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本館14室の特集「能面 創作と写し」はご覧になりましたか?

能面の歴史は不明な点も少なくありませんが、室町時代までは「創作の時代」、安土桃山時代以降は「写しの時代」とおおよそ区分できます。
その分岐点は豊臣秀吉。秀吉は能を熱狂的に愛好しました。そして、大名の間で能を観るだけでなく、演じることが流行しました。
すると能面の需要が大幅に増え、観世、宝生、金春、金剛等の宗家に伝来した古い面を写し、所有するようになったのです。これが「写しの時代」です。
この写しは、能面を鑑賞するうえで重要なポイントになのですが、今回の特集「日本の仮面 能面 創作と写し」(本館14室、2015年1月12日(月・祝)まで)のように創作の時代の面とその写し、あるいは同じ面の複数の写しを展示して、写しのあり様をご覧いただく機会はあまりありませんでした。
いくつか見どころをご紹介します。
例えば鼻瘤悪尉(はなこぶあくじょう)を見てください。

鼻瘤悪尉
(左) 能面 鼻瘤悪尉  室町~安土桃山時代・16世紀
(右) 能面 鼻瘤悪尉「杢之助打」朱書  江戸時代・17~18世紀


額や眉間の皺もそっくりです。裏面も注目してください(展示では小さな写真で示しています)。

鼻瘤悪尉 裏面

左の面の右上に「文蔵作」とあり、右の面には「文蔵作正写杢之助写」と書いてあります。
つまり、左の面の写しが右の面です。
額の裏のノミ跡、左目の外側と上の2ヵ所にある布の貼り方などまでそっくりです。左の面の布貼りは亀裂か割れを補修したものですが、右の写しは忠実に写すために割れていないのに布を貼っているのです。
能の観客から見えない裏、しかも補修跡まで写されていることがあるのです。


つぎは曲見(しゃくみ)という面です。
 
曲見
(左) 重要文化財 能面 曲見 金春家伝来 室町時代・15~16世紀
(右) 重要文化財 能面 曲見 金春家伝来 江戸時代・17世紀

見分けがつかないくらい似ていますが左が創作、右が写しです。額の左右(右は眉の下、左はもう少し下)に傷があります。この傷も忠実に写しています。傷などない方がいいはずですが、すべてが大事な面と同じであることを求めたのでしょう。
このように能面では傷や剥落の様子も忠実に写すことがしばしば行われます。

今回展示している中に、雪の小面と呼ばれる面の写しが4面あります。雪の小面とは、豊臣秀吉が愛蔵していたと言われる雪月花の三つの小面のうちの一つです。現在は京都金剛家に所蔵されています。
写真は面打・河内の焼印「天下一河内」がある写しです。
 
雪の小面
(左) 重要文化財 能面 小面 「天下一河内」焼印 金春家伝来 江戸時代・17世紀
(右) 面裏


雪の小面の面裏には二つの大きな特徴があります。一つは両頬のあたりが焦げ茶色になること、
もう一つは鼻裏の刳りの右方にある肋骨状のノミ跡です。

小面の面裏
 
雪の小面を写した、河内の焼印のある小面にはこのほか面白い特徴があります。



鼻の頭に円形の傷です。
この傷は今回展示している「出目満昆」印と根来寺所蔵、二つの雪の小面の写しにも見られます。


(左) 重要文化財 能面 小面(鼻部分) 「出目満昆」焼印 金春家伝来  江戸時代・17~18世紀
(右) 能面 小面(鼻部分)  江戸時代・17~18世紀 和歌山・根来寺蔵

 
ところが、京都金剛家所蔵の雪の小面にはこれが見当たりません。それがなぜなのかはわかりません。また、今回展示している4面のうち1面にも見当たりません。
京都金剛家の雪の小面は塗り直しをして傷がかくれてしまったのでしょうか。

さらに今回出品していませんが、「天下一河内」の焼印がある「十六」の面裏に「雪の小面」と共通する特徴があるのも不思議です。「十六」は平敦盛の役に用いる男役の面ですから。
 

参考:能面 十六 「天下一河内」焼印 江戸時代・17世紀 ※今回は展示されていません

不明な点をこれから研究して解決すべく、調査を重ねています。その成果を公開してまいりますので、能面の展示にご注目ください。
 
 

カテゴリ:研究員のイチオシ特集・特別公開

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posted by 浅見龍介(京都国立博物館列品管理室長) at 2014年12月12日 (金)