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1089ブログ

乾隆帝を魅了した汝窯青磁


青磁輪花碗 中国・汝窯 北宋時代・11~12世紀 台北 國立故宮博物院蔵


青よりも白く、やや灰色を帯びる。この青磁の色は「雨過天青」、つまり雨上がりのしっとりと水気を含んだ空の色と称されます。それは観る者の気持ちを静めるような穏やかな青色です。

台北 國立故宮博物院には、清(1644~1912)の乾隆帝(在位1735~95)が苦心して集めたといわれる北宋の汝窯青磁が21点収蔵されています。じつは、汝窯青磁の作品は、いま世界にわずか70点余りしかのこっていません。台北故宮が世界に誇るその貴重な汝窯青磁が、いま「神品至宝」展において公開されています。

南宋時代(1127~1279)に周煇(しゅうき)によって著わされた『清波雑志』(せいはざっし)という書物によると、汝窯とは北宋の宮廷が命じて青磁を作らせた窯であり、その釉には瑪瑙(めのう)の粉を入れたといいます。また、宮廷に納めるために厳しく選別され、適わなかったものは民間において売ることが許されたが、周煇の生きた時代(つまり南宋時代早期)にはすでにとても稀少な器であったと記されています。

北宋時代は、陶磁器がその魅力を余すところなく開花させた時代です。とくに華北地方では、定窯(ていよう)や耀州窯(ようしゅうよう)、磁州窯(じしゅうよう)といった一大生産地において、白磁、青磁、白釉陶器などのそれぞれ個性豊かな器が生み出されました。無駄なく洗練された形、力強さと繊細さを兼ねそなえた気品高い彫り文様をともにそなえるそれらは、芸術の盛期であった北宋時代を象徴する陶磁器として評価されています。



白磁蓮花文盤 中国・定窯 北宋時代・11~12世紀 横河民輔氏寄贈 東京国立博物館蔵
器面いっぱいに、流麗な蓮花文が彫りあらわされています。定窯白磁、北宋時代の優品です。




白地黒掻落し牡丹文枕 中国・磁州窯 北宋時代・12世紀 横河民輔氏寄贈 東京国立博物館蔵
陶胎に白土をかけ、さらにその上に黒い土をかけて文様を彫り、表層の黒土のみを削り落して白と黒のコントラストによる装飾をあらわす、いわゆる搔落としの器。巧みな造形・装飾表現に、気品が漂います。


都汴京(現在の開封)に近い汝州(河南省中西部)も、民間向けの白磁や青磁、黒釉陶器などをさかんに生産していた地域でした。そして1980年代後半、宝豊県の清凉寺(せいりょうじ)に窯址が発見されます。発掘にあたった河南省文物考古研究所によって、北宋末、およそ哲宗(在位1085-1100)・徽宗(1100-25)の治世にあたる時期に、とりわけ上質の青磁を焼造していたことが報告されました。現在のところ、この清凉寺窯は文献にいう「汝窯」にあたると考えられる有力な窯の一つです。

あらためて汝窯青磁をみてみると、先に挙げたような北宋時代の陶磁器の中にあって、ただ深遠な青一色の釉調で人々を惹きつける汝窯青磁は別格といえます。底部の見えないところまでゆきとどいた丁寧なつくりで、器形にはどこかおっとりとしたところがみられます。金属器のように鋭く、潔い造形を魅力とする他の陶磁器とは別の、堂々たる風格を感じさせます。



青磁槌形瓶 中国・汝窯 北宋時代・11~12世紀 台北 國立故宮博物院蔵蔵

同底部
乾隆帝がその釉調の美しさと、北宋末の皇帝徽宗の運命を想って詠んだ詩が刻まれています。底まで釉が総掛けされ、汝窯特有の小さな支釘痕が5つのこっています。


汝窯青磁は、現存作例がきわめて少なく、その発生と展開についてまだわからないことが多くのこされています。ところで、その稀少な汝窯青磁が、じつは日本にも伝わっていました。(東洋館5室特集「日本人が愛した官窯青磁」において展示中)



青磁盤 中国・汝窯 北宋時代・11~12世紀 個人蔵 川端康成旧蔵 
10月13日(月・祝)まで東洋館5室にて展示
かつて文豪川端康成(かわばたやすなり)が愛蔵した器としても知られるものです。



この作品は、日本人がまだ故宮コレクションの汝窯青磁についてよく知らなかった1950年代に、日本で見いだされたものです。もちろん、清凉寺窯の本格的な調査も行なわれていない時代です。

このように、中国青磁にひろく親しみ、大切にまもり伝えてきた日本には、中国ではなかなかみることのできない意義深い貴重な青磁作品が今日まで伝わっているのです。清の乾隆帝を魅了した汝窯青磁と、海を越えた奇跡の汝窯青磁。この機会にぜひ、合わせてご覧ください。
 

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特集「日本人が愛した官窯青磁」  2014年5月27日(火)~10月13日(月・祝) 東洋館5室
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カテゴリ:研究員のイチオシ2014年度の特別展

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posted by 三笠景子(保存修復室研究員) at 2014年07月17日 (木)