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ダブリンから作品をお迎えして:海外展ができるまで

東京国立博物館では、国外のミュージアムと協力して行う「海外展」をだいたい年2-3回程度行っています。現在開催中の特別企画「アイルランド チェスター・ビーティー・コレクション 絵巻と絵本のたからばこ」(会期:~7月20日(月・祝)まで)は、アイルランドの首都ダブリンにある国立文化施設チェスター・ビーティー所蔵の日本美術品をお借りした展覧会です。
 
チェスター・ビーティー・コレクション展 第1会場 展示風景(本館D室)
 
海外の美術館が所蔵する作品をお借りして展覧会をする場合、国内から作品をお借りする場合に加えて別の手続きが必要です。会期も後半にさしかかりますが、今回アイルランドから作品をお迎えして展覧会を行うにあたってどのような準備をしたか、主に実務についてご紹介します。
 
 
2025年大阪で行われた万博の東入口付近に設置されたアイルランドパビリオン
 
最初に具体的な展覧会企画について話をしたのは2024年3月のことです。アイルランド側から、万博の年に何か展覧会を行いたいというご提案があり、もろもろ検討の結果、チェスター・ビーティーのコレクションをお借りして当館で展覧会を実施する方向で検討することになりました。
チェスター・ビーティーが所蔵する日本美術品は、昨年10月時点で約1900点あり、その中におおよそ画巻及び画帖が140点、印刷された本、巻子類が115点、浮世絵版画や刷物は843枚あり、ほかに仏教経典や印籠・根付などが含まれます。今回の展覧会はこれらの中から、25点をお借りしました。これらはすべてビーティー卿が生前集めてアイルランドに寄贈したものです。その後、経費分担などの確認ができ、およそ1年後に開催が確定しました。
 
作品の入ったクレートの一つ
 
海外から美術作品を輸送して日本国内に運ぶことは、大きく言えば物品の「輸入」です。ただし、今回のように外国から一時的にお借りして広く文化を紹介するために公共施設である博物館が展覧会で一般公開する場合、個人やお店が商品を購入して輸入、販売する場合とは別の扱いとなります。
輸入する物品は、通常、空港で通関手続きをして所定の場所に運びます。しかし、文化財は通関手続きのために環境の悪い場所に長く置いておくことは作品の保全上できません。そのため、あらかじめ保税範囲(税金を払わずに一時的に物を置いておける場所・エリア)を博物館内の収蔵庫などにできるよう申請し、空港では通関せず、保税品(関税や消費税がかからない状態)として、認められた場所に輸送・保管してから、安全な場所で通関手続きに入ります。通関が済むまでその場所で保管して、通関が済み次第、点検・展示となります。
 
作品点検の様子・研究員の手の下にあるのが調書です
 
貸す側は作品を梱包して送り出す前に各作品の現状がわかる写真を撮り、その時の作品の状態を確認します。その際、取り扱いを注意しなければならない箇所など各作品についての特記事項を記した「点検調書」を作成します。当館で開梱する際、この調書を元に、輸送中に状態の変化がなかったか1点1点確認します。その際、何か変化や特記事項があれば調書に書き加えて、展示期間後の点検の際確認できるようにします。
 
また、外国の美術館など公的機関から公開目的でお借りする場合、お借りしている間に、誰かが不当に自分がもともとの持ち主だから、などと名乗り出て差押えようとすることができないよう、日本国内で訴訟対象とならない措置がとられています。文化庁のウェブサイトによれば「2009年4月24日に制定された「外国等に対する我が国の民事裁判権に関する法律」により,我が国において展示される外国等【外国政府(国,政府機関),自治体(州)等】の有する美術品等に対しては,日本の裁判所は,強制執行,仮差押さえ及び仮処分等をすることはできないこととなっています。」とあります。そのため、外国等が有する美術品を借り受ける場合については、特段の措置が無くても法律に基づいて差し押さえ等の措置は禁止されています。
 
