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やまと絵展 「本物」を見るということ 

現在開催中の特別展「やまと絵-受け継がれる王朝の美-」。多くのお客様にお越しいただいています。展示されている作品はどれもこれも超有名作品ばかり。貸出をお許し下さったご所蔵者の皆様に改めて御礼申し上げます。

さて、お客様からは「教科書で見たことがあるけれど、「本物」を初めて見た」といったお声を多くいただいています。ですが、教科書や本で見るのと「本物」を見るのは大違い。ここでは、教科書や本などで見た印象が「本物」を前にした時に覆るいくつかの事例をご紹介したいと思います。

 

ケース1.思ったよりも大きい

「「本物」を初めて見た」に続く感想として、「これ、こんなに大きかったのを知らなかった」という声が多く聞かれました。例えば、教科書でも登場することの多い四大絵巻のうちの「信貴山縁起絵巻」や「鳥獣戯画」は、「意外に大きい」という感想を中学校の生徒さんから聞きました。
 


国宝 信貴山縁起絵巻 飛倉巻(しぎさんえんぎえまき とびくらのまき)
平安時代・12世紀 奈良・朝護孫子寺蔵
展示期間:10月11日(水)~11月5日(日)

大きさ参考:展覧会オリジナルグッズ 百鬼夜行キーチェーン 990円(税込)
特別展会場特設ショップで販売中の「百鬼夜行キーチェーン」は約8センチメートル。
国宝「信貴山縁起絵巻 飛倉巻」と比較すると、作品の大きさがわかります。



国宝 鳥獣戯画 乙巻(ちょうじゅうぎが おつかん)
平安~鎌倉時代・12~13世紀 京都・高山寺蔵
展示期間:10月24日(火)~11月5日(日)

本展出品作のうち、この「思ったよりも大きかった」作品の最たるものが、「神護寺三像」(展示期間:10月24日(火)~11月5日(日))ではないでしょうか。なかでも「伝源頼朝像」は、「教科書で見たことがある」歴史上の人物のなかでも、最も有名な肖像かもしれません。教科書に載る画像はせいぜい履歴書の写真くらいの大きさで、「本物」のサイズ感は伝わりません。展覧会のチラシでも、「横幅1メートルを超す一枚絹に描かれた、ほぼ等身大の巨大人物像」と記しています。この文字情報からは「へー、大きいんだー」くらいの感想しか浮かばないと思います(このテキストを書いたのは私なので、そのスケール感をきちんと伝えられていないのはひとえに私の責任です)。


(左から)国宝 伝源頼朝像(でんみなもとのよりともぞう)国宝 伝平重盛像(でんたいらのしげもりぞう)、国宝 伝藤原光能像(でんふじわらのみつよしぞう)
鎌倉時代・13世紀 京都・神護寺蔵
展示期間:10月24日(火)~11月5日(日)

 

ただ実際の作品の前に立ってみると、その大きさに圧倒されます。今年の春に開催していた特別展「東福寺」では、会場に大きな肖像画がたくさん並んでいました。ですがこれらは僧侶の肖像画であり、さらに「伝源頼朝像」ほど大きくありません。「伝源頼朝像」は肖像画としては破格の大きさと言えるのです。「神護寺三像」のうち、「一つを家に持って帰ってもいいよ」と言われても、ちょっと大きすぎて遠慮したいほどの大きさでしょう。一般家庭の床の間にとうてい掛かる大きさではありません。
 

この画像については、像主の問題などさまざまに議論されていますが、これだけ大きな画像を作るには何か特別な理由があったはずです。またこの大きさの画像を掛ける場所も問題です。神護寺ではどこにこの巨大な三像を掛けていたのか。この「破格の大きさ」こそ、神護寺三像の謎を解くヒントになりそうですが、それはまたの機会に。ともかくこの三像はとにかく大きい。まずは教科書では分からない「大きさ」を会場で実感していただきたいと思います。
 


ケース2.思ったよりも小さい

これに対して「あれ、意外に小さいな」というのは「紫式部日記絵巻断簡」でしょう。通常の絵巻が縦約30センチメートルなのに対し、20センチメートルほどしかありません。でも実物を見ると以外に小ささを感じさせないのは表具に秘密があります。
 


