みなさんは、「ロシア」という国に何を思い浮かべますか?
寒くて遠い国、というイメージの人もいるかもしれませんが、日本とロシアは実はとても近い隣国、そして今年は日本とロシアの交流にとってとても重要な年になります。
「ロシアにおける日本年」として様々な交流事業が実施され、人の行き来がとても多くなる年なのです。博物館の交流も、もちろん盛んに行われます。
先週、9月3日に、モスクワのプーシキン美術館において、文化庁、東京国立博物館、プーシキン美術館主催による「江戸絵画名品展」の開幕式が開催されました。
記念撮影をする両国代表
右から、宮田文化庁長官、上月大使夫人、上月大使、銭谷館長、ロシア側学芸員アイヌラ・ユスポワ氏
実はこの展覧会は、極めて短時間で実現したのです。
「ロシアにおける日本年」に関する安倍晋三首相とロシアのプーチン大統領の合意からわずか2年という期間での開幕は異例とも言えるものでした。
しかし、その実現の裏には、日露の博物館交流があったのです。
東京国立博物館とプーシキン美術館は、「北米・欧州ミュージアム日本専門家連携交流事業」によってこれまで交流と研究を進めてきました。
それを基礎として、日本側(文化庁、東京国立博物館、千葉市美術館、板橋区立美術館等)が所蔵する作品に、ロシア所在の優品を加えて展示するこの展覧会を開催することができたのです。
もちろん、ロシア所在の作品展示は両館の調査研究のひとつの成果と言えるでしょう。
国宝 納涼図屏風 久隅守景筆 東京国立博物館所蔵
冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏 葛飾北斎筆 千葉市美術館所蔵
この展覧会では、狩野派や円山応挙、与謝蕪村、伊藤若冲、曽我蕭白などの個性豊かな作品に加え、日本美術が海外で注目され、ジャポニスムの大きな影響を世界に生み出した浮世絵や琳派の作品、特に昨今世界的ブームとなっている葛飾北斎や尾形光琳などの作品を含んだ名品135件を紹介するものです。
開幕式で挨拶をする銭谷館長
開幕式には文化庁の宮田長官、当館館長の銭谷、上月在ロシア大使をはじめ、プーシキン美術館館長、ゴロジェッツ副首相、オレシュキン日露交流年組織委員会ロシア側共同委員長がスピーチを行い、シュヴィトコイ大統領特別代表も出席され、格式高いプーシキン美術館本館は、江戸の名画と相まってなお一層華やかなものとなりました。
多くの観客で賑わう会場の様子
日本でもこの規模と質の展覧会を開催できることは非常に稀で、開幕式に来館されたロシア人のみなさんも大変感動した様子でした。
ロシアは日本にとってすぐ近くの親しい友人です。
この展覧会をきっかけに、両国の友好と文化交流、さらにロシアにおける日本美術研究が一層進むことを期待します。
みなさん、モスクワで日本美術を堪能する旅も、ありかもしれませんよ。
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posted by 樋口理央(総務部) at 2018年09月12日 (水)
日本で「ジャワ更紗」の名称で親しまれている「バティック」は、ジャワ島で染められている木綿のロウケツ染めです。
18世紀頃から、それぞれの地域で特色のあるバティックを製作してきました。
今回は、「海の道 ジャランジャラン」が開催中の東洋館12室、13室に展示されている作品の中から、制作地の特色を紹介しながらバティックをめぐる旅をしましょう。
インドネシアの首都、ジャカルタから車で海岸添いに3時間ほど東へ行ったところに、チルボンという町があります。
チルボン王宮のもとで制作されるようになったバティックの特徴は、
サロン(腰衣) 白地ウダン・リリス文様印金バティック
インドネシア・ジャワ島・チルボン 20世紀初頭 [2018年9月30日まで東洋館13室にて展示]
