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1089ブログ

生誕550年記念 文徴明(ぶんちょうめい)とその時代 その2

トーハク(@東洋館8室)と台東区立書道博物館(書博)で毎年開催している恒例の連携企画は、現在の「生誕550年記念 文徴明とその時代」(前期:~2月2日(日)、後期:2月4日(火)~3月1日(日))で17回目となりました。年明けに開幕した本展も、一部展示替えを経て、2月4日からは後期展が始まります。展覧会は開幕したらあっという間、気付けば閉幕間近ということがよくあります。ぜひ、お見逃しなく。

さて、先日のブログでは、書博の鍋島稲子主任研究員が両館の展示の見どころをご紹介されました。今回は本展の主役の文徴明についてお話ししながら、オススメの展示作品をご紹介しようと思います。

台東区立書道博物館の展示風景 トーハク東洋館8室の展示風景
写真右:トーハク東洋館8室の展示風景
写真左:台東区立書道博物館の展示風景

トーハク東洋館8室の展示風景 台東区立書道博物館の展示風景
写真上:トーハク東洋館8室の展示風景
写真下:台東区立書道博物館の展示風景

文徴明(1470~1559)が生まれたのは今から550年前の蘇州です。当時の蘇州は商品流通の要地で、絹織物などの紡績業によって中国第一の商工業都市に発展を遂げていました。その経済力と長江下流域の豊かな土壌は文化の繁栄をもたらし、書画の商品化が促され、高まる需要は文人たちの活動を支えました。

現在の蘇州の街並み
現在の蘇州の街並み
商品の流通を支えたのが運河。現在も水路が張り巡らされ、白壁に統一された建造物が並ぶ蘇州の街並みは風情たっぷりです。

現在の曹家巷 現在の曹家巷
現在の曹家巷
文徴明の生家は、蘇州府長洲県(現在の蘇州市)の徳慶橋西北に位置する曹家巷というところにありました。巷は街の横丁という意味です。残念ながら徳慶橋は残っていないようですが、曹家巷には今も民家が軒を連ね、外壁には「曹家巷」の標識が掲げられます。文徴明が生まれたのち、父の文林は自邸に停雲館を建てたと言われます。

幼少期の文徴明は言葉が遅く、書は青年期まで下手だったようです。しかし、19歳のときに受けた試験で、書が拙いために順位を落とされたことをきっかけに一念発起、人一倍、書の研鑽に努めました。
文徴明の並々ならぬ努力については、例えば、1000文字からなる長篇の詩「千字文」を日に10回書くことを日課としたなどと、常人離れした逸話が残されます。その真偽は措くとして、実際に文徴明が書いた「千字文」は比較的多く現存し、晩年に至るまで勤勉真摯に書と向き合っていたことが想像されます。

草書千字文巻(部分)
草書千字文巻(部分) 文徴明筆 明時代・嘉靖24年(1545) 東京国立博物館蔵(青山杉雨氏寄贈) 
東博通期展示

これは文徴明が76歳の時に、蘇州の自宅の玉磬山房で書いた「千字文」です。東晋時代の王羲之を手本とした書には、流暢で趣深い線が見られ、洗練された美しさが目を奪います。

文徴明は父と同じ官僚になるべく、26歳~53歳まで合計9度にわたり科挙の地方試験に挑み続けましたが、遂に及第できませんでした。その後、推薦されて54歳から3年間、北京の朝廷に出仕したものの、官界に馴染めず自ら退官を願い出て帰郷します。玉磬山房は、文徴明が蘇州に戻って間もなく自宅の東に築いた一室で、以降そこで自適に詩を詠み書画に耽る翰墨生活を送りました。
帰郷した頃には、すでに先輩や同世代の有能な文人がこの世を去っており、文徴明は以後、蘇州の文人サークルのリーダー的存在となって、その芸術活動を牽引し続けたのです。

文徴明の行草書には、王羲之の書やそれを継承したと伝えられる隋時代の智永の書を基礎とした、端正で雅やかな様式の作が残されます。また、北宋時代の黄庭堅の書法を忠実に修得した、才気あふれる大字の行書も見られます。

