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データベース時代の古写経調査

東京国立博物館では、この3月に『東京国立博物館図版目録 古写経篇』を刊行しました。

タイトルの示すとおり、当館が所蔵する奈良時代以来の写経を可能な限り調査し、学術的な研究や博物館での展示などに必要な情報を収載しました。
「写経」と言っても、巻物(巻子)や冊子の形になっているものだけではなく、数行だけの断簡(経切)になってしまった経典についても、それが何という名前か、確認に努めました。

25年くらい前に滋賀県の各地に分布する「大般若経」の文化財調査に参加したことがあります。
大般若経は全部で600巻もある大部なお経です。
本来何枚もの紙が継ぎ合わされて長い巻物になっていたものが、糊がはがれて1枚づつバラバラになっていました。
しかも同じような文章が繰り返し出てくるため、巻次が書いてあればともかく、部分的な経文だけで、第何巻かを特定するのは至難の業でした。
調査員のお一人が、大変苦労して行のかわる段落を特定した索引を作られており、それを手がかりに巻次を探ったものです。

ところが、コンピュータが普及して事態は大きく変わりました。
現代における仏教経典の代表的な集成である『大正新脩大蔵経(たいしょうしんしゅうだいぞうきょう)』の電子テキスト化が、「大蔵経テキストデータベース委員会」(SAT)によるプロジェクトによって進められ、その全文をウェブ上で検索することが可能になったのです。

大正新脩大藏經テキストデータベースは以下のリンクよりご覧いただけます。
http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/

かつては経切があってもよほど著名な経典でない限り、わずかな文言をたよりに厖大な経典の中から経名を特定するのは、事実上不可能なことでした。
しかし大蔵経テキストデータベースの完成により、わずかな時間で経名や巻次をほぼピンポイントで確認することが可能になったのです。

経切手鑑(部分)
経切手鑑(部分) 奈良~室町時代・8~16世紀 (~2011年10月16日(日)展示)
赤い枠で囲った部分は、わずか1行分の経文ですが、データベースを検索すると「阿毘達磨大毘婆沙論」の一部であることがわかります。
(注)画像で表示の部分は今回の展示ではご覧いただけません。


今回の図版目録編集の基礎になったのは、国立博物館と文化庁所属の研究職員が参加し、数年にわたって実施した古写経調査ですが、その調査現場にはネットにつながったパソコンを置き、ほとんどの断簡について、その場で経名の特定を行うことができました。
情報社会の発達が学術的な調査にも多大な恩恵を与えているのです。
厖大な経典を入力、校正されたプロジェクトの方々には、本当に感謝しなければなりません。

今、本館 特別2室にて展示中の特集陳列「古写経の世界」(2011年9月6日(火)~2011年10月16日(日))では、奈良時代から平安時代にかけての写経の優品を中心にとりあげていますが、観覧される際に、幸運にも全体の姿が残された経だけではなく、わずか数行、時には数文字の断簡も等しく仏教経典としての価値と歴史を含んでいることを、頭の片隅に置いていただければ幸いです。

カテゴリ:研究員のイチオシ

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posted by 田良島哲(調査研究課長、書籍・歴史室長) at 2011年10月01日 (土)