青磁輪花碗 中国・汝窯 北宋時代・11~12世紀 台北 國立故宮博物院蔵
青よりも白く、やや灰色を帯びる。この青磁の色は「雨過天青」、つまり雨上がりのしっとりと水気を含んだ空の色と称されます。それは観る者の気持ちを静めるような穏やかな青色です。
台北 國立故宮博物院には、清(1644~1912)の乾隆帝(在位1735~95)が苦心して集めたといわれる北宋の汝窯青磁が21点収蔵されています。じつは、汝窯青磁の作品は、いま世界にわずか70点余りしかのこっていません。台北故宮が世界に誇るその貴重な汝窯青磁が、いま「神品至宝」展において公開されています。
南宋時代(1127~1279)に周煇(しゅうき)によって著わされた『清波雑志』(せいはざっし)という書物によると、汝窯とは北宋の宮廷が命じて青磁を作らせた窯であり、その釉には瑪瑙(めのう)の粉を入れたといいます。また、宮廷に納めるために厳しく選別され、適わなかったものは民間において売ることが許されたが、周煇の生きた時代(つまり南宋時代早期)にはすでにとても稀少な器であったと記されています。
北宋時代は、陶磁器がその魅力を余すところなく開花させた時代です。とくに華北地方では、定窯(ていよう)や耀州窯(ようしゅうよう)、磁州窯(じしゅうよう)といった一大生産地において、白磁、青磁、白釉陶器などのそれぞれ個性豊かな器が生み出されました。無駄なく洗練された形、力強さと繊細さを兼ねそなえた気品高い彫り文様をともにそなえるそれらは、芸術の盛期であった北宋時代を象徴する陶磁器として評価されています。
白磁蓮花文盤 中国・定窯 北宋時代・11~12世紀 横河民輔氏寄贈 東京国立博物館蔵
器面いっぱいに、流麗な蓮花文が彫りあらわされています。定窯白磁、北宋時代の優品です。
白地黒掻落し牡丹文枕 中国・磁州窯 北宋時代・12世紀 横河民輔氏寄贈 東京国立博物館蔵
陶胎に白土をかけ、さらにその上に黒い土をかけて文様を彫り、表層の黒土のみを削り落して白と黒のコントラストによる装飾をあらわす、いわゆる搔落としの器。巧みな造形・装飾表現に、気品が漂います。
都汴京(現在の開封)に近い汝州(河南省中西部)も、民間向けの白磁や青磁、黒釉陶器などをさかんに生産していた地域でした。そして1980年代後半、宝豊県の清凉寺(せいりょうじ)に窯址が発見されます。発掘にあたった河南省文物考古研究所によって、北宋末、およそ哲宗(在位1085-1100)・徽宗(1100-25)の治世にあたる時期に、とりわけ上質の青磁を焼造していたことが報告されました。現在のところ、この清凉寺窯は文献にいう「汝窯」にあたると考えられる有力な窯の一つです。
あらためて汝窯青磁をみてみると、先に挙げたような北宋時代の陶磁器の中にあって、ただ深遠な青一色の釉調で人々を惹きつける汝窯青磁は別格といえます。底部の見えないところまでゆきとどいた丁寧なつくりで、器形にはどこかおっとりとしたところがみられます。金属器のように鋭く、潔い造形を魅力とする他の陶磁器とは別の、堂々たる風格を感じさせます。
青磁槌形瓶 中国・汝窯 北宋時代・11~12世紀 台北 國立故宮博物院蔵蔵
同底部
乾隆帝がその釉調の美しさと、北宋末の皇帝徽宗の運命を想って詠んだ詩が刻まれています。底まで釉が総掛けされ、汝窯特有の小さな支釘痕が5つのこっています。
汝窯青磁は、現存作例がきわめて少なく、その発生と展開についてまだわからないことが多くのこされています。ところで、その稀少な汝窯青磁が、じつは日本にも伝わっていました。(東洋館5室特集「日本人が愛した官窯青磁」において展示中)
青磁盤 中国・汝窯 北宋時代・11~12世紀 個人蔵 川端康成旧蔵
10月13日(月・祝)まで東洋館5室にて展示
かつて文豪川端康成(かわばたやすなり)が愛蔵した器としても知られるものです。
この作品は、日本人がまだ故宮コレクションの汝窯青磁についてよく知らなかった1950年代に、日本で見いだされたものです。もちろん、清凉寺窯の本格的な調査も行なわれていない時代です。
