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いつもと違う展示

内藤礼 生まれておいで 生きておいで」はいつもの東博の展覧会とは少し雰囲気が違います。
考古作品を大胆にトリミングしたポスタービジュアル、解説のない展示室、自然光を取り込んで刻々と変化する光など、普段の東博の展示とは違ったアプローチで、鑑賞者がモノや空間と繊細に向かい合わざるを得ないような展示になっています。

 
自然光で撮影された写真を大胆にトリミングしたポスター
重要文化財 足形付土製品(部分) 新潟県村上市 上山遺跡出土 
縄文時代(後期)・前2000〜前1000年 東京国立博物館蔵 撮影:畠山直哉

第2会場の本館特別5室には、当館所蔵の考古作品が入った展示ケースがいくつか設置されています。


低い。地面に置かれている感覚に近い低さ。
「内藤礼 生まれておいで 生きておいで」第2会場
撮影:畠山直哉

写真を見てお気づきのように、これらの展示ケースは普段の東博の展示では考えられないほど低く設置されています。
この低い展示ケースで見る作品は、見やすい高さに設置された通常の展示ケースで見る場合と全く印象が違います。
地面を見下ろすような鑑賞は、足形付きの土製品が足跡に見えるような新鮮な感覚を覚えます。
(足形付土製品:https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/J-38391?locale=ja)
この職員や監視スタッフを心配させるほど低く設置された展示ケースですが、うっかり接触しても簡単には動かないようにしたり、地震から守るための免震装置を設置したり、しっかりと安全対策も行なっています。
このために用意した免震装置は、数ミリしかない超薄型のものを使用しています。
高い天井の空間を使った作品も本展の見どころです。見下ろしたり、見上げたり、さまざまな視点で展示を楽しんでみてください。


展示ケースと床の間に設置された超薄型の免震装置

また特別5室は、東西の窓のシャッターを数十年ぶりに開放して自然光のみで展示しています。
天候や時間によって光が常に変化するので作品の印象が見るたびに違います。

展覧会の準備のためにシャッターを開けた時に、西と東で窓ガラスが違うことに気が付きました。
東側は透明なガラス(竣工当時の製法であるフルコール法やコルバーン法で作られた板ガラス。波打つ歪みが美しい)、西側は曇りガラスになっています。
これは西日の強い光を抑える設計だと考えられます。


(左)東側窓ガラス (右)西側のガラス

展示は、何を、どこに、どう置き、どう光を当てるかで感じ方が全く変わるものです。
本展はそれを様々な面で強く感じる展示です。本展でたくさんの「違い」を感じて得た視点で、総合文化展を見ると、また新しい発見があるかもしれません。
内藤礼展は、比較的ゆったりしている平日の午前中がおすすめです。

カテゴリ:「内藤礼」

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posted by 荻堂正博(デザイン室) at 2024年07月10日 (水)

 

わたしのカミは左利き?

「十年一昔」といいますから「二昔」前のことですが、「紀伊山地の霊場と参詣道(さんけいみち)」として、奈良県の吉野・大峯(おおみね)、和歌山県の熊野及び高野山を中心とする地域が、平成16年(2004年)に世界文化遺産に登録されました。アテネでオリンピックが開催され、樋口一葉、野口英世のお札が登場し、微笑(ほほえ)みの貴公子・ヨン様が日本を席巻した年です。

私は初任地である奈良国立博物館にこの年に採用されましたので、今年で在職20年ということになります。それを記念して・・・ではなく、勝手に世界遺産登録20年記念に便乗した企画なのですが、特集「吉野と熊野―山岳霊場の遺宝―」という小さな展示の企画・構成を担当し、現在本館14室で開催しております(2024年7月15日(月・祝)まで)。
当館が所蔵する金峯山経塚(きんぷせんきょうづか)出土品、那智山(なちさん)経塚出土品の一群に、奈良・大峯山寺(おおみねさんじ)から寄託されている大峯山頂出土品を加えた構成で、普段はお目にかけないようなもの(図1・2)も展示してますが、吉野・大峯信仰を代表する蔵王権現(ざおうごんげん)像が多数展示されているのが目を引くことと思います(図3)。

 

(図1)永承七年銘金具残片(えいしょうしちねんめいかなぐざんぺん)
奈良県吉野郡天川村金峯山出土 平安時代・12世紀
永承七年銘金具残片の裏面
会場では裏面を展示しています。

