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1089ブログ

「呉昌碩の世界」その1 真骨頂の書

現在、東洋館8室では、特集「生誕180年記念 呉昌碩の世界―金石の交わり―」(前期展示:2月12日(月・休)まで、後期展示:2月14日(水)~3月17日(日))が開催中です。

今年で21回目を数える東京国立博物館(以下「東博」)と台東区立書道博物館(以下「書道博」)の連携企画。今回は、呉昌碩(ごしょうせき)生誕180年記念事業として、台東区立朝倉彫塑館兵庫県立美術館と時期を合わせて「呉昌碩の世界」をご紹介しています。
本展を多くの方々にお楽しみいただこうと、東博と書道博の研究員でリレー形式による1089ブログをお送りします。初回は東博展示から、書跡のオススメ作品を中心にご案内します。
 

2024年に生誕180年を迎えた呉昌碩(1844~1927)は、清朝末期から中華民国初期にかけて書画篆刻(てんこく)に偉大な業績を遺し、清朝300年の掉尾(ちょうび)と近代中国の劈頭(へきとう)を飾る文人として知られます。その芸術は、当時盛行した古代の金属器や石刻などの金石(きんせき)文字の研究を素地として、同じく金石を尊重した先学や師友たちから影響を受けて形成されました。
呉昌碩はとりわけ戦国時代・秦の「石鼓文(せっこぶん)」に執心しました。石鼓文は王の狩猟の様子などを詠う韻文を、太鼓形の10個の石に刻した銘文で、大篆(だいてん)と呼ばれる篆書(てんしょ)の古典として重んじられます。呉昌碩は生涯にわたってその臨書を続け、自らの芸術を「金石の気」と呼ばれる特異なオーラに満ちた、質朴で重厚なものへと昇華させます。
後年、呉昌碩は上海芸術界の中心人物となり、中国に渡った日本の同好の士とも交流して大きな影響を与えます。大正時代には作品集の刊行や個展の開催など、呉昌碩の作品は日本でも広く愛好されました。
東博展示では、サブタイトルに「金石の交わり」(金石のように堅いまじわり)と題して、第1部「呉昌碩前夜」、第2部「呉昌碩の書・画・印」、第3部「呉昌碩の交遊」の3部構成とし、金石に魅せられた呉昌碩の作品を、影響を受けた先学や交流のあった師友たちの作品とともにご覧いただきます。

 

篆書八言聯(てんしょはちごんれん)
呉昌碩筆 中華民国6年(1917) 林宗毅氏寄贈 東京国立博物館蔵 
[東博通期展示]


呉昌碩の書法の真骨頂である篆書は、50代の頃まで先学の能書、楊沂孫(ようきそん、1812~1881)の書法の影響が顕著でした。しかし、60代以降、恣意的なまでの解釈を加えた石鼓文の臨書により、先学の影響を脱して、70代から最晩年に至るまで独自の様式を築くに至ります。
「篆書八言聯」は呉昌碩が74歳の時に、石鼓文から文字を集めて、8言2句「天馬出斿嚢弓執矢、淵魚共楽微雨夕陰」を2幅に書いた作品です。款記(かんき)には、石鼓文の北宋時代の拓本をもとに阮元(げんげん、1764~1849)が制作した重刻本(じゅうこくぼん)から集字したことが記されます。

 

篆書八言聯 呉昌碩筆(部分)

 


石鼓文―阮氏重撫天一閣本―(せっこぶん げんしじゅうぶてんいつかくぼん) 
阮元模 清時代・嘉慶2年(1797)、原刻:戦国時代・前5~前4世紀 市河三鼎氏寄贈 東京国立博物館蔵
[東博前期展示]


こちらは阮元による石鼓文の重刻本の作例です。阮元は、明の蔵書家、范欽(はんきん、1506~1585)を祖とする天一閣(てんいつかく、浙江省)所蔵の北宋拓本をもとに制作しました。
呉昌碩は阮元が創設した書院、詁経精舎(こけいせいしゃ、浙江省)で学び、学術的な背景から、石鼓文の拓本のなかでも阮元の重刻本を尊重したことが指摘されています。
呉昌碩74歳時の「篆書八言聯」と石鼓文を比べてわかるように、この頃の呉昌碩は石鼓文の字形をもとにしながらも、やや右上がりの躍動感のある文字構えに変えていたり、縦長で重心が高い引き締まった造形にしています。朴訥とした筆使いで、線質は重厚で力強さが感じられます。あたかも無機質な線の石鼓文に息吹を吹き込み、生気に満ちた字姿に再生しているかのようです。

