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1089ブログ

生まれ変わった東洋館─中国の書画と文人の書斎

美術史の研究室に入り立ての頃、中国には日本で言う“床の間”がないことを知り、「掛け軸はどこにかけるんですか」、と先輩に聞いたことがあります。そんなことも知らないのかと言う顔をされて、「中国では掛け軸は壁にそのまま掛けるんだよ」、と言われて、妙に納得した覚えがあります。

日本では掛け軸は床の間や茶室に掛けますから、小さくて瀟洒な画面が好まれます。しかし中国での書画は、庁堂(ちょうどう)とよばれる母屋(写真左)を入ると、正面の大きな壁があり、そこに直接掛けて鑑賞します(写真右)。前に置かれた机には美しい陶磁器や主人の人徳の高さを示す青銅器、玉器などが置かれ、主人と招き入れられた客人は椅子に座り、薫り高い茶を喫しながら、清雅なひとときを過ごしたのです。

个園
江蘇省揚州にある、清時代の代表的な文人の邸宅、个園(かえん)です。
文人たちがどのように書画を鑑賞していたのかがよくわかります。
  
个園

个園
まわりを庭園に囲まれ、四季折々の風光を楽しみながら書画を鑑賞できます。


時として鑑賞の場所は作品自体に大きな影響を与えます。中国で対聯(ついれん)と呼ばれる、おめでたい文句や古人の詩句を書いた二つの軸がたくさん作られたのも、中国の絵画が日本の絵画と較べて大きく遠目がきくものが多いのも、このような中国独自の「鑑賞の空間」と関係がありそうです。

      

(左右) 行書八言聯 包世臣(ほうせいしん)筆 清時代・18~19世紀 青山杉雨氏寄贈(展示未定)
(中) 包世臣肖像 呉熙載(ごきさい)筆 清時代・19世紀  高島菊次郎氏寄贈(展示未定)

先生(包世臣)と生徒(呉煕載)の作品をとりあわせることも可能です。

さらに御覧いただきたいのは、表具の型式です。日本の家屋は中国よりも背が低いですから、軸の高さもそこそこです。しかし中国では、「天」とよばれる表具の上の部分が非常に長いものが多く、これは高い天井から直接絵を掛けた時に、絵画部分がスッキリと眼に飛び込んでくる表具の仕掛けです。面白いことに、このような表具が日本に入ってくると、天井が低すぎて掛けることができなかったのでしょう、この「天」の部分を短くして再表具されている作品もあるくらいです。


(左) 墨竹図 呉宏筆 清時代・17世紀(展示未定)
(右) 松溪草堂図 王蒙筆(展示未定)

左図は日本の家屋にも掛けられるように、天の部分を短くしています。一方、中国の表具を残している右図は、天の部分がとても長いのがわかります。


このような中国書画の特性を十分に感じていただくために設計されたのが東洋館8室です。中国書画専門ギャラリーとして造られたこの空間のガラスの高さは5メートル5センチ、壁の高さは6メートル45センチ(!)。これで背の高い中国の書画作品を思う存分、その空間性をふくめて、ご鑑賞いただけます。


(左)リニューアル前の8室、(右)リニューアル後の8室
どこが違うかわかりますか?鑑賞の妨げになっていたガラスの枠がなくなったことで、あたかも作品と同じ空間にいるような感覚が味わえます。覗きケースもフラットになることで掛け軸の鑑賞の邪魔にならなくなり、天井もより高くなりました。




天井からかかる電動バトンによって、大きな作品も、より安全に展示することができ、快適にご鑑賞いただけるようになりました。
8室のガラスの厚みは東洋館最大の18ミリ。飛散防止フィルムが入っているため、地震があっても安全です。高透過低反射ラミネートガラスを使用し、実験を重ねることで、鑑賞に最適なこの厚みに到達したそうです。


国宝 紅白芙蓉図 李迪筆 南宋時代・慶元3年(1197) 
「コメ字」といわれる李迪の小さな落款もきれいにご覧いただけます。

一番近いケースは作品までわずか58センチ。まるで目の前にかかっているように、作品の細かい表現までご覧いただけます。最高の作品を最高の展示空間でご鑑賞ください。

また今回、新しい展示コーナーとして、「文人の書斎」が設けられました。今まで単独でしか展示できなかった文房具や対聯などを、これからは、文人たちが楽しんでいた本来の空間に近い形で体感いただけます。
絵画は約6週、書は約8週間に一回の展示替えがあります。きっと次に起こしになられたときは違う作品が、違う取り合わせで展示されているでしょう。季節やテーマにあわせて何度も足をお運びいただき、中国書画を心ゆくまで楽しんでいただきたい、そう願いながら、皆様のお越しを心よりお待ち申し上げております。


文人の書斎では文房具や書画をとりあわせた、より多彩な展示が可能です。お楽しみに!


 

カテゴリ:展示環境・たてもの

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posted by 塚本麿充(東洋室研究員) at 2012年12月18日 (火)