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特別展「東福寺」その1 忘れられたスーパー絵仏師・明兆の逆襲

こんにちは、現在開催中の特別展「東福寺」を担当しました研究員の高橋真作です。
この展覧会では南北朝時代から室町時代に活躍した伝説の絵仏師・吉山明兆(きっさんみんちょう・1352~1431)に焦点を当てています。
東福寺内で仏堂の荘厳などを行う殿司(でんす)を務めたことから「兆殿司(ちょうでんす)」とも通称され、巨大な伽藍に相応しい巨幅や連幅を数多く手がけました。


明兆自画像模本 住吉広行筆 
江戸時代・天明5年(1785) 京都・東福寺蔵

明兆は、同時代のみならず江戸時代に至るまで、かの雪舟(せっしゅう・1420~1506?)に勝るとも劣らぬ人気と知名度がありました。
延宝6年(1679)に狩野永納が著した『本朝画史(ほんちょうがし)』という書物には、400人近くの画人伝が収録されていますが、そのなかで突出して記述量が多いのが、雪舟と狩野元信、そして明兆の3人です。
これがそのまま近世における絵師の評価といってよいものですが、にもかかわらず、現在はすっかり明兆の名は忘れ去られています。なぜなのでしょうか?
「雪舟の影に隠れてしまった」という言い方もできるかと思いますが、今回のブログではそのあたりをもう少し掘り下げてみましょう。

明治時代以降に美術史という学問が形成されていくにつれて、それまで長らく「和と漢」で語られてきた枠組みが、「和と洋」あるいは「東洋と西洋」に大きく変換します。
そのなかで、「西洋美術」に対峙できるだけの「東洋美術」や「日本美術」の独自性と優秀性をアピールできる分野や作品を見出すことが必要となっていきました。
そこでクローズアップされたのが、東洋美術の粋たる「水墨画」であり、さらにそのなかでもとくに芸術性が評価されたのが「山水画」でした。
近代以降も雪舟が崇められ続けた理由は、おそらくここにあります。
何といっても雪舟は、国宝「秋冬山水図」(東京国立博物館蔵)や国宝「破墨山水図」(同)など、山水画を数多く手がけた画家だったのです。

 
国宝 秋冬山水図 雪舟等楊筆 
室町時代・15世紀末~16世紀初 東京国立博物館蔵
(注)特別展「東福寺」では展示されておりません。


それに対して明兆の場合、きちんとコンセンサスが取れている山水画作例は残されていません。あくまでも明兆は、仏画を専門とする「絵仏師」だったのです。
ここでさらに明兆忘却に追い打ちをかけたのが、「室町仏画の評価の低迷」です。

仏画の評価基準は、よくスポーツ選手やアスリートに例えられます。
平安時代の仏画作品が絶頂期で、鎌倉時代は一流を保つものの、南北朝時代に入ると落ち目となり、室町時代はほぼ引退、というように。
近年ではこうした見方に対して見直しが進んでいますが、このように長らく続いた評価基準が一朝一夕に修正されるわけではありません。
そんなわけで、室町仏画の停滞と歩調を合わせるように、明兆の名前が埋もれてしまったのです。

今回の特別展は、そんな明兆の名声と実力を再び世に知らしめる「復権」の場となるべく、代表的な明兆作品をずらりと展観しています。
言ってみれば、「明兆の逆襲」。もとい、有名なアニメ映画になぞらえるならば、「逆襲の明兆」とも呼ぶべき展覧会なのです。

例えば4月9日(日)までの展示でご覧いただいた、重要文化財「達磨・蝦蟇鉄拐図(だるま・がまてっかいず)」は、問答無用で「すごい!」として驚嘆してしまうほどのド迫力に満ち満ちた作品。
くるくると自由奔放にひるがえる達磨のグラフィカルな衣文線もさることながら、蝦蟇と鉄拐のうっとりするほど流麗な毛髪表現にも驚かされます。


重要文化財 達磨・蝦蟇鉄拐図 吉山明兆筆
室町時代・15世紀 京都・東福寺蔵
(注)すでに本作品の展示は終了しました。


また、若き明兆が描いた畢生(ひっせい)の大作・重要文化財「五百羅漢図(ごひゃくらかんず)」は本展のメインを飾る作品。
1幅に10人の羅漢を描き全50幅で完結する大部の作で、14年にわたる大規模修理により、極彩色の壮麗な画面が鮮やかに甦りました。じつは今回の展覧会も、この「五百羅漢図」の修理完成を記念して開催するもの。
これまでカラー図版さえ出回っていなかった明兆の五百羅漢図は、大げさな言い方をすれば、秘密のベールに包まれた作品でした。
本展で初めてその全貌が明らかとなるのですから、これを見逃すわけにはいきません。


重要文化財 五百羅漢図 第45号 吉山明兆筆 
南北朝時代・至徳3年(1386) 京都・東福寺蔵


さらに本展では、明兆作品のポップな要素に導かれながら、五百羅漢図の世界観を存分に味わってもらうべく、4コマ漫画解説もつけています。ぜひ会場でお楽しみください。


第45号漫画解説。展示室ではこのほかの幅の漫画解説もご覧いただけます。

そして、3メートルを優に超える重要文化財「白衣観音図(びゃくえかんのんず)」は、あたかもRPG(ロールプレイングゲーム)のラスボスを思わせるような、すさまじい存在感を放つ大作です。
岩窟のなかで瞑想する観音はほぼ等身大。この絵に立つと、まるで神秘的な観音ワールドに引きずりこまれるような、有無を言わさぬ空間支配力に圧倒されます。
これを描いたとき、おそらく明兆は70代。最晩年でありながらも、その描法は何ともダイナミックでエネルギッシュです。


重要文化財 白衣観音図 吉山明兆筆 
室町時代・15世紀 京都・東福寺蔵


そしてあまりに大きすぎて東博の展示室でも展示することが叶わなかった、縦11メートルを超える重要文化財「大涅槃図(だいねはんず)」も、5月7日(日)まで京都・東福寺で公開中です。
本展が、明兆がかつて得てきた名声を取り戻すきっかけとなることを願っています。
雪舟に負けるな、明兆!
 

カテゴリ:絵画「東福寺」

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posted by 高橋 真作(特別展室研究員) at 2023年04月21日 (金)