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清朝書画コレクションの諸相 その1

東洋書跡を担当する六人部と申します。
トーハク(会場:東洋館8室)と台東区立書道博物館(書博)で毎年開催している恒例の連携企画は、現在の「清朝書画コレクションの諸相」(前期:~1月31日(日)、後期:2月2日(火)~2月28日(日))で18回目となりました。
今年は、中国書画の清時代におけるコレクションがテーマです。トーハクは「高島槐安収集品を中心に」、書博は「中村不折収集品を中心に」と副題を冠し、中村不折(なかむらふせつ)と高島槐安(たかしまかいあん)、主に両氏の収集品を通して、清時代の宮廷と民間の書画コレクションを概観するという趣旨の展示です。

新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、現在、トーハクはオンラインによる事前予約(日時指定券)制で開館、書博は緊急事態宣言終了まで臨時休館(再開は書博ホームページにてお知らせ)しております。
お客様にはご不便をおかけしますが、ご理解とご協力をお願いいたします。

トーハクは今週末で前期展が終了し、2月2日から後期展が始まります。今回は、企画の前提となる中村不折と高島槐安についてお話したうえで、清時代のコレクションに触れながら、トーハクで展示するオススメの書跡をご紹介します。


特集「清朝書画コレクションの諸相―高島槐安収集品を中心に―」(東京国立博物館東洋館8室)の展示風景


中村不折(1866~1943)は幕末に生まれ、明治から昭和に活躍した画家、書家、収蔵家です。
本業の洋画は、歴史画を中心に発表して太平洋画会の代表的な作家となり、帝国美術院会員を務めました。画業は幅広く、新聞挿絵、文学作品の装幀・挿絵、美術批評など多岐にわたります。
画家として不動の地位を築いた一方、余技とした書でも、その言葉に余りあるほどの功績を残しました。北魏の書を基調とした作風を発表して当時の書壇に一石を投じ、書に関する考古品や中国歴代の書の名品を収集して膨大なコレクションを築き、一般に公開するために自ら書道博物館を創設、開館(1936年)しました。
没後も中村家によって書道博物館は維持運営され、その後、台東区への寄贈(1995年)を経て、台東区立書道博物館(2000年~)として再開館するに至ります。中村不折コレクションの代表的な作品には、顔真卿(がんしんけい)筆「自書告身帖(じしょこくしんじょう)」が挙げられます。
 

中村不折肖像

 

自書告身帖(部分) 顔真卿筆 唐時代・建中元年(780) 台東区立書道博物館蔵(書博展示予定)

人事を掌る吏部尚書から皇太子の教育係である太子少師への自身の転任について、唐の顔真卿が自ら書いたと伝わる辞令書です。宋時代に宮廷から民間に流出し、清時代には梁清標(りょうせいひょう)らの手を経て、乾隆帝(けんりゅうてい)の治世に再び宮廷コレクションとなり、乾隆帝自ら題詞を記して最上級の装幀を施しました。清朝宮廷所蔵の書画著録『石渠宝笈(せっきょほうきゅう)』続編(淳化軒)に収録されます。


不折より9歳年少の高島槐安(1875~1969)は、名を菊次郎といい、明治から昭和にかけて活躍した実業家、収蔵家です。長らく製紙業界に身を置いて王子製紙社長などの要職を歴任し、斯界の発展に寄与しました。中国の思想や美術に精しく、余暇には漢籍や書を研究し、自ら宋元明清を中心とする書画の収集に努めました。槐安は晩年91歳時(1965年)に、わが子同然に愛蔵していた書画をトーハクに寄贈し、没後もその遺志を継がれたご遺族によって三度(1969、84、98年)、遺愛の品が寄贈されました。
トーハクの高島槐安コレクションは総数345件(書跡221件、硯5件、絵画119件)になります。このうち書跡は、西周~北宋時代の石碑を主とする金石銘文の拓本、法帖、北宋~中華民国時代にわたる肉筆の文人法書が揃い、古代から近代の中国書法史を概観できる作品群として貴重です。代表的な作品として、「定武蘭亭序(呉炳本)(ていぶらんていじょ(ごへいぼん))」が挙げられます。

 

高島槐安肖像

 

定武蘭亭序(呉炳本)(部分) 原跡=王羲之筆 原跡=東晋時代・永和9年(353) 高島菊次郎氏寄贈 東京国立博物館蔵(東博通期展示)

「定武蘭亭序」は、唐の欧陽詢(おうようじゅん)が臨書した王羲之(おうぎし)の「蘭亭序」を、唐の太宗(たいそう)が石に刻させたと伝承される拓本です。この「呉炳本」は、北宋時代に原石が破損される前にとられた「五字未損本」として伝わる稀少な旧拓本で、元の呉炳が所蔵したことからこの名があります。元の倪瓚(げいさん)、明の沈周(しんしゅう)、清の王文治(おうぶんち)など、民国期までの歴代の名家が題跋を付し、民間で逓伝してきたことがわかります。


不折と槐安が収集活動を展開した明治40年代~昭和10年代は、清朝が崩壊し、宮廷や民間に所蔵されていた書画の名品が流出して、日本にも流入してきた時期にあたります。
中国の文化に造詣の深い当時の貴族や財界人、学者、芸術家たちは、この好機を逃すまいと収集に努め、不折と槐安もまた、収蔵家や書肆・美術商、学者・芸術家など様々な人脈を介してコレクションを築いていったのです。
それでは清朝が崩壊するまではどうだったのでしょうか。清時代のコレクションの変遷に目を移してみましょう。

