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1089ブログ

特別展「法然と極楽浄土」その2 法然寺の仏涅槃群像

開催中の特別展「法然と極楽浄土」(6月9日(日)まで)で彫刻作品の担当をしています研究員の浅見です。
私からは本展覧会で唯一写真撮影可能な作品であり、様々なグッズ化もされて大変話題の香川・法然寺所蔵の仏涅槃群像(82軀のうち26軀を展示中)について紹介します。

第4章「江戸時代の浄土宗」  仏涅槃群像 26軀(82軀のうち) 江戸時代・17世紀 香川・法然寺蔵 会場展示風景

この群像は高松藩初代藩主松平頼重(1622-1695)の構想によるものです。
頼重は水戸徳川家の光圀の実兄です。城下の上水道整備などの工事も行いましたが、寺院の造営、造仏にも熱心でした。
法然寺だけでも十王堂に十王坐像、来迎堂に阿弥陀如来と二十五菩薩立像、三仏堂に三世仏(阿弥陀如来、釈迦如来、弥勒菩薩)坐像と仏涅槃群像82軀など100体を超える像があります。いずれも京都の仏師に注文したものです。

明治9年(1876)に香川県から求められて提出した法然寺の記録に、
<涅槃之尊像・聖衆・羅漢・長者居士・天龍八部之像并五十二類之形相> とあります。
末尾の「五十二類」というのは『涅槃経』で釈迦入滅の時に集まった生き物が羅漢等を含め52種類とあることによります。
明治33年(1900)の記録では、像の名称を挙げた後、動物については一括して「鳥獣類 五十二類」とあり、動物の彫刻が52点あったようにも読めますが、現在は45点です。
そのうち、うさぎの像底には銘文があります。

仏涅槃群像 のうち うさぎ(像底部分)☆
(注)仏涅槃群像の写真のうち☆印があるものは京都国立博物館・岡田愛氏が撮影したものです。

このうさぎについては明治16年(1833)に調えた、つまり造ったということですから、現存する動物がすべて同じ時に造られたのではなく、後世加えられたものもあったのです。

また、明治33年の記録では尊像(仏)の名前を列挙していますが、現存どの尊像が誰であるか同定するのが難しいものが少なくありません。
確実なのは阿難(あなん)と阿那律(あなりつ)です。記録には「阿難臥像(あなんがぞう)」とあるので、まずこの横になっているのが阿難です。

仏涅槃群像 のうち 阿難像☆

ちなみに様々に描かれた「仏涅槃図」ではうつ伏せ、仰向けの2種類の姿が見られます。
ご紹介した法然寺の像のように右肩を露出する画像もあります。
 
左:上:仏涅槃図(部分)鎌倉時代・14世紀 東京国立博物館蔵(本展覧会の会場では展示されていません)
右:下:仏涅槃図(部分)鎌倉時代・14世紀 東京国立博物館蔵(本展覧会の会場では展示されていません)

そして阿那律は「立像 雲上ニアリ」と記されるので、摩耶夫人の前にいるのがその人です。

仏涅槃群像 のうち 摩耶夫人・侍者・阿那律立像(本展覧会の会場では展示されていません)

釈迦を産んで七日後に亡くなった生母・摩耶夫人は天界の忉利天(とうりてん)にいたので、釈迦の危急を知らせに行き、先導して駆け付けるところです。
天井から吊るしてそれを再現するなど非常に劇的な表現です。
そのほか記録の名称と同定できる像は以下のとおりです。
 
左:上:仏涅槃群像 のうち 阿修羅坐像☆ 右:下:仏涅槃群像 のうち 足疾鬼坐像☆

 
左:上:仏涅槃群像 のうち 韋駄天坐像☆ 右:下:仏涅槃群像 のうち 難陀龍王坐像☆

ところで、この法然寺の釈迦像はかすかに目を開けています。
 

仏涅槃群像 のうち 仏涅槃像(上:部分 下:左目部分画像を右に90度回転したもの

会場ではなかなかわからないと思いますが、玉眼(目を刳り抜いて、裏から水晶の板を当てる技法)をはめています。
こちらも涅槃図に表される姿では目を開くものと、瞑るものの両方が見られます。