展示室で近寄って見て! 驚異的な細かさです
このように、細い線のみを残して周囲を蜜蝋で埋めて細密な模様を染める点です。
細い斜めの線は「ウダン・リリス(小雨・霧雨の意味)」と呼ばれていて、線と線の間にも、それぞれが異なる連続文様が染められています。
少し黄色味がかった茶色のソガ染料と、黒に近い藍の2色が特色です。
さらに文様をなぞるように金で装飾がされていて、とってもきらびやか。
インドネシアでは華やかな文様を染めた布を巻きスカートのように腰に巻いて着用していました。
小さなひしゃくのついたチャンティンと呼ばれる道具で、ひしゃくに熱い蜜蝋を汲みながら描いていきます
蜜蝋で文様を描くのは、女性の仕事。
少女から老人まで、得意な文様をひたすら布に描く作業が続きます。
チルボンからさらに車で東へ2時間ほど行くと、プカロガンに到着。
茜の赤色と藍色のコントラストが美しいバティックを製作しています。
カイン・パンジャン(腰衣) 白地唐草花禽獣文様バティック
インドネシア ジャワ島北岸 プカロガン 20世紀前半 [2018年11月4日まで東洋館12室にて展示]
さまざまな陸や海の動物の文様がかわいい! プカロガンのバティックが愛されるわけです
プカロガンのバティックはとにかく細かいロウ描きにあります。
才能を見込まれた大勢の女性たちが、フリーハンドで地文様を埋めていきます。
型染と染色は力仕事。
男の人の仕事です。
プカロガンから南へ山を越えてジョクジャカルタ、ソロなどジャワ中部へ向かいます。
ボロブドゥール寺院遺跡群やプランバナン寺院群など、世界文化遺産でも知られる、古い都のあった地域です。ここでもバティックが盛んに作られていました。
ジャワ中部のバティックの特徴は、藍と茶褐色のソガ染料によって染められたカイン・ソガと呼ばれる布です。
男性も女性も着用するバティックの巻スカートですが、「ドドット」はひときわ大きく、王族だけが着用を許されたものです。
ドドット 茶地ガルーダ文様バティック
インドネシア ジャワ島中部 19世紀 [2018年9月30日まで東洋館13室にて展示]
霊山、ガルーダ、生命の樹、動物といった文様を組み合わせ、ジャワの世界観を象徴した文様をスメンといいます
地域によってバラエティーあふれる色と文様のバティック。
それぞれの地域を旅しながら、展示室であなたのお気に入りを見つけてみませんか。
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posted by 小山弓弦葉(登録室長・貸与特別観覧室長) at 2018年09月11日 (火)
こんにちは、平常展調整室の三笠です。
今年も「博物館でアジアの旅」の季節がやってまいりました。
台風に負けず、たくさんのお客様にご覧いただきたいと願っております。
私がお話するのは、今回の企画に合わせて開催中の特集「岡野繁蔵コレクション―インドネシア由来の染織と陶磁器」に出品されているベトナムのやきものと、岡野繁蔵(1894~1975)についてです。
突然の告白ですが、私は絵を鑑賞するのがとっても苦手です。
楽しげに絵解きをしている同僚の話を聴くたびに目から、そして耳からも(!)ウロコ。
私の脳みそには絵を観る機能が欠落しているのだと諦めております。
というわけで、日々癒してくれるのはやっぱり「やきもの」。
叩く。挽く。圧す。時には陶工が掴んだ指の跡がそのまま残っていたり。
数百年の時を超えて、力強い造形の作業を想像しながらたどるのが大好きです。
そんな私が今回オススメする一番の作品は、ベトナムの「五彩水牛図大皿」。
まるでピカソのデッサンをみるような、デフォルメされた水牛の姿。
そばにいる水牛を画工が見たままに描きつけたのでしょうか。素朴ながら丁寧な筆遣いで、水牛の優しげな眼と長い睫毛が印象的です。