一方、作品を選ぶ際に一つ気をつけなければならないことがあります。それは、輸出入禁止の物品が含まれていないか、ということです。日本の美術品で輸出入禁止の物品といってもぴんとこないかもしれませんが、取り扱いが難しいものがあります。象牙製品もその一つです。掛け軸や巻物の軸の部分で表に出ている部分に昔は象牙を使っている場合がよくあり、それらが「象牙製品」として輸出入禁止の対象となりうるのです。
 
 
牙軸(げじく)作品(赤矢印の部分が象牙でできている)
 
絶滅危惧種など国際的に保護の対象となっている動植物は、絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約、通称「ワシントン条約/CITES」により国際間の取引が厳しく制限されています。
ただし、この条約は1973年に施行されたものなので、それ以前に取引されたことが証明できれば、輸入することができます。本展にも5点対象となる作品がありましたが、幸い、アイルランド側、つまり輸出国はそれら象牙の軸首がついたものをすべて輸出して差し支えないという許可を速やかに出してくれました。国によっては、この審査に長い時間を要することもあるので、速やかに問題ないとの判断を出して許可書を出してくれたことは大変ありがたいことでした。
 
輸送は今回2便に分けて行い、各便にチェスター・ビーティーの保存担当の方あるいはレジストラー(作品登録)の方がクーリエとして随伴されました。ダブリンから1か所経由して、チェスター・ビーティーを出てから2日かけて東京に着きました。長旅の末、無事に到着したのを見たときは、心から安心しました。
 
空港にクレートが着いた時の写真
 
様々な手続きを経て日本に到着した作品は、博物館に運んですぐに展示するわけではありません。ダブリンは、日本に比べて気温も湿度も低い地域です。いきなり気候(温湿度)のちがう環境にさらしてしまうと作品に悪い影響を与えかねないので、展示する博物館内の環境に慣らすため、箱を開けないまま通常48時間以上は収蔵庫の中で保管します。温度も湿度も大きく変動させないことが一番重要なので、急速に上下することにならないようにしなければなりません。
 
ケース内に設置した温湿度測定のロガー。数値は保存修復課がリアルタイムでチェックできる
 
今回当館ではケース内温度22-24℃(±2℃)、相対湿度50-55%(±5%)の設定としています。ちなみに、近年サステナビリティの観点から、機械的に大きく環境を変えることはよしとされなくなりましたので、温湿度設定や振れ幅の許容範囲の基準値も徐々に変わってくるかもしれません。
 
展示室天井に取り付けた照明は、来館者が読みやすいよう原則はパネルにあてられる
 
また、今回のように作品が紙や絹に描かれたものである場合、照明が強すぎると作品が変色してしまいます。一方、暗すぎると展示室内を見て回るのに支障が出てしまい、解説の文字も読みづらい。そこで今回の会場では、通常チェスター・ビーティーで設定している照度よりだいぶ高めに設定することを許可いただきました。もちろん作品に有害な光線、紫外線や熱はカットしており、原則壁付ケースの外からの照明は、キャプションやパネルにしっかりあててパネルを読みやすくしています。部屋全体が暗く感じるかもしれないですが、作品保護のためご理解いただけるとありがたいです。
 
先に述べた展示の際の諸条件をはじめ、お互いの役割分担や経費の分担、出版物に関する取り決めなど展覧会の開催に関わる基本条件は、主催館同士で展覧会契約を結んであらかじめ決めておきます。チェスター・ビーティーも東博も国の機関で、美術館として大体の慣例は大きな違いはなく、著しく意見の異なることはありませんでした。
 
チェスター・ビーティー外観
 
最近は、緊迫した中東情勢の影響で、ヨーロッパ方面に物を送るのが難しくなっています。本展の準備でも、たとえば、郵便局からアイルランドへ郵送しようとした書類が、数日国内で留め置かれ、結局戻ってきてしまったことがありました。
 
