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とある狸の栄枯盛衰ものがたり チェスター・ビーティーの物語絵 傑作選

特別企画「アイルランド チェスター・ビーティー・コレクション 絵巻と絵本のたからばこ」(会期:7月20日(月・祝)まで)も、後期展示では狩野山の「長恨歌絵巻」は巻下に、伝岩佐又兵衛筆の「村松物語絵巻」は後半部に場面替えとなりました。


長恨歌絵巻 巻下(部分)展示風景 狩野山雪筆 江戸時代・17世紀 チェスター・ビーティー



村松物語絵巻(部分)展示風景 伝岩佐又兵衛筆 江戸時代・17世紀 チェスター・ビーティー蔵

チェスター・ビーティー卿がコレクションを形成したのは20世紀初頭のこと。この頃の日本は、江戸時代までの大名家などが多くのコレクションを手放し、今では国宝や重要文化財になってもおかしくない名品の数々が海を渡りました。ただ、この頃も16-17世紀の物語絵を積極的に収集するコレクターは少なく、ビーティーが多くの日本美術の中でもこの分野に目を付けたのはまさに慧眼だったと言えます。現在、日本の物語絵のコレクションでは、チェスター・ビーティーはヨーロッパ随一と言っていいでしょう。
 
チェスター・ビーティー卿 Images courtesy of the Trustees of the Chester Beatty Library, Dublin

今回、25点の作品をお借りして展覧会を開催することになりましたが、どれもこれもおもしろい作品ばかり。ここで全点を紹介したいところですが、そうもいきませんので、何回か本展のお話をさせていただく中で最も「ウケ」のよかった「十二類合戦絵巻」をご紹介したいと思います。
本展ではクライマックスの巻下を展示していますが、巻上、巻中のあらすじは以下のような感じです。ある時、十二支が歌合(うたあわせ)をすることになり鹿に判者を依頼します。評判も良かったのでもう一度鹿に依頼しますが、鹿は辞退。そこで狸が登場し、自分がやりますと申し出ますが、十二支から散々な目にあいます(以下、狸寄りの目線でストーリーを紹介していきます)。
 
 
ひどい仕打ちです。これでは十二支も恨まれて仕方ありません
十二類合戦絵巻 巻上(部分) 江戸時代・17世紀 チェスター・ビーティー蔵
(注)こちらの場面は展示されておりません。

怒ったは、十二支に入れてもらえない動物たち語らって、ひと戦しようと持ち掛けます。
 
 
狸軍評定(ひょうじょう)の様子。狐、熊、猫、鷲などが集結。その眼には、日頃から動物界でスポットライトのあたる十二支への怒りが見えます。画中に書かれたセリフでも、かなり辛らつに十二支を批判しています。
十二類合戦絵巻 巻上(部分) 江戸時代・17世紀 チェスター・ビーティー蔵
(注)こちらの場面は展示されておりません。
 
狸軍は十二支軍に奇襲をかけるなど、当初善戦しますが、愛宕山(あたごやま)の城に立てこもり、十二支軍を迎え撃つことになりました。その戦口上で興味深いのが、鼠と猫が言い合いをしているところです。
画面の上部、左から3番目にいるのが鼠です
 
猫はどちらかと言うと虎に見えます
いずれも十二類合戦絵巻 巻下(部分) 江戸時代・17世紀 チェスター・ビーティー蔵
(注)本場面は現在展示中です(7月20日まで)
 
実はこの「十二類合戦絵巻」、室町時代に第一弾が作られ、本作はそれに基づき描かれたものです。室町時代のバージョンでは、犬と猫の言い合いになっています。やはり猫の相手としては鼠が相応しいと、ストーリーを若干改変したのでしょう。その後、狸軍の城の背後から、龍が空から奇襲をかけ、狸軍はあっさり敗北します。
 

龍のこの攻撃は反則ですね

十二類合戦絵巻 巻下(部分) 江戸時代・17世紀 チェスター・ビーティー蔵
(注)本場面は現在展示中です(7月20日まで)
 
悔しい狸は鬼の姿に化け、十二支たちを脅かそうとするのですが、通りがかりの野良犬にすら正体を見破られる様です。
 
水鏡に映った鬼の姿を見て満足気な狸ですが、すぐに犬に吠えかけられます
十二類合戦絵巻 巻下(部分) 江戸時代・17世紀 チェスター・ビーティー蔵 
(注)こちらの場面は展示されておりません。