そして皿を彩る下絵付けの青、赤と緑の上絵具。絵付けはこのわずか三色にもかかわらず、とても明朗で陰影豊かでしょう。
ややこしや…と身構えることなく、「ずっとみていたい。絵って素敵だな」と思わせてくれる作品なのです。
五彩水牛文大皿 ベトナム・16世紀 岡野繁蔵旧蔵 [2018年12月25日まで東洋館12室にて展示]
ベトナムの製陶は、中国に大きな影響を受けて開花しました。
それは器形や文様構成をみれば一目瞭然。
青花牡丹唐草文壺 中国 景徳鎮窯 元時代・14世紀 ※展示していません
青花牡丹唐草文壺 ベトナム 15~16世紀 [2018年12月25日まで東洋館12室にて展示]
しかし底をみると、夾雑物(きょうざつぶつ)の混じった灰茶色の胎(たい)であることがわかります。厚くて重さもずっしりとしており、真っ白で薄づくりの中国磁器とはだいぶ異なった粗い素地です。
また、高台内に鉄を塗るのもベトナムのやきものの特徴です。これを俗に「チョコレート・ボトム」と呼んでいます。
むしろこうした作行き(さくゆき)が見どころであり、とくにさまざまな地域のやきものに親しんできた私たち日本人の眼をも惹きつける魅力ではないでしょうか。
五彩水牛文大皿の底
青花牡丹唐草文壺の底
ところで皆さま、これらの作品をはじめとするトーハクの東南アジア陶磁コレクションの多くは、かつて岡野繁蔵という人がインドネシアで蒐集したものであることをご存じでしたでしょうか?
岡野繁蔵 (藤枝市郷土博物館・文学館提供)
岡野は、陶磁器研究の世界では重要なコレクターの一人として名が通っていますが、一般的にはほとんど知られていないかもしれません。
岡野繁蔵は、明治27年(1894)に現在の静岡県藤枝市で生まれました。苦学の後、大正4年(1915)にインドネシアのスマトラへ渡ります。その後、独立して「大信洋行」という貿易会社を興し、大きな成功を手にしました。
岡野がスラバヤに開いた百貨店「トコ・千代田」 (藤枝市郷土博物館・文学館提供)
昭和17年、戦況の悪化を前に岡野は日本へ戻りました。それに先立ち昭和15年6月、岡野は東京美術倶楽部にて、インドネシアで蒐集したコレクションの売立てを行ないます。
この時発行された『岡野繁蔵氏所蒐 蘭領東印度諸島遺存陶磁工芸品図譜』によると、売立てに出たコレクションはおよそ600点にのぼり、下記のように分けられていました。
1)中国明時代にインドネシアへ輸出された陶磁器
2)ベトナムやタイからインドネシアへ輸出された陶磁器
3)インドネシアの日用土器
4)日本から輸出された伊万里焼、九谷焼
5)ジャワ島にて蒐集した染織
6)ジャワ島にて蒐集した家具
7)ジャワ島にて蒐集した銅鑼
8)ジャワ島にて蒐集した木工品
インドネシアの人々から深い信頼を得ていた岡野のもとには、美術品を持ち込む地元の人々の訪問が絶えなかったと伝わっています。インドネシアにまつわるこれだけ豊かなコレクションを築いたのは、岡野の他にあり得ないでしょう。
現在、東京国立博物館には岡野旧蔵の陶磁器(寄託品含む)およそ90件、染織120件が収蔵されています。今回東洋館12室では、これまでまとまって紹介されることがなかった中国南方の輸出陶磁も展示されています。
中継貿易地として古くよりヒトとモノの往来が続いてきたインドネシアならではの、大変貴重で見どころに富んだ作品ばかりです。
この機会にぜひご堪能ください。
![]() ![]() 東洋館12室 特集展示の様子 |
特集「岡野繁蔵コレクション―インドネシア由来の染織と陶磁器」 東洋館 12室 2018年9月4日(火)~12月25日(火) 中国の陶磁 東洋館 5室 2018年9月4日(火)~12月25日(火) 茶の美術 本館 4室 2018年9月11日(火)~12月9日(日) 博物館でアジアの旅 海の道 ジャランジャラン 東洋館 2018年9月4日(火)~9月30日(日) |
