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1089ブログ

特集「親と子のギャラリー 尾・しっぽ」みどころ(2) 担当室員が選ぶおすすめ作品

現在開催中の特集「親と子のギャラリー 尾・しっぽ」(平成館企画展室にて2023年6月4日まで)について、前回のブログ「特集『親と子のギャラリー 尾・しっぽ』みどころ(1) 三館園のコラボ展示! 裏側ストーリー」では、恩賜上野動物園(動物園)と国立科学博物館(科博)との連携企画のことや、そこから特別出品に至るまでの裏側ヒストリー、展示中の標本の注目ポイントについてお伝えしました。

今回は、この展示を担当する教育講座室の室員から、それぞれが選ぶおすすめ(推し)東博作品をご紹介します。
展示構成を考えるときも、室員のアイディアを出し合って作品選定にあたりました。
さて、どんな推し作品、鑑賞ポイントが飛び出すでしょうか…。

推し作品 その1:「豹の図」
うねうねとした、動きをなぞりたくなるしっぽに目が釘付けです。
この絵をみていると、豹のしっぽはこんなふうに曲がるの? 生きた豹をみて描いた? それとも毛皮や標本を参考にした? なかの骨の形が知りたい!
などと興味が尽きません。連携企画を経て、描かれたしっぽの動きや内部にまで想像が及び何度でもみてしまいます。(教育講座室事務補佐員・三野有香子)

 


(展示の様子)

(部分)

豹の図 河鍋暁斎筆 江戸時代・万延元年(1860)


推し作品 その2:「彦根更紗 白地栗鼠葡萄文様更紗」
インドの染物「更紗」にはたくさんの動物が登場しますが、この作品にはブドウとリスが、多産を示すおめでたいテーマとして組み合わされています。先日の動物園の解説員小泉さんのお話で初めて知ったこと、それは…リスのしっぽはクルンと丸まったかわいい印象がありますが、それは止まっているときだけで、走るときは必ずピン! と伸ばしているのだそうです。実際に作品をよくみると…本当にそうなっていますね!(教育講座室長・金井裕子)


(全体図)

(部分)

彦根更紗 白地栗鼠葡萄文様更紗 インド 井伊家伝来 江戸時代・19世紀


推し作品 その3:「蓑亀水滴」
科博の研究員川田さんのお話によると「水を泳ぐと尾が長くなる」傾向にあるらしいのですが、この「蓑」は藻や苔なので身体の一部ではありません。この蓑を被ることで、果たして亀は泳ぎやすくなるのか…ぜひ本人(亀)に聞いてみたいところです。牛のような耳も相まって、どこか浮世離れした体躯が個人的にツボです。(教育講座室アソシエイトフェロー・山本桃子)


(展示の様子 斜め俯瞰)

(展示の様子 横から)

蓑亀水滴 江戸時代・18〜19世紀 渡邊豊太郎氏・渡邊誠之氏寄贈


推し作品 その4:「青花魚跳龍門香炉」
鯉が、龍門と呼ばれる激流を上って龍になろうとしている一場面をあらわしたやきものです。この鯉は、すでに顔が龍になりかかっていて、ぐっと曲げて力のこもった尾からは「あと一息」の緊張感がみなぎり、見えない激しい川の流れも感じられるようです。ちょっと寸胴の体はどこかコミカルでもあり、観ると思わず笑みがこぼれ、応援したくなります。(教育講座室研究員・横山梓)


青花魚跳龍門香炉 中国・景徳鎮窯 明時代・17世紀 横河民輔氏寄贈(展示の様子)


…いかがだったでしょうか? どれか気になる一作はありましたか。

去る5月14日に、合同企画のメインイベントである「上野の山で動物めぐり 尾・しっぽ」を開催しました(注)。
室員のコメントにも出てきますが、動物園や科博の方のお話しも踏まえて、あらためて東博の展示品を観てみると、いままでとちょっと違った視点で気がつくことも多くありました。
(注)このイベントの様子は、都立動物園公式ホームページZooネットの記事、またYouTubeのオンライン配信でどなたでもご覧いただけます)
都立動物園公式ホームページZooネットへ移動する
YouTube 都立公園開園150周年記念企画 国際博物館の日記念「上野の山で動物めぐり──動物の『尾・しっぽ』」へ移動する

