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ダブリンから作品をお迎えして:海外展ができるまで

東京国立博物館では、国外のミュージアムと協力して行う「海外展」をだいたい年2-3回程度行っています。現在開催中の特別企画「アイルランド チェスター・ビーティー・コレクション 絵巻と絵本のたからばこ」(会期:~7月20日(月・祝)まで)は、アイルランドの首都ダブリンにある国立文化施設チェスター・ビーティー所蔵の日本美術品をお借りした展覧会です。
 
チェスター・ビーティー・コレクション展 第1会場 展示風景(本館D室)
 
海外の美術館が所蔵する作品をお借りして展覧会をする場合、国内から作品をお借りする場合に加えて別の手続きが必要です。会期も後半となりましたが、今回アイルランドから作品をお迎えして展覧会を行うにあたってどのような準備をしたか、主に実務についてご紹介します。
 
 
2025年大阪で行われた万博の東入口付近に設置されたアイルランドパビリオン
 
最初に具体的な展覧会企画について話をしたのは2024年3月のことです。アイルランド側から、万博の年に何か展覧会を行いたいというご提案があり、もろもろ検討の結果、チェスター・ビーティーのコレクションをお借りして当館で展覧会を実施する方向で検討することになりました。
チェスター・ビーティーが所蔵する日本美術品は、昨年10月時点で約1900点あり、その中におおよそ画巻及び画帖が140点、印刷された本、巻子類が115点、浮世絵版画や刷物は843枚あり、ほかに仏教経典や印籠・根付などが含まれます。今回の展覧会はこれらの中から、25点をお借りしました。これらはすべてビーティー卿が生前集めてアイルランドに寄贈したものです。その後、経費分担などの確認ができ、およそ1年後に開催が確定しました。
 
作品の入ったクレートの一つ
 
海外から美術作品を輸送して日本国内に運ぶことは、大きく言えば物品の「輸入」です。ただし、今回のように外国から一時的にお借りして広く文化を紹介するために公共施設である博物館が展覧会で一般公開する場合、個人やお店が商品を購入して輸入、販売する場合とは別の扱いとなります。
輸入する物品は、通常、空港で通関手続きをして所定の場所に運びます。しかし、文化財は通関手続きのために環境の悪い場所に長く置いておくことは作品の保全上できません。そのため、あらかじめ保税範囲(税金を払わずに一時的に物を置いておける場所・エリア)を博物館内の収蔵庫などにできるよう申請し、空港では通関せず、保税品(関税や消費税がかからない状態)として、認められた場所に輸送・保管してから、安全な場所で通関手続きに入ります。通関が済むまでその場所で保管して、通関が済み次第、点検・展示となります。
 
作品点検の様子・研究員の手の下にあるのが調書です
 
貸す側は作品を梱包して送り出す前に各作品の現状がわかる写真を撮り、その時の作品の状態を確認します。その際、取り扱いを注意しなければならない箇所など各作品についての特記事項を記した「点検調書」を作成します。当館で開梱する際、この調書を元に、輸送中に状態の変化がなかったか1点1点確認します。その際、何か変化や特記事項があれば調書に書き加えて、展示期間後の点検の際確認できるようにします。
 
また、外国の美術館など公的機関から公開目的でお借りする場合、お借りしている間に、誰かが不当に自分がもともとの持ち主だから、などと名乗り出て差押えようとすることができないよう、日本国内で訴訟対象とならない措置がとられています。文化庁のウェブサイトによれば「2009年4月24日に制定された「外国等に対する我が国の民事裁判権に関する法律」により,我が国において展示される外国等【外国政府(国,政府機関),自治体(州)等】の有する美術品等に対しては,日本の裁判所は,強制執行,仮差押さえ及び仮処分等をすることはできないこととなっています。」とあります。そのため、外国等が有する美術品を借り受ける場合については、特段の措置が無くても法律に基づいて差し押さえ等の措置は禁止されています。
 
一方、作品を選ぶ際に一つ気をつけなければならないことがあります。それは、輸出入禁止の物品が含まれていないか、ということです。日本の美術品で輸出入禁止の物品といってもぴんとこないかもしれませんが、取り扱いが難しいものがあります。象牙製品もその一つです。掛け軸や巻物の軸の部分で表に出ている部分に昔は象牙を使っている場合がよくあり、それらが「象牙製品」として輸出入禁止の対象となりうるのです。
 
