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長谷寺の難陀龍王立像、地上に降り立つ

本館1階11室で開催中の特別企画「奈良大和四寺のみほとけ」(~9月23日(月・祝))では、奈良県北東部に所在する、岡寺、室生寺、長谷寺、安倍文殊院の4つのお寺から、貴重な仏像や寺宝にお出ましいただいています。

その中で、ふだんはお堂のなかの高いところに安置されていてなかなか近くでみることができない、長谷寺の難陀龍王立像(なんだりゅうおうりゅうぞう)を運び出したときの様子をお話しします。

難陀龍王立像は、赤精童子(雨宝童子)立像(せきせいどうじ(うほうどうじ)りゅうぞう)とともに、長谷寺の本尊である巨大な十一面観音菩薩立像(像の高さが10メートルを超えます)の脇侍として安置されています。


重要文化財 難陀龍王立像 舜慶作 鎌倉時代・正和5年(1316) 奈良・長谷寺蔵

本堂のなかの向かって右の高い壇の上にある厨子のなかにいらっしゃいます。
(写真内の上部中央の奥にある厨子です。)

このように龍の頭は天井ぎりぎりです。
さて、こんなに高いところにある像をどうやって運び出すのか。
そのためには像を安全に降ろす方法を考えなければなりません。


このように、壇の下に鉄骨の足場を設置しました!大人が数人乗っても安全です。

そしていよいよ像を壇の上から降ろします。
像を移動させるにはいくつか方法がありますが、今回は像を立てたままの状態で台座ごと運びます。


台座の下に敷いた木の板を4人がかりで持ち上げます。
このとき、全体が常に水平になるよう息を合わせるのが重要です。


像を持ち上げる人だけではありません。
像がお堂の柱や壁、装飾品にあたらないよう周囲の人のサポートが必須です。
その様子はまさにチームプレー。
無事に像を降ろすことができました。


次は梱包です。頭に龍を載せているので横に寝かせられないため、立った状態で運びます。
輸送車が揺れても像が動かないように固定します。

そして、いよいよお堂から外へと運び出します。


美術品専用の輸送車は大きくて、山の中腹にある本堂までは上がれないため、
小型の車の荷台に像を積んでふもとの駐車場まで運びます。
もちろん、雨が降ったらできない作業です。


この急な角度をごらんください!
つづら折りの坂道をゆっくりゆっくりと進みます。


駐車場で像を美術品専用車へ移し入れてひと安心。東京国立博物館まで運びました。

ところで、難陀龍王は雨乞いの本尊としても信仰されてきました。
ただ今回の搬出にとって雨は大敵。
雨が降ることも考えて、梱包の工夫や予備日の設定など、事前にあらゆる対策を準備していましたが、当日は天気に恵まれ快晴でした。
雨を降らせるのも止めるのも自在な難陀龍王が晴天をもたらしてくれたのかもしれません。


本堂からの景色

上野の地に降り立った難陀龍王立像の姿をぜひご覧ください。

 

特別企画「奈良大和四寺のみほとけ」

本館 11室
2019年6月18日(火)~ 2019年9月23日(月)

 

カテゴリ:研究員のイチオシ彫刻特別企画

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posted by 増田政史 at 2019年07月05日 (金)

 

本館11室はみほとけの世界

上野公園は紫陽花が咲き始め、この時期ならではの季節を感じることができます。
そんな上野公園の噴水付近からトーハクを見ていると・・・
本館にとても目立つバナーが!近づいてみましょう。
 


圧倒的な存在感を放つこのバナーを掲げている本館にて、
6月18日より特別企画「奈良大和四寺のみほとけ」が開幕しました。

この展覧会は特別展の会場ではなく、本館1階11室(本館入ってすぐ右)です。
通常この11室は彫刻の展示室ですが、9月23日まで奈良県に所在する、
岡寺(おかでら)、室生寺(むろうじ)、長谷寺(はせでら)、安倍文殊院(あべもんじゅいん)の名品を展示しています。