輸送費や保険料、あるいは資材費の高騰もあり、国際的にモノを動かすのは難しい時代に入ってしまったと言わざるを得ません。しかし、こういう時だからこそ、他国との交流を重ね、ともに一つの事業に取り組むことにより相互理解を深め、ひいては争いの種を減らせるのではないでしょうか。
今後とも、国外の博物館・美術館と協力して展覧会などの事業を行い、世界の様々な国の方々との交流を通じて友情をはぐくむ取り組みができればと思います。
 

カテゴリ:研究員のイチオシ特別企画

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posted by 鬼頭 智美(学芸企画部海外展室) at 2026年06月05日 (金)

 

伊藤若冲「乗興舟」 版画で楽しむ淀川の旅

現在、本館2階のD・E室(旧特別1室・2室)では特別企画「アイルランド チェスター・ビーティー・コレクション 絵巻と絵本のたからばこ」を開催しています(会期:~7月20日(月・祝)まで)。

アイルランドの首都ダブリンにあるチェスター・ビーティーが所蔵する、珠玉の絵巻・絵本コレクションを紹介するこの展示。みどころはたくさんありますが、今回はE室に展示している伊藤若冲「乗興舟(じょうきょうしゅう)」をご紹介します。

 「乗興舟」は、「奇想の画家」として知られる伊藤若冲(1716~1800)が制作した版画巻で、京都から大坂まで、淀川を下る船旅の景色が描かれています。明和4年(1767)の春、若冲は相国寺の禅僧、大典(だいてん)(梅荘顕常(ばいそうけんじょう)1719~1801)とともに淀川を下りました。本作は、その経験をもとに制作されたものです。
 
大きな特徴は、「拓版画」という技法でつくられていること。木版正面摺とも呼ばれ、図や文字を彫った木版のうえに湿らせた紙を押し当て、凸部分にのみ墨を載せていく版画の技法です。たとえば、十円玉に紙を載せて、鉛筆でこすると図柄が浮かび上がってきます。それとよく似た仕組みといえばイメージしやすいでしょうか。「乗興舟」では、墨一色で川や山、舟や人々が表されています。ところどころにグラデーションが施され、幻想的で奥行きのある画面が展開されます。
それでは画巻をみていきましょう。船は京都の伏見から出発します。
 
 
乗興舟(部分) 伊藤若冲筆 江戸時代・明和4年(1767)頃 チェスター・ビーティー蔵
Images courtesy of the Trustees of the Chester Beatty Library, Dublin.
 
左下には淀城が見えます。
 
 
 
京都の橋本付近。空に一羽の鳥が飛んでいます。
 
 
 
枚方(ひらかた)を過ぎたあたり。川はどこまでもつづいていくようです。
 
 
 
河畔に家々が立ち並びます。画面右手には一杯やれる店を探しているらしい旅人の姿も。
 
 
 
最後に、船は大坂の八軒家に到着します。天満橋が架かり、その下に多くの船が停泊しています。
 

この作品は、絵の部分だけで10枚の紙をつないで構成されています。その全長は1150.0センチメートル。当館の展示ケースに合わせてつくられたかのようなサイズで、実際、展示作業中に展示台へぴたりと収まったときには、担当者一同、思わずにんまりとしてしまいました。


展示風景
 
さて、江戸時代、淀川には京都と大坂を結ぶ三十石船が昼夜運行していました。この船に乗って人々が行き交う淀川の風景は、当時の浮世絵にもたびたび描かれています。現在、本館20室「日本美術の流れ 浮世絵と衣装―江戸(浮世絵)」では、淀川をはじめとする川の風景をテーマとした作品を展示しています。 

こちらは歌川広重が描いた三十石船です。老若男女が乗り合わせた船に、飲食物を売る「くらわんか舟」が近づく様子が描かれています。

京都名所之内 淀川 歌川広重筆 江戸時代・19世紀 東京国立博物館蔵
展示期間:2026年5月12日(火) ~ 2026年6月14日(日)
 