仏涅槃図(部分) 鎌倉時代・14世紀 東京国立博物館蔵
(本展覧会の会場では展示されていません)
こちらの作品では眼を開けています


仏涅槃図(部分) 鎌倉時代・14世紀 東京国立博物館蔵
(本展覧会の会場では展示されていません)
一方、こちらの作品では眼を閉じています

このほかにも比較をすると、図像の中には法然寺の涅槃群像と似たものを見つけることができ、造像に際して参照した画像があることが想像できます。
カタツムリが登場する鎌倉時代の仏涅槃図もあります。
会場にお出ましの26軀を本展覧会でご覧になった後は、釈迦と合わせて82軀という全体像をぜひ現地でもご覧ください。
 
法然寺は高松琴平電気鉄道 高松築港駅(JR高松駅徒歩すぐ)から琴平線(通称:ことでん)に乗って17分、仏生山(ぶっしょうざん)駅で下車、のんびり歩いて15分ほどです。
境内には美味しい讃岐うどん屋さんが、また近くには温泉もあります。

(注)涅槃群像は本展覧会の巡回で今年秋に京都国立博物館(会期:2024年10月8日(火)~12月1日(日))、来年秋の九州国立博物館(会期:2025年10月7日(火)~11月30日(日))にもお出ましいただき、お寺に戻るのは2025年12月中旬頃の予定です。
 
↓ 以下、広報室編集担当より

左奥:仏涅槃群像 のうち 象 をモチーフにした「象ぬいぐるみ(税込3,300円)」他、展覧会限定グッズも会場内特設ショップで好評販売中。
是非皆様の枕元にもお迎えください。...おや、猫に...見られている..?

カテゴリ:彫刻「法然と極楽浄土」

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posted by 浅見龍介(彫刻担当) at 2024年05月22日 (水)

 

特別展「法然と極楽浄土」その1 浄土宗にまつわる江戸時代の書

6月9日(日)まで開催中の特別展「法然と極楽浄土」のみどころを本展担当研究員がご紹介する1089ブログ。
1回目は、書跡・歴史担当研究員の長倉がお送りします。
本展覧会のみどころのひとつは、法然上人の生きた時代に限らず、江戸時代に至るまでの浄土宗の歴史をおみせしていることです。
ここでは特に第4章「江戸時代の浄土宗」に展示している作品の中から、注目していただきたい書跡をいくつかご紹介します。

まずは伝徳川家康筆「日課念仏」です。


日課念仏 伝徳川家康筆 江戸時代・17世紀 東京国立博物館蔵

一度見たら忘れられないこのびっしり感。
名号「南無阿弥陀仏」が整然と、そして隙間なく書かれています
この作品は、徳川家康が晩年に書いたものといわれます。生涯における「罪」を滅しようと、筆を動かしながら、名号を一心に称えたのでしょう。

 
日課念仏 伝徳川家康筆(左:1段目部分 右:2段目部分)
1段目画像中央、また2段目にも「家康」の文字が確認できます

上から1段目と2段目に「南無阿弥家康」と書かれていますが、なぜこう書いたのかは残念ながら分かっていません。


第4章「江戸時代の浄土宗」展示風景 
(右手前)日課念仏 伝徳川家康筆
(左奥)重要文化財 徳川家康坐像     江戸時代・17世紀    京都・ 知恩院蔵 は4月30日から展示中

つづいてご紹介するのは、祐天寺(東京都目黒区)所蔵の「名号」作品の数々です。どれも祐天上人自筆のものです。
祐天上人は弘経寺、伝通院、増上寺などの住持をつとめ、念仏布教に尽力した江戸時代前~中期の高僧です。
この名号を手にすると利益があるといわれ、幕府大奥から一般の人々まで、大変な人気を博しました。