これ以上無茶をしても仕方ないと思った狸は妻子を捨て、出家するというお話です。
 
妻子を捨てるというイメージは、実は古い物語絵にネタ元があります
十二類合戦絵巻 巻下(部分) 
江戸時代・17世紀 チェスター・ビーティー蔵
(注)こちらの場面は展示されておりません。
 

お坊さんに頭を剃ってもらう狸
十二類合戦絵巻 巻下(部分) 江戸時代・17世紀 チェスター・ビーティー蔵
(注)こちらの場面は展示されておりません。
 
踊念仏する狸。腹鼓で拍子をとっているようです。頭頂部のみ剃髪しています
十二類合戦絵巻 巻下(部分) 江戸時代・17世紀 チェスター・ビーティー蔵
(注)こちらの場面は展示されておりません。
 
いっぱしの修行者になった狸。「ドヤ顔」ですね
十二類合戦絵巻 巻下(部分) 江戸時代・17世紀 チェスター・ビーティー蔵
(注)こちらの場面は展示されておりません。
 
人間を主人公とした物語絵でも主題となる、歌合、合戦、出家など、様々な要素を盛り込んでこれを動物に置き換えた、まさにファンタジーあふれる作品です。「真面目にふざける」面白さというものが満ち満ちています。こうした昔の絵巻は話がよく分からない、難しいと敬遠されがちですが、この面白さは制作から400年近くたった現代の私たちにも共感されるものです。
このように楽しく、面白い物語絵がこの展覧会では会場にあふれています。日本では、1988年にチェスター・ビーティー・コレクションの展覧会が開かれて実に38年ぶりの大規模な展覧会です。残り少ない会期ですが、どうぞこの貴重な機会に、日本の豊かな物語絵の世界をご堪能ください。
 

カテゴリ:研究員のイチオシ特別企画

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posted by 土屋 貴裕(美術部門絵画班) at 2026年07月09日 (木)

 

海を越えてこんにちは——アイルランドのチェスター・ビーティーを訪ねて

特別企画「アイルランド チェスター・ビーティー・コレクション 絵巻と絵本のたからばこ」(会期:7月20日(月・祝)まで)に連日多くの方がお越しになり、展覧会に携わった者として嬉しい限りです。いよいよ閉幕まであと3週間を切りました。まだ見ていないよという方、どうぞお見逃しのありませんように!

さて、突然ですがみなさんはアイルランドを訪れたことはありますか?北西ヨーロッパのアイルランド島に位置する国、アイルランド。普段の生活ではあまり馴染みのない国かもしれません。かくいう私も本展準備の一環で初めて訪問しました。今回はその時のことを少しお話ししたいと思います。

今年の2月初旬、長い空の旅の果てにダブリン空港に降り立ちました(途中フランクフルト空港でのトランジットも含めて20時間ほどでした)。空港からはバスに乗って市内へ。チェスター・ビーティーは、街の中心に建つダブリン城内にあります。館内は1階にカフェとミュージアムショップ、2階と3階に展示室があります。チェスター・ビーティーでは館内の3Dマップも公開しているので、気になる人はこちら(3D Virtual Tours - Chester Beatty)から訪ねてみてください。

訪問の際に撮影したチェスター・ビーティーの外観。
 
心ときめきながらチェスター・ビーティー卿が収集したコレクションの数々を拝見する中で、私が気になったのが巻子(かんす)の展示具でした。巻子は巻いた状態で保管しているため、広げると巻き戻ろうという力が働きます。そこで展示の際、当館では卦算(けさん)という透明の平べったい重しを載せます。文鎮のようなものといえばいいでしょうか。翻って、チェスター・ビーティーでは、巻子の径を包むような丸い爪がついたアクリルの展示具(説明がなかなか難しい)を使用していました。

巻子を固定するための展示具です。上下にパーツが分かれていました。
 
保存のご担当の方からは、「これは展示具がちょっと目立ってしまうので、新しい展示方法を考えている」と伺いました。国が違えば展示方法も考え方も違いますね。現場の方のお話を聞きながら、大変勉強になりました。
 