こちらは葛飾北斎が描いた淀川風景です。淀城のそばを三十石船が進み、岸辺では上り船を人力で曳く様子もみられます。
 
雪月花・淀川 葛飾北斎筆 江戸時代・19世紀 東京国立博物館蔵
展示期間:2026年5月12日(火) ~ 2026年6月14日(日)
 
チェスター・ビーティー展をご堪能いただいたあとは、ぜひ本館2階の20室にもお立ち寄りください。若冲、そして広重や北斎、さまざまな絵師がとらえた淀川の表情を、版画作品を通してお楽しみいただければ幸いです。
 

カテゴリ:研究員のイチオシ特別企画

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posted by 村瀬 可奈(日本絵画) at 2026年05月27日 (水)

 

特別企画「韓国美術の玉手箱」その3 祈りの造形が伝える、高麗王妃の生きた証

4月5日まで開催中の日韓国交正常化60周年記念 特別企画「韓国美術の玉手箱―国立中央博物館の所蔵品をむかえて―」では、東京国立博物館と韓国国立中央博物館が所蔵する選りすぐりの美術作品を一堂に展示しています。
ここでは高麗時代と朝鮮時代をテーマとしたふたつの章で構成される本展のなかから、第1章「高麗―美と信仰」の韓国国立中央博物館蔵「銅製銀象嵌香炉」をご紹介します。
香炉といえば、香を薫ずるための器として知られ、特に仏教においては華瓶、燭台と並んで仏前の供養具である三具足の1つとされています。


第1章「高麗―美と信仰」展示風景

高麗時代の香炉は、銅だけでなく高級品の青磁や庶民が用いる陶器など、制作する素材のバリエーションが複数存在し、幅広い層に需要があったことが窺えます。形のバリエーションも非常に豊富で、本展にも展示されている韓国国立中央博物館蔵「青磁陽刻饕餮文香炉」のほか、香炉の上部に瑞獣を象ったものなど、形の種類もさまざまです。
 
 
銅製銀象嵌香炉 韓国国立中央博物館蔵 高麗時代・13世紀

そのなかで、本作のように縁の広い鉢の下にラッパ型の台座が付く形態のものを、韓国では「香垸(こうわん)」と呼んでいます。本展示の解説では、解説に日本でもなじみのある「香炉」という名称を用いていますが、「香垸」という名は高麗時代の史料や器物に刻まれた銘文のなかに確認することのできる、当時の人びとの実際の呼び方です。ここでは韓国での用例に倣い、「香垸」という名称を用いて作品をご紹介します。「香垸」の名が確認される作品は、本作も例外ではありません。どこかに、その名を伝える銘文が刻まれています。いろんな角度から作品を観察してみてください。いったい、どこにあるでしょう…。

答えは、水平に折れた口縁部の裏。下から覗き込んで見てください。
 

香炉を下から見た際に見える銘文(展示では香炉の底面はご覧いただけません)

すると、「咸平宮主房以造上華嚴經蔵排靑銅香垸一副」という銘文が、口縁の形に沿って反時計回りにぐるりと縦書きで刻まれていることが確認できます。
「銘文を見逃してしまった!」という方がいれば、会期中にもう一度見にいらしていただければ嬉しいです。
そしてこの銘文の中には「香垸」の文字を確かに確認することが出来ます。