 
左:六字名号 江戸時代 ・17~18世紀    東京・祐天寺蔵
右:阿弥陀像並六字名号 江戸時代 ・17~18世紀    東京・祐天寺蔵

見どころは、まず筆の太さと四角張った字姿から感じられる圧倒的な存在感です。余白を詰めたような筆の運びも、文字の濃縮度を高めていて独特です。
この文字をみて歌舞伎の看板を思い起こす方もいらっしゃるかと思いますが、歌舞伎の書体が生まれたのは祐天上人の生きた時代からさらに半世紀以上も後のことです。

 
左:宝塔名号 江戸時代・元禄12~13年(1699~1700) 東京・祐天寺蔵
右:十念名号 江戸時代・元禄13年~宝永元年(1700~04) 東京・祐天寺蔵

祐天上人自筆の名号は天井に届く大きなものから、懐に入れて持ち歩けるものまで、大小さまざまなサイズがあります。
それは人々の求めに応じてカスタマイズして作ったからといわれています。
宝塔を名号で描いた作品もあり、独特のデザインが目を引きます。


 第4章「江戸時代の浄土宗」展示風景
(右手前)祐天上人坐像 竹崎石見作 江戸時代・享保4年(1719)  東京・祐天寺蔵

 

ほかにも江戸時代の書跡を多数展示しています。
法然上人の教えが世代をこえてひろく人々に浸透し、受け継がれていく様子を、実際の作品を通して感じ取っていただければと思います。

カテゴリ:書跡「法然と極楽浄土」

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posted by 長倉絵梨子(書跡・歴史担当研究員) at 2024年05月20日 (月)

 

伎楽面のX線CT報告を楽しもう!(後編)

幻の芸能と呼ばれる伎楽に用いられた仮面のなかで、現存最古の遺品である法隆寺献納宝物の伎楽面(ぎがくめん)。
このほど実施したX線CT調査の報告書『法隆寺献納宝物特別調査概報 43 伎楽面X線断層(CT)調査』(以下、報告書)について、前回の1089ブログ「伎楽面のX線CT調査報告を楽しもう!(前編)」でお伝えしました。
X線CTを利用した文化財調査が少し身近に感じていただけたのではないかと思います。

出版・刊行物 PDFファイルダウンロードページで報告書、関連動画を見る

さて、報告書に掲載されるのはCT画像データだけではありません。伎楽面の新撮画像を、正面、側面、裏面など、さまざまなカットでお楽しみいただけます。
この機会にモノクロ画像しかなかった裏面も新撮し、これが初公開となります。
裏面は、つぶらな瞳(ではなく、演者が外を見るための孔ですが)がかわいいですね。


N-208 伎楽面 師子児(ししこ)(報告書10~11頁)


カラーで各カットがすべて掲載される刊行物はこれが初めてなので、CT画像に関心がない方も、カラーページだけでもぜひパラパラ見てください。
すると、「かわいい!」「この写真をぜひSNSに使いたい!」とか、(きっと)ご希望が出てくる思います(出てきてほしい)。

「でも報告書の画像は小さいし」
「勝手に載せたらダメだろうし」
「掲載にはお金がかかるんでしょ?」

そんなことはありません。
そのために、国立文化財機構にある文化財活用センターでは、みなさまに無料でお気軽にお使いいただける画像のデータベース「ColBase: 国立文化財機構所蔵品統合検索システム」を運営しております。
「出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)」など、本サイトからの引用である旨の出典を示していただいたうえ、利用規約のルールを守っていただければ、商用利用も含め自由にご活用いただけます。

「ColBase: 国立文化財機構所蔵品統合検索システム」の利用規約ページに移動

ここで、検索に「伎楽面」と入れていただいても構いませんし、すぐに目当ての画像を探すなら詳細検索で「機関管理番号」に「N-208」と入れていただければ、この報告書に使われる新撮画像はすべてご覧いただけます。