今回はとくに、尾(しっぽ)という、動物の後ろ側から注目するという、いつもとは逆方向からの作品へのアプローチになるところがポイントなのではないかなと思います。

展示室で、「いままで意識していなかった」「そうか、こんな見方があったんだ!」というような、新たな発見や気づきがあれば、企画冥利に尽きる限りです。
ぜひお楽しみください。

 

カテゴリ:教育普及特集・特別公開

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posted by 横山梓(教育講座室) at 2023年05月30日 (火)

 

特集「親と子のギャラリー 尾・しっぽ」みどころ(1) 三館園のコラボ展示! 裏側ストーリー

こんにちは。教育講座室の横山です。
現在、平成館企画展示室では特集展示「親と子のギャラリー 尾・しっぽ」を開催中です(2023年6月4日まで)。


平成館企画展示室入口の様子

なかを覗くと、東博の作品と一緒に、ちょっと珍しい展示品が…

え? これは何?


動物実物標本(ヤマアラシの尾、棘) 恩賜上野動物園蔵

動物実物標本(キリンの尾、キツネの尾、ヤマアラシの尾)」 恩賜上野動物園蔵


きゃ! これは誰?


骨格標本(クモザル) 国立科学博物館蔵
 


これらはいずれも、恩賜上野動物園(動物園)や国立科学博物館(科博)からの借用品で、この展示にあわせて特別に出品をしていただいたものです。

そもそものお話しになりますが、この展示は、動物園、科博との合同で開催してきた「上野の山で動物めぐり」というイベントの一環です。
毎年三館園で動物に関する共通のテーマを設定して各園館をめぐるツアーを実施し(注)、当館ではそれに関連した館蔵品をご紹介しています。

合同企画自体は2007年に始まり、今年が16回目となるロングランイベントです。
企画の誕生秘話、過去の内容など詳細については、かつての本展担当者(現デザイン室主任研究員・神辺知加)によるYouTube動画がありますので、ぜひそちらをぜひご覧ください。
 【オンライン月例講演会】6月(2021)「『上野の山で動物めぐり』の裏側をめぐる」神辺研究員(デザイン室)を見る
(注)以前はツアー形式でしたが、コロナ禍となった2021年度からはオンラインの形式となっています

さて、今回のテーマ(「尾・しっぽ」)は、昨年の夏ごろに三館園の担当者の打ち合わせで決定しました。
テーマ設定は、毎年悩ましくも肝心な、この企画の最初の重要課題です。
人気の動物、面白い動物をぜひ取り上げたいところですが、それが必ずしも当館の所蔵品とうまく折り合い、特集展示を組めるとは限りません。
上野といえばやはりパンダ! といきたいところですが、残念ながら当館の作品でパンダ特集をするのは難しい…といったことがあります。

そうした理由から、近年は特定の動物にとらわれず、「ツノ」「うごき」「翼と羽」といった、動物の部位や動作に注目するテーマとして、話題にする動物の種類も多様に、横断的に取り上げるようにしてきました。

こうしてあれこれと議論しながら新たに決まったのが、「尾・しっぽ」です。
私たち人間にはない特別な部位だからこそ、そこに注目したらきっと面白い発見があるのではないか。そんな意見でまとまりました。

テーマが決まると、話題も一気に広がります。
科博の研究者・川田伸一郎さん(動物研究部 脊椎動物研究グループ主幹)からは、こんな発言がありました。
「一般的には、しっぽの先まで骨がつながっているっていうイメージが意外と少ないんですよね。」

動物園の解説員・小泉祐里さんからは、
「しっぽの役割にも、いろいろなものがありますね。虫を払う、バランスをとる、つかむ、威嚇する…。クモザルはしっぽが『第五の手足』のような動きをします。」