全作品15件のうち、国宝4件、重要文化財9件と豪華なラインナップに驚かれること間違いなしです。

開幕初日の6月18日に行った浅見研究員によるギャラリートークでは展示室が人、人、人!!
11室がこんなに多くの人で埋め尽くすのは初めて見ました。


重要文化財 難陀龍王立像 舜慶作 鎌倉時代・正和5年(1316)奈良・長谷寺蔵
難陀龍王立像の前でギャラリートークを行う様子。

それでは各寺の作品を紹介します。

岡寺の義淵僧正坐像(ぎえんそうじょうざぞう)は、
顔に刻まれた深い皺や浮き出たあばらなど日本古代肖像彫刻の名作の一つです。


国宝 義淵僧正坐像 奈良時代・8世紀 奈良・岡寺蔵


室生寺の釈迦如来坐像(しゃかにょらいざぞう)は何といっても衣文(えもん)に心奪われること間違いなし!
するどい切れ味の彫り口とこの大きさで一木彫像であることに驚かれると思います。


国宝 釈迦如来坐像 平安時代・9世紀 奈良・室生寺蔵

長谷寺の十一面観音菩薩立像(じゅういちめんかんのんぼさつりゅうぞう)は中世でめずらしい銅造。
光背は別鋳製となっており本体と接合しています。
このお像は独立ケースに入っていますので後ろからも細かい細工がよく見えます。


重要文化財 十一面観音菩薩立像 鎌倉時代・13世紀 奈良・長谷寺蔵

安倍文殊院の文殊菩薩像像内納入品 仏頂尊勝陀羅尼・文殊真言等(もんじゅぼさつぞうぞうないのうにゅうひん ぶっちょうそんしょうだらに・もんじゅしんごんとう)です。
快慶作文殊菩薩像の像内から発見された経巻です。


国宝 文殊菩薩像像内納入品 仏頂尊勝陀羅尼・文殊真言等 鎌倉時代・承久2年(1220)奈良・安倍文殊院蔵

展示風景の写真を載せていないのはぜひ皆様の目でじっくり見ていただきたいからです。
ぜひ会場に足をお運びいただきお楽しみください。

本企画は総合文化展料金で見ることができるとてもお得な展覧会です。

7月9日より特別展「三国志」も開幕します。
もちろんそのチケットでもご覧いただけます。

どの作品が心に残るでしょうか。
心を動かす1点に巡り合えますように。

また、11室入口左には特設ショップが出ています。
図録や様々な商品が出ていますのでぜひお立ち寄りください。

*会場内は撮影不可です。

特別企画「奈良大和四寺のみほとけ」

本館 11室
2019年6月18日(火)~ 2019年9月23日(月)

 

カテゴリ:特別企画

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posted by 江原 香(広報室) at 2019年06月21日 (金)

 

住友財団修復助成30周年記念 特別企画「文化財よ、永遠に」報道発表会実施!

2019年10月1日(火)~12月1日(日)、当館本館特別5室・特別4室にて
住友財団助成30周年記念特別企画「文化財よ、永遠に」を開催します。

公益財団法人住友財団では、文化財の維持・修復の費用を助成しています。
その事業が間もなく30年を迎えるのを記念して、助成の対象となった文化財をご覧いただく企画を泉屋博古館(京都)泉屋博古館 分館(東京)九州国立博物館、当館の4会場で同時期に開催します。

3月18日(月)に4展覧会合同の報道発表会を行いました。



まずは、主催者を代表して住友財団 常務理事の蓑康久よりご挨拶いたしました。


住友財団 常務理事 蓑康久

そして、展覧会全体の概要と住友財団の助成についてご説明しました。

文化財は心の豊かさの源であり、文化財を通し国境を越えた異文化に触れることで相互理解を深めることができ、
人類共通の財産である文化財を守り次の世代に継承することが私たちの責務であること、
また財団では、国内外の彫刻・絵画・書跡・典籍・古文書・工芸品・考古資料・歴史資料などの美術工芸品の修復を行っていることをご説明しました。

 

【みどころ1】 全国4会場で同時期開催!
仏像・絵画・文書・歴史資料など多彩な修復作品を一挙公開します。
*各会場で異なる作品約30件を展示します。

【みどころ2】 修復によって蘇った名品の数々
国宝5件、重要文化財22件のほか、全国各地で大切に守り伝えられてきた名品を一挙公開(地方自治体指定文化財を含む約50件)します。

【みどころ3】 世界最高水準の文化財修復技術の真髄
古くより伝わる伝統技術を軸に、最新の科学技術を活用した英知の結晶により、木・紙・絹など脆弱な材質の文化財が蘇ります。