ColBase「詳細検索」画面


ColBase「N-208」の「作品画像一覧ページ」


N-208 伎楽面 師子児(左側面)

N-208 伎楽面 師子児(裏面)



報告書では伎楽面をきれいに切り抜いて掲載しているので、ここでは撮影方法がバレてしまいますが、ご自身で報告書同様切り抜いたりトリミングすることも可能なので、ぜひご活用ください。

ちなみに、伎楽面は能面等の仮面とは異なり、後頭部も覆うフルフェイスヘルメットのような形状なので、撮影するのも一苦労です。
側面の画像では、面裏から透明な支柱が斜めに出ているように見えますが、じつは垂直な支柱に乗せており、仮面自体はかなり上向きで撮影しています。
後で画像を自然な角度に調整しました。

裏面は、彩色の剥落に細心の注意を払って仮面を裏返し真上から撮影しました。
綿を薄葉紙と呼ばれる文化財用の和紙で包んだ綿布団というクッションが見えますね。
伎楽面は顔の彫りが深く、鼻の高い仮面もあるので俯瞰撮影も大変でした。

そのような撮影の苦労も感じながら、ご覧いただければ幸いです。
(貴重な伎楽面の新撮画像を載せれば、あなたのSNSもバズることまちがいなし!)

利用方法については、文化財活用センターのブログでわかりやすく解説しておりますので、こちらもぜひご参照ください。

「ColBaseを活用しよう!ColBaseの画像利用について」

今後、街なかで伎楽面グッズを見かける機会があるかもしれません。
個人的には伎楽面Tシャツをぜひ作りたいですね。

「ColBaseを活用しよう!グッズ販売編」

こちらのブログ以外にもシリーズでColBaseの活用方法が紹介されているので、ぜひご参照のうえご利用ください。
 

 

カテゴリ:彫刻調査・研究

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posted by 西木政統(登録室) at 2024年05月09日 (木)

 

伎楽面のX線CT調査報告を楽しもう!(前編)


N-211 呉女 X線断層(CT) 前後方向のワンシーン
法隆寺献納宝物特別調査概報 43 伎楽面X線断層(CT)調査 関連動画 より



X線CTといえば、「わたしもやったことある」という方も多いと思います。
これはもちろん医療用CTのことですが、物質を透過するX線の特質を利用し、外からは見えない内部を観察する目的で活用されています。
通常のX線撮影では、一方向の情報がすべて重なりますが(健康診断のレントゲン撮影と同じです)、X線断層(CT)は、対象となる物質に360度の方向から照射されたX線をコンピュータ上で計算し、3Dデータとして生成されるため、対象を立体的に把握できる利点があります。

医療用の他にも産業用CTがあり、これが文化財の撮影にも広く使われるようになって、当館でも2014年に導入しました。
その成果のひとつとして、たとえば2017年の特別展「運慶」出品作品の撮影データは、『MUSEUM』誌にまとめてご報告しております。


「特集 運慶展X線断層(CT)調査報告」
『MUSEUM』696号、2022年2月

「特集 運慶展X線断層(CT)調査報告II」
『MUSEUM』703号、2023年4月



ただし、CTデータを公開するにあたって課題なのは、データそのものが簡単には見られないことです。
比較的高スペックのPCに高額なソフトをダウンロードしなければ見られませんし、誰にでも簡単に操作できるソフトでもありません。運慶展のCT調査報告にあたり公開方法を試行錯誤するなかで、このときは、最低限の静止画像を掲載し、概要を示す解説を添えることで中間報告としました。


東京国立博物館 十二神将立像 辰神 X線断層(CT)(『MUSEUM』703号、2023年4月、80~81頁)