行書陶淵明飲酒二十首巻(部分)
行書陶淵明飲酒二十首巻(部分) 文徴明筆 明時代・嘉靖33年(1554) 京都国立博物館蔵 
書博後期(2/4(火)から)展示

陶淵明の有名な詩を、文徴明が最晩年の85歳の時に書きました。絹本の風合が、趣ある字姿を引き立てています。

草書七言律詩扇面 文徴明筆
草書七言律詩扇面 文徴明筆 明時代・16世紀 東京国立博物館蔵(高島菊次郎氏寄贈) 
東博前期(2/2(日)まで)展示

文徴明が蘇州城の西北に位置する虎丘に登った際に詠んだ詩を、煌びやかな金箋の扇面に書きました。大胆かつ軽快に書き進められ、筆画の太細や疎密は変化に富みます。

行書遊天池詩巻(部分) 文徴明筆
行書遊天池詩巻(部分) 文徴明筆 明時代・嘉靖17年(1538) 個人蔵 東博通期展示
行書遊天池詩巻(部分) 文徴明筆
行書遊天池詩巻(部分) 文徴明筆 明時代・嘉靖17年(1538) 個人蔵 東博通期展示

文徴明が40歳の時に蘇州の天池山に遊んだ際に詠んだ詩を69歳の時に書きました。黄庭堅風の代表作の一つです。鋭さと重厚さを兼ね備えた線が躍動します。文徴明の師の沈周もまた、黄庭堅風の書にすぐれました。


文徴明の書で、行草書とならび最も高く評価されているのが超絶技巧の小さな楷書です。王羲之の「黄庭経」や「楽毅論」などをよく学び、それらを消化して清らかで気品に満ちた様式を築きました。晩年になるにつれて技量や精神力は凄みを増し、80代になっても衰えることなく小楷を書き続けました。

楷書尺牘冊 文徴明筆
楷書尺牘冊 文徴明筆 明時代・16世紀 台東区立書道博物館蔵 書博通期展示
文徴明は23歳のときに昆山(現在の蘇州市昆山市)の呉愈の三女と結婚し、のちに文彭、文嘉ら子宝にも恵まれました。岳父の呉愈に宛てたこの手紙は、早年の頃の書と言われます。晩年の小楷と比べると、文字の形のとり方などに初々しさが垣間見られ、文徴明の早期の作例として貴重です。

楷書離騒九歌巻(部分) 文徴明筆
楷書離騒九歌巻(部分) 文徴明筆 明時代・嘉靖31年(1552)  東京国立博物館蔵(高島菊次郎氏寄贈) 
東博通期展示

自宅の停雲館で、83歳の時に『楚辞』の「離騒」と「九歌」を書いた一巻です。縦横1センチにも満たない文字は、1行21字詰めのマス目に合計216行にわたって整然と記され、清らかで澄みきった細身の線は乱れることなく、首尾一貫しています。卓絶した技法と高い精神力に支えられたこの書は、文徴明の代表作の一つに数えられます。

嘉靖39年(1559)2月20日、文徴明は御史の厳傑の亡き母のために墓誌銘を執筆していた際、筆を置き正座したまま逝去し、90の天寿を全うしました。温厚篤実な人柄と清雅な作風に魅せられた門弟や子孫ら、多くの後輩文人によって、文徴明は後世まで多大な影響を及ぼすこととなります。本展の作品から、文徴明とその時代に思いを馳せていただけますと幸いです。

現在の文徴明墓 現在の文徴明墓
現在の文徴明墓
文徴明のお墓は、蘇州市相城区にある孫武紀念園の敷地内に今も残されています。
*曹家巷と文徴明墓の調査では、潘文協氏(蘇州博物館)にご協力いただきました。
 

連携企画「生誕550年記念 文徴明とその時代」バナー

東京国立博物館・台東区立書道博物館 連携企画
「生誕550年記念 文徴明とその時代」

2020年1月2日(木)~3月1日(日)
東京国立博物館 東洋館8室
2020年1月4日(土)~3月1日(日)
台東区立書道博物館

※ 前期:2月2日(日)まで、後期:2月4日(火)から

連携企画「生誕550年記念 文徴明とその時代」バナー

東京国立博物館・台東区立書道博物館 連携企画「生誕550年記念 文徴明とその時代」
2020年1月2日(木)~3月1日(日)
東京国立博物館 東洋館8室
2020年1月4日(土)~3月1日(日)
台東区立書道博物館

※ 前期:2月2日(日)まで、後期:2月4日(火)から

 

カテゴリ:研究員のイチオシ特集・特別公開中国の絵画・書跡

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posted by 六人部克典(登録室研究員) at 2020年01月31日 (金)