余談ですが、チェスター・ビーティーを訪問した当日、ご案内いただいた学芸員の方より「よかったらティータイムに参加しませんか?」とお誘いがありました。内心(?)と思いながら「ぜひ」とお返事すると、1階カフェの一番端のテーブルに案内されました。そこにはすでに職員の方が3~4人ほど、ご自身のマグカップを片手におしゃべりに花を咲かせており、私たちが近づくと「ようこそ~」と笑顔で迎えてくださりました。皆さんざっくばらんに思い思いのことをしゃべってから席を立つ、という感じで、その日は入れ代わり立ち代わり10人ほど参加されたでしょうか。それがあまりにも自然で、これが本場のティータイムか!と感動しました。聞くところによると毎日開いているそうで、職場でのコミュニケーションに役立っているとのこと。
 
話を展覧会の準備に戻しましょう。今回の訪問では作品の状態確認と採寸もおこないました。例えば、「村松物語絵巻」は前後期で場面替えとなる作品です(現在は後半の場面が出ています!)。実際に採寸すると、前期の展示場面より後期が1メートルほど長くなることがわかりました。

チェスター・ビーティーの閲覧室で「村松物語絵巻」調査をさせていただきました。
 
「村松物語絵巻」を展示する台には別の作品も並ぶため、他の作品や壁打ちのパネルを動かすことなく、最小限の変更で展示替えができないか、と前後期の変化を見越して配置する必要がありました。展示替え当日はドキドキしながら迎えましたが、計算のとおり大きな変更なく展示ができてほっとしました。

前期の本館2階E室。
 
後期の本館2階E室。
 
まだまだ話したいことがあるのですが、尽きないのでこのあたりで終えたいと思います。訪問に際しまして、チェスター・ビーティーの皆様から始終あたたかい歓迎とご協力をいただいたこと、改めて深く感謝しております。本展を機にチェスター・ビーティーと当館は包括連携に関する協定(MOU)も締結しましたので、このご縁を大切に、今後両館の交流をますます深めてゆければと思います。
 

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posted by 野中 愛理(日本絵画) at 2026年07月02日 (木)

 

特別企画「ビフォー縄文 旧石器時代発見80周年」開幕!

6月16日(火)より平成館企画展示室にて、特別企画「ビフォー縄文 旧石器時代発見80周年」がはじまりました。

ところでみなさんは「旧石器時代」と聞いて何を思い浮かべるでしょうか?
周りの人に聞いてみると、「マンモス?」「ヤリとか??」「きゅう…せっき?」…なんとなくクエスチョンマークつきで答えてくれました。
縄文時代といえば土偶、古墳時代といえば埴輪でおなじみですが、「旧石器時代ってどんな時代?」と聞かれてイメージできる人は実はあまりいないのです。

旧石器時代とは、ヒトが石器を使って暮らした時代。世界最古の石器はケニアで発見された約330万年前のものとされています。気の遠くなるような昔からヒトは石器をつくり、日常の道具として使ってきました。
そして、日本列島にヒトが移り住んだのは今から約4万年前。それ以降縄文時代の始まる約1万3,000年前までが日本の旧石器時代にあたります。
昭和21年(1946)に旧石器時代が発見されてから今年で80年。縄文時代より前はどんな時代だったのか?本展はそんな素朴な疑問に答える展覧会です。

本展の一番のみどころとして、まずは会場入口に展示している作品にご注目ください。


登録有形文化財 岩宿遺跡採集石器 槍先形尖頭器 
群馬県みどり市 岩宿遺跡採集(相澤忠洋資料) 後期旧石器時代・前2万3,000年 群馬・岩宿博物館蔵

「槍先形尖頭器」と呼ばれる槍の先端に装着した狩りの道具で、旧石器時代の人々がもっとも好んで使った「黒曜石」でつくられています。きらきらと光り輝く美しい石器に、つい見とれてしまいます。

今から80年前、昭和21年当時、「火山灰が降り積もった赤土(関東ローム層)には人間が住めるはずがない」ということが日本考古学の常識でした。相澤忠洋(あいざわただひろ)氏が岩宿(現群馬県みどり市)の崖から採集した石器は、まさにその赤土から発見されたもので、彼が書籍で学んだ旧石器時代の「細石器」によく似ていました。


登録有形文化財 岩宿遺跡採集石器 石刃
群馬県みどり市 岩宿遺跡採集(相澤忠洋資料) 後期旧石器時代・前3万5,000年~前1万6,000年 群馬・岩宿博物館蔵

以後、相澤氏は岩宿の崖に通うことになります。そしてついに昭和24年(1949)、槍先形尖頭器を発見するに至り、赤土の中から旧石器時代の石器が出土することを確信します。