 
牙軸(げじく)作品(赤矢印の部分が象牙でできている)
 
絶滅危惧種など国際的に保護の対象となっている動植物は、絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約、通称「ワシントン条約/CITES」により国際間の取引が厳しく制限されています。
ただし、この条約は1973年に施行されたものなので、それ以前に取引されたことが証明できれば、輸入することができます。本展にも5点対象となる作品がありましたが、幸い、アイルランド側、つまり輸出国はそれら象牙の軸首がついたものをすべて輸出して差し支えないという許可を速やかに出してくれました。国によっては、この審査に長い時間を要することもあるので、速やかに問題ないとの判断を出して許可書を出してくれたことは大変ありがたいことでした。
 
輸送は今回2便に分けて行い、各便にチェスター・ビーティーの保存担当の方あるいはレジストラー(作品登録)の方がクーリエとして随伴されました。ダブリンから1か所経由して、チェスター・ビーティーを出てから2日かけて東京に着きました。長旅の末無事に到着したのを見たときは、心から安心しました。
 
空港にクレートが着いた時の写真
 
様々な手続きを経て日本に到着した作品は、博物館に運んですぐに展示するわけではありません。ダブリンは、日本に比べて気温も湿度も低い地域です。いきなり気候(温湿度)のちがう環境にさらしてしまうと作品に悪い影響を与えかねないので、展示する博物館内の環境に慣らすため、箱を開けないまま通常48時間以上は収蔵庫の中で保管します。温度も湿度も大きく変動させないことが一番重要なので、急速に上下することにならないようにしなければなりません。
 
ケース内に設置した温湿度測定のロガー。数値は保存修復課がリアルタイムでチェックできる
 
今回当館ではケース内温度22-24℃(±2℃)、相対湿度50-55%(±5%)の設定としています。ちなみに、近年サステナビリティの観点から、機械的に大きく環境を変えることはよしとされなくなりましたので、温湿度設定や振れ幅の許容範囲の基準値も徐々に変わってくるかもしれません。
 
展示室天井に取り付けた照明は、来館者が読みやすいよう原則はパネルにあてられる
 
また、今回のように作品が紙や絹に描かれたものである場合、照明が強すぎると作品が変色してしまいます。一方、暗すぎると展示室内を見て回るのに支障が出てしまい、解説の文字も読みづらい。そこで今回の会場では、通常チェスター・ビーティーで設定している照度よりだいぶ高めに設定することを許可いただきました。もちろん作品に有害な光線、紫外線や熱はカットしており、原則壁付ケースの外からの照明は、キャプションやパネルにしっかりあててパネルを読みやすくしています。部屋全体が暗く感じるかもしれないですが、作品保護のためご理解いただけるとありがたいです。
 
先に述べた展示の際の諸条件をはじめ、お互いの役割分担や経費の分担、出版物に関する取り決めなど展覧会の開催に関わる基本条件は、主催館同士で展覧会契約を結んであらかじめ決めておきます。チェスター・ビーティーも東博も国の機関で、美術館として大体の慣例は大きな違いはなく、著しく意見の異なることはありませんでした。
 
チェスター・ビーティー外観
 
最近は、緊迫した中東情勢の影響で、ヨーロッパ方面に物を送るのが難しくなっています。本展の準備でも、たとえば、郵便局からアイルランドへ郵送しようとした書類が、数日国内で留め置かれ、結局戻ってきてしまったことがありました。
 
輸送費や保険料、あるいは資材費の高騰もあり、国際的にモノを動かすのは難しい時代に入ってしまったと言わざるを得ません。しかし、こういう時だからこそ、他国との交流を重ね、ともに一つの事業に取り組むことにより相互理解を深め、ひいては争いの種を減らせるのではないでしょうか。
今後とも、国外の博物館・美術館と協力して展覧会などの事業を行い、世界の様々な国の方々との交流を通じて友情をはぐくむ取り組みができればと思います。
 

カテゴリ:研究員のイチオシ特別企画

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posted by 鬼頭 智美(学芸企画部海外展室) at 2026年06月05日 (金)