このように、中国青磁にひろく親しみ、大切にまもり伝えてきた日本には、中国ではなかなかみることのできない意義深い貴重な青磁作品が今日まで伝わっているのです。清の乾隆帝を魅了した汝窯青磁と、海を越えた奇跡の汝窯青磁。この機会にぜひ、合わせてご覧ください。
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特集「日本人が愛した官窯青磁」 2014年5月27日(火)~10月13日(月・祝) 東洋館5室
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カテゴリ:研究員のイチオシ、2014年度の特別展
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posted by 三笠景子(保存修復室研究員) at 2014年07月17日 (木)
多くの人々の長年の努力によって開催の運びとなった「台北 國立故宮博物院―神品至宝―」。同時期に東洋館では名品を公開しています。この記念すべき歴史的展覧会で、東洋館では何を展示すべきなのか、迷った末に選ばれたのが「来舶清人」というテーマでした。
江戸時代の日本に最も影響を与えた画家は、「台北 國立故宮博物院―神品至宝―」展で展示されている趙孟頫(ちょうもうふ)でも倪瓚(げいさん)でもありません。彼らの真筆は國立故宮博物院が開院するまでほとんど見ることができなかったからです。その代わり、日本に大きな影響を与えたのは、「来舶清人」(らいはくしんじん)と呼ばれる、長崎にやってきた中国の文人たちでした。
「日本にやってきた中国画家たち─来舶清人とその交流─」の展示風景(東洋館8室にて、7月27日(日)まで展示)
彼らには大きな特徴があります。ほとんどが浙江や福建(閩浙(びんせつ)地方といいます)の出身なのです。当時、政治文化の中心であった北京とは遠く離れた、いわば、「地方」文人ということになります。
富士真景図 方済(ほうさい)筆 中国 清時代・18~19世紀 個人蔵
富士山を得意とした中国人画家・方済による作品。安房の国(千葉)に漂流する途中で富士山を見たと言われています。
中国人が富士山を描くなんて、不思議な気分ですが、当時の日本人も珍しがって求めたのでしょう。
蘭竹石図 羅清(らせい)筆 中国 清時代・光緒元年(1875) 個人蔵
羅清は広東省出身の文人画家。来日し、なんと浅草寺で、友人の松本良順のために描いた作品です。「指頭画(しとうが)」とよばれる、筆ではなく「指」で描いた作品です。
絢爛たる北京の書画に見慣れた私たちの眼にうつる彼らの作品は、とても個性的です。たとえば沈南蘋(しんなんぴん)。その画風は、北京で流行していた清廉な正統文人画と比較すれば、濃彩を多用した、保守的なものです。しかし江戸時代の日本人は、宋から明の花鳥画の趣を残した沈南蘋の画風を愛し、積極的に受容しました。
「鹿鶴図屏風」 沈南蘋筆 中国 清時代・乾隆4年(1739) (山崎達夫氏寄贈)
中国にも残っていない沈南蘋の代表作! 中国にはない日本屏風の形式であることからも、帰国した沈南蘋に日本から「注文制作」された作品と考えられています。
「禽獣図巻(模本)」 模者不詳 明治13年(1880)
その画風が明治初年まで大きな影響を与えていたことは、東博に所蔵される模本類からも知られます。
また、浙江省の出身の張莘(ちょうしん)。清初に一世を風靡した惲寿平(うん じゅへい)の画風にならう華麗な花鳥画は、その後、椿椿山(つばきちんざん)らの絵画に影響を与えました。しかし、彼らは中国ではほとんど無名の地方画家たちなのです。浙江・福建と長崎を通じた日本との交流。ここで重要なのは、絵画史は北京にだけにあるのではなく、その周辺の地域や地方にも豊かな絵画文化が息づいているということでしょう。
(左)石榴図、牡丹図(2幅) 張莘筆 中国 清時代・18世紀(林宗毅氏寄贈)
台湾出身の実業家でコレクターであった、林宗毅氏による寄贈。林氏の来歴は、8室映像トランクでも紹介しています。
(右)雑花果蔬図 椿椿山筆 江戸時代・嘉永5年(1852) (2014年10月28日(火)~12月7日(日)まで本館8室にて展示予定)
椿椿山は張莘から清朝花鳥画の描法を学んだといわれています。
