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中国山水画の20世紀ブログ 第7回-「中国山水画の20世紀」のわがままな歩き方

「展覧会は自由に楽しんで下さい」という言い方を私たちはよくします。
その分野の専門家であれば、勉強のためにすべての作品をしっかりと「調査」していくように見るということもあるでしょう。
でも勉強となるとあまり楽しくないような、できるだけ自由に楽しんでいただきたい、
とりわけ「楽しむ」ということを大事にしていただけたらというのが、展覧会を作る側としての想いです。
ということで、今回の「中国山水画の20世紀 中国美術館名品展」、私自身がどのように楽しんだかを少しご紹介いたしましょう。

中国人と日本人の空間認識 -初期伊万里と景徳鎮窯青花で考えてみた
「中国山水画の20世紀」、近現代の山水画の名品、名品、名品が並んでいます。
この展覧会を見ながら思ったのが、
中国人のDNAには空間認識と構築性というものが、備わっているのではなかろうか、
ということでした。
私の専門は日本の焼物です。焼物の世界では中国と日本との関係を考えることがしばしば。
この展覧会を見て思い出したのが、初期伊万里と景徳鎮窯の山水が描かれた二枚の大皿でした。


染付山水図大鉢(左) 伊万里 17世紀 東京国立博物館蔵
(2012年10月10日(水)~2012年12月16日(日)本館13室にて展示予定)
青花山水人物図皿(右) 景徳鎮窯 17世紀 東京国立博物館蔵
(展示予定はありません)


ひとつは初期伊万里の大鉢。皿と言っておいて大鉢なのかと言われそうですが、大鉢です。
初期伊万里のように磁器を焼き始めたばかりの頃には、本当は大皿を作りたいのだけど、技術的に平たい皿形に作ることができなくて、大鉢として作るしかなったのです。
その形は小さな高台から斜めに広がるように立ち上がっています。そこに染付で山水図が描かれています。
もうひとつが中国の景徳鎮窯で焼かれた青花。こちらは平たい皿形です。
見込全面を使って山水人物図が描かれています。

同じ山水が描かれていると言いながら、両者には大きな違いがありますね。
中国の皿に描かれた山水はまさに山水図。絵の下の方から上に向かって次第に遠くなっていくという遠近法に従ってしっかりと描かれています。
一方の初期伊万里。こちらはかろうじて天地が分かるものの、右上の部分などは空から草が生えているように見えます。
これは、中央に向かって深くなる形状の大鉢を、ぐるぐる回しながら描いていったのでしょうか。空間認識という言葉はこの絵には無いような…。

景徳鎮窯の山水図、これが水墨画であったなら、というのが下の絵です。
手前の近景から上に行くに従って遠くなる。川岸、人、山、山、さらに遠くの山。
空間を認識した上で、しっかりと構築された世界が見えてきますね。



ちなみに、この画像は、皿の絵を変形させたものです。
空間認識に優れた景徳鎮窯の陶工は、おそらく四角形の画面に描かれた絵を皿の円形のキャンバスに見事に描き込んでいったのだと、これは中国人の持つ優れた空間認識と豊かな構築性のDNAがさせたのに違いないと思ったのでありました。


日本画の強い影響を受けた呉慶雲の作品から思ったこと -西洋画を学んだ日本画との比較など
博物館という所は耳学問にとても良いところで、いろんな分野の専門家が沢山いるので、それぞれの分野からの話を聞くことができます。
そこで得た耳学問によりますと、中国と日本の山水画には構築性に大きな違いがあるようです。
中国の山水画は近景から遠景へと、しっかりと描きこまれています。山々が描かれているとしたら、どの山が前にあり、どの山が遠いのかが、明解なのだというのです。
日本でも雪舟などは、流石に中国で学んだ人だけに、しっかりとした絵が描かれていて、国宝の秋冬山水図の冬の絵に出てくる一見不思議に思える画面中央にある縦の線も、良く見れば、遠景の手前にある断崖の表現であることが分かってきます。


国宝 秋冬山水図 冬図 雪舟等楊筆 室町時代・15世紀末~16世紀初 東京国立博物館蔵
(2013年1月16日(水)~2013年2月11日(月・祝)本館2室にて展示予定 )


ところが日本の多くの絵では、厳密なまでの構築性というのはあまり感じられないように思えます。絵巻や洛中洛外図屏風を思い浮かべていただきましょう。
空間の折り合いがつかなくなると、都合の良いことに金の雲がたなびいて来てくれます。困った時の金の雲。
構築性などという、難しいことは抜きにしようや、などとは言ってないと思いますが、なんとなく折り合いがついていく、独特な自由な気分というものが日本の絵にはあるように思えます。

今回の近現代の中国山水画、やはりそこには中国人ならではの、空間認識力と高い構築性があるように思えます。
そして、2章の題ともなっている「西洋画法との競合」という部分がとても興味深く思えてきました。
そこで出会ったのが下の絵、「遠寺夕照図」呉慶雲の作品です。
画題はまさに伝統の画題と言っていいでしょう。日本人が好きな画題でもあります。
パンフレットの解説に「日本画の強い影響を受けた呉慶雲の代表作」とありました。「国画に遠近法の理論を導入しようとする苦心のあとがうかがえる」ともありました。


No.21 遠寺夕照図 呉慶雲筆 1903年 中国美術館蔵

呉慶雲の絵を見ながら思い出したのが、かつて東京国立博物館で開催された「海を渡った明治の美術 再見!1893年シカゴ・コロンブス世界博覧会」展に出品された橋本雅邦の山水図でした。呉慶雲の作品が描かれる10年前の作品です。
アメリカのシカゴで開催される博覧会に出品するために描かれたこの絵は、前述の展覧会の解説によれば「構図、遠近法、明暗法などヨーロッパの風景画のスタイルを高い技術によって取り入れられている」と、こちらも日本画の中に西洋風の遠近法を導入する試みの中で描かれたものとされています。
「日本画の強い影響を受けた」という呉慶雲、あるいは橋本雅邦などから学んだところもあっただろうか、などと思い巡らしてみたのでありました。


山水図 橋本雅邦筆 1893年 東京国立博物館蔵(展示予定はありません)

といった具合に少々わがままにこの展覧会を楽しみました。
皆様はどんな楽しみ方をされますか?

日中国交正常化40周年 東京国立博物館140周年 特別展「中国山水画の20世紀 中国美術館名品選
本館 特別5室   2012年7月31日(火) ~ 2012年8月26日(日)

 

カテゴリ:研究員のイチオシ2012年度の特別展

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posted by 伊藤嘉章(学芸研究部長) at 2012年08月16日 (木)