これを受けて、当館も、
「龍のような空想上の動物の尾は、博物館ならではトピックスとして面白い見せ方ができるかもしれません。」

といった具合で、各専門の視点からそれぞれの見方が提示され、打ち合わせはいつしかレクチャーのような充実した時間となって、一同企画への熱がこもっていきました。

 


オンラインでの打ち合わせの様子(左から動物園・小泉さん、東博スタッフ、科博・川田さん)



オンラインでの打ち合わせの様子(上から動物園・小泉さん、東博スタッフ、科博・川田さん)



というわけで、冒頭にご紹介した標本たちは、こうした打ち合わせ内容を経て、当館に展示される運びとなりました。
東博館蔵品だけではなかなか伝わりにくい、尾(しっぽ)の機能や役割について、ぜひ注目してもらう機会にしたいと考えています。

あらためて展示室でじっくり注目すると、骨格標本からは、クモザルのしっぽは確かに先端まで小さな骨がつながっていること、さらに骨はやや平たい形で、木の枝につかまりやすくなっていることがわかります。


骨格標本(クモザル) しっぽの部分

また実物標本のほうでは、クモザルの尾の外側には毛が生えているのに内側には毛はなく、すべりどめのような機能をもっていることも見えてきます。


動物実物標本(クモザル) しっぽの先

こうした標本を間近で見比べられることはなかなかないと思います。
ぜひこの機会に、東博の展示室でご覧ください。

みどころ(2) 担当室員が選ぶおすすめ作品 に続く…)

カテゴリ:教育普及特集・特別公開

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posted by 横山梓(教育講座室) at 2023年05月23日 (火)

 

「王羲之と蘭亭序」その4 曲水の宴 パリピの系譜

永和9年(353)3月3日、王羲之が風光明媚な蘭亭に名士41人を招いて開催した曲水の宴は、北宋時代の李公麟(りこうりん)が描いた蘭亭図に基づいて、蘭亭序にまつわる諸資料を加えた蘭亭図巻が作られました。1780年、清の乾隆帝(けんりゅうてい)が明時代の拓本に拠って作らせた蘭亭図巻には、11人が2篇の詩を、15人が1篇の詩を賦し、16人は詩を賦さず、罰として大きな杯に3杯の酒を飲まされた、と注記しています。


蘭亭図巻(乾隆本)(らんていずかん けんりゅうぼん)(部分)
原跡=王羲之他筆
清時代 乾隆45年(1780) 林宗毅氏寄贈 東京国立博物館蔵
【東博後期展示】


王羲之の上には2篇の詩が刻されていますが、実際には6篇の詩を書いたことが、唐の『右軍書記(ゆうぐんしょき)』等の諸文献から分かります。孫綽(そんしゃく)が記した詩集の後序に拠ると、曲水の宴で作られた詩は多く、全ては詩集に載せなかったようです。酔いが回ると筆は進みますが、後で読み返すと、冷や汗が出る内容であったりするものです。

蘭亭図巻(乾隆本)。王羲之の上に2篇の詩が刻されている場面
蘭亭図巻(乾隆本)(部分)


曲水の両岸に陣取る名士たちを見ると、鼻を赤らめた后綿(こうめん)は、どうやら酩酊してぐっすり寝入っているご様子。

蘭亭図巻(乾隆本)。酩酊してぐっすり寝入っている后綿(こうめん)の場面。
蘭亭図巻(乾隆本)(部分)



一方、虞説(ぐえつ)は今し方書き終えた詩稿を手に持って、声高らかに朗読し、お隣の呂系(りょけい)は片膝を立て、耳を傾けて聞き入っています。

蘭亭図巻(乾隆本)。虞説(ぐえつ)と呂系(りょけい)が向き合う場面。
蘭亭図巻(乾隆本)(部分)


足下に飲み干した杯を置く楊模(ようも)は、気持ちよさそうに踊っています。42人のパリピが参加した曲水の宴は、後世に大きな影響を与えました。

蘭亭図巻(乾隆本)。気持ちよさそうに踊る楊模(ようも)の場面。
蘭亭図巻(乾隆本)(部分)

