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高校生のための学芸員体験―次の150年にも、伝えていくために

東京国立博物館では2023年3月末まで、引き続き150周年記念事業を行っていきます。
今回は、昨年その一環として行われたプログラムの活動記録をお届けします。
次世代を担う高校生の皆さんに、博物館の専門家である学芸員の業務の一端を体験してもらいたい。そして文化財を守り伝えるという博物館の役割や、伝えようとしている人たちの思いを知ってもらいたい。
そんな願いから、2022年10月1日(土)・2日(日)、「きて、みて、さわって! 高校生のための学芸員体験」を実施しました。

「きて」みる
参加してくれたのは、全国から公募で集まった9人の高校生です。今回のプログラムのキーワードは、「きて、みて、さわって」。博物館に「きて」、作品をよく「みて」、そして、実際に「さわって」扱ってみることです。
博物館にきてくれた皆さんの動機は実にさまざまでした。将来博物館で働きたい、社会科の教師になりたい、文化財の保存修復に興味がある、日本画を学んでいる…。
でも、作品を眺めるのが好き、博物館や美術館という空間が好き、という思いは共通でした。

「さわって」みる
学芸員といえば、何より文化財を「さわる」のが仕事だと思われる方も多いと思います。実際に学芸員はさまざまな形や素材の文化財を取り扱うのですが、今回は陶磁器、絵画(屛風と掛軸)の取り扱いを体験しました(注・それぞれレプリカを使用しました)。
講師は、各分野の研究員(注・東京国立博物館では学芸員のことを「研究員」と呼びます)。何に気を配り、どう扱うのか、そこにはどんな意味があるのか。研究員から説明と実演があった後、順番に体験していきます。
屛風は、絵の描かれている本紙に触れてはいけない、引きずってはいけない。でも、「思ったより重い…」。 掛軸をそろりそろりと広げては、巻きあげる。「あれ、気をつけているはずなのにどちらかに寄っていってしまう」。 お茶碗をいれた仕覆(しふく)の紐の結び方、「何度も見たのに、順番がわからなくなってきた…!」 大丈夫、今日すべてができるようになる必要はありません。大切なのは、一つ一つ細かい所作が決まっていて、そこには、文化財を守るためという理由があるということを理解することです。
150年先にも文化財を伝えていくために、普段からどんなことに気をつけているか、研究員の真摯な思いをダイレクトに感じられる時間でした。

 
アドバイスを受けながら慎重に取り扱います

「みて」みる
もう一つのキーワードである「みる」ことは、作品鑑賞の基本であるとともに、学芸員の研究の根幹です。まずは、展示室の中とは違う見方を体験しました。
教育普及担当の研究員と「松林図屛風」(原品:国宝 長谷川等伯筆 安土桃山時代・16世紀)の高精細複製品を見ながら、気づいたことを言葉にしていきます。作品と自分との間にガラスケースはありません。近くに寄ったり、遠くに離れたりしながら絵をじっくり見て、お互いの意見をききながら、自分なりの見方をみつける。そこに描かれた季節、音、空気などを感じていく、そんな体験をしてもらいました。
 

対話をしながら絵の世界に入っていきます

次に、明かりを変化させながら、見え方の違いを感じます。まず真っ暗な夜を再現。行燈を模した照明を少しずつ明るくしていき、最後に自然光のみで屛風を見ます。畳に座り、時間の流れによる光の違いをじっくりと味わいました。
 

作られた当時、人々はこんなふうに作品を見ていたのかもしれません

「伝えて」みる
最後に、活動の集大成として、自分たちが見たり、さわったりして得たことを、誰かに「伝える」という体験をしました。博物館では作品の魅力を伝えるために、音声ガイドやギャラリートークなどさまざまな形をとりますが、今回は展示室に置くパネルの作成にチャレンジします。作品は、重要文化財「蔦の細道図屏風」(深江芦舟筆 江戸時代・18世紀)と、「源氏物語図屏風(明石・蓬生)」(筆者不詳 安土桃山時代・16世紀)です。
「それぞれの作品の見どころって、なんだろう?」 ここでも、基本となるのは「みる」ことです。展示室に行く前に、作品の画像をプリントアウトしたものを見ながら、意見を交わします。「この人たちは、どこに向かっているんだろう」「季節はいつなのかな」、気づいたことを付箋に書き出していきます。
その後、いざ展示室で作品に向き合いました。「写真ではわからなかったけど、ここ、絵の具が盛り上がって見える!」「近くでみると、表情が変わる…」 本物を見て初めてわかることがたくさんあります。
 

第一印象を忘れないうちにメモメモ…

個々に作品をじっくり見た後には、グループごとに意見を交換しました。さらに、これらの作品にはどんなシーンが描かれているか、絵画の研究員が解説し、自分たちが見つけたことと照らし合わせます。そして、教育普及担当の研究員と一緒に、たくさんの見どころの中でも特にここを見てほしい! というポイントを絞り、「伝える」ために言葉をつむいでいきます。
今回は、約3週間後に控えたキッズデーでのパネル展示を目指し、対象を小学校高学年としました。「この作品のここが面白いよ」「こう見てみるのはどうかな」 ちょっと年上のお兄さん、お姉さんたちからのメッセージです。
 

研究員と一緒に、伝え方を考えます

実際に学芸員が展示をする時には、地道な作品の調査や研究がかかせません。残念ながら、今回の限られた活動期間ではその時間を組み込むことができませんでした。でも、作品の魅力を鑑賞者に伝えるという姿勢は、学芸員のそれと変わりません。どう表現したらよりメッセージが伝わるのか、質問をしたり、何度も書き直ししたりして、進めていきました。

…ここで、後日、完成したパネルが展示された時の様子を少しご紹介します。「高校生学芸員のおすすめポイント!」と題し、10月23日(日)から2週間、展示されました。
パネルと作品を交互に見ながら、「へ~そうなんだ」「確かにそう見えるね!」なんて声が聞こえてきました。高校生学芸員たちの思い、しっかり伝わったみたいです。

 

パネルと作品を交互に見ながら…

こうして、「きて、みて、さわって! 高校生のための学芸員体験」は終了しました。わくわくした気持ちで博物館に「くる」、じっくり「みる」、細心の注意をはらって「さわる」、そして、作品の魅力を「伝える」。短い中でも、学芸員のエッセンスが詰まった2日間でした。最後に参加しての感想を一言ずつ…
「将来学芸員になりたいという思いがますます高まった」
「別の博物館・美術館を訪れるのも楽しみになった」
「同じ興味をもつ同世代の仲間に出会えたことが嬉しかった」
そして、
「文化財を未来に伝えることの大切さを知った」
達成感と、充実感をにじませた笑顔がそこにありました。

作品の魅力を、たくさんの人たちに知ってもらえることが、間接的にその作品を守ることにつながると私たちは信じています。そして、未来に文化財を伝えることだと。
150年先にも、文化財とそれを守る人々の思いが伝わりますように。

カテゴリ:教育普及

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posted by 中村麻友美(教育普及室) at 2023年01月17日 (火)