銘文のうち「香垸」部分拡大
 
さて、この文を読んでみると、「咸平宮主の居所にて、華厳経蔵に供えるため、青銅を鋳造して香垸一副を造る」と解釈することができます。この香垸を作った目的が、華厳経の経典を納めた蔵、つまり経蔵に奉安するためだった、というわけです。仏殿だけではなく、経蔵でも香を供える慣習があったこと、そして高麗時代の人びとが経典に対して熱心に信仰を捧げていたことを知ることができる貴重な記録といえるでしょう。
ところで、銘文に残される咸平宮主とはいったい誰でしょうか。「宮主」という称号がヒントになりそうです。これは高麗時代に王妃や王の後宮、王女などを冊立していた別称の1つで、宮殿の主人を意味する言葉です。このことから、この香垸を造らせ、発願した人物は、王室に属する女性――王妃、あるいは高位の後宮や王女であることがわかります。
さらに、咸平宮主という人物を史料から辿っていくと、この人物が高麗第21代国王・熙宗(1204~1211)の妃、成平王后を指すことがわかります。彼女は1211年に咸平宮主として正式に冊立されました。しかしその同年、熙宗が退位に追い込まれます。当時、王を凌ぐ実権を握っていた武臣政権の最高権力者・崔忠献の排除を試みて失敗したためです。熙宗と太子は流刑に処され、成平王后のみが宮殿に残されました。その後も、モンゴル侵攻による江華島への遷都など激動の時代を生きることとなり、決して順風満帆とはいえない生涯を歩んだ人物でした。こうした背景を踏まえると、この香垸は彼女が咸平宮主に冊立された1211年から没する1247年までの間、王権の失墜と外敵の脅威という不安定な時代状況のなかで制作されたものと推測されます。
香垸の鉢の部分に注目すると、前後左右に4字の梵字が配置されています。これらは、それぞれオン(om)、マ(ma)、二(ni)、パド(pad)と読む仏教の真言です。真言とは、仏の力や救いを音に託した神聖な言葉(マントラ)のことです。本作にあらわされる4字は、オン(om)、マ(ma)、二(ni)、パド(pad)、メ(me)、フム(hūm)の6字から成る「六字真言」の一部にあたります。
  
オン(om)

 

二(ni)

それぞれの音には象徴的な意味が込められ、その解釈には諸説ありますが、全体として「蓮のなかの宝珠よ、清め、救いたまえ」という救済の祈りをあらわす言葉と理解されています。本作のように梵字を配する香垸の多くは、その梵字一字一字を際立たせるように美しい銀象嵌の装飾文様で囲み、荘厳な趣が与えられています。このような香垸の意匠は、梵字や真言に宿る神聖な力を尊び、その功徳を重んじる信仰の意識を視覚化させたものと考えられます。苦難の時代を過ごした成平皇后もまた、この真言に救いを求め、立ち上る香煙とともに祈りを捧げたことでしょう。祈るという行為は時代や地域も関係なく行われる人間の普遍的な営みです。遠い過去に作られたこの香垸も、その背景を知り、そこに生きた人物が直面した苦難に思いを寄せると、作品に込められた思いは時代と地域を超えて私たちにも通じるものとして受けとめられるのではないでしょうか。
本展は、韓国美術の美を紹介することを軸としていますが、それだけにとどまらず、作品の制作背景や当時の社会状況、信仰や人びとの営みに目を向けることで、モノの意味がより立体的に浮かび上がり、モノに対する理解と共感が一層深まります。この機会に韓国美術の美しさを楽しむと同時に、その背後に広がる歴史にも思いを巡らせ、韓国美術を生み出した文化への理解を深める契機となることを願います。
 

カテゴリ:特別企画

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posted by 玉城真紀子(海外展室研究員) at 2026年04月02日 (木)

 

特別企画「韓国美術の玉手箱」その2 高貴なる美意識の結晶、高麗青磁

現在開催中の日韓国交正常化60周年記念 特別企画「韓国美術の玉手箱―国立中央博物館の所蔵品を迎えて―」(4月5日まで開催中)は、大きく高麗時代と朝鮮時代の2つの章から構成されています。
今回は、工芸を担当する三笠より、第1章「高麗――美と信仰」でご覧いただける韓国国立中央博物館所蔵の金銀器と高麗青磁の魅力について紹介いたします。