重要文化財 紫式部日記絵巻断簡(むらさきしきぶにっきえまきだんかん)
鎌倉時代・13世紀 東京国立博物館蔵

通常掛軸は本紙の上下に一文字(いちもんじ)と呼ばれる裂(きれ)があり、その外側に中縁(ちゅうべり。中廻しとも)と呼ばれる別の裂が付いています。「紫式部日記絵巻断簡」は一文字がなく、本紙の外側にすぐ金襴(きんらん)の中縁があるのですが、これが華やかな画面と一体化して絵巻を大きく見せる視覚的な錯覚を起こしているのです。これはこの絵巻が巻物から掛幅へ改装された際の工夫と言えるでしょう。
 

ただ、この20センチほどの「小ささ」には、一つ秘密があります。会場を見回してみると、これとほぼ同じサイズの絵巻を見つけることができます。それが国宝「源氏物語絵巻」(愛知・徳川美術館蔵、東京・五島美術館蔵)です。さらに同じような大きさの絵巻を探してみると「伊勢物語下絵梵字経」、「尹大納言絵巻」の縦も20センチちょっと、「寝覚物語絵巻」「葉月物語絵巻」「伊勢物語絵巻」「隆房卿艶詞」はこれよりもやや大きいですが、通常絵巻よりは小さなサイズです。
 


重要美術品 尹大納言絵巻(いんだいなごんえまき)
[詞書]伝花山院師賢筆 南北朝時代・14世紀 福岡市美術館蔵
(注)会期中、展示替えあり


重要文化財「隆房卿艶詞」(たかふさきょうつやことば)(左)と比べると「尹大納言絵巻」(右)のほうが小さいです。

おそらくは、平安時代から鎌倉時代、王朝物語系の作品を絵画化する際の規範としてこのサイズが選ばれていたのだと推測されます。室町時代後期になると、「硯破草紙」「うたたね草紙」など、縦15センチ程度の「小絵」と呼ばれる絵巻が多く作られますが、これは主題によるサイズの選択というよりは制作費に伴う経済的な理由があったものでしょう。ちなみに、王朝物語ではない「地獄草紙」「餓鬼草紙」「病草紙」「辟邪絵」など、平安時代後期の後白河院の蓮華王院宝蔵絵だったとされる六道絵巻が26~27センチと若干小ぶりなのがなぜなのか、最近気になっています。
 


国宝 地獄草紙(じごくぞうし)
平安時代・12世紀 東京国立博物館蔵
展示期間:10月11日(水)~11月5日(日)

さて、「紫式部日記絵巻断簡」の表具部分は図録ではカットしていますし、図録は各図版の比率が一定ではないので、ここにあげた絵巻の「小ささ」も図録では分かりにくいところです。文字で書かれた法量(サイズ)はあくまで数字で、私たちの身体感覚に訴えることはありません。例えば「古今和歌集巻第十二残巻(本阿弥切)」。数字上は「縦16.7」とあり、展示前の私の頭の中にもこの数字が入っていたはずですが、実際に展示した後、「あ、こんなに小さかったんだ」と思いを新たにしました。
 

こうした脳内で作り上げた作品の「大きい」「小さい」について、最近の個人的な経験としては「那智瀧図」が挙げられます。いつのことだったか、初めてこの作品を見た時感じたのは「意外に小さいな」という印象でした。ただ今回、作品を拝借に伺った際に見た時の印象は「あれ、こんなに大きかったっけ」というものでした。私の脳内では作品が大きくなったり小さくなったりしているということです。「那智瀧図」は第四期に展示されます。当館の会場に展示されたこの作品に、果たして私は「大きい」と感じるのか、「小さい」と感じるのか。今から楽しみです。
 

教科書などで見たことはあるけれど、「本物」を見るのは初めて。そんな時、その印象の違いに大きく驚く。あるいは、かつて見たことのある作品に再会した時、全く違った印象を覚えて、自らの作品への想いを大きく揺さぶられる。こうした私たちの心に直接働きかけるのは、なによりもやはり「本物」が放つ強烈なパワーのなせるわざと言うことができるでしょう。
 

やまと絵展では、こうした「本物」の作品の数々が、会場で皆様をお待ちしています。

 

カテゴリ:研究員のイチオシ「やまと絵」

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posted by 土屋貴裕(絵画・彫刻室長) at 2023年11月01日 (水)