相澤忠洋 群馬・岩宿博物館提供
行商のあいまに考古学に没頭し、岩宿遺跡を発見、その後も多くの遺跡の発見に尽力しました。


発掘当時の岩宿遺跡遠景 東京・明治大学博物館提供

「赤土の中から石器が出土する」。相澤氏が採集した石器を目にした明治大学の研究者・芹沢長介(せりざわちょうすけ)、杉原荘介(すぎはらそうすけ)は旧石器時代の存在を直観し、すぐさま岩宿の発掘を決断します。そのスピードたるや凄まじいもので、翌日には発掘の相談、その2日後には発掘調査の準備を済ませて、群馬県桐生市に乗り込んでいるということからも相当な意気込みが感じられます。そして発掘当日の昭和24年9月11日、ついに岩宿の地で赤土から石器が出土することを確認しました。


岩宿遺跡発掘の様子
昭和24年(1949)9月11日撮影 東京・明治大学博物館提供


重要文化財 岩宿遺跡出土石器(岩宿Ⅰ石器文化) 
群馬県みどり市 岩宿遺跡出土 後期旧石器時代・前3万5,000年 東京・明治大学博物館蔵 


あまりの感動に、明治大学の研究室宛てに「ハックツニセイコウ タダナミダノミ」という電報が打たれたことは、考古学の中では有名な話です。芹沢・杉原ともにまだ30代の若き研究者であり、当時の常識にとらわれず目の前の石器に向き合った結果が「旧石器時代」の証明につながったといえます。

今から80年前、一人の人間が岩宿で採集した小さな石器が、考古学史上に大きな足跡を残すきっかけとなりました。岩宿遺跡の発掘のあと、日本各地で次々と旧石器時代の遺跡が発見、発掘され、現在では1万箇所以上あることがわかっています。このブログを読んでいるみなさんの住んでいる近くにも、その場所で初めて人々が暮らし始めた旧石器時代の遺跡があるはずです。

また、旧石器時代は、縄文時代にはじまり現代に続く「定住生活(イエを立てて、ムラをつくり仲間とともに暮らす生活)」とは全く異なり、食料となる動物を追いかけ人々が移動しながら暮らしていました。本展では狩猟に使用されていたさまざまな石器などをご覧いただけます。


日本の旧石器時代の石器 展示の様子

展示の後半では、当館の所蔵する世界の旧石器時代の石器をご紹介します。
人類史の99パーセントを占める旧石器時代。世界各地から採集された石器がずらりと並び、その長い歴史の全体像を一望することができます。


世界の旧石器時代の石器 展示の様子

そのほか、旧石器時代の石器を復元したレプリカや景観を復元したジオラマなども展示しています。


狩猟具レプリカ、石器作りの道具
現代 群馬・岩宿博物館蔵


本展は、当館では初めて旧石器時代をテーマとした展示になります。書きたいことは山ほどあるのですが、まずはぜひこの機会に、展示室で実物をご覧ください。「縄文時代より前の時代ってどんな時代?」「旧石器時代って聞いたことあるかも」という旧石器時代ビギナーにうってつけの内容になっています。
旧石器時代にはじまる人類の長い歴史。人々がつくり続けた石器を実際に目にしていただくことで、少しでも「旧石器時代」が身近な存在になればと願っています。
本展は、8月23日(日)まで開催しています。

【東博でもっと楽しむ旧石器時代】
平成館1階考古展示室(本展向かい側の展示室)では日本の、東洋館地下1階12室(インド・東南アジアの考古)ではアジアの旧石器時代の石器を展示しています。本展とあわせてお楽しみください。
日本の旧石器時代の基本がわかる、以下の解説動画もぜひご覧ください。

 

(注)動画内の展示作品は展示替えのため、実際と異なる場合があります。

 

 

カテゴリ:研究員のイチオシ考古特別企画

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posted by 飯田茂雄(文化財活用センター研究員) at 2026年06月25日 (木)

 

特集「古裂鑑賞のいろは―加賀藩前田家伝来 名物裂の世界―」のいろは

安土桃山時代に千利休が大成した「茶の湯」の文化の中で、特に貴重とされ、重んじられた茶道具を「名物」と呼びます。その後、江戸時代に入り、著名な寺院や位の高い僧侶、茶人などにゆかりを持つとされる裂(きれ)について、その由来にあわせた特別な名前をつけ、珍重する「名物裂(めいぶつぎれ)」の価値観が形成されました。