東京国立博物館にはたくさんの中国絵画の名品が所蔵されていますが、世界各地からご来館される皆様に見ていただきたいのは、中国絵画の歴史だけではありません。それを守り伝えてきた私たちの地域の歴史もまた、絵画の重要な歴史の一部分として、ご覧になっていただきたいと思っています(そのことは2013年の「江戸時代がみた中国絵画」でも展示してきました)。
國立故宮博物院がある台湾には、中華文明だけではない、豊かな地域文化が息づいています。来舶清人の故郷である福建は、台湾に多くの移民を送り出し、今でも同じ閩南(びんなん)語が話されています。これら来舶清人たちの作品は、地域の交流の歴史を教えてくれる、重要な証人と言えるでしょう。
「中国文人の書斎」展示風景
(左)蔬菜竹彫筆筒 「芷巌周灝」銘 中国 青山杉雨旧蔵 清時代・18世紀 (青山トク氏寄贈)
(右)蟠夔鼎(はんきてい) 中国 清時代・19世紀
「中国文人の書斎」のコーナーでも、「台北 國立故宮博物院―神品至宝―」展にあわせて、「白菜」の筆筒と「人と熊」と同じ技法の作品が、取り合わせてあります。
アジアの歴史を、一つだけの原則や、統一された一つの価値観で語ることは、決してできません。「台北 國立故宮博物院―神品至宝―」展とともに、東洋館で出会うアジア美術、そして日本に伝えられた中国絵画からは、そのような複眼的なアジアが、豊かな地域文化が息づくアジア世界の姿が、きっと見えてくるに違いありません。
カテゴリ:研究員のイチオシ、2014年度の特別展
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posted by 塚本麿充(東洋室研究員) at 2014年07月05日 (土)
特別展「台北 國立故宮博物院―神品至宝―」(6月24日(火)~9月15日(月・祝))は、
7月3日(木)午後に10万人目のお客様をお迎えしました。
多くのお客様にご来場いただきましたこと、心より御礼申し上げます。
10万人目のお客様は、墨田区よりお越しの坂本貴美子さんとお孫さんの吉田梨奈さんです。
坂本さんには、東京国立博物館長 銭谷眞美より、記念品として特別展図録を贈呈しました。
特別展「台北 國立故宮博物院―神品至宝―」10万人セレモニー
吉田梨奈さん(左)、坂本貴美子さん(中央)と館長の銭谷眞美(右)
7月3日(木)東京国立博物館 平成館エントランスにて
坂本さんは書家として活動されているとのことで、
「(10万人目の来場者となったことについて)本当にびっくりしました。
本日は『草書書譜巻』を目当てに来場しました。主に仮名をやっていますが、仮名のもとは草書。
台北で『草書書譜巻』の展示を見たこともあり、ふだんから同作品の複製で練習をしています。
今日は久々に本物を見たくて来場しました。」
と、お話いただきました。
本展覧会の目玉の一つ、「翠玉白菜」は、7月7日(月)まで、
同作品の展示期間中は連日20時まで開館しています。
(入館は閉館の30分前まで、ただし7/7(月)は特別展「台北 國立故宮博物院―神品至宝―」会場のみ開館)
「翠玉白菜」の展示期間も残すところ、あと3日。
どうぞお見逃しのないように、ご来館をお待ちしています。
カテゴリ:news、2014年度の特別展
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posted by 田村淳朗(広報室) at 2014年07月04日 (金)
6月24日(火)から、特別展「台北 國立故宮博物院-神品至宝-」が始まりました。
台北 國立故宮博物院の神品といえば「翠玉白菜」(6月24日(火)~7月7日(月)まで本館特別5室にて展示)ですが、トーハクにも玉器工芸の名品があるのです。
こちらは本物そっくりの石榴。種子の部分にはルビーがはめ込まれています。
瑪瑙石榴(めのうざくろ) 中国 清時代・19世紀 神谷伝兵衛氏寄贈
(12月7日(日)まで、東洋館9室にて展示)
東洋館9室「清時代の工芸」のコーナーでは、「翠玉白菜」同様、石材がもつ色彩の分布の違いを活かした「俏色(しょうしょく)」という技法による作品をご覧いただけます。
