常盤山文庫の逸品「茉莉花図」
現在、東洋館8室で開催中の特集「創立80周年記念 常盤山文庫の名宝」では、「茉莉花図」が9月24日(日)まで展示されています。
このブログではこの作品について、少し詳しく説明してみようと思います。
重要文化財 茉莉花図(まつりかず)
伝趙昌筆 南宋時代・12~13世紀 東京・公益財団法人常盤山文庫蔵
[展示中、9月24日まで]
インド、アラビア原産の茉莉花(=ジャスミン)は、中国でも古くから知られていましたが、これを楽しむ風潮が普及したのは北宋・南宋時代(960~1279)といいます。清潔な白い姿と馥郁(ふくいく)たる香が文人士大夫たちに愛されて詩文に詠まれ、庭園での栽培や、髪飾りとしての利用が流行しました。薬効も知られるようになり、茉莉花茶を始め、飲食にも用いられました。
茉莉花が絵画に描かれるようになる背景には、このような宋時代における愛好文化の盛り上がりがあったのでしょう。
「茉莉花図」は、小さな画面に枝先のみを描く、折枝(せっし)と呼ばれるタイプの花卉図(かきず)です。現在の掛軸表装は日本でされたもので、もとは画冊の一頁、あるいは団扇であったと推測されています。
南宋の宮廷では、小画面の折枝図制作が盛んに行われますが、本作もその頃の作と考えられています。
細部をよく観察してみましょう。花や葉、枝はそれぞれ複雑に重なり、奥行が意識されています。花の角度や葉の翻り方にも細かな差異がつけられます。
また、左上の蕾は、中央下ではやや開き、右上で満開になっており、時間の経過に伴う花の姿の変化も考慮されています。
茉莉花図
葉は、墨の輪郭線を目立たせる鉤勒法(こうろくほう)、花は輪郭線を白く塗り込める没骨法(もっこつほう)で表現し、それぞれの質感の違いを見せています。葉脈から周縁にかけての緑のグラデーションや、花びらのふちにかけられたうすい青緑など、彩色も非常に丁寧です。
茉莉花図(部分)
日本の人々は、このような精緻で可憐な南宋の折枝図を大変好んできました。「茉莉花図」の伝来は古く、室町時代、足利将軍家所蔵品目録『御物御画目録』「小二幅」の項に記載される「花 趙昌」のうちの一幅であったと考えられています。
御物御画目録(部分) 伝能阿弥筆 室町時代・15世紀 東京国立博物館蔵
(注)本作品は展示されていません。
また、複数の文献から、山上宗二(やまのうえそうじ、1544~90)ら安土桃山時代の茶人たちの間で、菊屋樵斎(きくやしょうさい)という人物所蔵の逸品として評判であったことがわかっています。現在の表装はそのときのものとほぼ同じです。
さらに、本作には17世紀頃に記されたと想定される「趙昌花之絵由緒書」が付属しています。これには、菊屋樵斎所蔵時に豊臣秀吉(1537~98)の参加した茶会に供されて称賛され、その後菊屋家代々の名物として伝えられたのち、東本願寺の宣如(せんにょ、1604~58)から徳川将軍家に献上されたという由緒が記されています。
趙昌花之絵由緒書(茉莉花図付属)
[展示中、9月24日まで]
卓越した表現と華麗な来歴を誇る「茉莉花図」は、まさに常盤山文庫を代表する逸品です。この機会にぜひ会場でご堪能いただければと思います。
カテゴリ:特集・特別公開、中国の絵画・書跡、「創立80周年記念 常盤山文庫の名宝」
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posted by 植松瑞希(絵画・彫刻室) at 2023年09月14日 (木)