 

伊藤若冲「乗興舟」 版画で楽しむ淀川の旅

現在、本館2階のD・E室(旧特別1室・2室)では特別企画「アイルランド チェスター・ビーティー・コレクション 絵巻と絵本のたからばこ」を開催しています(会期:~7月20日(月・祝)まで)。

アイルランドの首都ダブリンにあるチェスター・ビーティーが所蔵する、珠玉の絵巻・絵本コレクションを紹介するこの展示。みどころはたくさんありますが、今回はE室に展示している伊藤若冲「乗興舟(じょうきょうしゅう)」をご紹介します。

 「乗興舟」は、「奇想の画家」として知られる伊藤若冲(1716~1800)が制作した版画巻で、京都から大坂まで、淀川を下る船旅の景色が描かれています。明和4年(1767)の春、若冲は相国寺の禅僧、大典(だいてん)(梅荘顕常(ばいそうけんじょう)1719~1801)とともに淀川を下りました。本作は、その経験をもとに制作されたものです。
 
大きな特徴は、「拓版画」という技法でつくられていること。木版正面摺とも呼ばれ、図や文字を彫った木版のうえに湿らせた紙を押し当て、凸部分にのみ墨を載せていく版画の技法です。たとえば、十円玉に紙を載せて、鉛筆でこすると図柄が浮かび上がってきます。それとよく似た仕組みといえばイメージしやすいでしょうか。「乗興舟」では、墨一色で川や山、舟や人々が表されています。ところどころにグラデーションが施され、幻想的で奥行きのある画面が展開されます。
それでは画巻をみていきましょう。船は京都の伏見から出発します。
 
 
乗興舟(部分) 伊藤若冲筆 江戸時代・明和4年(1767)頃 チェスター・ビーティー蔵
Images courtesy of the Trustees of the Chester Beatty Library, Dublin.
 
左下には淀城が見えます。
 
 
 
京都の橋本付近。空に一羽の鳥が飛んでいます。
 
 
 
枚方(ひらかた)を過ぎたあたり。川はどこまでもつづいていくようです。
 
 
 
河畔に家々が立ち並びます。画面右手には一杯やれる店を探しているらしい旅人の姿も。
 
 
 
最後に、船は大坂の八軒家に到着します。天満橋が架かり、その下に多くの船が停泊しています。
 

この作品は、絵の部分だけで10枚の紙をつないで構成されています。その全長は1150.0センチメートル。当館の展示ケースに合わせてつくられたかのようなサイズで、実際、展示作業中に展示台へぴたりと収まったときには、担当者一同、思わずにんまりとしてしまいました。


展示風景
 
さて、江戸時代、淀川には京都と大坂を結ぶ三十石船が昼夜運行していました。この船に乗って人々が行き交う淀川の風景は、当時の浮世絵にもたびたび描かれています。現在、本館20室「日本美術の流れ 浮世絵と衣装―江戸(浮世絵)」では、淀川をはじめとする川の風景をテーマとした作品を展示しています。 

こちらは歌川広重が描いた三十石船です。老若男女が乗り合わせた船に、飲食物を売る「くらわんか舟」が近づく様子が描かれています。

京都名所之内 淀川 歌川広重筆 江戸時代・19世紀 東京国立博物館蔵
展示期間:2026年5月12日(火) ~ 2026年6月14日(日)
 
こちらは葛飾北斎が描いた淀川風景です。淀城のそばを三十石船が進み、岸辺では上り船を人力で曳く様子もみられます。
 
雪月花・淀川 葛飾北斎筆 江戸時代・19世紀 東京国立博物館蔵
展示期間:2026年5月12日(火) ~ 2026年6月14日(日)
 
チェスター・ビーティー展をご堪能いただいたあとは、ぜひ本館2階の20室にもお立ち寄りください。若冲、そして広重や北斎、さまざまな絵師がとらえた淀川の表情を、版画作品を通してお楽しみいただければ幸いです。
 

カテゴリ:研究員のイチオシ特別企画

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posted by 村瀬 可奈(日本絵画) at 2026年05月27日 (水)

 

