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研究員のイチオシ作品! ~東アジアの華 陶磁名品展・中国編~

日本・中国・韓国のやきものの名品が集結した
2014年日中韓国立博物館合同企画特別展「東アジアの華 陶磁名品展」
今回は、中国・北京にある中国国家博物館からやってきた、イチオシの作品について紹介します。


中国国家博物館

中国国家博物館は、1912年に設立された「中国歴史博物館」と、
1950年に設立された「中国革命博物館」が2003年に合併してできた歴史ある博物館です。
2007年から改築および拡張工事が行なわれ、地上5階・地下2階、
建築総面積20万平方メートルにおよぶ世界最大級の広さとなりました。
収蔵作品数は古代から近代までおよそ120万点、
これは東京国立博物館の10倍以上の数です。
北京には中国国家博物館のほかに、故宮博物院や首都博物館など
大規模な博物館がまだまだあることを考えると…さすが中国、規模が違いますね。


さて、本展覧会のテーマは「陶磁器」。
中国国家博物館には、おもに古代の遺跡や貴人墓から出土した土器や陶器が数多く収蔵されています。
展覧会には灰陶や唐三彩など名品15点が出品されていますが、
なかでも私のイチオシは「秘色(ひしょく)」青磁碗です。


2級文物 青磁碗
唐時代・9世紀
陝西省扶風県法門寺塔地宮出土
本作品は紙に包まれ、漆塗りの容器に収められていました。
外側には女性の姿を描いた包み紙が付着しています


これは陝西省の古刹、法門寺から見つかったもので、
唐(618~907)の皇帝のために特別につくられた、江南・越窯の最高級品です。

この碗の最大の魅力は、まるで古都杭州の湿潤な空気、
キラキラと光る西湖の水面を思わせるつややかな淡緑色の釉です。
また、金属器のように薄く挽きあげられた軽やかな形(実際にとても軽い!)にも、
新しい時代の到来を予感させる洗練された趣を感じることができます。

唐時代の末より、穏やかな気候と豊かな自然に恵まれた江南の沿岸部には、
のちに呉越国(907~978)としてこの地を率いる銭氏一族が権勢を誇っていました。
始祖の銭鏐(せんりゅう)(852~932)は文武にすぐれ、
鎮海節度使を任じられた人物。
もともとここは北部の越窯を中心に青磁生産で名のとおった地域でしたが、
この時期に豊かな資源と洗練された文化にもとづいた
最高級の器がつくられるに至ったのです。
それは唐王朝において「秘色」と称され、呉越国が北宋に降り、
越窯が廃窯となった後も名器として後世まで語り継がれるところとなります。

文献に語られてきた「秘色」。
「秘」は秘密の「秘」か?  「色」は色合いの意味か? 具体的に何を指すのか?
永いあいだ、この言葉の意味について議論が行なわれてきました。
しかし南宋時代には「呉越国王が使用を禁じた特別の器」という
俗説が生まれたように、早い段階ですでに唐時代に生まれた本来の語義は
わからなくなっていたようです。

法門寺の塔が大雨によって倒壊し、地下宮殿(地宮)の存在が
明らかになったのは、1987年のこと。
発掘調査が行なわれた結果、金銀、ガラスの器のほか、
すぐれた青磁も見つかりました。
その隧道にあった石碑『衣物帳』(献納品の目録のようなもの)の記述から、
これらは874年(咸通15)に唐の懿宗(いそう)(在位859~873)
・僖宗(きそう)(在位873~888)ら皇族をはじめ上流階級者が寄進した宝物であり、
すでに幻の存在であった「秘色」青磁そのものであることがわかったのです。

じつはこの法門寺出土の「秘色」青磁のなかには、
2点の「金銀平脱団花文碗(きんぎんへいだつだんかもんわん)」、
つまり碗の外側に黒漆を塗り、平脱技法で金銀の双鳥唐草文をあらわした、
一風変わった青磁も含まれていました。これも「秘色」…?

東洋陶磁研究にたずさわる長谷部楽爾氏(東京国立博物館名誉館員)は、
「秘色」の意味について次のような解釈を示しています。

「秘」の文字の源義は、『説文解字』にあるように「神秘」のこと、人知を越えた世界のものごとをさす。
これがやがて神にも比せられる至上の天子にかかわる事象を与えられ、
秘府・秘閣・秘籍などの語が生まれる。
秘色もそれらと同じく、天子のために技術を尽くして製作され
最高の作品ということであろう。
そしてここにいう「色」は、いろどり、色合の色ではなく、
様相・格式を意味する文字ではないか。
そのようにみると、秘色はのちの官窯、あるいは官様といった語とほとんど同様の意味となる。
それはあくまで天子、皇帝にかかわる用語であり、
その用途は限定されたものとなるはずである。
(「秘色拾収」『常盤山文庫中国陶磁研究会会報1 米色青磁』2008年)


唐の皇帝のために特別につくられた「秘色」青磁。
そして皇帝にまつわると考えられる北宋時代(960~1127)の
「汝窯(じょよう)」(特別展「台北 國立故宮博物院―神品至宝―」)、
南宋時代(1127~1279)の「官窯(かんよう)」青磁(「日本人が愛した官窯青磁」)。
今年は、それぞれの時代を象徴する白眉というべき中国青磁を
存分に味わっていただけるまたとない年になりました。
どうぞごゆっくりお楽しみください。

カテゴリ:研究員のイチオシ2014年度の特別展

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posted by 三笠景子(保存修復室研究員) at 2014年10月10日 (金)