 


(図2)重要文化財 鉄錠(てつじょう)
奈良県吉野郡天川村 大峯山頂遺跡出土 平安時代・12世紀 奈良・大峯山寺蔵



(図3)特集「吉野と熊野―山岳霊場の遺宝―」(本館14室)の展示風景

蔵王権現は日本で創出された修験道(しゅげんどう)独自の尊格で、「権現」(仮の姿で現れる)と記されるように、インド以来の仏教の仏が変化(へんげ)した存在で、釈迦(しゃか)、千手観音(せんじゅかんのん)、弥勒(みろく)の三つの仏尊の徳を合わせ持つとされています。役行者(えんのぎょうじゃ)が金峯山で修行中に、過去の存在である釈迦、現在の存在である千手観音(阿弥陀の化身)、未来の存在である弥勒に続き、盤石(ばんじゃく)の中から涌出(ゆじゅつ)したとされており、過去・現在・未来を司る特別な存在と目されています。その姿についてはインド由来の仏のように経典に記されてはいないのですが、南北朝時代に記された『金峯山秘密伝(きんぷせんひみつでん)』という書物には次のように記されています。
「顔が一つ、目が三つ、腕は二つで、色は青黒く、顔は忿怒(ふんぬ)の形相(ぎょうそう)。頭に三鈷冠(さんこかん)をいただき、左手は剣印(けんいん)を結んで腰に置き、右手は三鈷杵(さんこしょ)を持って頂上に上げ、左足は盤石を踏みしめ、右足は空中を踏む」(図4)


(図4)重要文化財 銅板鋳出蔵王権現像(どうばんちゅうしゅつざおうごんげんぞう)
奈良県吉野郡天川村 大峯山頂遺跡出土 平安時代・11~12世紀 奈良・大峯山寺蔵


なるほど、涌(わ)いて出てきただけあってなかなか大胆なポーズで、思わず真似してみたくなります。右手に邪悪なものを破砕する三鈷杵を持つので、きっと右利きなのでしょう。昔の人はだいたい右利きです。右手でさっと抜けるよう、刀は左腰に帯びました。
金峯山寺蔵王堂(本堂)には秘仏の巨大な蔵王権現像が3体並んでいますが、揃って右手・右足を上げています。同じ姿の仏像が3体並ぶ(しかも大きい)のはなかなかおもしろいものです。

ところが会場を眺めると、逆向きの方がいらっしゃいます(図5・6)。しかも複数。 左右を間違えて作ってしまったのでしょうか。それとも鏡に映した姿でしょうか。

 

(図5)重要文化財 銅板鋳出蔵王権現像(どうばんちゅうしゅつざおうごんげんぞう)
奈良県吉野郡天川村 大峯山頂遺跡出土 平安時代・12世紀 奈良・大峯山寺蔵
(図6)重要美術品 銅板鎚出蔵王権現像(どうばんついしゅつざおうごんげんぞう)
奈良県吉野郡天川村金峯山出土 平安時代・12世紀

 

密教(みっきょう)では鏡に尊像を思い浮かべる修行があり、そこから派生して鏡に尊像を彫り表したのが鏡像(きょうぞう)ですので、鏡に映した姿を表したと考えることもできますが、他の尊像ではこうした例はまずありません。私も解説などを書いていてよく間違えるので、同じような人がやっぱり間違えちゃったのかなとも思われるのですが、実は蔵王権現は、元は左右一対(いっつい)で表されることもあったと考えられています。
滋賀・石山寺には蔵王権現のような形の奈良時代の仏像の心木(しんぎ)があります。この石山寺の当初(奈良時代)の本尊の姿を描いたと考えられる平安時代の図像(図7)が残っていて、それを見ると本尊・如意輪(にょいりん)観音(二臂・半跏踏み下げの古い形式)の向かって右下に蔵王権現のような姿の天部形(てんぶぎょう)、向かって左下にそれを反転させた姿の天部形が描かれています。


(図7)重要文化財 諸観音図像(しょかんのんずぞう) 第17紙 如意輪観音(部分)
平安時代・12世紀 奈良国立博物館蔵
(画像提供:奈良国立博物館)