カテゴリ:研究員のイチオシ、特集・特別公開、博物館でアジアの旅
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posted by 三笠景子(平常展調整室主任研究員) at 2018年09月07日 (金)
特集「ワヤン―インドネシアの人形芝居―」が東洋館12室で開催中です(12月25日(火)まで)。「博物館でアジアの旅 海の道 ジャランジャラン」と連動した本特集ではそのタイトルの通り、インドネシアの人形芝居ワヤン・クリを紹介しています。
インドネシアの伝統的な影絵人形劇であるワヤン・クリの面白さは、ストーリーや世界観にあり、また影絵や音楽が作り出すムードにあります。
なので、異国の古典芸能の芸術性を鑑賞するというような堅苦しいものでなく、現代人が映画やアニメやミュージカル、あるいはマンガやRPGゲームなんかを興じる感じで大いに楽しめます。
その内容は非常に面白く、波長が合えば、きっとハマります。
ワヤン・クリの上演風景(ジョグジャカルタ・ソノブドヨ博物館)
ワヤン・クリは影絵人形劇なので、白布を張ったスクリーンの向こう側で人形の操作や音楽の演奏が行なわれます。そのため人形の黒い影を観ることになりますが、影は真っ黒ではなく、ほんのりと彩色が映ります。精緻な透し彫りもきちんとシルエットになって表われます。人形は操作棒によって手の関節が動きます。人形自体は上下左右に移動するばかりでなく、前後にも移動するので、影が膨らんだり縮んだり、焦点が合ったりぼやけたりします。
ダランとガムラン
人形を操るのはダランという操者。彼は一人で全ての人形を操り、声色を変えてセリフを語り、手足で拍子をとります。ダランの背後にはガムランという楽団がならびます。打楽器が中心ですが、管弦楽器もあり、歌や手拍子も入ります。ガムランの柔らかい金属音の響きが鳴りわたると、一気にムードが高まり、現実は消え去って、ファンタジーゾーンが形成されます。
ダランの語り
ダランの語りが中心となり、人形がほとんど操作されない場面もあります。ダランの腰にはクリスという短剣があります。ガムラン奏者たちは出番のないときは、食事をしたり、タバコを吸ったり、スマホを触ったり、ひそひそ話をしたり、居眠りなんかもしてますが、出番になるとサッと演奏を再開します。
ワヤン・クリの代表作には、『ラーマーヤナ』と『マハーバーラタ』の2つがあり、いずれももとはインドでヒンドゥー教の叙事詩として成立したのですが、インドネシアに伝わると、熱帯雨林のなかで演じられるエンターテイメントの台本として翻案されました。
『ラーマーヤナ』は、魔王ラウォノが黄金の鹿を囮にして誘拐したシント姫を、恋人のロム王子が聖鳥ジャタユや白毛の聖猿アヌマンたちの協力を得ながら救い出す冒険譚です。ときどき『ロミオとジュリエット』に譬(たと)えられますが、これはぜんぜん当たっていません。
シント姫の誘拐(『ラーマーヤナ』より)
ロモ王子とシント姫の前に黄金の鹿が現われ、王子は姫のために鹿を捕まえに行きます。そのすきに魔王ラウォノが姫をさらいます。聖鳥ジャタユが現われて奮戦しますが、かなわず、姫はさらわれます。
アノマンの戦闘シーン(『ラーマーヤナ』より)
戦闘シーンは本物の殴り合いのように激しく、一体の人形が片手で一人を首締めにして、もう片方の手でもう一人を殴りつけるような喧嘩上手な場面もあります。表と裏から見た様子を比べてみました。
宙(そら)を舞うアノマン(『ラーマーヤナ』より)
人形を投げ上げるスーパープレイ。聖猿アノマンが空中戦をしかけた瞬間です。「白い猿が勝つわ」という予言者の言葉が聞こえてきそうです。
『ラーマーヤナ』は人気のある演目で、これはこれで面白いのですが、私は断然『マハーバーラタ』派です。
