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正倉院がまもり伝えた心

正倉院がまもり伝えた宝物(ほうもつ)は、奈良時代の工芸品や文書など、さまざまなものから構成されています。
そのなかには螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんのごげんびわ)のように高度な技法で華やかな意匠を表わしたものもあり、正倉院宝物については美術的なところに目をうばわれがちです。





正倉院宝物 螺鈿紫檀五絃琵琶 唐時代・8世紀 展示期間:~11/4(月・休)
『東大寺献物帳』に記載される楽器。高度な螺鈿技法で、華麗な宝相華(ほうそうげ)という花文様などが表わされています。
撥を受ける捍撥(かんばち)という部分には玳瑁(たいまい)を用いて、駱駝にまたがって琵琶を演奏するペルシア人の姿が螺鈿で表わされています。


もちろん、そのように眺めて古人(いにしえびと)と美意識を共有するのは大変素晴らしいことなのですが、正倉院宝物の価値については、やはり奈良時代の文化財が倉庫に納められて伝わったということを改めて強調しておきたく思います。

世界的にみても、1200年以上も昔のものというのは地中から出土するのが普通ですが、そのようなものが倉庫で保管して伝わったということは非常に珍しい出来事です。
そして、それらの宝物の核となっているのは、聖武天皇の御冥福を祈って光明皇后が東大寺の大仏に対して献納された亡き天皇の御遺愛の品々なのであり、それら献納品の目録も残されています。
それが『東大寺献物帳』(以下『献物帳』)または『国家珍宝帳』とよばれる目録です。





正倉院宝物 東大寺献物帳(国家珍宝帳) 奈良時代・天平勝宝8歳(756) 展示期間:~11/4(月・休)
巻頭には「太上天皇(聖武天皇)のために国家の珍宝などを喜捨して東大寺に入れる願文」と記されているので、『国家珍宝帳』ともいわれます。全面に「天皇御璽」の朱印が捺されています。
螺鈿紫檀五絃琵琶については「亀甲鈿捍撥」と注記をしています。巻末には光明皇后の悲しみの気持ちが記されています。


『献物帳』は15メートルにも及ぶ長大な巻物ですが、驚くべきことに全巻を広げてもまったく曲がらず、ピーーーンとまっすぐに延びます。
全巻にわたって活字のように端正な楷書で六百数十点の献納された品々が記されており、それぞれの名称、寸法、材質などが記され、時には所持者の来歴なども記されています。
また、巻頭と巻末には光明皇后による願文が記されており、これらの品々が聖武天皇の御冥福を祈って奉納されたという経緯まで知れます。
そして、これらの内容が書き換えられることがないように、『献物帳』の全面に天皇御璽が捺されています。
これが考古学の発掘などで見つかった出土品であれば、学者がもったいぶって、当時の人が思いもよらないような名前をつけるところですが、『献物帳』に記載されている品々については当時の名前が正しく分かるということです。
そのような『献物帳』ですが、私はこの『献物帳』が伝えるものとして、古人の心を挙げておきたく思います。

『献物帳』の願文には、光明皇后の「末永く喜びをともにしましょうと言っていたのに」という思い出や「聖武天皇が御愛用された品々を見ていると、なつかしい日々を思い出して泣き崩れてしまいます」という悲しみが記されています。
遠い昔の歴史上の人々であったとしても、同じ人間であれば、愛する人を失った悲しみには変わりがありません。ここに私たちは古人と心を通わすことができるように思われます。

 

カテゴリ:2019年度の特別展

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posted by 猪熊兼樹(特別展室長) at 2019年10月30日 (水)