 

生誕550年記念 文徴明(ぶんちょうめい)とその時代 その1

昨年の今頃、トーハクは特別展「顔真卿 王羲之を超えた名筆」と連携企画「王羲之書法の残影-唐時代への道程-」のダブル開催で、書の展覧会に光が当たっていました。
今年は連携企画「生誕550年記念 文徴明とその時代」の一本勝負ですが、小規模ながらも充実した内容です。展示総数は、国宝1件、重要文化財3件、重要美術品3件、筑西市指定文化財1件を含む、全133件。トーハクで68件、書博で65件を展示しています。
1089ブログでは、3回にわたって本展を楽しんでもらうためのツボをお伝えいたします。

みどころワン・ツー・スリー!
1、ここが凄い!未曾有の明時代中期スペシャル!!
2、あそこも凄い!国内の文徴明、ほとんど総動員!!
3、ダメ押しで凄い!呉派作品を精選、蘇州の華やぎ!!

国内屈指の名品を集めた文徴明の展覧会を日本で開催するのは、おそらく初めての試みでしょう。この連携企画は、2館で1つの展覧会となっており、トーハク、書博それぞれ独自のウリもあります。では、展示作品を章ごとにチラリとお見せしましょう。


トーハクだけ!
第1章 文徴明前夜-明代前期の文人書画
明時代前期の書画は、宋元時代からの伝統を継承する流れと、宮廷での流れがあります。王紱(おうふつ)は元末の四大家の倪瓉(げいさん)、王蒙(おうもう)らの影響を受け、詹仲和(せんちゅうわ)は、復古主義を唱えた趙孟頫(ちょうもうふ)の影響を窺うことができます。

重要美術品「秋林隠居図軸」


呉派のさきがけ、わしのあこがれ!

重要美術品 秋林隠居図軸 王紱筆 明時代・建文3年(1401) 東京国立博物館蔵(東博前期展示)

 


トーハク&書博!
第2章 文徴明と蘇州の芸苑
文徴明は、清雅な作風に温厚篤実な人柄で蘇州芸苑のドンとなります。書画をよくする家風を受け継いだ文徴明の子孫や弟子たちによって、文徴明の芸術は後世まで多大な影響を与えました。

山水図巻(部分)
33歳、余裕の集中力!
山水図巻(部分) 文徴明筆 明時代・弘治15年(1502) 個人蔵(東博通期展示)

行書陶淵明飲酒二十首巻(部分)
85歳、まだまだイケちょる!
行書陶淵明飲酒二十首巻(部分) 文徴明筆 明時代・嘉靖33年(1554) 京都国立博物館蔵(書博後期展示)


書博だけ!
第3章 文徴明の書画鑑識
文徴明は若い頃から書画の名品に慣れ親しみ、当時の大コレクターたちとも親交して鑑識眼を養っていきました。歴代の名品に補筆したり跋文を書き添えるなど、鑑識のドンでもありました。

楷書漢汲黯伝(かんきゅうあんでん)冊(部分) 文徴明の補筆 楷書漢汲黯伝(かんきゅうあんでん)冊(部分)
趙孟頫の影武者になりきって書いたものよ。
写真右:楷書漢汲黯伝(かんきゅうあんでん)冊(部分) 趙孟頫筆 元時代・延祐7年(1320)
写真左:楷書漢汲黯伝(かんきゅうあんでん)冊(部分) 文徴明の補筆 明時代・嘉靖20年(1541)
※ いずれも永青文庫蔵(書博通期展示)



トーハクだけ!
第4章 蘇州画壇の華やぎ-職業画家たちの活躍
繁栄する蘇州の絵画市場では、職業画家たちの作品が売買されました。文徴明一族やその周辺の文人たちと職業画家たちの多彩な活躍により、蘇州画壇は華やぎを増していきます。

清明上河図巻(部分)
みんな大好き、一番人気の清明上河図!
清明上河図巻(部分) 張択端款 明時代・17世紀 東京国立博物館蔵(東博前期展示)


トーハク&書博!
第5章 江南文人書画界への波及
蘇州に刺激され、他の江南地域も文人書画様式を作る動きが盛んになります。浙江(せっこう)では伝統的に筆墨の味わいを重んじた奔放な表現が愛されました。徐渭(じょい)は浙江の作風を代表する文人です。