蔵王権現のルーツについては、はっきりとは解明されていないのですが、この金剛力士(こんごうりきし、仁王)と思われる如意輪観音の脇侍(わきじ)も起源の一つと考えられていて、それを踏まえると、対(つい)になるように左手・左足を上げた方もいらっしゃったということになります。当時の礼拝法もよくわかってはいないのですが、石山寺と同じように左右向かい合うようにして用いられた可能性も考えられますし、古い形式が残ったことも考えられます。

いずれにしろ、左利きの蔵王権現は、左右を間違えちゃったわけではなく、ちゃんと由緒を持った姿ということが確かめられるのですね。
私は野球世代なので、希少な左利きには憧れがありました(右利きです)。投げる方はダメでしたが、打つ方は時々左で打ってみたりして、中日ファンだったので、打席でバットをグルグル回す田尾選手の真似をしてみたり、構えた時にお尻をキュッと投手の方へ向ける谷沢選手の真似をしてみたり・・・。
恐らく希少な存在の、左利きの蔵王権現がどのように見られてきたことか・・・。 仏様の前でポーズは取ってみなかったとは思いますが、気になるところではあります。

 

カテゴリ:特集・特別公開工芸

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posted by 清水健(工芸室) at 2024年07月04日 (木)

 

「内藤礼 生まれておいで 生きておいで」開幕

6月25日(火)、「内藤礼 生まれておいで 生きておいで」が開幕しました。(9月23日(月・休) まで)

本展は、会場が「平成館企画展示室」「本館特別5室」「本館1階ラウンジ」の3か所に分かれています。

ご覧いただきたい順路をご説明します。

まずは第1会場の「平成館企画展示室」へ。
東京国立博物館の正門プラザを通って入館したら、平成館へ向かいます。

東京国立博物館の入口を入ったところの画像。表慶館側に向かいます。

表慶館側の通路を道なりに進んでいる画像

表慶館側の通路をまっすぐ進んだ先に見えてきた平成館の画像

平成館エントランスにお入りいただいたら、右手にお進みください。

 平成館エントランスを入ったところの画像

第1会場の「平成館企画展示室」が見えてきます。手前側の出入口からお入りください。

企画展示室前の画像

第1会場の反対側の出入口を出て、第2会場の「本館特別5室」へ向かいます。

企画展示室を出たところの画像

第1会場を出て、すぐに右手に曲がります。(ここが少しわかりづらいですが、画像のとおり、案内看板があります。)         

企画展示室を出て右に曲がった時の画像

本館へ繋がる連絡通路へ、道なりにお進みください。

平成館と本館を繋ぐ連絡通路の画像

連絡通路の左に曲がる箇所を示した画像

本館に入って、すぐ右手にある本館18室を目指します。

連絡通路の先に見えてきた本館18室の入口を示す画像

本館18室「近代の美術」の展示室を進みます。

本館18室の入口のアップ画像

本館18室の展示室内をまっすぐ進んでいる画像

本館18室の左側の出口を示す画像

本館18室「近代の美術」の1番奥まで進み、左手の出入口を出て、そのまままっすぐ本館特別4室にお進みください。

(または本館19室を経て、ミュージアムショップを通り抜けることも出来ます。)

本館18室から本館特別3室に向かっている画像

特別3室をまっすぐ進んでいる画像

特別4室を抜けると、本館エントランスに出ます。

特別3室の出口で左に曲がることを示す画像

左手に第2会場「本館特別5室」が見えてきます。

本館エントランスの特別5室の入口画像

第2会場、特別5室の入口に入っていく画像

第2会場に入った時とは反対側の出入口から出たら、右手に見える大階段を横切り、来た道と同じ道を戻ります。

(左手側の本館11室~15室を道なりに進み、第3会場へ行くこともできます)

特別5室を出て大階段側に進んでいる画像

大階段を横切って、順路を戻り特別3室に向かう画像

先ほどの順路を戻り本館18室の出口へ向かう画像

本館18室「近代の美術」を再びまっすぐ進んだら、右手に曲がります。

本館18室の出口のアップ画像

本館16室「アイヌと琉球」の展示室を奥まで進むと、第3会場「本館1階ラウンジ」へ。

右に曲がり本館16室へ入室することを示す画像

本館16室の展示室内をまっすぐ進むことを示す画像

自動ドアを抜けて本館1階ラウンジに進んでいる画像

館内が広く、じっくりとご覧いただきたいので、ぜひ時間に余裕をもってのご来館をおすすめします。

本展を堪能されると、なんだかすっきりとして、目の前の曇りが晴れてくるような気持ちになります。第3会場を出たあと、この眼差しで見た総合文化展の作品は、どのように見えてくるでしょうか。
もしかしたら、今までとはまた違った見え方で浮かび上がってくるかもしれません。