日本における曲水の宴は、『日本書紀(にほんしょき)』に拠ると、顕宗天皇元年(485)3月上巳を筆頭に、486年、487年、691年に開催されたと伝えますが、信憑性には疑問符が付されています。
一方、『聖徳太子伝暦(しょうとくたいしでんりゃく)』では、推古天皇28年(620)3月上巳に、太子が奏して「今日は漢家の天子が飲を賜う日であるぞよ」とのたまい、大臣以下を召して、曲水の宴を開催。諸藩の大徳(冠位十二階の第一番目の位)ならびに漢と百済の文士たちに詩を作らせ、禄を賜りました。日中韓のにぎにぎしいパーティーは、聖徳太子絵伝にも描かれています。


国宝 聖徳太子絵伝(しょうとくたいしえでん)(部分)
秦致貞(はたのちてい)筆 平安時代・延久元年(1069)
【法隆寺宝物館の「デジタル法隆寺宝物館」で、8K高精細画像と複製を7月30日(日)まで展示】


『続日本紀(しょくにほんぎ)』には、文武5年(701)から延暦6年(787)まで15回にわたって開催されたものの、延暦9年(790)に故あって停止され、寛平2年(890)3月3日に再開されました。
源高明(みなもとのたかあきら)の『西宮記(さいきゅうき)』には、曲水の宴の式次第が記されています。その内訳は、(1)天皇出御、(2)王卿が参上し、(3)紙・筆が置かれ、(4)詩題が献上され、(5)三献して、(6)音楽が流れ、(7)身分の低い者から披講し、最後に(8)禄を賜る、という流れでした。
平安時代の中期に、パリピの帝王として君臨したのが藤原道長(ふじわらのみちなが)でした。道長の日記『御堂関白記(みどうかんぱくき)』には、曲水の宴をはじめとする数々のパーティーが記録されています。とりわけ、長保年間から寛弘年間にかけては、タガが外れたように頻繁に開催しています。王羲之が開催した曲水の宴は、時空を隔てた道長の時代にも受け継がれ、道長の部下であった藤原行成(ふじわらのゆきなり)らによって、世界に誇るべきかな表現も最高峰に到達したのでした。


重要文化財 高野切第三種(こうやぎれだいさんしゅ)(部分)
伝紀貫之筆 平安時代 11世紀 東京国立博物館蔵
【書道博で4月23日(日)まで展示】

 

連携企画20周年 王羲之と蘭亭序

編集:台東区立書道博物館
編集協力:東京国立博物館
発行:公益財団法人 台東区芸術文化財団
定価:1,200円(税込)
ミュージアムショップのウェブサイトに移動する

 

 

カテゴリ:特集・特別公開中国の絵画・書跡

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posted by 富田淳(東京国立博物館副館長) at 2023年04月18日 (火)

 

「王羲之と蘭亭序」その3 『世説新語』のヒ・ミ・ツ

台東区立書道博物館(以下「書道博」)の鍋島稲子です。
東京国立博物館(以下「東博」)と書道博の両館で開催中の連携企画「王羲之と蘭亭序」は、早くも残すところ約1ヶ月となりました。
東博の植松瑞希さんから流れてきた觴(さかずき)が、目の前を通り過ぎる前にブログを書かないと、罰として大きな觴に三杯の酒を飲まされるかもしれない、ハラハラ&ドキドキリレーの1089ブログ!
わたしからは、今回展示の作品中、国宝に指定されている「世説新書巻第六残巻」(せせつしんじょかんだいろくざんかん)についてお話しをしたいと思います。