 

篆書集石鼓字聯(てんしょしゅうせっこじれん)
呉昌碩筆 清時代・19世紀 青山慶示氏寄贈 東京国立博物館蔵 
[東博後期展示]


一方、「篆書集石鼓字聯」は呉昌碩が「呉俊(ごしゅん)」と名のっていた51歳以前の早期の作例で、同じく石鼓文から集字して7言2句「水逮深淵又其道、雨滋嘉樹敷之華」を書写した対聯(ついれん※家の門や柱、壁などを飾る対句を表した2幅の書)です。
先ほどの「篆書八言聯」に対して本作は、石鼓文の字形に比較的忠実で、筆使いは謹厳、線には繊細さが見られます。
当時の呉昌碩は、石鼓文をはじめとする金石文字を拠りどころとしながら、先学の書をふまえて自己の作風を模索していました。本作の字姿にも、同じく石鼓文を深く学んだ楊沂孫の書法の影響がうかがえます。

 

篆書集石鼓字聯 呉昌碩筆(部分)

 


篆書八言聯(てんしょはちごんれん)
楊沂孫筆 清時代・光緒5年(1879) 林宗毅氏寄贈 東京国立博物館蔵
東博前期展示


楊沂孫は呉昌碩より32歳年長で、呉昌碩に先んじて、石鼓文をもとに独自の様式を築いた能書です。
この「篆書八言聯」は、楊沂孫が晩年の67歳時に8言2句「欲知則学欲能則問、持酒以礼持才以愚」を書写した対聯です。
秦の始皇帝が制定した、小篆(しょうてん)と呼ばれる篆書を基調として、石鼓文の文字構えを取り入れた造形をしています。虚飾を排した筆使いはよどみがなく実に自然で、剛と柔の中庸を得た線質です。
本作のような清純な趣の石鼓文風の篆書に、模索期の呉昌碩は強く惹かれたのかもしれません。

 

篆書八言聯 楊沂孫筆(部分)


本展を通して、金石で彩られた「呉昌碩の世界」をご堪能いただけますと幸いです。

 

生誕180年記念 呉昌碩の世界

編集:台東区立書道博物館
編集協力:東京国立博物館、九州国立博物館、兵庫県立美術館、台東区立朝倉彫塑館
発行:公益財団法人 台東区芸術文化財団
制作・印刷:大協印刷株式会社
定価:1,800円(税込)
ミュージアムショップのウェブサイトに移動する
生誕180年記念 呉昌碩の世界 表紙画像

カテゴリ:研究員のイチオシ中国の絵画・書跡「生誕180年記念 呉昌碩の世界—金石の交わり—」

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posted by 六人部克典(東洋室) at 2024年02月02日 (金)

 

中国書画精華―日本におけるコレクションの歴史

東洋館8室では、特集「中国書画精華―日本におけるコレクションの歴史」が開催中(後期展示:2023年11月28日(火)~2023年12月24日(日))です。
「中国書画精華」は、東京国立博物館でおこなっている毎年秋恒例の中国書画名品展です。
今年は日本におけるコレクションの歴史を切り口に、「古渡(こわた)り」「中渡(なかわた)り」「新渡(しんわた)り」といった観点から作品を紹介しています。


東洋館8室 展示風景

中国絵画では、室町時代以前に日本に渡ったものを「古渡り」と呼びます。今回の展示では、室町以前の伝来が裏付けられる作品に加え、『君台観左右帳記(くんだいかんそうちょうき)』など、足利将軍家の中国絵画趣味を伝える書物に名前が載っている画家の作品を、「古渡り」のカテゴリーで紹介しています。


重要文化財 羅漢図軸
蔡山(さいざん)筆
元時代・14世紀 中国
[展示中、12月24日まで]

羅漢図軸 寄進銘

例えば、元時代の怪奇趣味を体現する画家、蔡山による、どこか不気味な「羅漢図軸」は、右下の「奉三宝弟子左兵衛督源直義捨入」という寄進銘により、足利尊氏(1305~1358)の弟、直義(1306~1352)が、貞和2年(1346)に高野山 金剛三昧院(こんごうさんまいいん)に寄進した十六羅漢図の一つであることがわかっています。