第1章「高麗――美と信仰」展示風景

高麗時代(918~1392)は、中国の影響を受けながら、独自の仏教文化を開花させました。それに裏づけられたハイセンスな高麗の上流階級者たちを魅了したのが、金銀器と青磁のうつわです。高麗では仏教信仰を礎に金属工芸が大きく発展したといわれていますが、金属は後世に鋳直すことが多いため、伝世品はきわめて稀少です。
なかでも上質な金銀器は日本ではなかなか目にすることはできないと思います。今回、韓国国立中央博物館から高麗の王族や貴族たちが手にした、たいへん貴重な作品をお借りすることができました。花びらをかたどり、うつわの内外に細かな装飾を刻んだ皿や盃に、当時の人びとの洗練された暮らしの一端をみることができるでしょう。
 

 
「福寧宮房庫」銘 銀製花形皿(ふくねいきゅうぼうこめい ぎんせいはながたさら)  高麗時代・12世紀 韓国国立中央博物館
会場では、縁にほどこされた「福寧宮房庫」の銘がちょうど手前に見えるように展示されています
 
そして、華麗な金銀器と歩みをそろえるように発展したのが青磁です。
青磁とは、窯に燃料を連続して投入し、空気をできるだけ遮断する焼成法によって、素地と釉薬に含まれる鉄分が酸素を奪われ、 還元されて青く見えるやきものです。中国で生まれ、唐時代末には江南の越窯(えつよう)で皇帝や貴族が手にする上質の青磁が完成し、「秘色(ひしょく)」と呼ばれました。この越窯の技術を直接的に取り入れて、高麗青磁は10世紀頃に生産が本格化し、12世紀には最盛期を迎えました。その窯址(かまあと)は、現在の韓国南西部を中心に、半島各地から見つかっています。とくに優品の生産で知られるのが、全羅南道康津(チョルラナムドカンジン)や全羅北道扶安(チョルラプクトプアン)一帯です。
 
高麗青磁の魅力は、まるで吸い込まれそうな、青緑色を帯びたガラス質のなめらかな釉調にあります。北宋末に中国から派遣された徐兢(じょきょう)という官吏が、『宣和奉使高麗図経(せんなほうしこうらいずきょう)』という史書に、高麗にも「翡色(ひしょく)」と呼ばれる美しい青磁があるとその驚きを記し、当時の皇帝や人びとに伝えたことはよく知られています。
 

青磁十二弁花形皿(せいじじゅうにべんはながたさら) 高麗時代・12世紀 韓国国立中央博物館
素地はとても薄く、金属器を意識した様子がうかがえます。釉調も安定した発色で、最盛期の粋ともいうべき作品です
 
ところで、高麗青磁の成立に大きな影響を与えた中国の青磁は、基本的に文様をほどこさず、青い色や玉のような釉薬の質感を追究したのに対して、高麗では次第に線彫りや透彫り、象嵌(ぞうがん)による器面装飾を究めるようになります。同じ青磁でも、文化の土壌が異なると、美しさの目指す先も大きく異なるという点が興味深いですね。
とくに、素地に線刻やスタンプで文様を彫りあらわした部分に黒や白の土を埋め込んで、そのうえから青磁釉をかけて焼き上げる象嵌青磁は、半島特有のもので、繊細かつ情感豊かな表現が魅力です。

青磁象嵌山水人物文扁壺(せいじぞうがんさんすいじんぶつもんへんこ)  高麗時代・13~14世紀 韓国国立中央博物館

最近、私は鎌倉から出土した、黒と白の象嵌文様がほどこされた高麗青磁の小さなかけらを拝見しました。それが見つかった場所は、執権(しっけん)・北條時頼(ほうじょうときより)によって建長5年(1253)に創建され、鎌倉五山の一位に列せられた建長寺です。建長寺の敷地からは、中国や日本で焼かれた陶磁片が大量に出土していますが、高麗青磁はきわめて稀少です。日本国内では、鎌倉以外でも高麗青磁は出土していますが、その数は決して多くはありません。
一方で近年、中国でも杭州(こうしゅう)や上海(シャンハイ)、寧波(ニンポー)などの都市遺跡から、高麗青磁の出土が報告されています。いまから700年ほど前、元の至治3年(1323)頃に寧波から日本の博多へ向かう途中に韓国の新安沖(しんあんおき)で沈没した船の引揚資料にも、わずかながら上質な高麗青磁が積載されていました。
 

