カテゴリ:トーハクくん&ユリノキちゃん

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posted by トーハクくん at 2015年06月11日 (木)

 

特別展「鳥獣戯画ー京都 高山寺の至宝ー」20万人達成&開館延長決定!

特別展「鳥獣戯画ー京都 高山寺の至宝ー」(4月28日(火)~6月7日(日)、平成館)は、6月2日(火)に20万人目のお客様をお迎えしました。
ご来場いただいた皆様に、心より御礼申し上げます。

20万人目のお客様は、横浜市在住・中学3年生の伊藤聖さん。
本日、横浜は開港記念日で学校がお休みということで、お母様を誘ってご来館されたとのこと。

伊藤さんには、東京国立博物館・松本伸之副館長より、記念品として特別展図録と展覧会場限定オリジナルクッションなどを贈呈しました。


伊藤聖さん(中央)と松本副館長(右)、左はお母様のやよいさん
東京国立博物館 展覧会会場前にて 

美術館が好きで普段からよく行かれているという伊藤さん。
「鳥獣戯画は教科書などでよく知っている絵。学校に貼られたポスターで展覧会のことを知って、開幕前からずっと見たいと思っていた。紙に印刷されたものと本物では違いがあると思うので楽しみ。」
とお話くださいました。


特別展「鳥獣戯画ー京都 高山寺の至宝ー」もいよいよ今週末6月7日(日)までとなりました。
連日大変たくさんのお客様にご来館をいただいており、
6月2日(火)~4日(木)の開館時間を1時間延長し、18時閉館とすることとなりました。

会期末までの開館時間は下記のとおりとなります。

6月2日(火)9:30~18:00 ※1時間延長(特別展のみ)
6月3日(水)9:30~18:00 ※1時間延長(特別展のみ)
6月4日(木)9:30~18:00 ※1時間延長(特別展のみ)
6月5日(金)9:30~20:00 ※通常通り
6月6日(土)9:30~18:00 ※通常通り
6月7日(日)9:30~18:00 ※通常通り ※最終日
*入館は閉館時間の30分前まで。

会場は大変混雑しており、観覧まで長時間お待ちいただく場合がございます。
ご来場の際は十分に時間の余裕を持っておこしください。

混雑の状況は、ツイッターアカウント@chojugiga_uenoやハローダイヤル(03-5777-8600)でもご案内しています。
皆様のご来館をお待ちしています。

カテゴリ:news、2015年度の特別展

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posted by 田村淳朗(広報室) at 2015年06月02日 (火)

 

初夏の京都・高山寺を訪れてみませんか?

いきいきと描かれた兎、蛙、猿!
日本一有名な絵巻ともいえる国宝・鳥獣戯画は、
京都の高山寺(こうさんじ)に伝来しました。


国宝 鳥獣人物戯画 甲巻(部分) 平安時代・12世紀 京都・高山寺蔵 平成館にて展示

現在、東京国立博物館平成館では特別展「鳥獣戯画―京都 高山寺の至宝―」[会期 ~6月7日(火)]を開催中。
特別展のタイトルにもありますように、国宝・鳥獣戯画をはじめとする
数々の「高山寺の至宝」をご紹介する展覧会です。


この特別展に関連し本館特別1室では
特集「鳥獣戯画と高山寺の近代-明治時代の宝物調査と文化財の記録-」[会期 ~6月7日(火)]が同時期開催中。
「鳥獣戯画」甲・乙・丙・丁4巻を、明治時代に模写した模本を展示。
あわせて明治時代の高山寺の様子を捉えた貴重な古写真もご紹介しています。

 
左)鳥獣戯画「甲巻」展示風景/(右)平成館の会場では前期展示で終了した作品の模本も! 本館特別1室 本館特別1室

なんと!この本館特別1室の特集では、鳥獣戯画「甲巻」の模本を全場面ご覧いただけます。 
しかも特別展は写真撮影禁止ですが、この特集展示は写真撮影可能です。


高山寺は、奈良時代の創建と伝わる古刹で、
鎌倉時代に明恵(みょうえ)上人によって再興されました。
京都の北西、京都駅からはバスで1時間ほどの、
豊かな自然に囲まれた栂尾(とがのお)という地に位置します

