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神技!台北 國立故宮博物院の「染織絵画」

世界4大博物館とも称される台北 國立故宮博物院。
その理由の1つは、中国美術の頂点といわれる宋時代の名品の数々が数多く所蔵されているからであり、書画や陶磁器の名品をご存知の方も多いことでしょう。しかし、その所蔵品の中に、織物や刺繍の名品があることをご存知の方は少ないのではないでしょうか。台北故宮を訪れる日本人は多くても、その展示室で、織物や刺繍の作品が展示されることはほとんどないのですから。
織物や刺繍といった染織作品は、すべて天然染料で染められていますので、光に当てすぎると褪色してしまいます。また、絹という脆弱な繊維素材でできていますので、完全な状態で後世に遺されることは大変に難しいものです。そういった保存の問題から、台北故宮で数少ない古い時代の染織を常時展示することはできないのでしょう。
実は、台北故宮でも見ることのできない織物や染物の名品が、東京国立博物館で開催中の「神品至宝」展では20点展示されています。今回は、当館での展示を逃しては見ることができないであろう素晴らしい名品を、このブログでしか見られない画像とともにご紹介します。



刺繍九羊啓泰図軸(ししゅうきゅうようけいたいずじく) 元時代 13~14世紀 台北 國立故宮博物院蔵
「九陽消寒、春回啓泰」という言葉を絵画的に表したもので、中国のお正月である「春節」に飾られるものです。春の到来とともに、九つの太陽が世の中をあまねく照らし、すべてのことが思い通りにかなうという意味があります。遠目には絵画のように見えますが、実は、すべて刺繍です。宋~元時代の絵画にもしばしば描かれた画題ですが、それを刺繍で表現した、という点にこの作品が制作された意図があります。
刺繍の技法は、背景の奇岩や地面などを彩る技法と、人物や羊などを表わす技法と大きく二つに分かれます。


刺繍九羊啓泰図軸(部分図)
背景の刺繍技法をアップにしました。織物のように見えますが、じつは、紗と呼ばれる織目に隙間がある薄手の絹地に、一目ひとめに色糸を刺す戳紗繍(たくしゃぬい)という中国独特の技法が用いられています。


刺繍九羊啓泰図軸(部分図)
中央の牧童の目や耳もすべて刺繍です。


刺繍九羊啓泰図軸(部分図)
牧童が着用する上着(袍)の胸には、龍の文様が!君子の証です。


刺繍九羊啓泰図軸(部分図)
牧童が持つ梅が枝の先に掛けられた鳥籠。鳥籠や鶯も細かく刺繍されています。

この時代、絵画は水墨画が主流でした。絵画はモノクロームですが、刺繍で表わされた絵画は、天然染料特有の透明感のある絹糸で彩られます。春節の慶事を華やかに飾ったことでしょう。




緙絲海屋添籌図軸(こくしかいおくてんちゅうずじく) 南宋時代 12~13世紀 台北 國立故宮博物院蔵

「緙絲」とは、日本でいう「綴織(つづれおり)」のことです。これも、遠目には絵画のように見えますが、実は絹糸で織られたものです。「緙絲」で絵画を表わすことは、唐時代より行われていましたが、その技術が最高に達したのは宋時代のこと。沈子蕃のような有名な作家もいます。この作品には、元時代の綾に記された賛があります。賛の主は元時代の文学者・虞集(1272〜1348)。「皆、宋時代の緙絲をまねるが、宋時代のものには及ばない。小さいながらすべてが備わっている。実に珍しく貴重な作品であるから、大切にするように」と述べています。


絲海屋添籌図軸(部分図)
3cm四方を拡大してみました。絹織物であることがお分かりいただけますでしょうか。




刺繍咸池浴日図軸 南宋時代 12~13世紀 台北 國立故宮博物院蔵
『淮南子』にある「日出于阳谷 浴于咸池(日は暘谷より出でて、咸池に浴す)」を刺繍で表しています。是非、ご覧いただきたいのが、絹糸の光沢と質感を活かした波の表現。




刺繍咸池浴日図軸(部分図)
微妙な色糸の変化や糸を刺す方向から生まれる流れなどを駆使し、絹の光沢が見事に生かされ、今にも動きそうな躍動感にみなぎっています。




刺繍西湖図帖 (全十図の内「平湖秋月」) 清時代 18世紀 台北 國立故宮博物院蔵
現在、無形文化遺産にもなっている名勝は、古くから中国では「西湖十景」として知られ、絵画に描かれ、詩にも詠まれました。これは、清の刺繍が最高の技術に達した乾隆帝の時代に制作されたもの。西湖が大好きだった乾隆帝が作らせたのかもしれません。




刺繍西湖図帖 (全十図の内「平湖秋月」部分図)
建物の柱の輪郭、松葉の1本1本まで、色糸で刺繍しています。拡大鏡を覗きながらでないと、こんな刺繍はできません。乾隆帝が1枚1枚繰りながら、その技の素晴らしさに微笑む姿が想像されます。


これら台北故宮の染織の特徴は絵画を織物や刺繍といった染織技術で表わした作品であること。明の董其昌は『筠清軒秘録』の中で、宋繍は「佳なるものは画にくらべ更にまさる」と述べました。素晴らしい「染織絵画」の数々が「神品至宝展」にせいぞろいしました。会場で、中国染織の本当のすごさを実感してください。


【参考文献】
國立故宮博物院 蒋復璁編『國立故宮博物院 緙絲・刺繍』学習研究社、1970年刊
※台北故宮に所蔵されているすべての染織作品が掲載されています。

 

カテゴリ:研究員のイチオシ2014年度の特別展

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posted by 小山弓弦葉(教育普及室長) at 2014年08月13日 (水)