『世説新語』とは、後漢時代の末から東晋時代(2~4世紀)にかけて活躍した、640人余りの名士の逸話集であり、いいことわるいこと、あることないことが書かれた、今でいうところのゴシップ誌ネタのようなものです。
南朝宋の劉羲慶(りゅうぎけい)が編纂し、梁の劉孝標(りゅうこうひょう)が注を付しました。
都合1120話が収録され、王羲之にまつわるエピソードは45話あります。
その中に蘭亭序の話も含まれ、『世説新語』は、蘭亭序の記述がある最古の文献としても知られています。

王羲之は、自分の書いた「蘭亭序」が、西晋の貴族であった石崇(せきすう)が詩会の雅宴で作った詩集の序文「金谷詩序」(きんこくしじょ)に匹敵するほどの文章だと、ある人がほめてくれたので、とてもうれしそうだった。
『世説新語』企羨(きせん)第16より

王羲之のほほえましいエピソードですね。
そうかと思えば、仲の良かった友人が亡くなると、手のひらを返したように故人の悪口を言ったり、気に食わない奴を無視したりバカにしたりと、王羲之のブラックな部分も描かれています。
清談好きな貴族たちの人間味あふれる姿が映し出された『世説新語』は、王羲之とその時代背景を知る格好の資料であり、読み物としても楽しい内容です。


国宝 世説新書巻第六残巻-規箴・捷悟(きしん・しょうご)-(部分)
唐時代・7世紀 京都国立博物館蔵
【書道博で3月26日(日)まで展示】
親友の王敬仁(おうけいじん)と許玄度(きょげんど)が亡くなると、王羲之は彼らを手厳しく論じたので、孔巌(こうがん)がこれをいさめ、王羲之は自分を恥じた、というお話。

さて、日本には唐時代に書写された最古の『世説新語』が現存します。
巻末に「世説新書巻第六」と書かれていることから、唐時代には『世説新書』と呼ばれていたことがわかります。
「世説新書巻第六」は、明治時代の初期に西村兼文(にしむらかねふみ)が東寺で発見し、所蔵していました。
京都に住む文人の山添快堂(やまぞえかいどう)、北村文石(きたむらぶんせき)、山田永年(やまだえいねん)、森川清蔭(もりかわきよかげ)、神田香巌(かんだこうがん)は古写本に精しく、ぜひみんなで見にいこうと兼文を訪ねます。
現物を目の当たりにした時、清蔭が色めき立ち、ゆずってくれと言い出しました。
他の4人も欲しがり、ついには口論となったため、兼文は困り果て、しかたなく5人にゆずることにしました。
5人はこれを携え、帰りしなに旗亭へ立ち寄り、酒の席で「世説新語巻第六」1巻を5つに裁断し、くじ引きで各々1つ獲りました。
飲み終わると、みんな大笑いしながら家に帰りました。
この時、5分割された「世説新書巻第六」ですが、後に2つの残巻が1つに接合され、現在は4つの残巻が伝わっています。

東博所蔵の残巻には、尾題の「世説新書巻第六」や、旧蔵者の署名「杲宝」(ごうほう)の右半分が残っています。
本文の後にある神田香巌の跋文によると、杲宝は東寺観智院の開祖で、『本朝高僧伝』に見えると記されています。


国宝 世説新書巻第六残巻-豪爽
(ごうそう)-(巻頭部分)
唐時代・7世紀 東京国立博物館蔵
【書道博で3月28日(火)~4月23日(日)展示】


国宝 世説新書巻第六残巻-豪爽-(巻末部分)
唐時代・7世紀 東京国立博物館蔵
【書道博で3月28日(火)~4月23日(日)展示】
昨年、東博で開催の特別展「国宝 東京国立博物館のすべて」でも展示されました!

また紙背には、平安後期に書写された「金剛頂蓮花部心念誦儀軌」(こんごうちょうれんげぶしんねんじゅぎき)があり、平安時代にはすでに日本に伝わっていたこともわかります。


[参考]
国宝 世説新書巻第六残巻-豪爽-(紙背部分) 金剛頂蓮花部心念誦儀軌
(注)今回の連携企画では、東博・書道博とも紙背の展示はありません。

そしてなによりも、この作品のすばらしさは、唐時代に完成した楷書の字姿を肉筆で見ることができる点にあります。
美しく力強い筆勢で書かれ、理知的で典雅な響きを持つ「世説新書巻第六」は、日本にのみ現存する、まさに国宝の威厳と風格を備えた、唐時代7世紀の写本の傑作です。
会期中、残巻を書道博で順番に展示していますので、お見逃しなく!