花卉雑画巻(部分)
絶妙なにじみとかすれ、まさに墨の魔術師じゃの!
花卉雑画巻(部分) 徐渭筆 明時代・万暦3年(1575) 東京国立博物館蔵(東博通期展示)


書博だけ!
第6章 日本における受容
江戸時代の書は、文徴明を基盤とした唐様書(からようしょ)が流行しました。絵画は、狩野派の絵師や文人画家の与謝蕪村(よさぶそん)らが文徴明を学んでいます。海を隔てた日本でも、気品ある文徴明の作風は人気を博しました。

文徴明八勝図巻(部分)
蕪村も、わしの書画を学んで大きくなった!
筑西市指定文化財 文徴明八勝図巻(部分) 与謝蕪村模 江戸時代・18世紀 個人蔵(書博通期展示)


…まだまだみどころ満載の文徴明、続きはその2、その3でお楽しみください。
連携企画第17弾、上野の山とその麓でくりひろげられる文徴明ワールドは3月1日(日)まで絶賛公開中です!この機会をお見逃しなく!!
 

「生誕550年記念 文徴明とその時代」図録


図録
生誕550年記念 文徴明とその時代

編集:台東区立書道博物館
編集協力:東京国立博物館
発行:公益財団法人 台東区芸術文化財団
定価:1100円(税込)
※ 東京国立博物館ミュージアムショップと台東区立書道博物館で販売中。

 

週刊瓦版
台東区立書道博物館では、本展のトピックスを「週刊瓦版」という形で、毎週話題を変えて無料で配布しています。トーハク、書道博物館の学芸員が書いています。展覧会を楽しくみるための一助として、ぜひご活用ください。

連携企画「生誕550年記念 文徴明とその時代」バナー

東京国立博物館・台東区立書道博物館 連携企画
「生誕550年記念 文徴明とその時代」

2020年1月2日(木)~3月1日(日)
東京国立博物館 東洋館8室
2020年1月4日(土)~3月1日(日)
台東区立書道博物館

※ 前期:2月2日(日)まで、後期:2月4日(火)から

連携企画「生誕550年記念 文徴明とその時代」バナー

東京国立博物館・台東区立書道博物館 連携企画「生誕550年記念 文徴明とその時代」
2020年1月2日(木)~3月1日(日)
東京国立博物館 東洋館8室
2020年1月4日(土)~3月1日(日)
台東区立書道博物館

※ 前期:2月2日(日)まで、後期:2月4日(火)から

 

カテゴリ:研究員のイチオシ特集・特別公開中国の絵画・書跡

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posted by 鍋島稲子(台東区立書道博物館主任研究員) at 2020年01月16日 (木)

 

中国書跡、愛好のかたち

東洋館8室で開催中の特集「中国書画精華―日本における愛好の歴史」(~12月25日(水))は、11月26日(火)から後期展示に入り絵画作品が入れ替わりました。

東洋館8室 中国の書跡 東洋館8室 中国の絵画
東洋館8室 中国の書跡、中国の絵画

先日、植松研究員が1089ブログ「中国絵画、「愛好の歴史」の探りかた」と題して、作品への想いがかたちとなって表れたものを手掛かりに愛好の歴史が探れることを紹介されました。
今回はこれを中国書跡の展示作品で見てみたいと思います。

中国書跡の愛好の歴史で、見逃せないのが禅宗僧侶の書です。日本では特に禅僧の書を「墨跡」と呼び、禅林や禅の精神と結びついた茶の湯の世界で珍重されてきました。

例えば、楚石梵琦(そせきぼんき、1296~1370)の二大字「的胤(てきいん)」もその一つ。室町時代以降、茶の湯が展開していくなかで、茶室の床飾りとされるようになった墨跡は、表装も茶人の好みに仕立てられ、鑑賞に供されました。二大字「的胤」は江戸時代初期の茶人、小堀政一(遠州、1579~1647)の好みの表装と伝えられ、付属する二重の保存箱のうち中箱の蓋に記される「琦楚石墨蹟」の題字もまた遠州の書とみられます。

二大字「的胤」
二大字「的胤」
 楚石梵琦筆 元時代・14世紀 広田松繁氏寄贈


楚石梵琦は14世紀、元時代末から明時代初めに活躍した高僧で、入元の日本僧とも親交しました。この墨跡は秀居士という在家信徒に道号を書き贈った一幅。筆力に満ちた雄強な字姿です。表装裂は、一文字と風帯が紫地唐花宝相華菊唐草紋様印金、中廻しが白茶地蓮牡丹造土紋様印金、上下が水浅葱地絓とみられます。

