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特別展「和様の書」を楽しむために─鑑賞編4 料紙の美

書の作品の見どころは、なんと言っても筆跡そのものです。
ですが、今回の展覧会では、書そのものと同じくらい、場合によっては書よりも、それが書かれている紙に目を奪われることがあります。
色、文様、質感もさまざま、絢爛豪華なものから、愛らしくてかわいいもの、シンプルだけれど重厚感漂うものなどいろいろな紙があります。
今回は、そんな紙に焦点をあてながら、作品を見ていきたいと思います。

まずは、和様の書の祖といわれる小野道風のこの作品から見てみましょう。

国宝 円珍贈法印大和尚位並智証大師諡号勅書 小野道風筆 平安時代・延長5年(927)  東京国立博物館蔵
国宝 円珍贈法印大和尚位並智証大師諡号勅書 小野道風筆 平安時代・延長5年(927) 東京国立博物館蔵


延暦寺第五世座主であった円珍が亡くなって36年後に、法印大和尚位と智証大師というおくり名が醍醐天皇から授けられました。そのときの勅書、つまり正式な文書です。
たっぷりとゆたかで気品がある道風の名筆です。
ところで、この紙、なんだか不思議な色だと思いませんか?
実はこれ、漉き返し(すきかえし)と呼ばれる紙で、古い紙を使って作ったいわば再生紙なのです。
一度使った紙を反故(ほご)にして水に溶き、墨のかたまりを丁寧に取り除き、さらに、この紙の場合は0.01ミリ~0.03ミリ程度に短く切断、あるいは磨りつぶしたと思われる藍染めの繊維を混ぜて漉き返しています。再生紙というと、質の悪いもののようなイメージがあるかもしれませんが、大変手のこんだ物です。その結果、この少し青みを帯びた深いグレーが生まれたのですね。
この作品のように、天皇が出す文書には「宿紙」という漉き返しの紙が使われた例があります。また、亡くなった清和天皇の供養のために、生前に送られた手紙を漉き返し、藤原多美子がそれにお経を書き写した話が伝わっています。「宿紙」には、なにかしら深い思いが込められていたことは間違いなさそうです。
そんな紙に書かれていることを知ってみると、筆跡に漂う道風の緊張感が一層リアルなものとして迫ってくるようです。


今回の展覧会の出品作品のうち、料紙の美しさ、華やかさでナンバー1を選ぶとしたら、古今和歌集(巻子本)でしょうか。会期前半は大倉集古館の所蔵作品が、後半は文化庁の所蔵作品が展示されています。

国宝 古今和歌集 序(巻子本)  藤原定実筆 平安時代・12世紀 東京・大倉集古館 8月12日(月)まで展示
国宝 古今和歌集 序(巻子本)  藤原定実筆 平安時代・12世紀  東京・大倉集古館蔵 [8月12日(月)までで展示終了]


重要文化財 古今和歌集 巻第十三(巻子本) 藤原定実筆 1巻 平安時代・12世紀  文化庁蔵 8月13日(火)~9月8日(日)展示
重要文化財
古今和歌集 巻第十三(巻子本)  藤原定実筆  平安時代・12世紀 文化庁蔵 [8月13日(火)~9月8日(日)展示]

中国で作られた色とりどりの唐紙を、わざわざ半分の幅に切ってつなぎ合わせ、華麗な色変わりを楽しむという贅沢な趣向です。
これらの紙の原料は竹です。繊維をほぐして漉いたあとに布を押し当てて布目をつけ、そのうえに鮮やかな色をつけた胡粉を均一に塗って(具引き)色紙を作ります。さらに、雲母(きら)の粉末を布海苔などで溶いた絵の具で、さまざまな型文様を摺りだします(雲母摺り)。色紙の下に版木を置いて強くこすり(空摺り)、文様を出す蝋箋(ろうせん)も混ざっています。
この美しい料紙にダイナミックに筆を運んでいるのは、三跡のひとり行成のひ孫にあたる、藤原定実です。
こんな紙にさらさらと和歌を書くのはさぞや気持ちよいだろうなあ。
と、思われたあなた。実は大間違い。
実は、これらの料紙の表面には布目や版木の跡がしっかりと残っており、普通の人ならとても筆を運べないくらいでこぼこしていているのです。そんな凹凸をものともせず、思い通りに筆を運ぶ技術を持ったものだけに、このような華麗な紙に書くことが許されたのです。


古今和歌集 巻第十三(巻子本) 拡大
ズームでみると、ほら、こんなにでこぼこ。紙は立体なのです。


当館所蔵の古今和歌集(元永本)も、同じく定実が書いたもの。
こちらは日本製の唐紙を使っており、雲母摺りと空摺りでさまざまな文様をあらわした表面と、色を引いて金銀の切箔や野毛をちりばめた裏面が交互に出てくる冊子本です。


国宝 古今和歌集(元永本) 藤原定実筆 平安時代・12世紀 東京国立博物館蔵
国宝 古今和歌集(元永本) 藤原定実筆 平安時代・12世紀 東京国立博物館蔵 [9月3日(火)~9月8日(日)展示]
雲母摺りの文様が美しいページ



紫の色紙に胡粉をぼかし、さらに金銀箔を散らした豪華なページ [8月12日(月)までで展示終了]


紙の色の濃いところや、金銀箔を散らした部分は、それに負けぬような太い線で書いています。
紙の文様と散らしのバランスにもご注目ください。
定実の巧みな技量と優れた美意識を感じられるのではないでしょうか。

豪華で華麗な料紙になればなるほど、書き手にはいろいろな苦労があったことがわかりますね。
書の作品をご覧になるときに、その筆跡だけでなく料紙にも注目してみると、作品がより味わい深いものになるかもしれません。

最後に、鑑賞のコツをひとつだけ。
雲母摺りの文様は見る角度によって輝きがかわります。是非、上下・左右、角度を変えて見てください。
ほんものの輝きをその目でご覧いただく貴重な機会です。
展覧会も会期後半となりました。皆様のご来場をお待ちしております。

 

※特別展「和様の書」関連番組のお知らせ

NHKEテレ「日曜美術館」アートシーン
8月18日(日) 午後20:45~21:00(※朝の放送は高校野球のためございませんのでご注意ください)

NHK「トーハク女子高 夏期講習~カワイイのルーツは平安にあり?!」
九州・沖縄地方の放送日時が決まりました。
8月21日(水) 午前9:05~9:53 (※その他の地域での放映は終了しております)
 

カテゴリ:2013年度の特別展

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posted by 高橋裕次(博物館情報課長) at 2013年08月16日 (金)