石板で肉を焼き、ガラス玉を想う 特集「フォルモサ(美しき島)の豊かな暮らし」その3


まずは台湾南部の屏東県にある屋外博物館「臺灣原住民族文化園區」を訪問したとき、お知り合いになった猫君をご覧ください。
とくに意味があるわけではないですが、猫画像を見ると幸せな何かが分泌されるそうです(あと閲覧率が上がるかもしれない)。
癒しを得てから話を進めましょう。
 
この「臺灣原住民族文化園區」の大きな特徴として、原住民族の伝統家屋が再現展示されている点が挙げられます。
現在、台湾で公認されている16の原住民族は、その使用する道具や衣服、生活様式が明確に異なり、隣接する地域に居住している民族でもくっきりと区別することができます。
たとえばプユマ族、パイワン族、ルカイ族はいずれも台湾南部に居住しますが、プユマ族は竹に茅葺き屋根の家屋に住み、一方でパイワン族・ルカイ族は石板を積み重ねた家屋が特徴です。
プユマ族一般家屋(再現)と猫君(臺灣原住民族文化園區)

阿禮社(ルカイ族)頭目家屋(臺灣原住民族文化園區)
 
掲出の画像は一般家屋と頭目家屋なので公平な比較ではありませんが、これだけでも生活そのものに対する考え方が根本的に異なることがわかるかと思います。
三地門(パイワン族集落)の街並。左側の住居の塀や門に白黒の幾何学的模様の蛇があしらわれている
 
現在のパイワン族集落は石積み家屋ではありませんが、壁の装飾画や道路の文様など、そこかしこにパイワン族が祖霊とする百歩蛇の図像が見られます。
パイワン族、ルカイ族はよく似た文化を持ち、同じく家屋に用いる平たい石板を利用して烤肉(焼き肉)を食べます。画像は石板烤肉と伊那比拉(イナピラ 芋と猪肉の腸詰)、ニンニク。
 

 

左はカットした伊那比拉で、右は吉拿富(チナブ)と阿拜(アッバイ)。どちらも猪肉と粟を月桃の葉に包んで蒸したもので、阿拜は搗(つ)いてモチ状になっており、お祭りの際に食べるそうです。ほんのり甘く、口いっぱいにほおばると香気が鼻に抜けて美味しい。
上はカットした伊那比拉で、下は吉拿富(チナブ)と阿拜(アッバイ)。どちらも猪肉と粟を月桃の葉に包んで蒸したもので、阿拜は搗(つ)いてモチ状になっており、お祭りの際に食べるそうです。ほんのり甘く、口いっぱいにほおばると香気が鼻に抜けて美味しい。

 

ガラス首飾 パイワン族 台湾南部 19世紀後半~20世紀初頭 藤江志津氏寄贈 東京国立博物館蔵

トンボ玉部分拡大

 

さて、こちらは特集「フォルモサ(美しき島)の豊かな暮らし」―台湾の原住民族の資料―で展示中のパイワン族の首飾。橙色のガラス玉を二重に連ね、間に白や青、緑の管玉を挟んで、中央に模様のある玉(日本で言うトンボ玉)を配しています。

ガラスはもともと、天与の霊力をそなえた宝石を人工的に生み出すことのできる奇跡の素材です。自由に魔術的なシンボルを表すことのできるガラス製装身具は、色彩と輝きに満ちた理想郷と現実世界をつなぐものであり、身に着けることで強い霊力を引き寄せる護身的な役割を担っていました。パイワン族にとって、ガラス玉は結婚式において欠かせない贈り物であり、祝い事や祭礼に参加する際の必須の装飾品でもあります。
玉の色や模様には象徴性があり、たとえば白地に黄と赤で波を描く玉(本作では中央の玉から2個となりの一対)は「日光の玉」と呼ばれ、高い身分を示すものとして最も貴重視されました。緑地に目玉を描く「眼睛の玉」(本作では左右の端の一対)は災いを防ぎ、持ち主を守る意味を持ちます。富を示す橙玉を多く使用していることからも、高貴な人物が身に着けるべき組み合わせです。
 