次に、「中渡り」ですが、中国絵画分野では、「古渡り」と「新渡り」の中間、主に江戸時代に伝わったものを指しています。厳密にいえば、江戸時代に伝わったのか、それ以前から日本にあったのかは定かでありませんが、後世に大きな影響を与えた足利将軍家の中国絵画趣味の体系には入っていない作品を紹介しています。


重要文化財 天帝図軸
元~明時代・14~15世紀 中国 霊雲寺蔵
[展示中、12月24日まで]


天帝図軸 部分(玄天上帝)

天帝図軸 部分(四元帥)

江戸時代に日本にあったことが裏付けられる作品として、霊雲寺ご所蔵の「天帝図軸」があります。霊雲寺は、元禄4年(1691)、5代将軍徳川綱吉(1646~1709)により、徳川将軍家の祈願寺として湯島に創建された名刹です。
本作には、北斗七星の旗と剣、玄武を従える玄天上帝が描かれ、その周りに、青龍偃月刀(せいりゅうえんげつとう)を持った関元帥(関羽)、黒衣の趙元帥、火炎に包まれる馬元帥、青顔の温元帥が配されます。画家の名は伝わりませんが、細かな描写と華やかな彩色が見事な、道教絵画の名品です。


天帝図軸 箱蓋裏(箱蓋裏を拡大して見る

天帝図 竹沢養渓(たけざわようけい)、養竹(ようちく)摸 天明8年(1788)
(注)現在、展示されていません。

霊雲寺の4世住職法明(1706~63)による、箱の蓋裏の書付(1754年)によれば、本作は狩野探幽(1602~74)の旧蔵で、御用絵師を務めた狩野家から8代将軍徳川吉宗(1684~1751)に献上されたものといいます。吉宗はこれの摸本を作らせたのち、原本を霊雲寺の3世住職慧曦(1679~1747)に下賜(かし)したそうです。
狩野家ではこれの摸本を代々作っていたようで、当館にも、狩野惟信(かのうこれのぶ・1753~1808)の弟子、竹沢養渓、養竹の摸本が伝わっています。

さて、清の衰退にともない、中国本土に秘蔵された名画が多く流出した近代には、古渡り、中渡りとは異なる、本場の文人趣味を体現する作品が日本にやってきます。
これら新渡りとして、高島菊次郎(1875~1969)蒐集の揚州八怪(ようしゅうはっかい)の作品を紹介します。揚州八怪は、清の最盛期に商業都市揚州(江蘇省・こうそしょう)で活躍した在野の書画家たちの総称です。その後の文人画の動向を決定づけた彼らの書画は、中国で大変珍重されたため、近代以前の日本人はその真跡を見ることはほとんどできなかったと思われます。


秋柳図巻(しゅうりゅうずかん) 黄慎(こうしん)筆 清時代・雍正13年(1735) 中国 高島菊次郎氏寄贈[展示中、12月24日まで]


秋柳図巻 拡大図

高島菊次郎は大正から昭和にかけての著名なコレクターです。王子製紙社長として活躍しながら、中国書画を多く収集しました。当館に寄贈された高島コレクションには、揚州八怪の一人、黄慎(1687~1768?)の優品が含まれています。
「秋柳図巻」は、王士禎(おうしてい・1634~1711)の著名な詩「秋柳」に想を得た作品で、葉の落ちた柳の枝に見られる、洗練されたすばやい筆さばきが見所です。本場の中華文人の洗練された筆墨を初めて目にした、日本の愛好家の興奮が想像されます。

以上、駆け足で古渡り、中渡り、新渡りについて紹介しました。これらを通覧することで、日本における中国絵画鑑賞伝統の層の厚さを体感していただければ幸いです。

カテゴリ:特集・特別公開中国の絵画・書跡

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posted by 植松瑞希(絵画・彫刻室) at 2023年12月01日 (金)

 

中国元時代の隠れた名品「拾得図」

東洋館8室で開催中の特集「創立80周年記念 常盤山文庫の名宝」(2023年10月22日まで)。今回は、現在展示中の重要文化財「拾得図」について解説したいと思います。


展示風景写真中央
重要文化財 拾得図(じっとくず)
虎巌浄伏賛 元時代・13~14世紀 東京・公益財団法人常盤山文庫蔵
[展示中、10月22日まで]