2026年6月7日(日)まで開催していた前田育徳会創立百周年記念 特別展「百万石!加賀前田家」では、さまざまな前田家の名宝を展示していました。その中に名物裂の展示コーナーがあった通り、前田家は言い尽くせないほど、多様な古裂を収集していたのです。
「名物裂(めいぶつぎれ)」という言葉、お茶を嗜まれている方、また東博に何度かお越しくださっている方は聞いたことがあるかもしれません。ただ、単語は知っていても、ニッチな世界すぎて、なかなか裂の面白さまでたどり着けない…!という方も多いのではないかと思っています。今回の特別展にあわせ、東京国立博物館所蔵の前田家伝来名物裂をピックアップし、古裂の味わい方をお伝えしたい!というのが、特集「古裂鑑賞のいろは―加賀藩前田家伝来 名物裂の世界―」(会期:7月12日(日)まで)です。

展示室の様子

今回の広報ビジュアルを務める「飛魚袍反物 紅雲文様緞子地縫取織(ひぎょほうたんもの べにくももんようどんすじぬいとりおり)」は、なんと1500.5cmもある大変長い反物です。どこかで断ち切られた痕もない、織り上げられたままの形で遺されている作品です。本特集を準備するにあたり、この作品をしっかり調査しました。
まず、この龍に見えるモチーフですが、四本の爪をもっています。ただ、後ろ足付近には魚の鰭(ひれ)のようなものがついています。


飛魚袍反物 紅雲文様緞子地縫取織(部分) 中国 前田家伝来 明時代・16世紀
赤丸の部分に鰭(ひれ)がみえます

 
この特徴から、これは龍ではなく「飛魚(ひぎょ)」と呼ばれる、別の空想上の生き物であることがわかります。中国・明時代の中では、このような龍に似ているけれども、龍ではないモチーフが用いられていました。この飛魚が表された衣装は、明時代の皇帝から臣下に下される、特別なものであったといわれています。
そして、この作品のさらに興味深い点が「袍(ほう)」と呼ばれる、ワンピースのような上着に仕立てられるということです。当方が東博に着任してから、そのように聞いていたものの、しっかりと検証したことはありませんでした。ということで、この機会にちゃんと一領の袍になるのか!?を、同時代の袍の形を調べつつ、ペーパークラフトを手作りして確認しました。
この作品を細かくみていくと、下の画像のように(1)飛魚が左右どちらかに走っているパーツが10個、

(2)すべてあわせると四葉形ができあがるパーツが3個

(3)山岳や波から、上空の雲に向かって立ち昇るような飛魚が表されたパーツが2個あることがわかりました。


これらを組み合わせると、各パーツをぴったり使い切って、一領の袍ができあがりそうなことがわかりました!袍はきもののように前で身頃を重ねて着用するため、下側に重なる部分も考慮して、反物が作られているようです。(3)の立ち昇る飛魚は、おそらく両肩にあてるのでしょう。また、左身頃については、背中から前まで、きれいに一枚つなげて仕立てることができそうです。夜な夜な工作していたのですが、これが明らかになった時はおお!と奮い立ちました。

検証のために作ったペーパークラフト(折り上げている部分が上前にあたります)
 
裂がひとつの衣装に仕立てられるということがわかると、ちょっとだけ、おもしろく感じませんか?会場では、完成イメージ図もお見せしながら、作品を長――――く展示しています。それでも展示ケースの中で1500.5cm、出し切ることはできませんでした。これを織るのに、どれだけの時間がかかったのだろうかと考えてしまいます。
加えて、作品に刷られていた人名や役職から、この反物の製作年代が推測できることも解説しています。配布しているリーフレットにも記載していますので、ご興味のある方は、お手に取っていただけますと幸いです。
(リーフレットには仕立てた際のイメージ図も掲載しています)
 
「古裂鑑賞のいろは」のいろは、今回のブログでは飛魚袍反物だけでいっぱいになってしまいましたが、もちろん、ほかにも前田家伝来のすばらしい名物裂を、注目してほしいポイントとともに展示しております!さまざま裂たちが、皆さまをお待ちしております。

 