こうした台湾のトンボ玉について、日本で早い時期から関心を示し、精力的に蒐集・分類をはじめた人物がいます。
加賀百万石の主から侯爵へと転身した、加賀前田家の16代当主・前田利為(としなり)(1885~1942)です。
利為は「蒐集」と「整理」をこよなく愛していたようで、前田家伝来の文化財にさらに光彩を加えています。
トンボ玉蒐集もその一つで、大正15年(1926)の台湾旅行中、台湾総督府の宮原敦・服部武彦からトンボ玉についての講話を聞いたことがきっかけだったようです。
その後、利為は死没する直前まで世界各地のトンボ玉の蒐集・整理を続けました。
利為のトンボ玉標本は一点ずつ糸を通して区画された箱に収め、産地などの情報とともに保存するもので、工芸資料集としての体裁が整っています。先に見た「ガラス首飾」と同じ玉もある一方、当館所蔵品にはない多彩な玉も収められており、蒐集時期も含めて重要な情報を提供しています。
同じく前田家の重宝、重要文化財「百工比照」をご覧になった方ならピンとくるかもしれませんが、江戸時代の工芸資料集である「百工比照」の几帳面な整理方法と通じるものを感じます。
 
利為の蒐集した「トンボ玉」は、本特集と同じ平成館で開催中の特別展「百万石!加賀前田家」で展示中です。
特集「フォルモサ(美しき島)の豊かな暮らし」―台湾の原住民族の資料―をご覧になった際は、こちらにもぜひお立ち寄り下さい。 
 
パンフレット
特集「フォルモサ(美しき島)の豊かな暮らし」
―台湾の原住民族の資料―


編集:東京国立博物館

パンフレットでは、本展にかかる調査研究について解説しています。
フォルモサの世界を知る機会となれば幸いです。
本特集ページよりPDFをダウンロードしていただけます。

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本特集の担当研究員によるリレーブログ

 

カテゴリ:特集・特別公開工芸調査・研究

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posted by 福島修(貸与特別観覧室長) at 2026年05月15日 (金)

 

タイヤル族の織物探訪 特集「フォルモサ(美しき島)の豊かな暮らし」その2

「フォルモサ Formosa」という言葉を耳にしたことがある方もいらっしゃるかもしれません。美しき島、麗しの島、という意味の台湾島の美称で、大交易時代のポルトガル人が形容したのがはじまりといわれています。台湾には、現在に至るまで多様な民族が暮らしています。そのなかでも、古くから住んでいたオーストロネシア系語族の人々は、現在では社会運動を通してみずからを「原住民族」と総称しています。(日本語では「先住民族」ということもありますが、字義がやや異なりますので、本特集では台湾での表記に倣っています。)

特集「フォルモサ(美しき島)の豊かな暮らし」―台湾の原住民族の資料―に関するリレーブログその1でお伝えしたように、台湾原住民族の資料をご紹介するべく、当館では少しずつ準備をしてきました。2023年と翌24年に台湾を訪れる機会を得た我々は、ざっくりとまとめた当館資料の情報を片手に、各地をめぐりました。どうしても広く浅くの調査となることは承知の上で、実際に資料が使われていた土地を訪れて風土や生活を知ること、いまを生きる原住民族の方々のお話を聞くことを念頭に出発しました。現地の皆様には深い寛容とご協力をいただき、無事に第一歩の調査としては充実したものとなり、ありがたい限りです。
当然、この旅については書ききれないほどですが、今回のブログでは、当館でこれまであまり展示する機会のなかった、タイヤル族の織物と調査の旅について記したいと思います。

遡って2021年、館内で日々の資料整理をしていたある日、中が刳(く)り抜かれた不思議な丸太のようなものを見つけました。これをよくよく調べてみると、タイヤル族の女性たちが衣服を織り出すときに用いる、織機(織器)の一部だということがわかりました(現地ではクォングー〈qo-ngu、織布箱〉といいます)。ぎっしりと密に織っているのに柔らかい、タイヤル族の苧麻(ちょま:カラムシともよばれる麻の一種)の衣服をこれでどうやって織っているのか、とても気になっていました。

織器(TK-3594)19世紀後半~20世紀初頭 台湾、新北市烏来区
 
そこで最初の調査では、台湾北部にある烏来(ウライ)という集落に向かいました。台北から1時間ほどの烏来は、山地ながら有名な観光地で、行楽のため人出の多い場所です。雨のなかでキラキラ光る、温泉の看板の誘惑に惹かれながら、まずは烏来泰雅(タイヤル)民族博物館へ。