この「拾得図」は、南宋時代末から元時代初頭に活躍した禅僧・虎巌浄伏(こがんじょうふく/1303年没)の賛を伴う作品です。同じく虎巌の賛を伴う静嘉堂文庫美術館所蔵の「寒山図」と対幅をなしていたことが知られます。
寒山と拾得は、中国唐時代に天台山(てんだいさん)に住んだといわれる伝説的人物で、自由で何ものにも捉われない風狂な姿が禅林(ぜんりん)で好まれ、盛んに絵画化されました。寒山は「寒山詩(かんざんし)」と呼ばれる漢詩を作ったことから経巻を持つ姿で、拾得は寺の掃除を行っていたことから箒(ほうき)を持つ姿で表されるのが通例です。



拾得図 全図

本作では、無背景の画面に、経巻を両手で広げ、やや腰を曲げて裸足で立つ拾得の姿が軽妙な筆致で表されています。
あれ? 経巻を持っているのは寒山じゃなかったっけ?
そう思った方もいるかもしれません。実は、本作と対になる静嘉堂本では「筆」を持つ姿で表されることから、まさに詩を書こうとしている寒山に同定され、となると経巻を持つこちらの人物がやはり拾得だと判断されるのです。いずれにせよ、半円形の目で奇怪な笑みを浮かべるその表情は、拾得の超俗性をよく体現しているといえるでしょう。

画面の上部には画賛(がさん。絵に寄せる言葉)が書かれています。


拾得図 画賛

少し難しい語句も含まれますが、ちょっと読んでみましょう。

【翻刻】
手持一巻出塵経
両眼相看幾度春
要与世人為牓様
莫教虚度此生身
【読み下し】
手に持すは一巻の出塵の経
両眼で相看る幾度かの春
世人のために牓様と為さんと要せば
虚しく此の生身を度せしむること莫れ


これに主語を補って現代語訳すると、次のような意味になるでしょうか。

【句意】
(拾得が)手に持っているのは、汚れた塵を払う一巻の経典(寒山詩か)。(彼が)両眼で見つめるのは(この経典のように清らかな)繰り返す春の情景である。(この賛を読むあなたが)世の人のために模範となろうとするのであれば、(ここに描かれた拾得の)この(幻影の反語としての)生身に対して、無駄に済度(さいど。悟りに導くこと)させるようなことはしないことだ(すでに拾得は脱俗の境地に到達しているのであるから)。


賛者の虎巌浄伏は、杭州の径山(きんざん)に住した高僧で、門下に月江正印(げっこうしょういん)や明極楚俊(みんきそしゅん)といった俊英を輩出したことでも知られています。虎巌の筆跡は他に残されていないことからしても、本作はその貴重な遺墨といえるでしょう。

ちなみに賛の末尾には「浄伏」の署名がありますが、子細に見れば、署名部分の周囲に2.2センチ四方の印章跡が確認できます。斜光撮影した画像をよ~く見てみると、うっすらと四角い跡が見えてくるはずです。摩滅のため印文は不明ですが、おそらくは静嘉堂本と同じ朱文重郭方印であったと思われます。


拾得図 印章跡(斜光撮影)


さて、改めて本作の図様表現を確認すると、衣文を表す描線は起伏に富んだ筆線が用いられ、とりわけ裾や腰帯は右から左へと風になびいてリズミカルに翻っています。対して面部や肉身部は鋭い細線で表されており、略筆でありながらもその像容把握は的確です。


拾得図 全身


また、毛髪は筆をこすりつけるような擦筆が用いられ、拾得の怪異な容貌が強調されています。こうした表現は、伝因陀羅筆「寒山拾得図」(東京国立博物館蔵)などにも見られるものであり、南宋時代末から元時代初期の禅宗人物画の特質をよく示しているといえます。


重要美術品 寒山拾得図(かんざんじっとくず)
伝因陀羅筆、慈覚賛 元時代・14世紀 東京国立博物館蔵
[特集「東京国立博物館の寒山拾得図―伝説の風狂僧への憧れ―」(本館特別1室 10月11日から11月5日まで)にて展示]


さらに注目されるのは、拾得を描く軽やかな描線と、虎巌の賛の流麗な草書体とが見事に照応していることでしょう。とりわけ、小気味良く反転する衣文描写と賛の書体は、明らかに呼応関係にあるといえます。このことは、書画の一致が目指された同時代の作例とも軌を一にしています。
加えて本作では、毛髪を除く図様全体はやや水気を含んだ墨線で描き表すのに対し、瞳部分のみ、黒々とした濃墨を点じていることが見て取れます。こうした表現は、賛にある「両眼相看」の詩句とも対応するだけに興味深いといえるでしょう。