リーフレット

古裂鑑賞のいろは―加賀藩前田家伝来 名物裂の世界―

編集:東京国立博物館

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カテゴリ:特集・特別公開工芸

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posted by 沼沢ゆかり(文化財活用センター研究員) at 2026年06月11日 (木)

 

ダブリンから作品をお迎えして:海外展ができるまで

東京国立博物館では、国外のミュージアムと協力して行う「海外展」をだいたい年2-3回程度行っています。現在開催中の特別企画「アイルランド チェスター・ビーティー・コレクション 絵巻と絵本のたからばこ」(会期:~7月20日(月・祝)まで)は、アイルランドの首都ダブリンにある国立文化施設チェスター・ビーティー所蔵の日本美術品をお借りした展覧会です。
 
チェスター・ビーティー・コレクション展 第1会場 展示風景(本館D室)
 
海外の美術館が所蔵する作品をお借りして展覧会をする場合、国内から作品をお借りする場合に加えて別の手続きが必要です。会期も後半にさしかかりますが、今回アイルランドから作品をお迎えして展覧会を行うにあたってどのような準備をしたか、主に実務についてご紹介します。
 
 
2025年大阪で行われた万博の東入口付近に設置されたアイルランドパビリオン
 
最初に具体的な展覧会企画について話をしたのは2024年3月のことです。アイルランド側から、万博の年に何か展覧会を行いたいというご提案があり、もろもろ検討の結果、チェスター・ビーティーのコレクションをお借りして当館で展覧会を実施する方向で検討することになりました。
チェスター・ビーティーが所蔵する日本美術品は、昨年10月時点で約1900点あり、その中におおよそ画巻及び画帖が140点、印刷された本、巻子類が115点、浮世絵版画や刷物は843枚あり、ほかに仏教経典や印籠・根付などが含まれます。今回の展覧会はこれらの中から、25点をお借りしました。これらはすべてビーティー卿が生前集めてアイルランドに寄贈したものです。その後、経費分担などの確認ができ、およそ1年後に開催が確定しました。
 
作品の入ったクレートの一つ
 
海外から美術作品を輸送して日本国内に運ぶことは、大きく言えば物品の「輸入」です。ただし、今回のように外国から一時的にお借りして広く文化を紹介するために公共施設である博物館が展覧会で一般公開する場合、個人やお店が商品を購入して輸入、販売する場合とは別の扱いとなります。
輸入する物品は、通常、空港で通関手続きをして所定の場所に運びます。しかし、文化財は通関手続きのために環境の悪い場所に長く置いておくことは作品の保全上できません。そのため、あらかじめ保税範囲(税金を払わずに一時的に物を置いておける場所・エリア)を博物館内の収蔵庫などにできるよう申請し、空港では通関せず、保税品(関税や消費税がかからない状態)として、認められた場所に輸送・保管してから、安全な場所で通関手続きに入ります。通関が済むまでその場所で保管して、通関が済み次第、点検・展示となります。
 
作品点検の様子・研究員の手の下にあるのが調書です
 
貸す側は作品を梱包して送り出す前に各作品の現状がわかる写真を撮り、その時の作品の状態を確認します。その際、取り扱いを注意しなければならない箇所など各作品についての特記事項を記した「点検調書」を作成します。当館で開梱する際、この調書を元に、輸送中に状態の変化がなかったか1点1点確認します。その際、何か変化や特記事項があれば調書に書き加えて、展示期間後の点検の際確認できるようにします。
 
また、外国の美術館など公的機関から公開目的でお借りする場合、お借りしている間に、誰かが不当に自分がもともとの持ち主だから、などと名乗り出て差押えようとすることができないよう、日本国内で訴訟対象とならない措置がとられています。文化庁のウェブサイトによれば「2009年4月24日に制定された「外国等に対する我が国の民事裁判権に関する法律」により,我が国において展示される外国等【外国政府(国,政府機関),自治体(州)等】の有する美術品等に対しては,日本の裁判所は,強制執行,仮差押さえ及び仮処分等をすることはできないこととなっています。」とあります。そのため、外国等が有する美術品を借り受ける場合については、特段の措置が無くても法律に基づいて差し押さえ等の措置は禁止されています。
 