これをご覧いただいた方は「もっと別の角度から見たいのに」と、もどかしい思いをもたれたかもしれません。
そこで、このたび館蔵品である伎楽面(ぎがくめん)のCT調査報告『法隆寺献納宝物特別調査概報 43 伎楽面X線断層(CT)調査』(以下、報告書)を刊行するにあたり、報告書をPDFで無料公開するとともに、データを動画形式で公開する試みを始めました。

出版・刊行物 PDFファイルダウンロードページで報告書、関連動画を見る
 


N-208 伎楽面 師子児(報告書10頁)

N-208  X線断層(CT)(報告書12頁)



そもそも伎楽面とは、飛鳥時代に大陸から伝わった芸能である伎楽に使われた仮面です。
中世には廃絶したため、今日には法隆寺や東大寺で制作された遺品しか現存しません。
このうち、飛鳥時代に遡る最古の伎楽面が含まれるのは、法隆寺に伝来し、明治天皇に献納されて今日当館に収蔵される法隆寺献納宝物です。

法隆寺献納宝物は、飛鳥時代から奈良時代にかけて制作された古代美術を中心とするコレクションであり、その重要性から、昭和54年(1979)年度から原則として毎年、館内外の研究者と共同で特別調査を実施してきました。
その調査報告が『法隆寺献納宝物特別調査概報』です。

『法隆寺献納宝物特別調査概報 43 伎楽面X線断層(CT)調査』はその最新号ですが、なんと最初の概報は『法隆寺献納宝物特別調査概報 I 伎楽面』(1981年)でした。
さらに、この概報を増補改訂して豪華本『法隆寺献納宝物 伎楽面』(1984年)も刊行しており、これは伎楽面の研究に欠かせない基本文献となりました。

彫刻史だけでなく漆工や金工の専門家まで、館の内外から参加者が集まり、X線撮影、蛍光X線撮影といった当時最新の研究手法も取り入れた画期的な調査だったことがわかります。

「なぜまた伎楽面を対象にするのか?」と疑問に思われるかもしれません。
さすがに43年も経過すれば技術も進歩しており、当時目新しかったX線撮影に対して、いまはX線CT撮影ができるようになりました。
素材(金属等)の元素分析を行なうための蛍光X線分析や、赤外線の吸収率が高い炭素(墨等)の性質を生かした赤外線撮影も、当時より精度が上がり、なおかつ比較的手軽に行えるようになっています。

本来は、当時と同じく総合的な調査とすべきでしょう。
しかし、当時の法隆寺宝物館(旧館)は毎週木曜日だけ公開していたのに対し、現在の法隆寺宝物館は館の開館日程通り毎日公開しており、その中で伎楽面を展示する第3室は保存状態に配慮しつつ毎週金・土に開館するため、調査時間は限られます。
また、同時に複数の調査を行なうのは危険がともなうため、今回はもっとも新知見が見込まれるX線CTにしぼって調査を実施することになりました。


X線CT撮影風景

CT担当者と執筆者によるデータ検証



CTでわかることに、たとえば部材の接合箇所や木目の方向、異なる素材の使用等があります。
いずれも、基本的には素材によってX線の透過率が異なる性質を利用しており、X線を通しにくい材質ほど白く映るため、その濃淡や連続性で判断します。
これは従来のX線撮影と同じですが、立体的な把握ができる点で得られる情報量は飛躍的に増大しました。
これにより、表面観察では見分けられなかった接合箇所や、表面に露出しない金属の使用(釘頭の折損はもちろん、釘が腐朽により脱落した後でも、周辺に鉄成分が付着していることで釘穴とわかります)等が判明します。

たとえば、力士の面を見てみましょう。
X線の透過度による見え方を強から弱へ段階的にかえていくと、もっともX線を通さない材質が白く残ります。
右の画像はその中間のものですが、頭頂部に釘が残り、曲げられていることがはっきりわかります。
なお、おぼろげに表面の輪郭がわかるのは、彩色に使われた顔料が鉱物質であることによります。


N-228 伎楽面 力士(報告書127頁)

N-228 X線断層(CT)(報告書131頁)