本館特別5室では、長年閉ざされていた大開口の鎧戸を開放しました。お天気によって見え方がまったく変わりますので、日時や時間を変えて、何度か見てみると、また新たな表情が見えてくるかもしれません。


本館特別5室 長年閉ざされていた大開口の鎧戸の様子

本展は、9月7日より銀座メゾンエルメス フォーラムで開催される同名展覧会(2025年1月13日まで)の空間へと続き、再び本展へと戻るという構成です。

どんな風に繋がるのか、私たちも今からとても楽しみにしています。

カテゴリ:「内藤礼」

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posted by 東京国立博物館広報室 at 2024年06月27日 (木)

 

神護寺散歩

創建1200年記念 特別展「神護寺―空海と真言密教のはじまり」(2024年7月17日~9月8日)の開幕まで、いよいよあと1か月。


正門前に設置された神護寺展の看板

前回のブログでは展覧会のみどころについてご覧いただきました。
今回は「神護寺」についてご紹介します。

京都市右京区の高雄にある神護寺は、紅葉の名所として古くから知られてきました。


京都市地図

国宝「観楓図屛風」には清滝(きよたき)川のほとりで紅葉狩りを楽しむ人々とともに、神護寺の伽藍(がらん)が描かれています。

国宝 観楓図屛風(かんぷうずびょうぶ) 
狩野秀頼筆 室町~安土桃山時代・16世紀 東京国立博物館蔵 前期展示(7月17日~8月12日)

京都駅から西北へバスで約1時間、山道(やまみち)を進むと最寄りのバス停「高雄駅」へ到着します。
「高雄駅」バス停

今の時期は新緑がまぶしく、秋とはまた違った美しさがあります。

清滝川に架かる高雄橋を渡り...


参道の長い石段を登りきると...

ようやく神護寺の入り口、楼門(ろうもん)にたどり着きます。

楼門

広い境内を進むと、その先に金堂があります。



金堂

金堂には神護寺のご本尊である国宝「薬師如来立像」がいらっしゃいます。

国宝 薬師如来立像(やくしにょらいりゅうぞう) 
平安時代・8~9世紀 京都・神護寺蔵 通期展示

1200年以上の歴史を持つ神護寺は、和気清麻呂(わけのきよまろ)が建立した高雄山寺(たかおさんじ)を起源とします。
天長元年(824)には、高雄山寺と、同じく清麻呂が建立した神願寺(じんがんじ)というふたつの寺院がひとつになり、正式に密教寺院として神護国祚真言寺(じんごこくそしんごんじ、略して神護寺)が誕生します。

神護寺の前身寺院にまつられていた「薬師如来立像」を本尊として迎えたのが、高雄山寺を拠点として活動をしていた空海です。

重要文化財 弘法大師像(こうぼうだいしぞう) 
鎌倉時代・14世紀 京都・神護寺蔵 通期展示
大師堂に本尊としてまつられている秘仏です


大師堂(だいしどう)
空海が住んだ納涼房(どうりょうぼう)に由来する建物

厳しく威厳のあるお顔、そして重量感あふれるご本尊。
日本彫刻史上の最高傑作です。

国宝 薬師如来立像(部分)

特別展「神護寺―空海と真言密教のはじまり」は、お寺以外でご本尊の荘厳さにふれていただく初の機会となります。
まさに1200年越しの奇跡といえるでしょう。

さて、金堂の先に進むと、神護寺名物の厄除け祈願「かわらけ投げ」を体験できます。


遠くへ投げ、その先で割れると厄除けになるといわれています



かわらけとは素焼きの盃(さかずき)のこと


眼下には清滝川が見えます

ご紹介したのはほんの一部ですが、神護寺の神聖な雰囲気を感じていただけたでしょうか。

神護寺展では国宝「薬師如来立像」を初め、空海が唐から請来(しょうらい)した曼荼羅をもとに制作された4m四方の国宝「両界曼荼羅(高雄曼荼羅)」など、空海が生きた時代を感じさせる名品をご紹介します。