碧白玉双鯉花器(へきはくぎょくそうりかき) 中国 清時代・19世紀 神谷伝兵衛氏寄贈
(12月7日(日)まで、東洋館9室にて展示)
東洋館8室では「日本にやってきた中国画家たち―来舶清人とその交流―」(7月27日(日)まで)というタイトルで、中国絵画の展示を行っています。
江戸時代、長崎を通じて清朝の文化が多く日本に流入し、それらとともに、来日した画人も多くいました。
ここでは、浙江の画風をもたらし、江戸時代の画家に大きな影響を与えた沈南蘋(しんなんぴん)の「鹿鶴図屏風」などを展示しています。
鹿鶴図屏風(ろくかくずびょうぶ) 沈南蘋筆 中国 清時代・乾隆4年(1739) 山崎達夫氏寄贈
(7月27日(日)まで、東洋館8室にて展示)
乾隆平定両金川得勝図(けんりゅうへいていりょうきんせんとくしょうず) 中国 清時代・乾隆42~46年(1777~81)
(7月27日(日)まで、東洋館8室にて展示)
こちらは、おそらく初公開となる、乾隆帝が外征の戦勝を記念してフランスで制作させ、天保3年に長崎を通じて流入した銅版画です。
台北 國立故宮博物院にも1セット所蔵されています。
江戸と清の深いつながりを感じさせる作品です。
また、東洋館5室では、「織繡(おりぬい)珍品選」と題し、書画を染織で表現する中国伝統の染織の数々を紹介しています。
「台北 國立故宮博物院-神品至宝-」でも展示される「刺繍九羊啓泰図軸」などと見比べてみてください。
「織繍 珍品選」展示風景
これまであまり展示機会のなかった珍しい作品です
同じ展示室では、特集「日本人が愛した官窯青磁」(10月13日(月・祝)まで)も開催中です。
「台北 國立故宮博物院-神品至宝-」では清の宮廷に伝わった貴重な北宋汝窯、南宋官窯の青磁が展示されますが、
こちらでは、日本で守り伝えられた貴重な官窯青磁の名品をご覧いただけます。
特集「日本人が愛した官窯青磁」展示風景
「翠玉白菜」だけではない!
台北 國立故宮博物院の至宝の数々とトーハクの名品をあわせて、見比べて、お楽しみいただければ幸いです。
カテゴリ:2014年度の特別展、展示環境・たてもの
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posted by 奥田 緑(広報室) at 2014年06月28日 (土)
特別展「キトラ古墳壁画」(4月22日(火)~5月18日(日) 本館特別5室)は、
5月15日(木)午後に10万人目のお客様をお迎えしました。
多くのお客様にご来場いただきましたこと、心より御礼申し上げます。
10万人目のお客様は、文京区よりお越しの林素子さんです。
林さんには、東京国立博物館長 銭谷眞美より、記念品として特別展図録とトートバッグを贈呈しました。
「キトラ古墳壁画」10万人セレモニー
林素子さん(左)と館長の銭谷眞美(右)
5月15日(木)東京国立博物館 本館エントランスにて
林さんのお父様が当館に美術品をご寄贈くださったそうで、
林さんは、ご寄贈品が展示されていないかを見に、
普段からよく当館にいらっしゃっているそうです。
「今回の「キトラ古墳壁画」展は、実は再チャレンジなんです。
もともとは特別展「栄西と建仁寺」が目当てで博物館を訪れた時に、
「キトラ古墳壁画」展も見に行こうとしましたが、行列ができていたのであきらめてしまいました。
今日は、複製ではなく本物の壁画が見られるのがとても楽しみです。」
と、お話いただきました。
特別展「キトラ古墳壁画」は、ご好評につき、5月15日(木)から5月18日(日)まで、
連日20時まで開館しています(入館は閉館の30分前まで)。
ただし、15日の17時~20時ならびに17日、18日の18時~20時は
特別展「キトラ古墳壁画」および本館・表慶館のみ開館しています。
どうぞお見逃しのないように、ご来館をお待ちしています。
カテゴリ:news、2014年度の特別展
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posted by 高桑那々美(広報室) at 2014年05月15日 (木)