安土桃山時代に千利休が大成した「茶の湯」の文化の中で、特に貴重とされ、重んじられた茶道具を「名物」と呼びます。その後、江戸時代に入り、著名な寺院や位の高い僧侶、茶人などにゆかりを持つとされる裂(きれ)について、その由来にあわせた特別な名前をつけ、珍重する「名物裂(めいぶつぎれ)」の価値観が形成されました。
「名物裂(めいぶつぎれ)」という言葉、お茶を嗜まれている方、また東博に何度かお越しくださっている方は聞いたことがあるかもしれません。ただ、単語は知っていても、ニッチな世界すぎて、なかなか裂の面白さまでたどり着けない…!という方も多いのではないかと思っています。今回の特別展にあわせ、東京国立博物館所蔵の前田家伝来名物裂をピックアップし、古裂の味わい方をお伝えしたい!というのが、
特集「古裂鑑賞のいろは―加賀藩前田家伝来 名物裂の世界―」(会期:7月12日(日)まで)です。
展示室の様子
今回の広報ビジュアルを務める「飛魚袍反物 紅雲文様緞子地縫取織(ひぎょほうたんもの べにくももんようどんすじぬいとりおり)」は、なんと1500.5cmもある大変長い反物です。どこかで断ち切られた痕もない、織り上げられたままの形で遺されている作品です。本特集を準備するにあたり、この作品をしっかり調査しました。
まず、この龍に見えるモチーフですが、四本の爪をもっています。ただ、後ろ足付近には魚の鰭(ひれ)のようなものがついています。
飛魚袍反物 紅雲文様緞子地縫取織(部分) 中国 前田家伝来 明時代・16世紀
赤丸の部分に鰭(ひれ)がみえます
この特徴から、これは龍ではなく「飛魚(ひぎょ)」と呼ばれる、別の空想上の生き物であることがわかります。中国・明時代の中では、このような龍に似ているけれども、龍ではないモチーフが用いられていました。この飛魚が表された衣装は、明時代の皇帝から臣下に下される、特別なものであったといわれています。
そして、この作品のさらに興味深い点が「袍(ほう)」と呼ばれる、ワンピースのような上着に仕立てられるということです。当方が東博に着任してから、そのように聞いていたものの、しっかりと検証したことはありませんでした。ということで、この機会にちゃんと一領の袍になるのか!?を、同時代の袍の形を調べつつ、ペーパークラフトを手作りして確認しました。
この作品を細かくみていくと、下の画像のように(1)飛魚が左右どちらかに走っているパーツが10個、

(2)すべてあわせると四葉形ができあがるパーツが3個

(3)山岳や波から、上空の雲に向かって立ち昇るような飛魚が表されたパーツが2個あることがわかりました。
これらを組み合わせると、各パーツをぴったり使い切って、一領の袍ができあがりそうなことがわかりました!袍はきもののように前で身頃を重ねて着用するため、下側に重なる部分も考慮して、反物が作られているようです。(3)の立ち昇る飛魚は、おそらく両肩にあてるのでしょう。また、左身頃については、背中から前まで、きれいに一枚つなげて仕立てることができそうです。夜な夜な工作していたのですが、これが明らかになった時はおお!と奮い立ちました。
検証のために作ったペーパークラフト(折り上げている部分が上前にあたります)
裂がひとつの衣装に仕立てられるということがわかると、ちょっとだけ、おもしろく感じませんか?会場では、完成イメージ図もお見せしながら、作品を長――――く展示しています。それでも展示ケースの中で1500.5cm、出し切ることはできませんでした。これを織るのに、どれだけの時間がかかったのだろうかと考えてしまいます。
加えて、作品に刷られていた人名や役職から、この反物の製作年代が推測できることも解説しています。配布しているリーフレットにも記載していますので、ご興味のある方は、お手に取っていただけますと幸いです。
(リーフレットには仕立てた際のイメージ図も掲載しています)
「古裂鑑賞のいろは」のいろは、今回のブログでは飛魚袍反物だけでいっぱいになってしまいましたが、もちろん、ほかにも前田家伝来のすばらしい名物裂を、注目してほしいポイントとともに展示しております!さまざまな裂たちが、皆さまをお待ちしております。
リーフレット
古裂鑑賞のいろは―加賀藩前田家伝来 名物裂の世界―
編集:東京国立博物館
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カテゴリ:特集・特別公開、工芸
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posted by 沼沢ゆかり(文化財活用センター研究員) at 2026年06月11日 (木)