新安沖沈没船積載の高麗青磁(出典:韓国国立中央博物館  www.museum.go.kr/MUSEUM/contents/M0502000000.do?schM=view&searchId=search&relicId=4657)
注)今回の当館での展示には出品されていません
 
高麗だけでなく、中国や日本の上流階級者たちをも魅了した青磁。東アジアの文化交流の歴史に想いを馳せながら、ぜひこの特別企画「韓国美術の玉手箱」をお楽しみください。

カテゴリ:特別企画

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posted by 三笠景子(東洋室長) at 2026年03月31日 (火)

 

特別企画「韓国美術の玉手箱」その1 ソウルで感じた、日本美術への深き理解

2月10日(火)より当館本館で開催中の特別企画「日韓国交正常化60周年記念 韓国美術の玉手箱― 国立中央博物館の所蔵品をむかえて―」(4月5日まで開催中)では韓国国立中央博物館より日本初公開の作品15件を含む所蔵品17件をご出品いただき、当館所蔵作品とともに展示しています。
韓国の歴史と文化をお伝えする本展に先立ち、日韓国交正常化から60年をむかえた昨年2025年には韓国国立中央博物館の常設展示ホール3階306号室において、「日本美術のとびらー四つのまなざし」(以下、「日本美術のとびら」)が6月17日(火)~8月10日(日)まで開催されました。
注)「日本美術のとびら」はすでに展示が終了しています


韓国国立中央博物館 外観

韓国国立中央博物館は、ソウル特別市の中央部、漢江北岸の龍山(ヨンサン)区龍山公園の最南端に位置する、世界でも有数の規模を誇る博物館です。
当館とは長年にわたり、両国の歴史と文化への理解を深めるために緊密な交流をしています。

「日本美術のとびら」では、韓国の皆様に日本美術に親しんでいただくことを目的として、当館と韓国国立中央博物館がそれぞれの所蔵品の中から厳選した合計62件の作品を展示しました。
当館からは重要文化財「小袖 白綾地秋草模様(冬木小袖)」をはじめとする名品、「武蔵野図屛風」などの日本の情景を伝える絵画作品、重要文化財「一重口水指 銘 柴庵」といった独自の美意識を示す茶道具、また重要文化財「能面 曲見」などの伝統芸能に息づく造形美を表す作品など40件を出品しました。

 
韓国国立中央博物館 特別展「日本美術のとびらー四つのまなざし」展示会場入り口(現在は展示が終了しています)

展示は韓国国立中央博物館のチームが主となり、日本美術に内在する本質的な特徴と美意識を感じ取っていただくことを意図して、4つの視点から日本美術を眺める構成がとられました。
前半2章で装飾性と非装飾性という外形的な2つの視点、後半2章では内面的・情緒的な視点と大きく2つの視点から日本美術を眺め、更にそれぞれの視点の中で対照的な2つの視点に分ける4章構成で企画されます。

 

「日本美術のとびら」第1章「飾りの情熱」展示風景

「日本美術のとびら」第2章「抑制の追求」展示風景

 

まず第1章は「飾りの情熱」として、美に対する理想を色や形をもって象徴的に表現しようとする装飾性の視点から、縄文時代の土器からはじまり有田焼、鍋島焼の色絵陶磁器、料紙が美しい近世の書作品、華やかな彩色と形態が目を引く屏風絵などが展示され、つづく第2章では「抑制の追求」として、物の本質を追求するために装飾をそぎ落とし必要最小限まで絞りこんでいく非装飾性の視点から、井戸茶碗や黒楽茶碗といった茶道に関する作品が展示されました。

 

「日本美術のとびら」第3章「はかなさの美」展示風景

「日本美術のとびら」第4章「遊びの美学」展示風景

 