 
高山寺位置図


高山寺境内図


正方形の石畳が連なる表参道から境内に入ると、
明恵上人ゆかりの遺構が、四季折々の美しい景観とともに訪れる人びとを魅了します。

 
(左)高山寺表参道から境内へ。高山寺
(右)特別展会場の入口。光の石畳に導かれて会場の中へ。
平成館

高山寺の境内、鎌倉時代に建てられた国宝・石水院では、
かつて春日明神・住吉明神をまつる「栂尾開帳(とがのおかいちょう)」
という儀礼が行なわれていました。
 
(左)国宝 石水院 外観 高山寺 中川純一氏撮影
(右)重要文化財 高山寺石水院(社寺建築写真帖のうち)工藤利三郎撮影 

)
本館特別1室にて展示
明治時代に撮影された古写真に写るのは、
明治22年(1889)に現在地に移築された後の石水院です。

特別展会場の「高山寺石水院の栂尾開帳」というコーナーは、
江戸時代の資料に見られる儀礼の様子、宝物の配置を参考に
石水院で行なわれた「栂尾開帳」を再現した展示です。

 
(左)栂尾両大明神御開帳記(部分) 江戸時代17世紀 京都・仁和寺蔵 平成館にて展示
春日明神・住吉明神を中心に狛犬、鹿、馬など、高山寺伝来の動物彫刻の配置が記録されています。
(右) 特別展1章-2「高山寺石水院の栂尾開帳」展示風景 
平成館

実はこのコーナー、平成館特別展示室リニューアルの成果をもっとも凝縮した一角です。
厨子に入った春日、住吉明神が展示されているケースは、リニューアルによって
高透過低反射ガラスに交換されました。獅子狛犬の下部照明に有機EL照明を用いています。
また、馬や鹿を展示する行灯型移動ケースはこの度、平成館特別展示室用に新たに製作されました。
リニューアルについてもっと知りたい方は
松嶋平常展室長のブログ記事をご参照ください。

また、高山寺は「日本最古の茶園」が営まれた地でもあります。
鎌倉時代、栄西禅師は中国から持ち帰った茶の種を、明恵上人に贈りました。
明恵上人はその種を高山寺のある栂尾の山内に植え育てました。

 
(右)「日本最古之茶園」碑 高山寺
(左)重要文化財 壬申検査社寺宝物図集第六 町田久成・内田正雄・蜷川式胤等調成 明治5年(1872)
 本館特別1室にて展示
明治5年(1872)の社寺宝物調査(壬申検査)の記録のうち、高山寺所蔵の「柿蔕(かきのへた)茶入」を模写した図。
栄西禅師はこの茶入の中にお茶の種を入れ、明恵上人に贈ったといわれます。


現在も高山寺の境内には約700平方メートルの茶園があり、
毎年ちょうどこの新緑の季節に茶摘みが行なわれます。

秋には紅葉の名勝地として知られる高山寺ですが、新緑の時期はどうでしょう。
最近のCMにありましたが「紅葉の名所は、すなわち新緑の名所」だそうです。
都の喧騒から少し離れた高山寺で
明恵上人に思いを馳せながら初夏の風に吹かれるのも一興です。


石水院内部 中川純一氏撮影


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栂尾山 高山寺
〒616-8295京都市右京区梅ヶ畑栂尾町8
[拝観時間] 8:30〜17:00 
[拝観料]国宝・石水院拝観 600円 ※紅葉時期のみ入山料 500円
京都・高山寺で、特別展「鳥獣戯画 ─京都 高山寺の至宝─」の半券を提示すると、
国宝・石水院の拝観料が100円引きになります。2015年12月31日まで。
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カテゴリ:研究員のイチオシ、2015年度の特別展

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posted by 高木結美(特別展室) at 2015年05月27日 (水)