拾得図 面部


本作を描いた画家は不明ですが、このような詩書画の一体性を考慮するならば、賛者虎巌とも親しく接することのできた、禅余画僧(余技として絵を描く禅僧)の手による可能性が考えられるかもしれません。本作は、禅林における道釈人物画の展開をうかがう上でも貴重な作例といえるでしょう。

今回ご紹介した作品と関連して、当館では、表慶館で「横尾忠則 寒山百得」展(12月3日まで)、本館特別1室で特集「東京国立博物館の寒山拾得図―伝説の風狂僧への憧れ―」(11月5日まで)も開催中です。ぜひ、本特集とあわせてご覧ください。

 

カテゴリ:研究員のイチオシ特集・特別公開中国の絵画・書跡

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posted by 高橋真作(特別展室) at 2023年09月28日 (木)

 

東京国立博物館の寒山拾得図

本館特別1室では、11月5日まで、特集「東京国立博物館の寒山拾得図―伝説の風狂僧への憧れ―」を開催しています。本展示は、表慶館で開催中の「横尾忠則 寒山百得」展(~12月3日)の関連展示となります。

 
特集「東京国立博物館の寒山拾得図」展示風景
 
 
寒山と拾得は、中国、唐の時代に、天台山国清寺(浙江省)に住みついて、雑事をしていたという、伝説的な2人の人物です。
風変わりないでたちで、普通の人には理解できない言葉や行為を繰り返していたといい、現世や堕落した仏教界を批判するような内容の、寒山作という詩がのこっています。
のちに、常識にとらわれない生きざまや反骨精神が、禅の世界で尊敬されるようになり、中国ほか東洋絵画の主題として人気を博していきます。数百年にわたって、さまざまな画家が、いろいろに趣向を凝らしてこの画題をえがいてきたのです。
 
このブログでは、当館が所蔵する多くの寒山拾得図から、対照的な2つの名品を紹介してみようと思います。
 
 
 
重要文化財 四睡図
平石如砥、華国子文、夢堂曇噩賛 中国 元時代・14世紀 10月9日まで展示
 
 
「四つのねむり」と名付けられた作品です。画面下ほどに、身を寄せ合って眠る3人の人物と1匹の虎が見えるでしょう。
 
 
  
四睡図(部分)
 
 
左奥の僧侶は、寒山拾得と交流のあった、豊干(ぶかん)という唐時代の高僧で、どう猛な虎を手なずけていたという逸話が知られています。本作の豊干も、かわいらしい寝顔を見せる虎のふわふわの毛皮にもたれて眠っているようです。
その手前で体を絡ませあっているのが寒山と拾得。子どものような寝相ですが、顔にはしっかりと人生の年輪が刻まれています。
 
 
 
四睡図(部分)
 
 
人物の目鼻立ちや頭髪、衣は、非常に細く、緊張感のある墨線であらわされます。このように原則として色を用いない、線が主体の画法は、「白描(はくびょう)」と呼ばれます。
白描は、その清らかな趣から、文人士大夫(ぶんじんしたいふ)、そして彼らと趣味を同じくする禅の世界で愛された画法でした。元時代には特に、レース編みのように精緻な描写を誇る、技巧的な白描が流行します。本図もそのような流れのなかで制作された作品でしょう。
 
 
四睡図(部分)
 
 
背景の岩や地面に引き重ねられた細い波線、松の幹を埋める小さな渦、キノコのような霞の形態は、唐や宋時代などの、より古い時代の絵画を連想させるもので、本作に古めかしくみやびな印象を与えています。
 
 
重要文化財 寒山拾得図 
伝顔輝筆 中国 元時代・14世紀 10月11日から11月5日まで展示
 
 
古めかしく清らかでみやびな「四睡図」に対して、元時代の職業画家、顔輝筆という「寒山拾得図」は、どきつく、得体の知れない不気味さを伝える作品です。
2幅1対の右に腕を組む寒山、左に箒を持つ拾得をえがきます。2人はぼさぼさの髪で、目と口を三日月形にし、白い歯をむき出し、赤い舌をのぞかせて大きく笑っています。
 
 
寒山拾得図(部分)
 
 
目元や口元、小鼻などの輪郭には、墨線と色線が丁寧に重ねられ、生々しい肉体の実在感が表現されます。
対照的に、衣の線は太い筆であらあらしく引かれ、2人の高い精神性が抽象的に伝えられます。
 