こちらは、その垂直断面と水平断面です。
垂直断面というのは、データを左右に輪切りにしたもので、これは顔の中間あたりです。
水平断面は、上下の輪切りで、これは鼻の孔あたりです。
シマシマに木目が見える部分が木製で、表面が光っているのは鉱物質の顔料によるもの。
木製の部分に多い小穴は虫食いによるもので、取扱いに一層の注意が必要でしょう。


N-228 X線断層(CT) 垂直断面(報告書129頁)

N-228 X線断層(CT) 水平断面(報告書130頁)



垂直断面の眉のあたり、水平断面の頬のあたりにその中間程度の濃さの部分がありますが、木でも金属でもない物質(表面観察では、漆に木粉等を混ぜた木屎漆とわかります)を表面の形にあわせて盛りつけています。

CTでわかるのは、あくまで物質の内部構造であり、厳密にはその材質まで特定することはできません。
そのため、表面観察と組み合わせることで、木屎漆と推定される部分が実際にどの程度あるかわかるようになります。

ただし、紙媒体の刊行物に掲載できる挿図で示せるのは、本来の情報量のごく一部といわざるを得ません。
そこで、少しでもその情報量を増やすため、方向別にデータが見られる1分前後の短い動画を作成しました。


法隆寺献納宝物特別調査概報 43 伎楽面X線断層(CT)調査 関連動画


垂直断面は左右方向と前後方向、水平断面は上下方向の計3種類です。
好きな部分で止められるので、スクリーンショットを撮れば、報告書に掲載されるCT画像のようにご覧いただけます。

これまで、紙媒体では報告書本文の記述をすべて挿図で示すのは難しかったのですが、十分とは言えないまでも、動画でわれわれの報告書の記述を検証することもできるでしょう。
最終的には、データそのものをご覧いただけるように整備したいと考えておりますが、動画公開はその試みの一環としてご利用ください。

しかし、報告書の見どころはCTデータだけではありません。
伎楽面の新撮画像を、正面、側面、裏面等、さまざまなカットでお楽しみいただけます。
これについては後編で詳しくご紹介したいと思いますので、ぜひ報告書をダウンロードして、動画もご覧いただければ幸いです。

 

リンクまとめ
法隆寺献納宝物特別調査概報 43 伎楽面X線断層(CT)調査
法隆寺献納宝物特別調査概報 43 伎楽面X線断層(CT)調査 関連動画
法隆寺献納宝物特別調査概報
法隆寺宝物館 第3室 伎楽面
MUSEUM(東京国立博物館研究誌)
 

カテゴリ:彫刻調査・研究

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posted by 西木政統(登録室) at 2024年05月01日 (水)

 

すごいぞ、ハニワ! 特別展「はにわ」報道発表会

 20241016日(水)~128日(日)、当館 平成館 特別展示室で挂甲の武人 国宝指定50周年記念 特別展「はにわ」を開催します(2025121日(火)~511日(日)、九州国立博物館でも開催)。



埴輪(はにわ)とは、王の墓である古墳に立て並べられた素焼きの造形です。
その始まりは、今から1750年ほど前にさかのぼります。
古墳時代の350年間、時代や地域ごとに個性豊かな埴輪が作られ、王をとりまく人々や当時の生活の様子を今に伝えています。


恵解山(いげのやま)古墳(京都府長岡京市)に並ぶ円筒埴輪 撮影:山本亮

なかでも、国宝「埴輪 挂甲の武人」は最高傑作といえる作品です。
この埴輪が国宝に指定されてから50周年を迎えることを記念し、全国各地から約120件の選りすぐりの至宝が空前の規模で集結します。