国宝 両界曼荼羅(高雄曼荼羅)(りょうかいまんだら、たかおまんだら)
平安時代・9世紀 京都・神護寺蔵 左の【金剛界】は後期展示(8月14日~9月8日)、右の【胎蔵界】は前期展示(7月17日~8月12日)

調査により、紫根(しこん)という高価な染料が使われていたことが分かりました

また、「赤釈迦(あかしゃか)」の名で知られる国宝「釈迦如来像」、日本で最も有名な肖像画のひとつである国宝「伝源頼朝像」といった、神護寺に受け継がれる寺宝の数々を一堂に展示します。

国宝 釈迦如来像(しゃかにょらいぞう) 
平安時代・12世紀 京都・神護寺蔵 後期展示(8月14日~9月8日)
 
鮮やかな衣には細かく切った金箔がキラキラと輝いています


国宝 伝源頼朝像(でんみなもとのよりともぞう) 
鎌倉時代・13世紀 京都・神護寺蔵 前期展示(7月17日~8月12日)

前期には国宝「伝平重盛像」、国宝「伝藤原光能像」とともに三像揃って展示します

本展は半世紀ぶりに開催される神護寺展です。

現在前売り券を販売しています。シンガーソングライターのさだまさしさん、「ルパン三世」峰不二子役や、「HUNTER × HUNTER」クラピカ役などでおなじみの沢城みゆきさん(声優)が出演する音声ガイド付き前売り券も注目です!

特別展「神護寺―空海と真言密教のはじまり」 公式サイト

この夏、1200年を超える歴史の荒波を乗り越え伝わった、貴重な文化財を上野でご覧ください。

そして、ぜひ神護寺にも足をお運びください!

五大堂と毘沙門堂


 

 

カテゴリ:news彫刻絵画工芸「神護寺」

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posted by 宮尾美奈子(広報室) at 2024年06月17日 (月)

 

特集「親と子のギャラリー よりそう動物たち」みどころ(2) 担当室員が選ぶ、おすすめ作品

こんにちは。教育講座室の横山です。
6月16日(日)まで、特集「親と子のギャラリー よりそう動物たち ―家族、仲間のすがたとかたち―」(本館2階特別2室)を開催しています。


特集「親と子のギャラリー よりそう動物たち ―家族、仲間のすがたとかたち―」の展示風景

前回のブログ(特集「親と子のギャラリー ―よりそう動物たち」みどころ(1))では、この特集展示の開催背景にあたる恩賜上野動物園、国立科学博物館との三館園連携企画についてと、5月に実施した特別講演会の様子をご紹介しました。

今回は、みどころ(2)として、現在展示中の作品のなかから、私たち教育講座室員が選ぶおすすめ(推し)の作品をそれぞれご紹介したいと思います。

 
―――
 

推し作品 その1:「猿図(さるず)」
サルたちの個性的な表情、ほのかなグラデーションのついた肌の色合い、ふわふわで空気にとけていくような毛並み。濃い墨と薄い墨、そしてわずかな色彩を効果的に使うことで、今にも動き出しそうなサルの姿を描いています。


猿図 森狙仙筆    江戸時代・19世紀 亡九鬼隆一郎相続財産法人寄贈 

作者の森狙仙(もりそせん、1747-1821)は大阪を中心に活動した人で、日本に渡ってきた中国人画家・沈南蘋(しんなんぴん)や、京都で活躍していた円山応挙(まるやまおうきょ)などの影響を受けて、目で見える様子をそのまま絵に表すような、いわゆる写実的表現を好んで用いました。実は「猿の絵の名手」で知られていて、人生で描いた作品の多くがサルを題材にしていたそうです。
改めて作品をみると、サルの姿だけでなく、親子の表情や、仲間との距離感などもよく観察して描いていることに気が付きます。
繊細な毛並みの表現には、サルたちへの愛情があふれているように感じませんか?
特に、登場している3匹のサルのうち、下にいるサルの表情にご注目ください。
歯茎がみえるほど口を大きく開けたサルが、大きな声で上の親子猿に声をかけているように見えますが…