『マハーバーラタ』は、アスティノ国の王位をめぐってパンダワ軍(善玉)とコラワ軍(悪玉)が対立するなかで、多くの英雄たちや貴婦人たちの運命が翻弄され、いくつもの愛憎劇が複雑にからまり、それらの伏線が最後には大戦争バラタユダのなかでことごとく回収されてゆく英雄譚です。
守るべき女のために死にゆく男たち、愛する男のために死にゆく女たち。しかも、そこで繰り広げられる全ての悲哀は、天界に暮らす神々が退屈しのぎに仕組んだシナリオに沿って進んでいるのです。
アルジュノ(『マハーバーラタ』より)
主人公アルジュノは、パンダワ五王子の三男。ウィスヌ(インドでのヴィシュヌ神にあたる)の化身です。弓術をはじめとする武芸に長けており、苦難をいとわず、挑まれた戦いには必ず勝つ勇者です。
ウルクドロ(『マハーバーラタ』より)
ウルクドロは、パンダワ五王子の次男で、別名をビモといいます。風神バユの加護を受けています。バユと同様に、額にこぶがあり、長い爪をもち、市松模様の衣装を着ます。無双の戦士であり、敵の総大将ドゥルユドノを斃(たお)します。
ドゥルユドノ(『マハーバーラタ』より)
敵の総大将ドゥルユドノは、コラワ百王子の長男。謀略をめぐらし、アスティノ国の王位継承の資格をもつパンダワ五王子たちから財産や土地を巻き上げて追放し、みずからが王であると僭称(せんしょう)します。
バヌワティ(『マハーバーラタ』より)
気高き美女バヌワティは、やや不機嫌なときの表情が一層美しいとされます。アルジュノを慕いながら、彼の宿敵ドゥルユドノの妻となっています。大戦争のさなか、ついにアルジュノと結ばれますが、その直後の敵襲によって命を散らします。
ワヤン・クリの人形には精緻な透かし彫りや鮮やかな彩色が施され、それ自体の造形が素晴らしいですが、機会があれば、影法師となった彼らが死力を尽くして活躍するところもぜひ御覧いただきたく思います。
ブトロ・グル(『マハーバーラタ』より)
天界の最高神ブトロ・グルは、インドでいうところのシヴァ神です。4本の腕をもち、三叉の鉾(ほこ)を備え、聖牛の背に乗っています。大戦争バラタユダの悲劇を仕組んだ張本人であり、登場人物たちは予言書に記された運命を演じさせられているにすぎません。
ワヤン・クリの人形製作風景
ワヤン・クリの人形製作 製作工程(左)と完成(右)
ワヤン・クリの人形は、水牛の革をなめしたものを切り取り、精緻な透かし彫りを施し、極彩色を施し、水牛の骨で関節を留めて、水牛の角でできた操作棒を取り付けたものです。
さいごに。
トーハクでは9月12日(水)と14日(金)に、このインドネシアの伝統芸能ワヤン・クリを表慶館で上演します。東洋館の特集展示とあわせ、ぜひ影絵芝居もお楽しみください。
特集「ワヤン―インドネシアの人形芝居―」
東洋館 12室 2018年9月4日(火)~12月25日(火)
博物館でアジアの旅 海の道 ジャランジャラン
東洋館 2018年9月4日(火)~9月30日(日)
インドネシアの伝統芸能「ジャワの影絵芝居ワヤン・クリ」
・2018年9月12日(水) 13:00~13:40、15:00~15:40
・2018年9月14日(金) 11:00~11:40、13:00~13:40
場所:表慶館 (開場は各回30分前)
カテゴリ:研究員のイチオシ、特集・特別公開、博物館でアジアの旅
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posted by 猪熊兼樹(特別展室主任研究員) at 2018年09月04日 (火)
国際交流室の李京林(イ・ギョンリム)です。館内のあっちこっちでご覧いただける韓国語の翻訳を担当しています。主に、作品の題箋や解説、そして各サインなどの翻訳業務がメインとなります。
また、海外の博物館等との人的交流のサポートもしており、研究員の海外訪問・招聘において通訳やアレンジを担当します。皆様の目には直接触れない部分もありますが、こういった交流とそこから得た両国間の理解はいずれ展示にも反映される、と考えております。