 
寒山拾得図(部分)
 
 
寒山拾得は視線を鑑賞者に合わせ、やや身をかがめて、2人の世界に迎え入れるように虚空のなかに立っています。私たちが作品を見ているときには、作品もまた私たちを見ているのだということを感じ、どこか居心地悪くなりますが、このように、鑑賞者に内省を促すような表現が本作の最大の魅力と言えるかもしれません。
 
展示会場では、ここにご紹介したもの以外にも、さまざまな寒山と拾得がみなさまをお待ちしております。この機会にお気に入りの寒山拾得図を見つけていただければ幸いです。

カテゴリ:特集・特別公開中国の絵画・書跡絵画

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posted by 植松瑞希(絵画・彫刻室) at 2023年09月25日 (月)

 

常盤山文庫の逸品「茉莉花図」

現在、東洋館8室で開催中の特集「創立80周年記念 常盤山文庫の名宝」では、「茉莉花図」が9月24日(日)まで展示されています。
このブログではこの作品について、少し詳しく説明してみようと思います。


重要文化財 茉莉花図(まつりかず)
伝趙昌筆 南宋時代・12~13世紀 東京・公益財団法人常盤山文庫蔵
[展示中、9月24日まで]



インド、アラビア原産の茉莉花(=ジャスミン)は、中国でも古くから知られていましたが、これを楽しむ風潮が普及したのは北宋・南宋時代(960~1279)といいます。清潔な白い姿と馥郁(ふくいく)たる香が文人士大夫たちに愛されて詩文に詠まれ、庭園での栽培や、髪飾りとしての利用が流行しました。薬効も知られるようになり、茉莉花茶を始め、飲食にも用いられました。
茉莉花が絵画に描かれるようになる背景には、このような宋時代における愛好文化の盛り上がりがあったのでしょう。

「茉莉花図」は、小さな画面に枝先のみを描く、折枝(せっし)と呼ばれるタイプの花卉図(かきず)です。現在の掛軸表装は日本でされたもので、もとは画冊の一頁、あるいは団扇であったと推測されています。
南宋の宮廷では、小画面の折枝図制作が盛んに行われますが、本作もその頃の作と考えられています。

細部をよく観察してみましょう。花や葉、枝はそれぞれ複雑に重なり、奥行が意識されています。花の角度や葉の翻り方にも細かな差異がつけられます。
また、左上の蕾は、中央下ではやや開き、右上で満開になっており、時間の経過に伴う花の姿の変化も考慮されています。


茉莉花図

葉は、墨の輪郭線を目立たせる鉤勒法(こうろくほう)、花は輪郭線を白く塗り込める没骨法(もっこつほう)で表現し、それぞれの質感の違いを見せています。葉脈から周縁にかけての緑のグラデーションや、花びらのふちにかけられたうすい青緑など、彩色も非常に丁寧です。


茉莉花図(部分)

日本の人々は、このような精緻で可憐な南宋の折枝図を大変好んできました。「茉莉花図」の伝来は古く、室町時代、足利将軍家所蔵品目録『御物御画目録』「小二幅」の項に記載される「花 趙昌」のうちの一幅であったと考えられています。


御物御画目録(部分) 伝能阿弥筆 室町時代・15世紀 東京国立博物館蔵
(注)本作品は展示されていません。


また、複数の文献から、山上宗二(やまのうえそうじ、1544~90)ら安土桃山時代の茶人たちの間で、菊屋樵斎(きくやしょうさい)という人物所蔵の逸品として評判であったことがわかっています。現在の表装はそのときのものとほぼ同じです。

さらに、本作には17世紀頃に記されたと想定される「趙昌花之絵由緒書」が付属しています。これには、菊屋樵斎所蔵時に豊臣秀吉(1537~98)の参加した茶会に供されて称賛され、その後菊屋家代々の名物として伝えられたのち、東本願寺の宣如(せんにょ、1604~58)から徳川将軍家に献上されたという由緒が記されています。


趙昌花之絵由緒書(茉莉花図付属)
[展示中、9月24日まで]


卓越した表現と華麗な来歴を誇る「茉莉花図」は、まさに常盤山文庫を代表する逸品です。この機会にぜひ会場でご堪能いただければと思います。

 

カテゴリ:研究員のイチオシ特集・特別公開中国の絵画・書跡

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posted by 植松瑞希(絵画・彫刻室) at 2023年09月14日 (木)