「王羲之と蘭亭序」余話、ここだけのヒ・ミ・ツ
●平成館で開催中の特別展「東福寺」(~5月7日(日))では、国宝「太平御覧」(たいへいぎょらん/京都・東福寺蔵)の第75冊において、王羲之の書論と伝わる部分を4月9日(日)まで展示中! 
●東洋館9室「中国の漆工」では、「蘭亭曲水宴堆朱長方形箱」(らんていきょくすいのえんついしゅちょうほうけいばこ)を4月2日(日)まで展示中!
東博館内で、王羲之や蘭亭序にまつわる作品をぜひ探してみてください!
 

連携企画20周年 王羲之と蘭亭序

編集:台東区立書道博物館
編集協力:東京国立博物館
発行:公益財団法人 台東区芸術文化財団
定価:1,200円(税込)
ミュージアムショップのウェブサイトに移動する

 

カテゴリ:特集・特別公開中国の絵画・書跡

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posted by 鍋島稲子(台東区立書道博物館主任研究員) at 2023年03月24日 (金)

 

「王羲之と蘭亭序」その2 蘭亭雅集の様子を想像してみよう!

東京国立博物館(以下「東博」)の植松瑞希です。

東洋館8室で開催している東京国立博物館と台東区立書道博物館(以下「書道博」)の連携企画「王羲之と蘭亭序」は後期に入りました(~4月23日(日))。
「王羲之と蘭亭序」の世界をより深く楽しんでいただくため、本展に関わった東博と書道博の研究員で、リレー形式により1089ブログを更新しています。
さて、トップバッターの中村信宏さんに続き、わたしからは、王羲之主催の蘭亭での集まりが、後世、どのように描かれていったのか、というお話をしたいと思います。


東洋館8室展示風景

永和9年(353)の3月3日、王羲之は、いまの浙江省紹興県あたりにあった蘭亭(一説に、蘭花の多い川辺にあったあずまや)という場所で禊(みそぎ、邪気払い)の行事を行い、41人の名士を集めて、「流觴曲水」(りゅうしょうきょくすい)の宴を開きました。
流觴曲水は、川の水を引いて曲がりくねった流れを作り、そこに、觴(酒の入った盃)を流し、これが自分のところに着くまでに詩を作る、作れなかったら盃を飲む、という遊びです。
この遊びで作られた一連の詩に対し、王羲之が書いた序文が「蘭亭序」です。
「蘭亭序」は名文として知られるだけでなく、最高の書家とあがめられる王羲之の代表作品として称えられてきました。
そして、このようなすばらしい名文・名品を生み出した、蘭亭での集まり自体も、憧れの的となったのです。
そのため、これを描いた絵画作品も数多く残っています。
といっても、当時の記録がことこまかに残っているわけではありません。
画家たちは、その様子を想像して描いたわけで、どこに力点を置いて表現するか、全体構成や細部描写をどう工夫していくかというのは、それぞれの腕の見せ所となります。

さて、歴代の蘭亭雅集図の中で最も名高いのは、北宋時代、11世紀頃の文人画家、李公麟(りこうりん)が描いた巻子形式のものです。
真筆は失われてしまいましたが、図像の大枠自体は、拓本の形で伝えられています。
ここでは、清時代の乾隆帝の命令で作られた拓本「蘭亭図巻(乾隆本)」を見ていきましょう。


