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北京故宮博物院200選 研究員おすすめのみどころ(書の名品)

特別展「北京故宮博物院200選」(~2012年2月19日(日))をより深くお楽しみいただくための「研究員のおすすめ」シリーズのブログをお届けします。 今日は「書の名品」についてです。


趙孟頫(ちょうもうふ)は宋の皇族の末裔でありながら、26歳で故国滅亡の憂き目に遭います。その後、彼はしばし郷里に隠棲。しかし、ほどなく元の初代皇帝フビライに抜擢され、心ならずも元朝に仕えることとなります。中国では、二つの王朝に仕えた者を“弐臣”(じしん)と呼んで侮蔑する伝統があります。漢民族の趙孟頫は、母国を滅ぼしたモンゴル族の元に仕えたために、同僚はもちろん知人や家族からも白眼視されてしまいます。この時期に友人に宛てた手紙には、「辞めることは許されないし、いつも南を望むと、ふと涙があふれ出てしまう」と、凄惨な心境を吐露しています。


彼は書において復古主義を標榜し、王羲之(おうぎし)・王献之(おうけんし)らの伝統的な書法を復興しました。趙孟頫の20代の書は、まだまだ荒削りでしたが、40代には別人と思えるほど美しい書を表現する能力を身につけるようになります。趙孟頫は、書を学ぶには拓本を通して古人の用筆の意(こころ)を知ることが肝要であり、その上でさらに結体(文字の組み立て方)にも留意すべきであると言っています。彼が見つめていたのは目先の形だけではなく、形と用筆が密接な関係にあることを見抜き、用筆を導く古意に注目しました。


今回出陳されている趙孟頫の書は2点。
一つは石碑のための原稿で、石に刻した時に見ばえが良い書風を選び、字形も実に堂々としています。
 
一級文物 楷書帝師胆巴碑巻(部分) 趙孟頫筆 元時代・延祐3年(1316) 中国・故宮博物院蔵


そしてもう一つは、趙孟頫の行書の代表作として知られる洛神賦(らくしんふ)。
 
一級文物 行書洛神賦巻(部分) 趙孟頫筆 元時代・14世紀 中国・故宮博物院蔵 (右)左の画像の拡大

滲みの少ない紙に曹植の洛神賦を行書で揮毫したこの書巻、流麗な字形の美しさはもちろんですが、みじんの破綻もきたさない凄絶な用筆の素晴らしさ、前後の関係から臨機応変に字形を変える応用力。比類のないこの巧さを、是非ご自分の眼で見て、納得していただきたいと思います。


そして、これだけの技巧を持った趙孟頫が49歳で描いた中国絵画史上の傑作が、水村図巻(すいそんずかん)。
 
一級文物 水村図巻(部分) 趙孟頫 元時代・大徳6年(1302) 中国・故宮博物院蔵

画を描くには技巧が必要ですが、技巧がすなわち絵画の価値に等しいわけではありません。技巧や形を超えて、文人の内面までをも表現してしまった水村図巻。趙孟頫は、異民族の元に仕えながら、書画の伝統を復興し、漢民族の精粋を改めて世に知らしめ、後世に極めて大きな影響を与えました。

ちなみに、趙孟頫の代筆と指摘される妻の管道昇(かんどうしょう)の書簡をはじめとして、次子の趙雍(ちょうよう)、孫の趙麟(ちょうりん)や王蒙(おうもう)など、趙ファミリーの諸作も展示しています。
お見逃しなく!

 
一級文物 行書秋深帖(部分) 管道昇 元時代・13-14世紀  中国・故宮博物院蔵 (右)左の画像の拡大

カテゴリ:研究員のイチオシ2011年度の特別展

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posted by 富田淳(列品管理課長) at 2012年01月10日 (火)