第3章は「はかなさの美」として、自然の繊細な移ろいに対する感動を表す「あわれ」の視点から、秋草などの植物をモチーフにした作品や、能面、能衣装が展示され、第4章では「遊びの美学」として、愉快で機知に富んだ美的感覚を表す「あそび」の視点から、狂言面、浮世絵などが展示されました。

どの章においても、テーマ設定の仕方と作品の選定、展示空間の設計や演出手法において、日本美術への深い理解と敬意が感じられるとても素晴らしいものでした。現地でも非常に良い展覧会として好評を博したと伺っています。

さらに、同展覧会で私が特に感心したのは、展覧会のポスターデザインです。
全体としては、白地に金で桔梗や女郎花、ススキ、菊といった秋草をポスターのほぼ全面に大きくあしらい、その草むらの中に見え隠れしながら、黒の細い直線と、漆工品の蒔絵をイメージしたであろう黒と金の配色で〇や△、▢にデザイン化されたハングル特有の文字の構成要素によって表された「日本美術」の文字がリズミカルに配された瀟洒でスタイリッシュなデザインとなっています。
 


特別展「日本美術のとびらー四つのまなざし」メインビジュアル(同展は展示が終了しています)

日本でよく見るような、一目ではっきりとこの作品とわかるような作品の写真は使われていません。ですので一見するだけでは、その意図を汲み取ることが難しいかもしれません。
しかし、展示室で鑑賞を進めていくと、まず金で表された秋草は韓国国立中央博物館が所蔵する「秋草図屛風」から抽出されたものだとわかります。
また、蒔絵を施した漆工品の質感を漂わせるハングルの一部分は、〇は雲がかかった月、△は霞が引かれた富士山、▢は硯箱や色紙というように、日本美術に欠かせないモチーフや器形を想起させます。
具体的な作品の姿は提示されていませんが、展示作品のポイントとなる要素が散りばめられることで、無意識下に日本美術や展示作品への導入がなされているように感じました。
さらに、展示を見た後に改めてポスターのデザインを見れば、当館の「武蔵野図屛風」と韓国国立中央博物館の「秋草図屛風」のイメージが重ねられていることが読み取れます。
展示室内では、展示期間が限られていたものの、その2つの屛風が、展示導線を挟んで向かい合うケースに展示されており、それも心憎い演出のように思いました。


第3章「はかなさの美」より 向かい合う屛風の展示風景(むかって左が「秋草図屛風」、右が「武蔵野図屛風」)

このように、一見してわかる明確な提示ではなく、作品の部分や作品を想起させるモチーフを散りばめることで、「作品を暗に示す」「象徴的に示す」「読み解く楽しみを込める」という手法は、それ自体が特に工芸作品に見られる、日本美術の一つの特徴でもあると言えます。
日本美術への深い理解に基づくとてもよく考えられたデザインだと思いました。
 

メインビジュアルと日本美術のつながりを想起させる同展の作品紹介映像

簡単に韓国での展示を振り返りましたが、展示構成、演出手法、ポスターデザインなど、韓国国立中央博物館のスタッフの方々の日本美術への理解の深さと本質を伝えようとする熱意が随所から伝わり、そこに深い感銘を覚える体験となりました。
それは現地を訪問した当館の展覧会関係者一同、意を同じくしたはずです。
先方で開催された昨年2025年6月16日の内覧会の出席後、韓国の皆様の心意気に応え、我々が2026年に日本で行う展覧会でも出来うる限り良いものにしようと決意を新たに帰国の途につきました。
そのような経緯があり、現在の東博で開催中の特別企画「韓国美術の玉手箱」でも韓国美術の魅力を最大限お伝えできるようにと担当者が熱を込めて構成をしています。
詳しい見どころやお伝えしたいことは、今後同展の担当研究員たちから発信ありますので、お楽しみにお待ちください。
今回のような展覧会が、両国の交流やお互いへの理解がより深まるきっかけとなれば幸いです。

カテゴリ:特別企画

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posted by 沖松健次郎(列品管理課長) at 2026年03月23日 (月)

 

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