烏来市街。あいにくの大雨。
 
博物館では、×と○を交互に表した文様の織物が、烏来の集落を表わすものとして象徴的に紹介されていました。実は同じ文様の肩掛を東博で所蔵しており、思いがけないつながりに嬉しくなりました。(いま考えれば、もとの収集地が近いので当然なのですが!)
タイヤル族の衣服は、日本の着物や洋服とは構造がかなり異なり、各部分を別に展示すると分かりにくいので、本展では思い切ってマネキンに着せつけています。悩みどころだったのはその着こなし。現代の写真では肩掛を袈裟懸けにすることが多いようなのですが、昔の写真を見ると本当にさまざま。本展会場では、古写真の一つに倣って、試みに首に懸けて前に展示しています。どちらもカッコいいのですが、いかがでしょう。
 

 
左:袈裟懸けスタイル、右:前懸けスタイル この胸掛や方衣は男性の衣服で、肩掛には細かい×○紋がある。
胸掛(TK-585)、方衣(TK-583)、袖套(TK-586)、肩掛(TK-582)19世紀後半~20世紀初頭 台湾、新北市烏来区

烏来をはじめタイヤル族ではこの数十年来、日本統治時代より高機の奨励や現代化の波により下火になっていた、伝統的な織物技術の復興運動が進んでいるそうです。いくつかの工房を訪れると、それぞれに古い織物に学んで図案を起こし、織物を織り出しており、これまで積み重ねてきた取り組みについて貴重なお話をうかがうことができました。しかし残念ながら、台風による大雨でこれ以上の見学はできず、翌年に再来を期すことになりました。 

 
達卡(タカ)工作坊の高林美鳳(Taka Tana)氏に、基本的な織り方を教わる。足の微妙な伸ばし方で経糸の張力を変えるので、普段使わない筋肉が刺激されて筋肉痛に。

満を持して翌年秋、カラッと晴れた烏来に再来できました。
前回と異なりにぎやかな商店街。マグリ(Mageli、磨格力)というタイヤル族の伝統料理が店頭にありました。説明文によれば、もち米と焼いた猪肉をマーガオ(Makauy、馬告)という香辛料と合わせて蒸したもののようです。この場では食べなかったのが悔しいところ、その後昼食で食べた鶏のスープにも、このマーガオが使われていました。台湾の山麓地帯にのみ自生する植物で、タイヤル族が大切にしてきた香辛料だそうです。レモンのような爽やかな強い香りと、若干の痺れがクセになるおいしさでした。

重要伝統工芸保存者(日本でいう人間国宝)でありタイヤル族の織物を復元しているユマ・ダル(Yuma Taru)氏と、タイヤル文化を研究している鄭光博氏による講義を博物館で拝聴したのち、午後は、さらに南の桃園市の山麓地帯である角板山(かくはんざん)に向かいました。
 
烏来の渓谷
 
店頭に並ぶ伝統料理

鶏のスープ。黒く浮かんでいる粒がマーガオ

角板山では、今年、それぞれ伝統工芸保存者にも認定された、ユリ・アバウ(Yuri Abaw、宗貞嫻)氏の工房、ウパ・タリ(Upah Tali、王碧珠)氏の工房を訪れ、織りや苧麻の糸の作り方などを見学することができました。以下に、その様子を写真で順に紹介します。

 
ユリ・アバウ氏の工房にて。これまでの研究の成果である織図の記録と、完成した織物

苧麻を刈り取る

茎から余分な葉を落とすウパ・タリ氏

 
苧麻の外皮を、竹を割った道具で剥いで繊維を取り出す(日本でいう苧引き)。剥いだばかりの中の繊維(青苧)は光沢があり美しい

 
天日で乾燥したのち、束にまとめる
 

処理した苧麻の糸に紡錘で撚りをかけていく(撮影:鄭光博氏)