二大字「的胤」付属の中箱
左:二大字「的胤」付属の中箱 ※展示の予定はございません
右:中箱蓋の題字「琦楚石墨蹟」 小堀遠州筆


二大字「的胤」付属の外箱と拡大図
左:二大字「的胤」付属の外箱 ※展示の予定はございません
右:外箱蓋の題字「琦楚石墨蹟」


禅僧ではありませんが、墨跡と同様に禅宗文化のなかで珍重された中国の文人の書も見逃せません。なかでも南宋時代の張即之(ちょうそくし、1186~1266)や元時代の馮子振(ふうししん、1257~?)は、ともに禅学に造詣が深く禅僧と親交し、海を渡った日本僧とも交流しました。
張即之の書風は南宋禅林で流行し、日本僧の請来品や張風の書をよくした蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)などの渡来僧を介して日本でも受容され、馮子振の書もまた入元の日本僧に好まれて少なからず請来され、禅林や茶の湯で愛好されてきたのです。

国宝 無隠元晦あて法語
国宝 無隠元晦あて法語 馮子振筆 元時代・14世紀 松平直亮氏寄贈
国宝 無隠元晦あて法語
国宝 無隠元晦あて法語 馮子振筆 元時代・14世紀 松平直亮氏寄贈

馮子振は官僚として活躍する一方、中峰明本(ちゅうほうみょうほん)、古林清茂(くりんせいむ)ら当時の高名な禅僧とも親交を結びました。本作は、中峰明本のもとで修行をしていた日本からの留学僧、無隠元晦(むいんげんかい)の求めに応じて書き与えた七言絶句の形式をとる三首の法語です。

馮子振筆「無隠元晦あて法語」は著名な大名茶人でもある雲州松平家7代の松平治郷(不昧、1751~1818)の旧蔵品です。不昧が作成を命じた茶道具目録『御茶器帳(雲州蔵張)』(月照寺本)では、「御茶器名物並之部」に記される「馮海粟墨跡」にあたるとみられます。
『御茶器帳』の記載にあるように、江戸時代に活躍した古筆鑑定家の古筆宗家9代古筆了意(1751~1834)の折紙と添状が、不昧の題字「憑(馮)海粟 証状」が記された保存箱に収められて伝来します。

「無隠元晦あて法語」付属の古筆了意の折紙
馮子振筆「無隠元晦あて法語」付属の古筆了意の折紙 ※展示の予定はございません

「無隠元晦あて法語」付属の古筆了意の添状
馮子振筆「無隠元晦あて法語」付属の古筆了意の添状 ※展示の予定はございません


「無隠元晦あて法語」付属の折紙箱
馮子振筆「無隠元晦あて法語」付属の折紙箱 
題字「憑(馮)海粟 証状」 松平不昧筆 ※展示の予定はございません


中国の禅僧や禅学に精通した文人らの書は、日本にもたらされ、禅林から茶室などへと鑑賞の場や方法が展開されていくなかで、母国とは異なる新たな愛好の歴史が紡ぎだされました。
本展で、中国書画の日本独特の愛好のかたちにも触れていただけますと幸いです。

特集「中国書画精華ー日本における愛好の歴史」


特集「中国書画精華―日本における愛好の歴史」

2019年10月29日(火)~12月25日(水)
(前期:11月24日(日)まで、後期:11月26日(火)から)
東洋館8室

※こちらの画像には後期展示の作品が含まれています。

特集「中国書画精華ー日本における愛好の歴史」

特集「中国書画精華―日本における愛好の歴史」
2019年10月29日(火)~12月25日(水)
(前期:11月24日(日)まで、後期:11月26日(火)から)
東洋館8室
※こちらの画像には後期展示の作品が含まれています。

 

カテゴリ:研究員のイチオシ特集・特別公開中国の絵画・書跡

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posted by 六人部克典(登録室研究員) at 2019年12月02日 (月)

 

中国絵画、「愛好の歴史」の探りかた

現在、東洋館8室では、特集「中国書画精華―日本における愛好の歴史」(前期:11月24日(日)まで、後期:11月26日(火)から12月25日(水)まで)が展示中です。

