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日本人が愛した官窯青磁

官窯(かんよう)、ここでは皇帝の命によって青磁を焼造したと考えられる窯を指します。

この特集「日本人が愛した官窯青磁」(2014年5月27日(火)~10月13日(月・祝)、東洋館5室)は、中国・宋時代の官窯の器を、この一世紀のあいだ、日本人がどのように考えてきたのか、という問題についてとりあげたものです。特別展「台北 國立故宮博物院―神品至宝」が開催される本年、日本所蔵の汝窯青磁の盤や、国宝の下蕪瓶など貴重な作品が東洋館にならび、夢のような展示が実現しました。

ちょうど私が大学で青磁の勉強をはじめた2000年代の初めごろ、中国・河南省で北宋時代の汝窯青磁に関わる発掘調査が行なわれていました(清凉寺窯・張公巷)。汝窯は、古い文献に「汝窯は宮中の禁焼なり」という記述があることから北宋の皇帝にまつわるものとして注目される窯です。また浙江省では、南宋の古都杭州において官窯があったと推測される地点より窯址が発見されました(老虎洞窯)。こうした考古学的な発掘調査の成果によって、官窯青磁研究は活況を呈していました。

そして私が博物館に着任した2006年、中国で開催された「中国古陶瓷学会」のテーマは「青磁」でした。この学会に参加して、杭州市博物館や浙江省博物館、南宋官窯博物館を訪問し、市内から発見された大量の官窯青磁片を観ることができました。

そこで観た陶片は一つ一つ形も色もさまざまでした。「官窯」という言葉からは、徹底した管理のもと、決められた材料で規格化された器がつくられ、納品される。そんなイメージを持っていましたが、どうもそうではないらしい。ということがわかりました。じつは「官窯」の実体はよくわかっておりません。生産体制の全容がわかる発掘調査報告はまだなされていませんし、古く南宋時代の文献に登場して以来、今日まで語り継がれてきた北宋と南宋の「官窯」ですが、それらを語る言葉の裏側には文人や鑑定家などさまざまの眼が複雑に絡み合っているということを忘れてはなりません。

「官窯青磁とは何か?」
そう思い、あらためて日本国内に所蔵されている南宋官窯の作品を観てみると、薄いもの、厚いもの、軽いもの、重たいもの、黒っぽい胎や白っぽい胎といったように、やはり個々に異なる特徴をそなえていることがわかりました。なかには「米色」と呼ばれる黄褐色を呈した独特の青磁(写真1)もあります。それでもこれらは1点1点、日本人が「官窯」と考えてきた大切な作品です。

米色青磁
1: 米色青磁瓶 官窯 南宋時代・12~13世紀 常盤山文庫蔵

20世紀初頭、清の宮廷コレクションの汝窯・官窯青磁の存在が世界に明らかになったとき、中国や欧米ではこれらをもとに研究が進められました。しかし、この故宮コレクションを間近にすることができなかった日本では、別の視点から研究が進められます。

それは杭州で発見された南宋官窯「郊壇下」窯址で採集され、持ち帰られた陶片資料です。昭和初期、杭州領事をつとめた米内山庸夫(よないやまつねお、1888~1969)は、「郊壇下」官窯址を探査し、大量の陶片・窯道具を日本に持ち帰りました。いわゆる「米内山陶片」です。これらは戦後、繭山龍泉堂と東京国立博物館に分割して収められることになります。

この米内山陶片によって、似た特徴をそなえる作品が日本国内において次々に見いだされてゆきました。その代表的な作品が横河コレクションの「重要文化財 青磁輪花鉢」(写真2)です。これは古い箱に納められ、「高麗青磁鉢」の墨書があることから、早い時期に日本に将来されたものと考えられる貴重な作品です。

重要文化財 青磁輪花鉢
2  重要文化財 青磁輪花鉢  官窯 南宋時代・12~13世紀 東京国立博物館蔵

また、米内山陶片のなかには釉調が黄色を帯びたものが一定量ふくまれており、日本人はこれら「米色青磁」を偶然にできた失敗作ではなく、意図してつくられた南宋官窯の青磁として考え、伝世品を見いだしてゆきます。この米色青磁は清の皇帝によってみとめられることがなかったのでしょう。台北故宮には1点もないといいます。現在、世界に4点しかない完形の米色青磁はすべて日本にあり、そのうち3点が常盤山文庫に収蔵されています。(3点すべて特集において展示中)

日本は古来大量の中国青磁を将来してきました。それは日本人にとってとても貴重なものであり、憧れの器でありました。こうした文化的な背景が日本人の青磁を鑑る眼をきたえてきたのだと思います。


汝窯盤とかつて南宋官窯「修内司」と位置づけられた盤
汝窯盤とかつて南宋官窯「修内司」と位置づけられた盤。文豪川端康成が見いだした究極の美をご堪能ください。
3() 青磁盤 汝窯 北宋時代・11~12世紀 個人蔵(川端康成旧蔵)
4()青磁盤 南宋時代・12~13世紀 常盤山文庫蔵(川端康成旧蔵)


今回出品されている作品のなかには、現在のところ生産窯がわからない作品も含まれています(写真4・5)。出土資料との比較から、どこか似ている特徴があればすべて生産窯をあてはめて考えようという傾向が大勢を占める中国陶磁研究の昨今ですが、たとえ故宮コレクションに無くても、生産窯が見つからなくても、日本人が「官窯」、つまり青磁のなかでも際立ってすぐれていると考え、大切にまもり伝えてきた作品がいま眼の前にあります。この特集「日本人が愛した官窯青磁」は、私はこれらをどう伝えていけばよいのか、自らに問うための展示でもありました。

青磁下蕪瓶
5国宝 青磁下蕪瓶 南宋時代・12~13世紀 アルカンシエール美術財団蔵

この企画にご協力くださった常盤山文庫はじめ、多くの皆さまに深く感謝申し上げます。

 

カテゴリ:研究員のイチオシ特集・特別公開

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posted by 三笠景子(保存修復室研究員) at 2014年06月06日 (金)