【みどころ4】 自然災害による損傷を乗り越えた文化財
阪神淡路、能登半島、東日本、熊本など、大地震によって被災した文化財の状況とその修復を紹介します。
 

つづいて、開催館の4館より各展覧会のみどころをご紹介しました。
はじめに、当館学芸企画部企画課長 浅見龍介より解説いたしました。


東京国立博物館 学芸企画部企画課長 浅見龍介
東京国立博物館(会期:2019年10月1日(火)~12月1日(日))

日本の各地には多くの仏像が残っています。
山間地などにひっそりとまつられる仏像からは、地域の人たちの思いが伝わってきます。
東日本大震災や能登半島地震で被災した仏像を含め、大切に守り伝えられてきた仏像を展示します。

次に、泉屋博古館分館 分館長 野地耕一郎より解説いたしました。


泉屋博古館分館 分館長 野地耕一郎
泉屋博古館分館(会期:9月10日(火)~10月27日(日)【 前期:9 月10 日(火)~ 9 月29 日(日)後期10 月1 日(火)~10 月27 日(日) 】

今に伝わる文化財は、その時代の修復や保存技術によって守られ、長い間の劣化や、天災による損傷をくぐり抜けてきました。
現代の技術によって近年修理された国宝や重文を含む絵画や工芸品約30点とその修復過程を紹介します。(前後期で展示替えがあります)

続いて、泉屋博古館 館長 廣川守より解説いたしました。

 
泉屋博古館 館長 廣川守
泉屋博古館(会期:9月6日(金)~10月14日(月・祝))

千年を超え日本の政治文化の中心であった京都。平安から江戸時代まで、この地に遺された彫刻、絵画、文書は膨大な数にのぼります。
修復を終え面目躍如たる名品の数々が一堂にならびます。また、修復により受け継がれる修復技術とその精神にもスポットをあてます。
 
最後に九州国立博物館 学芸部長 小泉惠英より解説いたしました。

 
九州国立博物館 学芸部長 小泉惠英
九州国立博物館(会期:9月10日(火)~11月4日(月・振休))

九州・沖縄に伝わる考古、絵画や彫刻など、約30点をご紹介します。
対外交流の盛んな九州ならではの文化財や近年の自然災害で被災した仏像などを通して、これらを守り継いできた人々の思いを見つめます。

貴重な文化財は、それを大切に守り伝えようとする人々の意志と先人たちの知恵をあつめた卓越な修復技術に支えられながら、多くの人々の「思い」がこめられて、長きにわたり伝えられてきました。

各会場でその軌跡を一挙にご紹介いたします。
この機会にぜひ、修復された文化財の素晴らしさにとともに、修復の意義を感じ取っていただきたいと思っております。

今秋は、全国4会場で修復展が熱いです!
どうぞお楽しみに。

 

カテゴリ:特別企画

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posted by 江原 香(広報室) at 2019年03月19日 (火)

 

斉白石作品のたのしみかた

現在、東洋館第8室では、北京画院所蔵の斉白石(1864~1957)作品が展示されています。
この北京画院は、斉白石が最晩年に名誉院長を務めた美術アカデミーです。日本で、いわば「本場」の斉白石作品がまとまって見られる機会はなかなかありませんので、ぜひ足を運んでいただければと思います。

といっても、斉白石は現代日本ではさほど有名な画家ではなく、今回初めてその作品を見る、という方も多いのではないでしょうか。
そんな方々のために、本ブログでは、斉白石作品をどのようにたのしむかについて、「重なり」をキーワードにご紹介したいと思います。

1 ジャンルの「重なり」をたのしむ

斉白石は湖南省湘潭の貧しい農家の生まれで、はじめは家具に木彫をほどこす指物師として世に出、その後、画家、篆刻家、書家、と活躍分野を広げていきます。
それぞれの分野において、別の分野での経験が活かされており、作品の中にこれまでの芸術家としての経歴が複層的に「重なって」みえるのが白石の魅力の一つです。

例えば、白石の人物画には、指物師として立体物を作っていた経験をみることができるのではないでしょうか。

「清平福来図」に描かれるずんぐりむっくりした老人は、どこか漫画的でユーモラスですが、肩や腰回りは木彫りの人形のように丸味があり、しっかりとした量感を備えています。
簡略な筆致ながら、対象の立体感をおさえる、熟練した職人のまなざしが感じられます。