東洋館8室展示場
東洋館8室展示場

「中国書画精華」は、毎年秋恒例となった、東博所蔵および寄託作品の名品展ですが、今回はサブテーマとして「日本における愛好の歴史」を設けています。

展示解説を読まれれば、「〇〇家伝来」「〇〇の旧蔵品」「〇〇の鑑定書がつく」などと、作品がどのような人びとの手を経て現在まで伝えられてきたかについて、簡単な文章が添えられているのに気付いていただけるかもしれません。

ところで、このような「愛好の歴史」は、一体どのように判明していくのでしょうか。
手がかりは、作品から離れて存在するもの、作品とともに伝わってきたもの、の2種類にわけられます。

作品から離れて存在する手がかりとしては、まず、コレクション目録や茶会の記録などの書物があげられます。

例えば、伝趙昌筆「茉莉花図」(常盤山文庫蔵)は、足利将軍家のコレクション目録である『御物御画目録』中の「花 趙昌」に該当する、足利将軍家由来の品と考えられてきました。

重要文化財 茉莉花図軸
重要文化財 茉莉花図軸 伝趙昌筆 南宋時代・12~13世紀 東京・公益財団法人常盤山文庫蔵 ※前期展示

御物御画目録 伝能阿弥筆
参考】御物御画目録(部分) 伝能阿弥筆 室町時代・15世紀 東京国立博物館蔵 ※展示の予定はございません

また、模写、もしくはそこから強い影響を受けたと思われる別の絵画の存在も、作品から離れて存在する手がかりのひとつです。

李迪筆「紅白芙蓉図」は、伝周文筆「芙蓉図」(正木美術館蔵)や曽我宗誉筆「芙蓉図」(大徳寺真珠庵蔵)など、本図を翻案したとみられる作例の存在から、室町時代の京都ではすでに知られた名品であったと推測されています。

国宝 紅白芙蓉図軸
国宝 紅白芙蓉図軸 李迪筆 南宋時代・慶元3年(1197) 東京国立博物館蔵 ※前期展示

また、伝禅月筆「羅漢図」には、狩野派が制作した模写があり、この図様が江戸時代の画家たちによく知られていたことがわかります。

羅漢図 伝禅月筆 羅漢図(模写)竹沢養渓筆
画像左:羅漢図 伝禅月筆 元~明時代・14~15世紀 東京国立博物館蔵 ※後期展示
画像右:【
参考】羅漢図(模写) 竹沢養渓筆 江戸時代・安永10年(1781) 東京国立博物館蔵 ※展示の予定はございません

一方、作品とともに伝わってきた手がかりには、どのようなものがあるのでしょうか。
特に中国本土に伝わってきた作品によくみられるのは、後世の人々によって散文や韻文のかたちで書き付けられた考証や感想である題跋(賛)、そして、作品を収蔵した人々がその記録として捺した印章である鑑蔵印です。

李氏筆「瀟湘臥遊図巻」のあちこちにみられる清朝最盛期の皇帝、乾隆帝の書き込みや印はその代表的な例です。

国宝 瀟湘臥遊図巻
国宝 瀟湘臥遊図巻 李氏筆 南宋時代・12世紀 東京国立博物館蔵 ※前期展示

そして、保存箱に同封される手紙や鑑定書も重要な資料となります。

重要文化財 猿図軸
重要文化財 猿図軸 伝毛松筆中国 南宋時代・13世紀 東京国立博物館蔵 ※前期展示

伝毛松筆「猿図」付属の武田信玄書状
【参考】伝毛松筆「猿図」付属の武田信玄書状 東京国立博物館蔵 ※展示の予定はございません

伝管道昇筆「墨竹画巻」付属の狩野常信鑑定書
伝管道昇筆「墨竹画巻」付属の狩野常信鑑定書 東京国立博物館蔵 ※後期展示

このほか、表装の好みや、保存箱のしたてなどからも、その作品がどのような道筋をたどって、東京国立博物館まで行きついたかが推測できることがあります。

紙や絹といった脆弱な素材に表わされた絵画が、千年、数百年の時を超えて、今なお存在するということは、よく考えれば奇跡的なことです。
この奇跡は、まさに作品を大切に伝えようとしてきた人たちのたゆまぬ努力があったからこそ。
名品を楽しむと同時にそのような「愛好の歴史」にも想いを馳せていただきたければ幸いです。