蘭亭図巻(乾隆本)(らんていずかん けんりゅうぼん)(部分)
原跡=王羲之他筆、清時代・乾隆45年(1780) 林宗毅氏寄贈 東京国立博物館蔵
【東博後期展示】

最初は、川辺のあずまや、蘭亭から始まります。筆を執り、ガチョウを眺める高士は、ガチョウ好きで知られる王羲之です。
あずまやの王羲之とガチョウの後には、曲水に流れ込む急流があり、酒の入った盃を準備し、次々と水に浮かべる召使の子供たちが描かれます。
そして、流れの左右に並んで座る、42人の名士が紹介されていきます(王羲之も再登場します)。
彼らは敷布の上に座り、硯と筆、紙をかたわらに詩作に励んでいます。
頭上には、官職・名前と、作った詩の内容が書かれています(作れなかった人は空欄です)。

途中は省略しますが、最後には、橋が描かれ、その先で、流れた盃をきちんと回収する子供たちの姿が見えます。


蘭亭図巻(乾隆本)(部分)

この蘭亭雅集図は、絵画表現だけで完結するというよりは、王羲之を始めとした有名な文人たちの性格や人生、その詩文の内容に思いをはせ、それが一堂に会した奇跡的な集まりの盛大さを改めて感じさせる、そういったものになっています。

このような、李公麟由来の図像をふまえて作られたのが、明時代末期、王建章(おうけんしょう)という画家が作った扇面です。
この作品では、両手で開くことのできる小さな画面に、一望できるように蘭亭雅集の風景が描かれています。


蘭亭春禊図扇面頁(らんていしゅんけいずせんめんけつ)
王建章筆 明時代・崇禎6年(1633) 比屋根郁子氏寄贈 東京国立博物館蔵
【東博後期展示】

王建章は、蘭亭雅集になくてはならない曲水を、画面上から、逆Cの字を描いて、左下に送るよう配置します。
この流れに沿って見ていくと、盃を準備して流す子供たちがいて、


蘭亭春禊図扇面頁(部分)

水辺で詩を書いたり、あきらめて盃を飲んだりしている参加者たちがあらわれて、


蘭亭春禊図扇面頁(部分)

あずまやでガチョウが泳ぐのを眺める王羲之が見つかり、


蘭亭春禊図扇面頁(部分)

橋の先で盃を回収する子供たちに行き着きます。


蘭亭春禊図扇面頁(部分)

一方、清時代末期の上海で活躍した人物画家、銭慧安(せんけいあん)は、約束事にとらわれない、新たな蘭亭雅集図を描いています。


蘭亭修禊図扇面(らんていしゅうけいずせんめん)
銭慧安筆 清時代・光緒13年(1887) 青山慶示氏寄贈 東京国立博物館蔵
【東博後期展示】

銭慧安の扇面では、表された空間の範囲はぐっと小さくなり、そこに大勢の人々が詰め込まれます。
王羲之らしき人物の座るあずまや、盃を流す曲水は描かれますが、参加者たちの多くは、流れから離れて、思い思いに時を過ごしています。

盃の流れを見ているのは召使の子供たちだけで、しかも彼らも流觴曲水の宴のために仕事をしているというよりは、おもしろい遊びを興味津々に眺めているという風情です。


蘭亭修禊図扇面(部分)

参加者たちは、輪になって談笑していたり、欄干越しに話し込んだり、琴を聞きながら何かを論評したり、それぞれ、友人たちとの交流に集中しています。


蘭亭修禊図扇面(部分)

考えてみれば、最初に見た、李公麟由来の巻子形式の蘭亭雅集図には、名士どうしの交流はほとんど描かれませんでした。
ひるがえって、銭慧安の作品は、宴のにぎやかな様子を表現することに力点を置いた点に新しさが認められます。

蘭亭雅集に対する画家たちそれぞれのアプローチを比較し、楽しんでいただければ幸いです。 

連携企画20周年 王羲之と蘭亭序

編集:台東区立書道博物館
編集協力:東京国立博物館
発行:公益財団法人 台東区芸術文化財団
定価:1,200円(税込)
ミュージアムショップのウェブサイトに移動する

 

カテゴリ:特集・特別公開中国の絵画・書跡

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posted by 植松瑞希(絵画・彫刻室) at 2023年03月14日 (火)