一方、作品を選ぶ際に一つ気をつけなければならないことがあります。それは、輸出入禁止の物品が含まれていないか、ということです。日本の美術品で輸出入禁止の物品といってもぴんとこないかもしれませんが、取り扱いが難しいものがあります。象牙製品もその一つです。掛け軸や巻物の軸の部分で表に出ている部分に昔は象牙を使っている場合がよくあり、それらが「象牙製品」として輸出入禁止の対象となりうるのです。
 
 
牙軸(げじく)作品(赤矢印の部分が象牙でできている)
 
絶滅危惧種など国際的に保護の対象となっている動植物は、絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約、通称「ワシントン条約/CITES」により国際間の取引が厳しく制限されています。
ただし、この条約は1973年に施行されたものなので、それ以前に取引されたことが証明できれば、輸入することができます。本展にも5点対象となる作品がありましたが、幸い、アイルランド側、つまり輸出国はそれら象牙の軸首がついたものをすべて輸出して差し支えないという許可を速やかに出してくれました。国によっては、この審査に長い時間を要することもあるので、速やかに問題ないとの判断を出して許可書を出してくれたことは大変ありがたいことでした。
 
輸送は今回2便に分けて行い、各便にチェスター・ビーティーの保存担当の方あるいはレジストラー(作品登録)の方がクーリエとして随伴されました。ダブリンから1か所経由して、チェスター・ビーティーを出てから2日かけて東京に着きました。長旅の末、無事に到着したのを見たときは、心から安心しました。
 
空港にクレートが着いた時の写真
 
様々な手続きを経て日本に到着した作品は、博物館に運んですぐに展示するわけではありません。ダブリンは、日本に比べて気温も湿度も低い地域です。いきなり気候(温湿度)のちがう環境にさらしてしまうと作品に悪い影響を与えかねないので、展示する博物館内の環境に慣らすため、箱を開けないまま通常48時間以上は収蔵庫の中で保管します。温度も湿度も大きく変動させないことが一番重要なので、急速に上下することにならないようにしなければなりません。
 
ケース内に設置した温湿度測定のロガー。数値は保存修復課がリアルタイムでチェックできる
 
今回当館ではケース内温度22-24℃(±2℃)、相対湿度50-55%(±5%)の設定としています。ちなみに、近年サステナビリティの観点から、機械的に大きく環境を変えることはよしとされなくなりましたので、温湿度設定や振れ幅の許容範囲の基準値も徐々に変わってくるかもしれません。
 
展示室天井に取り付けた照明は、来館者が読みやすいよう原則はパネルにあてられる
 
また、今回のように作品が紙や絹に描かれたものである場合、照明が強すぎると作品が変色してしまいます。一方、暗すぎると展示室内を見て回るのに支障が出てしまい、解説の文字も読みづらい。そこで今回の会場では、通常チェスター・ビーティーで設定している照度よりだいぶ高めに設定することを許可いただきました。もちろん作品に有害な光線、紫外線や熱はカットしており、原則壁付ケースの外からの照明は、キャプションやパネルにしっかりあててパネルを読みやすくしています。部屋全体が暗く感じるかもしれないですが、作品保護のためご理解いただけるとありがたいです。
 
先に述べた展示の際の諸条件をはじめ、お互いの役割分担や経費の分担、出版物に関する取り決めなど展覧会の開催に関わる基本条件は、主催館同士で展覧会契約を結んであらかじめ決めておきます。チェスター・ビーティーも東博も国の機関で、美術館として大体の慣例は大きな違いはなく、著しく意見の異なることはありませんでした。
 
チェスター・ビーティー外観
 
最近は、緊迫した中東情勢の影響で、ヨーロッパ方面に物を送るのが難しくなっています。本展の準備でも、たとえば、郵便局からアイルランドへ郵送しようとした書類が、数日国内で留め置かれ、結局戻ってきてしまったことがありました。
 
輸送費や保険料、あるいは資材費の高騰もあり、国際的にモノを動かすのは難しい時代に入ってしまったと言わざるを得ません。しかし、こういう時だからこそ、他国との交流を重ね、ともに一つの事業に取り組むことにより相互理解を深め、ひいては争いの種を減らせるのではないでしょうか。
今後とも、国外の博物館・美術館と協力して展覧会などの事業を行い、世界の様々な国の方々との交流を通じて友情をはぐくむ取り組みができればと思います。
 

カテゴリ:研究員のイチオシ特別企画

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posted by 鬼頭 智美(学芸企画部海外展室) at 2026年06月05日 (金)

 

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