特集「中国書画精華ー日本における愛好の歴史」


特集「中国書画精華―日本における愛好の歴史」

2019年10月29日(火)~12月25日(水)
(前期:11月24日(日)まで、後期:11月26日(火)から)
東洋館8室

※こちらの画像には後期展示の作品が含まれています。

特集「中国書画精華ー日本における愛好の歴史」

特集「中国書画精華―日本における愛好の歴史」
2019年10月29日(火)~12月25日(水)
(前期:11月24日(日)まで、後期:11月26日(火)から)
東洋館8室
※こちらの画像には後期展示の作品が含まれています。

 

カテゴリ:研究員のイチオシ特集・特別公開中国の絵画・書跡

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posted by 植松瑞希(出版企画室研究員) at 2019年11月19日 (火)

 

中国絵画にLOVEをみつけよう!

現在、東洋館では「博物館でアジアの旅 LOVE♡アジア(ラブラブアジア)」(~10月14日(月・祝))が開催中です。
「中国の絵画 高士と佳人―18から19世紀の人物画と肖像画」(~10月27日(日))が展示されている東洋館8室でも、LOVEを探してみましょう。


東洋館8室「中国の絵画」会場風景

中国では悠久の歴史の中で、さまざまな恋物語が語られてきました。
そして画家たちは、これらの物語にインスピレーションを得て、次々と魅力的な作品を生み出してきたのです。

例えば、三国志に登場する貴公子、曹植(そうしょく/192~232)の文学作品『洛神賦(らくしんふ)』は、古くから何度も絵画化されてきた恋物語です。

曹植は、魏の曹操(そうそう/155~220)の息子で、優れた詩人として知られています。
都から帰る途中、華北地方を流れる洛水(らくすい)のほとりで、川の女神に出会った曹植は一目で恋におちます。

『洛神賦』は、女神の美しさ、二人の間に育まれる愛、そして「心はとこしえにあなたを想っています」との言葉を残して、女神が天上に去っていくまでを、流麗な文章でうたいあげています。
一説に、この女神のモデルは、曹植が恋焦がれていた、兄・曹丕(そうひ/187~226)の妻であったといいます。


洛神女図扇面 顧洛筆 清時代・18~19世紀

顧洛(こらく/1763~1837頃)は、杭州(浙江省)の画家で、美人図を得意としたといいます。
この扇面では、風に衣をたなびかせながら、波立つ水面の上に浮き、蠱惑的な笑みを浮かべる洛水の女神を描きます。

   

髪や耳の華麗な装飾、唇に点じられたつややかな紅など、細部まで非常に丁寧に表わされています。
『洛神賦』が、「朝もやに昇る太陽」「波間に咲く蓮」にたとえるような、曹植を虜にした女神の魅力が伝わってきます。

下って南宋時代、12世紀には、姜夔(きょうき)と小紅(しょうこう)の物語が知られています。
姜夔は、詩体の一種である詞と、笛のような楽器である簫(しょう)の名手として有名な文人でした。
美貌の歌妓(かぎ)、小紅を寵愛しており、詞を作ると彼女に歌わせ、自ら簫を吹いて伴奏するのが常であったと、仲睦まじい様子が伝わっています。

晩年、困窮した姜夔は、小紅のためを思って、しかるべき相手に彼女を嫁がせたようです。
姜夔が亡くなり、馬塍(ばしょう)という花の名所に葬られると、彼の友人が「もし小紅がここにいたら、嘆き悲しんで、馬塍の花をことごとく散らせてしまっただろう」と追悼の言葉を述べています。


春水吹簫図扇面 諸炘筆 清時代・乾隆48年(1783)

諸炘(しょきん)も杭州の画家で、18世紀ころに活躍しました。
姜夔と小紅の故事になぞらえたとして、春のうららかな一日、舟上で簫を奏でる青年と、その音に耳を傾けている乙女を描きます。

 

桃の花が咲き乱れ、思わず召使の子供がうたたねしてしまうような気候の、まさにデート日和。
簫をギターに持ちかえれば、現代日本の公園でもみられる光景かもしれません。
ひな人形のような、愛らしく上品な顔立ちがほほえましい作品です。

この他にも東洋館8室には、「LOVE♡アジア」にちなんだ作品が並んでいます。
この機会にぜひ、中国の絵画・書跡の中に、LOVEをみつけてみてください。

カテゴリ:研究員のイチオシ中国の絵画・書跡博物館でアジアの旅

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posted by 植松瑞希(出版企画室研究員) at 2019年10月04日 (金)