なかでも今日ご紹介するのは皆様が展示室で目にされるであろう、作品情報(作品タイトル等や解説)の翻訳の仕事です。作品情報の翻訳にあたっては、美術の専門用語はもちろん、キャプションという限られた紙面と基本的には立ち読みする博物館の状況など、実はいろいろな制約や状況を想定します。ですから、「簡潔ながらもわかりやすい」翻訳にするには、場合によってはなかなか苦戦することもあるのです。
たとえば「浮世絵」。版画は世界中にあるものですが、浮世絵はその独特な表現により、日本国外の観客の注目を集めるジャンルの一つでもあります。ですが、日本ならではの風俗を表すものや、比喩、含蓄、言葉遊びなどが多く、直訳ではその意味が充分に伝わらないことも多いのです。
見立黄石公張良 鈴木春信筆 江戸時代・18世紀
(2018年8月28日~9月24日 まで本館10室にて展示)
황석공과 장량의 은유 스즈키 하루노부 필 에도시대・18세기
(2018년 8월 28일~9월 24일까지 본관 10실에서 전시)
8月28日(火)より本館10室にて公開中の春信の錦絵です。「黄石公」と「張良」は古代中国の人物。黄石公が靴を川に落とし、それを張良に拾わせてから彼に兵法を教えたという故事がこの絵の元になっています。しかし、二人は江戸の若い男女に、そして、靴は扇に、その姿を変えています。一見、優雅な美人画に見えるのですが、中国の故事を知っている人にはそれを連想させます。これが「見立」であり、日本の芸術、とりわけ浮世絵では欠かせない手法なのです。
さて、以上を踏まえて作品タイトルの韓国語訳をするのですが、まったく同じ概念は韓国美術では見つからなく、だからといって毎回長い説明を付けるわけにもいきません。なので、訳語においては少し言葉の並びを変え、「황석공과 장량의 은유(黄石公と張良の隠喩)」のようにしました。「隠喩」という言葉には何かを「暗示」するというニュアンスが含まれており、芸術の手法としても知られている言葉のため、最も近い概念として採用しました。
今回この作品には解説はついていませんが、場合によっては30字の簡単な4言語解説がつきます。その場合は、タイトルとは別に、解説の中で補足説明をしたりもします。
これは同じく見立の手法を使用した「見立草刈り山路」という作品とその解説です。
見立草刈り山路 石川豊信筆 江戸時代・18世紀
※ 現在展示しておりません
설화 ‘풀베는 산로’의 은유 이시카와 도요노부 필 에도시대・18세기
※현재는 전시하고 있지 않습니다
「見立草刈り山路」の3言語解説
解説に書かれている韓国語の文章は「元となったのは山路と名乗る草刈りに身をやつした親王の話。その主人公を同時代の若衆に置き換えて描いた作品。」という意味です。少しはわかりやすくなったでしょうか?
30字という短い文章で詳しい知識や背景までをお伝えすることはとても難しいのですが、これについてはお客様自身が調べる楽しみとして残しておく、という側面もあります。
また、より広い紙面を使わせていただけるトーハクのウェブサイトや出版物を通して補足させていただくこともあります。というのも…
東京国立博物館ハンドブック(韓国語改正版)の表紙と中身。9月1日より発行予定。
国際交流室では出版物の翻訳も行っており、このたび約13年ぶりに韓国語版の改正版を出すことになりました。トーハクを十分に楽しみたい韓国の方はもちろん、トーハクを韓国語ではどのように紹介しているのかな、と気になる韓国語学習者の方にもおすすめします。ぜひ手にとってご覧ください!
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posted by 李京林(国際交流室アソシエイトフェロー) at 2018年08月31日 (金)