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1089ブログ

トーハク劇場へようこそ!

2012年の8月と9月、東京国立博物館が劇場に変身しました。

…といっても、本当に館内にステージを作ったわけではなく、
「トーハク劇場へようこそ!」と題された子ども向けガイドツアーと、
ファミリーツアーが、計8回行われたのです。

「劇場」と名のつくとおり、演劇仕立てのツアーです。
子どもたちと一緒に本館展示室を回っていくと、
次々に俳優さんが現れ、役に扮してお話をしてくれます。

子どもたちがそろったら、まずは本館2階の1室へ向かいます。
階段を上りきると、なにやら裸足の男性が、照明器具を珍しそうにいじっています。
髪はぼさぼさ、ワンピースみたいな服を着ています。
こちらと目が合うと、「☆○?*+>」と、
聞いたことのない言葉で話しかけてきました。
さっそくツアーを率いるわたくし藤田が、秘蔵の「ほんやくタブレット」を
一粒あげると、やっと彼の言っていることが私たちにも理解できるようになりました。

縄文人
(c) RYO ICHII

彼は縄文人。
縄文時代の人々は、狩をしたり、木の実を拾って食べものにしたりと、
自然の力に大きく左右され、それを畏れ敬う暮らしを送っていたこと。
その中で、土器や土偶など、
「大きな力に対する祈りの造形」ともいうべき品々が作りだされたこと。
そんな話をしてくれました。

おや!?縄文人が手に持っていた土偶(縄文のヴィーナスのレプリカ、
原品は茅野市尖石縄文考古館所蔵)と、
ツアー進行役の藤田のおなか、なんだか似ていませんか…?
女性は、赤ちゃんを産む人。命を生み出す存在という意味からか、
土偶は、女性の形をしたものが多いのです。
これも、目に見えない大きな力に対する縄文人の畏敬の念を
表わしているのかもしれません。


(c) RYO ICHII

縄文人とはここでお別れ。
次は、1階の11室、彫刻のお部屋です。


11室の奥に進んでいくと、ぼんやりと照らされた一角に、
見慣れない仏像が一体。

(c) RYO ICHII

子どもたちが周りを囲んで見ていると…
仏像が、目を開けました!

(c) RYO ICHII

釈迦如来像が、私たちに語りかけてくれました。
自分はもともと博物館にいたわけでなく、
平安時代に「仏師」の手によって作られ、京都のお寺にいたこと。
釈迦如来像のモデルとなったお釈迦さまが悟りを開いた瞬間のこと。
なぜ、頭にぼつぼつがあったり、大きなこぶがあったり、
おでこのまんなかにも大きなつぶがついているのか、ということ。
この手の形には、「ねがいをかなえましょう」「こわがることはないよ」
というメッセージが込められていること、など…。


(c) RYO ICHII

釈迦如来像のような仏像は、
人々の祈りを受け止め、また人々にメッセージを発する存在として
作られた、ということです。

全て話し終わると、釈迦如来像はすうーっと目を閉じ、
また動かなくなってしまいました。
私たちも、ひっそりと釈迦如来像に別れを告げ、
最後のお部屋に移動しました。


最後の1階18室に着くと、ある絵の前で、
着物姿に帽子をかぶったヒゲの紳士が立っていました。
そのお姿は、もしや、横山大観さん!


(c) RYO ICHII

勇気を出して話しかけてみると、
横山さんはやさしく、ご自分の絵についてお話してくれました。

これは「瀟湘八景」といって、中国の有名な風景を描いた8枚セットの絵であること。
自分はこの絵を描く前の年に、実際に中国旅行をしたので、
その時の印象や感じたことを絵にこめることができたこと。
8枚のうち、2枚ずつが「春・夏・秋・冬」いずれかの季節を表現していること。
(これを聞いて、子どもたちは熱心に、どのペアがどの季節なのか、探していました)
また、自分の絵の先生である岡倉天心先生は、
見たそのままを描いているようでは芸術とはいえない、と話していたこと。
天心先生との出会いは、
ここ上野にある東京美術学校(現在の東京藝術大学)であったこと、など。

…と、ここまで話したところで、横から大きな咳払いが。
ふと見ると、なんとすぐそばに、岡倉天心先生がいらっしゃるではありませんか!
横山大観さん、尊敬する先生との偶然の出会いにあわてふためいています。


(c) RYO ICHII

岡倉天心先生からは、描いたその人がどんな考えや理想をもっているかが
絵には表れる、だからどんな人物になるかが大切、
ということを教わったという横山さん。
「画は人なり」というのだそうです。

久しぶりに再会した二人は、仲良く谷中方面へと去っていきました。

 
(c) RYO ICHII

私たちの「トーハク劇場へようこそ!」ツアーはここで終わり。

このツアーでは、博物館にある古いものが、さまざまに姿を変えて、
話しかけてきてくれました。
時代が変っても、いろいろな人が、いろいろな祈りや気持ちをこめて
作っているもの、それがトーハクに展示されている文化財です。

これからは、ガラスケースの向こう側の作品を見るとき、
「どんな人が作っていたのかな」「どんな気持ちで作っていたのかな」ということを
想像して見てもらえたら、こんなにうれしいことはありません。


最後に、このツアーが誕生した経緯を少々。

今回、縄文人や横山大観を演じ、演出もされた大谷賢治郎さんから、
昨年のある日、藤田の元にメールが届きました。

イスラエル、テル・アヴィヴの美術館に行ったら、
展示室のドガの踊り子の絵の前で、
子どもたちがバレーのレッスンをしていたというのです。
どうやらそれは、俳優さんが、踊り子を演じたり、
画家を演じたりしながら子ども達を案内する
ミュージアム・シアターというタイプのツアーだったようです。

欧米では実践事例の多いこの演劇仕立てのツアーですが、
なんとイスラエルでも、20年以上もこうした実践が続いているとのこと。
ここ日本ではまだあまり行われていません。

大谷さんと、ぜひ日本で、トーハクで、
この試みをやってみたい!という気持ちで
もうお一人、原田亮さんという俳優さんに声をおかけして、
実現したのが、このツアー「トーハク劇場へようこそ!」でした。

役者さんがいなければ、劇場の幕はひらきません。
トーハクに劇場が生まれたこの日の、記念すべき1枚です。


右:大谷賢治郎(横山大観に扮する)、左:原田亮(岡倉天心に扮する)

これからも、「トーハク劇場」は続きます。
次はどんなドラマが生まれるか、楽しみにしていてください。

カテゴリ:研究員のイチオシ教育普及催し物

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posted by 藤田千織(教育普及室) at 2012年10月13日 (土)