中国では明時代(1368~1644)の中期以降、経済発展が著しかった江南地方を中心に、書画の収蔵が盛んに行われました。16世紀には、項元汴(こうげんべん/1525~90)という収蔵家を筆頭に、江南では宮廷を凌ぐほど民間のコレクションが充実しました。
清時代(1616~1912)に入ると、17世紀には明・清両朝に仕えた孫承沢(そんしょうたく/1593~1676)や梁清標(1620~91)をはじめ、華北地方の収蔵家が江南から多くの書画を獲得して、良質のコレクションを築きました。
しかし、18世紀になると、彼ら民間の収蔵品は、次々に宮廷に吸収されることとなります。清朝の皇帝たちが書画の収集に意を注ぎ、特に乾隆帝(位1735~96)の治世には、最も壮大な宮廷コレクションが形成されました。清朝宮廷の書画コレクションの内容は、『秘殿珠林(ひでんじゅりん)』『石渠宝笈』の初編・続編・三編によって窺うことができます。

 

群玉堂米帖(ぐんぎょくどうべいじょう) 韓侂冑(かんたくちゅう)編 編纂=南宋時代・12~13世紀 高島菊次郎氏寄贈 東京国立博物館蔵(東博前期展示)

南宋の韓侂冑が家蔵の書を選び、向若水(しょうじゃくすい)に刻させた『閲古堂帖(えつこどうじょう)』は、後に『群玉堂帖』と改称されました。これは全10巻中、北宋の米芾(べいふつ)の書を収める巻8の後半部にあたる零本で、完本が現存しない『群玉堂帖』の稀少な作例です。清時代に孫承沢らが旧蔵し、翁方綱(おうほうこう)、李宗瀚(りそうかん)らが題跋を付します。翁方綱は、本紙冒頭の脇に付された題簽を孫承沢の書であると指摘しています。


草玄閣次韻詩冊(そうげんかくじいんしさつ) 張経(ちょうけい)他筆 元時代・至正23年(1363) 高島菊次郎氏寄贈 東京国立博物館蔵(東博前期展示)

元の官僚、詩人の楊維楨(よういてい)は、松江(上海市)の自邸に築いた草玄閣の落成記念に詩を詠みました。本作は、その七言律詩に対して楊の門生ら元人19家が唱和して記した書を合装した一冊です。清時代には、梁清標の手を経て宮廷コレクションとなりました。『石渠宝笈』初編(御書房)に収録されます。


一方、民間における書画の収蔵や鑑賞も依然、活況を呈しました。18~19世紀には、碑帖に執心した翁方綱(1733~1818)や李宗瀚(1769~1831)らのコレクションが知られ、貿易で栄えた広東地方では、呉栄光(ごえいこう/1773~1843)や潘正煒(はんせいい/1791~1850)らの収蔵家が輩出しました。
激動の清末から中華民国期には、宮廷コレクションが存続の危機を迎える一方で、民間では楊守敬(ようしゅけい/1839~1915)、端方(たんぽう/1861~1911)、羅振玉(らしんぎょく/1866~1940)など、日本とも関係の深い収蔵家たちが、世情に左右されながらも旺盛な活動を展開しました。そして、辛亥革命(1911~12)を契機として、宮廷や民間の書画は海外にも流出し、日本でも質の高いコレクションが形成されることとなったのです。

 

楷書前後出師表巻(かいしょぜんごすいしひょうかん)(部分) 祝允明(しゅくいんめい)筆 明時代・正徳9年(1514) 高島菊次郎氏寄贈 東京国立博物館蔵(東博後期展示)

明時代中期の代表的な文人である祝允明が、無錫(江蘇省)の収蔵家の華夏(かか)から依頼されて、諸葛亮「前後出師表」を書写した一巻です。三国時代・魏の鍾繇(しょうよう)を彷彿させる、ふっくらとした字姿の小楷は、古雅な趣をたたえます。翁方綱らの跋文があり、広東の収蔵家である潘正煒、伍元蕙(ごげんけい)らが旧蔵しました。

 

行書文語巻(ぎょうしょぶんごかん)(部分) 張栻(ちょうしょく)筆 南宋時代・12世紀 高島菊次郎氏寄贈 東京国立博物館蔵(東博後期展示)

張栻は南宋の官僚で、朱熹(しゅき)、呂祖謙(りょそけん)とともに東南三賢と称された大学者です。これは北宋末の諫官、某氏の行状と国家を論じた一巻で、伝存する張栻の書の作例として貴重です。清末の盛昱(せいいく)や羅振玉、山本二峯(悌二郎)らが旧蔵し、羅振玉の跋文と山本所蔵時に記された長尾雨山(甲)の跋文があります。


中国伝統の文化を受け継いだ中村不折と高島槐安のコレクションは、本人やご家族らの尽力で戦火をくぐり抜け、文字通り懸命に護持され、今に伝えられてきました。
本展を通して、書画を愛してやまなかった両氏をはじめ、日中の収蔵家たちに、思いを馳せていただけますと幸いです。
 

 

清朝書画コレクションの諸相―中村不折・高島槐安収集品を中心に―

編集:台東区立書道博物館
編集協力:東京国立博物館 九州国立博物館
発行:公益財団法人 台東区芸術文化財団
定価:1,200円(税込)
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カテゴリ:特集・特別公開中国の絵画・書跡

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posted by 六人部克典(登録室) at 2021年01月29日 (金)