整経したのちに織機にかけて織り出す。


以上、2年にわたり、現代のタイヤル族の織物について見学する機会をいただきました。それぞれの制作者による、自らの文化を守り継承するための真摯な取り組みと熱意には、胸を打たれました。当館の所蔵品を保存し、調査と公開の機会を重ねることは、台湾と日本に生きる現代の人びとにとって大事なことと、再確認する機会にもなりました。
本特集では、19世紀後半に作られたとみられるタイヤル族の衣服を、帽子や耳飾り、刀などの服飾品とともに展示しています。また、本ブログでは字数の都合で紹介できなかった他の民族の衣服と見比べてみてもきっと楽しいと思います。
特集「フォルモサ(美しき島)の豊かな暮らし」―台湾の原住民族の資料―は5月31日(日)までの開催となっております。お近くの際には、ぜひお立ち寄りください。
 

パンフレット

特集「フォルモサ(美しき島)の豊かな暮らし」
―台湾の原住民族の資料―


編集:東京国立博物館

パンフレットでは、本展にかかる調査研究について解説しています。
フォルモサの世界を知る機会となれば幸いです。
本特集ページよりPDFをダウンロードしていただけます。

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カテゴリ:特集・特別公開工芸調査・研究

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posted by 廣谷妃夏(東洋室研究員) at 2026年05月13日 (水)

 

【あそびば☺とーはく!】大学生と博物館職員が考えた、東京国立博物館の未来

 2026年1月16日(金) から3月1日(日)まで、本館特別5室にて開催した「あそびば☺とーはく!」の関連イベントとして、大学生と当館職員が気兼ねなく意見を交わす企画【シリーズ「わたしの場所」 とーはくは「サードプレイス」? ~学生とのびのび語ろう~】を、2月27日(金)に開催しました。 

本イベントは、昨年度の「あそびば☺とーはく!」(2024年11月8日(金)~12月8日(日))でご縁が始まった、早稲田大学の博物館支援サークル「ミュゼさぽ」(以下、ミュゼさぽ)とともに企画したものです。 

議論を重ねる中でたどり着いた今回のトークテーマは「サードプレイス」です。サードプレイスとは、アメリカの社会学者レイ・オルデンバーグ(Ray Oldenburg)が提唱した概念で、自宅(第1の場所)や職場(第2の場所)とは異なる、心地のよい「第3の場所」を意味します。 

現在、当館は「東京国立博物館 2038ビジョン」を掲げ、様々な取り組みを進めています。その目標の一つが「みんなが来たくなる博物館」になることです。当館が多くの人にとっての「サードプレイス」となるためには、さらなるアップデートが求められています。 
 
しかし、それは博物館職員だけで実現できるものではありません。より多くの人に愛される博物館となるためには、幅広い属性をもった声に耳を傾けることが不可欠です。本イベントは、そのような考えのもと企画されました。 
 
その後、議論を重ねていく中で、より多様な視点を取り入れるため、ミュゼさぽから「参加する大学サークルをもう一つ増やしてはどうか」という提案がありました。その結果、法政大学児童文化研究会(以下、児文研)の皆さんにもご参加いただくこととなり、より多角的なクロストークが実現しました。 
 
イベント当日は、会議室でのオリエンテーションから始まりました。職員から当館および「あそびば☺とーはく!」の概要を紹介した後、ミュゼさぽより「サードプレイス」に関する説明がありました。また、ミュゼさぽにご用意いただいた、サードプレイスに関するキーワードを記したメモ紙を配布したことで、オリエンテーション後の館内見学がより充実したものとなりました。
 
 
会議室で事前オリエンテーションを行っている様子

約1時間半の自由見学が終わり、参加者全員が「あそびば☺とーはく!」の会場に集合して会場内を見学したのち、クロストークを実施しました。参加者は、ミュゼさぽ10名、児文研10名、当館職員が約10名の計約30名で、大変賑やかなイベントとなりました。これほど多くの大学生を招き、さらに様々な部署の職員が参加するイベントは、当館としても非常に珍しい試みです。多様な視点をもつ参加者が一堂に会し、活発に意見交換ができたことは、「あそびば☺とーはく!」ならではの成果だと改めて感じました。 