上野動物園の動物解説員、小泉祐里さんによると、このサルの表情は、力関係が下のものが見せる弱気な表情なのだとか。
私はてっきり「ねえ、その虫、見せてよー!」という表情なのかと思っていましたが、そうではなく、「とられてしまって悲しい、悔しい、でもしょうがない…」というイメージのようです。
日ごろからサルたちをよく観察していた狙仙が、彼らの関係性を理解した上で作画なのかもしれません。

猿図(部分)
猿図(部分)
 
3館園の企画では、上野動物園や国立科学博物館の皆様と意見交換をしながら作品を考えるので、それまで思ってもみなかったような発想や新しい発見がたくさんあります。
今回もテーマに併せて伺ったお話をいくつかパネルにしていますので、こちらもぜひ会場でご覧になってみてください。
(教育講座室長/日本絵画担当・金井裕子)
 

動物園、科博コラボ解説のパネル
 
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推し作品 その2:「緑釉羊圏(りょくゆうようけん)」
「ヒツジは肉も毛も有効活用でき」(作品解説より引用)、何よりモフモフで群れる様が愛らしい生き物です。
こちらは副葬品としてお墓に埋葬するために作られた焼き物で、ヒツジたちと一緒なら死後の寂しさも和らぎそうです。
孤独な死後の世界を副葬品で彩ろうとした2000年前の中国の人びとに思いを馳せると、まさにこのヒツジたちは「よりそう動物たち」なのかもしれません。私のお気に入りは、入口から覗いて「どのヒツジの顔が見えるかな?」と低めの視点からの鑑賞です。
(教育講座室アソシエイトフェロー・山本桃子)

(上からみたところ)
(入口からみたところ)

緑釉羊圏 中国    後漢時代・2~3世紀

 
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推し作品 その3:「袱紗 紺繻子地鼠大根米俵模様(ふくさ こんしゅすじねずみだいこんこめだわらもよう)」
皆さんはネズミというと、どのようなイメージを思い浮かべますか?
お祝いの品を贈るときに用いる掛袱紗(かけふくさ)である本作品には、繁殖力が強く子孫繁栄の縁起物としてネズミが描かれています。
ネズミは大黒様を助けたことから、神の使いとされています。京都のお寺では12月に、大根焚き(だいこんたき)が行われます。これには「大根を食う(だいこくう)鼠」という意味があるようです。(私も京都に住んでいた際、大根焚きへ行ってきました。寒い中お寺に足を運んで、あつあつの大根を頂くのは心からほっこり温まります。)
大黒様は五穀豊穣の神であり、俵に乗っている姿がイメージされますが、大黒様をただ描くのではなく大黒様にまつわる縁起物のネズミや大根、俵などを描く吉祥文様が粋です。
(教育講座室事務補佐員・東間礼華)


袱紗 紺繻子地鼠大根米俵模様 江戸時代・18~19世紀    アンリー夫人寄贈

 
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推し作品 その4:「埴輪 子を背負う女子」
正面からみると、一人の女性の埴輪。でも、少し回って見てみると…後ろには小さな子どもがぴったり。子どもを背負っている様子があらわされています。
背負われた子どもの表情は何とも穏やかで、みているこちらも穏やかな気持ちになります。
こうした親子の埴輪自体珍しいようですが、考古研究員の話では女性のすぼめた口元のあらわし方も、あまり例がないとのこと。もしかしたら、子守唄をうたっているのかもしれません。
展示では「よりそう動物」としてヒトの表現にも着目していますが、時代を超えてもかわらない、親子のよりそいが感じられる一作です。
(教育講座室主任研究員・横山梓)

(斜め横からみたところ)
(こどものアップ)

埴輪 子を背負う女子 栃木県真岡市 鶏塚古墳出土 古墳時代・6世紀 橋本庄三郎氏寄贈

 
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いかがだったでしょうか。それぞれの「推し」ポイントが伝わりましたでしょうか。

展示構成を考えるときから、室内ではいろいろアイディアを出し合いながら作品を選定しています。
ですので本当は、「おすすめは全部!」と言いたいくらいに、ここではご紹介しきれなかった作品もみどころに富んだものばかりです。

ぜひ特集「親と子のギャラリー よりそう動物たち ―家族、仲間のすがたとかたち―」の展示会場でじっくりご鑑賞いただき、皆さんのお気に入りを見つけていただければ幸いです。

カテゴリ:特集・特別公開

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posted by 金井裕子、横山梓、山本桃子、東間礼華(教育講座室) at 2024年06月11日 (火)