No.72 清平福来図
No.72 清平福来図 

また、よくいわれるのが、篆刻の彫り方と指物師の経験との関係です。

白石は篆刻において、線の片側のみから彫る単入刀法を多く用いています。
両側から彫ってなめらかな線を作る双入刀法と比べ、単入刀法の線はギザギザとしており、豪快で力強い印象を与えます。
このような彫り口は、指物師として刀に親しんでいた白石ならではの好みといえるでしょう。
本展には残念ながら白石の木彫作品は出陳されませんが、印面からその刀さばきを想像していただければと思います。


No.100 「中国長沙湘潭人也」白文方印
No.100 「中国長沙湘潭人也」白文方印 

篆刻の制作は、絵画の構図法にも影響を及ぼしたかもしれません。

白石の印の字配りは、疎密をわざと偏らせ、朱色と白色の対比を強調するところに特徴があります。
絵画においても、モチーフを片方に偏らせ、描き込みの多い部分と少ない部分を対比させる構図がしばしばみられますが、これは優れた篆刻家ならではの美意識といえるでしょう。


  
(左)No.98 「吾孤也」白文方印
(右)No.23 
葫蘆小鶏図 

また、中国伝統の考え方である「書画同源」が、白石の作品についても指摘できます。

画家として白石は、水分を多く含んだにじむ筆線と、乾いてかすれる筆線を交互に用いながら、ごつごつとした松の幹や枝の質感を表しています。
拡大してみれば、筆墨の抽象的な美しさを楽しむこともできるでしょう。

白石は同様に、書においても、時には演出過剰でないかと思えるほど、にじみとかすれを重ね、純粋に筆墨の美を追求したような作品を残しているのです。


  
(左)No.6 松図(部分)
(右)No.76 
篆書四言聯(部分)

2 個人的思い出の「重なり」をたのしむ

白石は、一般的な画題に自分の個人的思い出を「重ねて」、作品の伝えるメッセージをより味わい深いものにしていました。

例えば、蝦や蟹は、伝統的な吉祥モチーフとして知られています。
腰を自在に湾曲させる蝦は、物事が順調に進むことの寓意であり、蟹は甲羅の「甲」が、科挙の第1位合格者を示す「一甲一名」と通ずることから、立身出世の象徴でした。

白石の描く蝦や蟹の特徴は群れて重なり、時には画面からはみでるほど生き生きと動き回る姿で描かれる所にあります。
ここには、幼いころから農村で生きた蝦や蟹に親しんでいた、白石の思い出が投影されているとみることができます。


  
(左)No.49 蝦図(部分)
(右)No.55 
蟹図(部分)

さらに、蝦や蟹は白石にとっては、日々の生活を彩る食材でもありました。
「工虫画冊」では「独酌」と題して、ぽつんと置かれた酒杯と一緒に、脚のとれた茹で蟹を描いています。

酒菜としての蟹を、個人的感慨を込めて描くという行為は、明時代の文人画家・徐渭(1521~1593)に先例が見いだせます。
例えば当館所蔵の「花卉雑画図巻」は、酒を携えてやってきた知人のために、やや酔っぱらいながら一気呵成に仕上げたと、徐渭自ら記す作品です。
白石は徐渭に私淑しており、「工虫画冊」にみられる、輪郭線を用いず、色面のにじみだけで蟹を造形する手法は、徐渭の系統に連なるものです。


  
(左)No.37 工虫画冊(第2図)
(右)
花卉雑画図巻(部分) 徐渭筆 東京国立博物館蔵 
※本展には展示されていません


白石の工夫は、文人風の、草々とした筆致による蟹に、非常に精緻に写されたコオロギを組み合わせた点にあります。
この小さな虫のリアリティにより、「工虫画冊」にはまさに目の前の情景を写した、という実感が備わり、鑑賞者は斉白石をより身近に感じることができるのです。

白石作品は、蟹というモチーフについて、吉祥モチーフとしての伝統的意味、農村の思い出、徐渭を学んだ記憶、「今」の生活の一コマ、といった、意味の「重なり」合いを提供しています。
その複層的な味わいもまた、斉白石の魅力の一つといえるでしょう。



No.37 工虫画冊(第2図)(部分)

「中国近代絵画の巨匠 斉白石」展は、11月27日(火)より後期展示となり64作品が新たに展示されています。
前期をご覧になった方も是非、もう一度ご来場いただき、ご自分なりの「斉白石作品のたのしみかた」を見つけていただければ幸いです。