トークは前半と後半の二部構成で行いました。前半では、ミュゼさぽ・児文研・当館職員をバランスよく5つのグループに分け、密度の高いディスカッションを実施しました。後半では全員が再び集合し、各グループのファシリテーターが議論の内容を発表することで、全体共有を行いました。
議論では、博物館を「サードプレイス」にするための施策に加え、館内を見学した時の率直な感想も数多く寄せられました。なかでも、私にとって特に印象的だったのは、「立場の違いによって、博物館の受け取り方や意味が大きく変わること」、そして「学生との協同によって、職員だけでは気づきにくい新たな着眼点が生まれたこと」の二点でした。 
 
 
前半のグループディスカッションの様子①
 
共通して指摘されたのは、博物館という空間がもつ印象についてでした。「格式高い・難しい・厳か・威圧感」といった先入観は、実際に訪れてみると必ずしも当てはまらないものの、普段あまり博物館に足を運ばない人々にとっては依然として根強く残っているようです。 
そのような印象を和らげる方法として、博物館好きのミュゼさぽからは「展示の改善」という視点でいくつかの提案があり、児文研からは「体験型コンテンツの拡充」という提案が示された点が興味深く感じられました。 

ミュゼさぽのように、歴史や文化に関心が高く、日頃から博物館を利用する層にとっては、「作品」や「展示」、「展示解説」そのものが重要な要素であることが明らかになりました。すなわち、「知識」を得る機能が強く求められているといえます。具体的には、中学生を想定したわかりやすい内容で、かつ「自分ごと」として捉えられるような解説戦略を図ることで、より多くの来館者が展示を楽しめるのではないかという提案がありました。また、多言語対応が充実している点については、国際的な視点に立った包摂的な姿勢が感じられるという評価も得られましたが、難解な専門用語など、「わからないものが、わからないまま終わる」状況を防ぐための工夫が求められました。 
 
 
前半のグループディスカッションの様子②
 
一方、児文研からは、「経験」と「教育」という博物館の機能に焦点を当てた意見が出されました。本館1階の体験型展示スペース「日本文化のひろば」や、東洋館3階の「オアシス」など、展示室とは異なる雰囲気の体験が味わえる空間が非常に有効であるという感想が述べられました。こうした空間は、来館者がリフレッシュできるだけでなく、コミュニケーションのきっかけを生み出す場として、居心地の向上に大きく寄与していると考えられます。さらに、展示室内にハンズオン資料を増やすことで、子どもや障害のある方を含め、誰もが身体感覚を通じて理解を深められる仕組みが必要であるという意見も挙げられました。 
 
そのほか、「会話」を促す新たな提案も出されました。「会話」はサードプレイスの条件の一つでもありますが、「静粛にしなければならない」という固定観念が来館者の心理的な負担になっているのも事実です。その対策として挙げられた「庭園」の活用案や、敷地内のベンチの配置換えは、いずれも新鮮なものでした。庭園での気軽な会話を促すコンテンツの開発および施設面の整備に加え、ベンチの配置によって自然に視線や言葉が交わされる環境づくりは、鑑賞体験をより豊かなものへと変えていきます。 

このような気づきは、日々博物館に勤務する職員にとっては、当たり前になっているがゆえに見落としがちなものでもあります。来館者にとっても、博物館にとっても、他者との「会話」は何より重要なカギであると改めて実感しました。 
 

後半に行われた全体での意見交換の様子
 
来館者と言ってもその属性はさまざまで、100人いれば100通りの博物館像があるといえるでしょう。一概に論じることはできないですが、「みんなが来たくなる博物館」を実現するためには、その対象を具体的に設定した取り組みを積み重ね、博物館の視野を徐々に挟角から広角に広げていくことが重要だと考えます。「あそびば☺とーはく!」は、その長い旅の第一歩だったかもしれません。 
 
本イベントは当館にとっても非常に挑戦的な試みでした。この貴重な経験を通して得られた気づきや発見は、大変意義深いものです。できるだけ多くの人々の意見を聴取し、これからの博物館運営に活かすことは、もう一つのビジョンである「共に創る博物館」の実現に欠かせないプロセスです。本イベントが、そのビジョンに近づく第一歩となることを期待しています。 

 
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カテゴリ:あそびば☺とーはく!

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posted by 朴 祥炫(国際交流課) at 2026年05月11日 (月)

 

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