国宝 埴輪 挂甲の武人
群馬県太田市飯塚町出土 古墳時代・6世紀 東京国立博物館蔵


本展は、「プロローグ 埴輪の世界」「第1章 王の登場」「第2章 大王の埴輪」「第3章 埴輪の造形」「第4章 国宝 挂甲の武人とその仲間」「第5章 物語をつたえる埴輪」「エピローグ 日本人と埴輪の再会」で構成されます。
第4章では、当館所蔵の国宝「埴輪 挂甲の武人」を含め、同一工房で製作されたと考えられる5体の「埴輪 挂甲の武人」が史上初めて勢揃いします。


よく似た兄弟のような「埴輪 挂甲の武人」5体。うち1体はアメリカ・シアトル美術館から約60年ぶりに里帰りです。


4
22日(月)、平成館大講堂で本展の報道発表会を行いました。

まずは、主催者を代表して、当館副館長の浅見龍介がご挨拶しました。

当館副館長 浅見 龍介

続いて、本展に多大なるご支援を賜りました、特別協賛 バンク・オブ・アメリカ在日代表、BofA証券代表取締役社長 笹田 珠生様よりご挨拶をいただきました。

バンク・オブ・アメリカ在日代表、BofA証券代表取締役社長 笹田 珠生様

バンク・オブ・アメリカ様には、国宝「埴輪 挂甲の武人」をはじめ、国宝「檜図屛風」、重要文化財「五龍図巻」、国宝「鷹見泉石像」など5件の文化財修復にご支援をいただいております。

そして、本展の展示作品と見どころについて、当館の河野主任研究員が解説しました。

主任研究員 河野正訓

埴輪とは何か?から、各地域の個性的な埴輪、人物埴輪や
動物埴輪の注目すべき造形など、埴輪愛あふれる河野研究員の解説でした。

高さなんと170cm。現代の神社建築にも通じる屋根の形
家形埴輪
大阪府高槻市 今城塚古墳出土 古墳時代・6世紀 大阪・高槻市教育委員会蔵(今城塚古代歴史館保管)



若き王の姿をほうふつとさせる盛装のいでたち
重要文化財
 埴輪 天冠をつけた男子
福島県いわき市神谷作101号墳出土 古墳時代・6世紀 福島県蔵(磐城高等学校保管)
画像:いわき市教育委員会提供


数多くの馬具を身に着けた「飾り馬」。珍しい頭部の表現にご注目
馬形埴輪
三重県鈴鹿市 石薬師東古墳群63号墳出土 古墳時代・5世紀 三重県埋蔵文化財センター蔵


また、壇上には2体の埴輪が!

どちらも実物大です!

こちらは、当館と文化財活用センターが制作した、国宝「埴輪 挂甲の武人」解体修理後の復元模型(左)と彩色復元模型(右)です。
近年の修理と調査研究の結果、表面に色が塗られていた痕跡があることが分かりました。

本展では、最新の埴輪の研究成果もご紹介します。

埴輪 挂甲の武人(彩色復元)
令和5(2023)年 原品:群馬県太田市飯塚町出土 古墳時代・6世紀 東京国立博物館蔵
制作:文化財活用センター


彩色復元模型は、この日が初お披露目でした。
驚きの彩色については、本ブログでご紹介します。どうぞお楽しみに。

会場でも、またSNSでも大変話題になっていましたが、河野研究員の髪にご注目!

復元模型について解説する河野研究員
なにやら不思議な髪型ですね…


フォトセッションの様子
挂甲の武人と同じポーズで一枚。担当研究員、全員満面の笑みです

研究員の髪型ですが、古代の男性の髪型「美豆良(みずら)」を再現したカチューシャを装着しました。
(このカチューシャは試作段階のもの。販売については検討中です。)

素朴で“ユルい”人物や愛らしい動物から、精巧な武具や家に至るまで、埴輪の魅力が満載の展覧会です!
東京国立博物館では約半世紀ぶりに開催されるはにわ展、今後も展覧会公式サイトなどで最新情報をお伝えしていきます。どうぞご期待ください。

 

カテゴリ:考古「はにわ」

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posted by 小松亜希子(広報室) at 2024年04月25日 (木)