 

 

カテゴリ:研究員のイチオシ中国の絵画・書跡特別企画

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posted by 植松瑞希(出版企画室研究員) at 2018年12月11日 (火)

 

世界に羽ばたく斉白石

はじめまして、京都国立博物館(京博)の呉[くれ]と申します。
いつもは東博の方々が登場するこのブログに、なぜ京博の職員が書いているのか、不思議に思われる読者もいらっしゃるかもしれません。

現在、東洋館第8室で開催中の日中平和友好条約締結40周年記念 特別企画「中国近代絵画の巨匠 斉白石」は、12月25日までの東博での会期終了後、京博にも巡回します(平成31年1月30日から3月17日まで)。京博での前宣伝もかねて雑文をつづってみたいと思います。

この企画は昭和53年(1978)に締結された日中平和友好条約が40年を迎えたことを記念したもので、中国政府そして今回の出展作品を所蔵する北京画院の全面的な協力のもと、実現しました。

20世紀の中国の水墨画といえば斉白石(1864-1957)の名がすぐに挙がるくらい、中国では最も有名な画家の一人です。日本の近代でいえば、日本画壇を牽引した横山大観(1868-1958)の知名度に、繊細な画風で孤高を貫いた熊谷守一(1880-1977)の芸術をあわせたような存在であるのかもしれません。

白石の画は中国の伝統絵画の様式を押さえたうえで、簡潔な構図と描写で独自に創意を加えました。画家の胸中の想いをかたちにとらわれず表現する、いわゆる「写意」の文人画に新境地を拓いたのです。


借山図(第三図) 斉白石筆 中国 1910年 北京画院蔵 (展示期間:~11月25日(日))


色鮮やかな山水をたっぷりの余白で表わした「借山図」のシリーズはその代表です。日々めまぐるしく変化しつづける中国で、ゆったりとした時間の流れを感じさせる白石の絵画は現代の中国人にとっても「癒し」の芸術です。そのためでしょうか、世界的な美術オークション市場でも白石作品は近年、驚異的な高値で取引されています。

世界的に高まる斉白石への関心を受けて、白石作品の展示もさかんです。


北京の地下鉄のホームで撮影


上の写真は今年10月、斉白石展の集荷のために訪れた北京で、地下鉄の駅のホームでみかけた広告です。「斉白石、次の駅はどこでしょうか」とのコピーに「2018年、さらに多くの地、さらに多くの国で斉白石芸術の魅力を感じてください」とつづきます。2018年の展示場所として、広告の左上に「列支敦士登国家博物館」、右下隅から北京画院美術館、故宮博物院(北京)、湘潭市博物館(湖南省で斉白石の出身地)、東博、京博の名が列記されています。「列支敦士登」とは、欧州でスイスとオーストリアの間にあるリヒテンシュタイン公国のことです。

東博・京博の展示は、北京画院美術館と北京故宮につづくもの。来年も欧州での展示を計画しているようで、まさに世界に羽ばたく活躍ぶりです。


北京故宮 外看板



北京画院美術館 会場入口


それでは、今回展示の白石作品を所蔵する北京画院はさぞかし慌ただしいところかといえば、ちがっていました。画院は斉白石が晩年に初代名誉院長をつとめたことから、中国で最も多くの白石作品を所蔵する機関のひとつです。

北京市民の憩いの場である朝陽公園のすぐ近くにあり、その建物は北京の伝統的な居宅である四合院を模した趣をたたえています。


北京画院外観(左奥のビルが画院の美術館)


事務棟には四合院らしく中庭もあり、斉白石の胸像の横でオウムの「小翠(シャオツゥイ)」も飼われていました。


北京画院のオウム「小翠」


ときどき大きな声で鳴くので最初はびっくりしましたが、画院に勤務する学芸員や画家たちのアイドルとしてかわいがられていました。

近年、日本でも中国からの旅行客が増えています。隣国とはいえ、中国についてまだまだ知らないこともたくさんあります。芸術の秋、総合文化展の料金で(ということは京都の大報恩寺展、アメリカからのデュシャン展を参観したついでに)中国文化のいまにふれるのもお得かもしれません。

カテゴリ:中国の絵画・書跡特別企画

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posted by 呉孟晋(京都国立博物館列品管理室主任研究員) at 2018年11月22日 (木)