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春日権現験記絵模本―写しの諸相―

特別展「春日大社 千年の至宝」の開催に合わせ、平成館一階企画展示室では「春日権現験記絵模本III―写しの諸相―」と題する特集を行なっています。

この特集は、奈良市に鎮座する春日大社に祀られる神々の利益と霊験を描く春日権現験記絵模本の魅力とともに、春日信仰の諸相を様々な角度からご紹介する3回目の試みです。一昨年は「美しき春日野の風景」、昨年は「神々の姿」をテーマとしましたが、今回は「写しの諸相」をテーマとしています。

今回展示している春日権現験記絵模本の原本=春日権現験記絵は、三の丸尚蔵館が所蔵する全20巻の絵巻です。鎌倉時代の後期、時の左大臣西園寺公衡の発願により、高階隆兼という宮廷絵所絵師によって描かれました。通常紙に描かれることの多い絵巻としては異例の絹に描かれおり、数ある絵巻作品の中でも最高峰の一つに数えられています。拝観が厳しく制限されていた春日権現験記絵は、江戸時代中期にいたっていくつかの模本が作られることになります。

本展にあたっては、摂関家筆頭、近衞家凞(このえいえひろ、1667~1736)の命により渡辺始興(わたなべしこう、1683~1755)が描いた陽明文庫(ようめいぶんこ)本、松平定信(まつだいらさだのぶ)の命で作られた春日本、阿波蜂須賀(あわはちすか)家伝来の徳川美術館本、紀州新宮(しんぐう)の丹鶴(たんかく)文庫伝来の新宮本を特別にご出陳いただくことがかないました。これらに当館所蔵の紀州(和歌山)藩主徳川治宝(とくがわはるとみ、1771~1852)の命によって冷泉為恭(れいぜいためちか、1823~64)らが描いた紀州本、大正から昭和にかけて12年がかりで写された帝室博物館本をあわせて展示しています。春日権現験記絵の模本がこれだけ一堂に並ぶのも初めてのことではないかと思います。

今回の展示では、前半に各伝本の同じ場面を陳列しています。同じ場面を描いていたとしても、「写し」の方法も大きく異なります。

帝室博物館本
春日権現験記絵(帝室博物館本)巻三  前田氏実筆  大正14年(1925)  東京国立博物館蔵
(2017年2月12日(日)まで展示、2月14日(火)からは巻十五を展示)



春日本
春日権現験記絵(春日本)巻三  江戸時代・文化4年(1807)  春日大社蔵
(2017年2月12日(日)まで展示、2月14日(火)からは巻十五を展示)


はじめに帝室博物館本。画面の剝落や損傷なども原本に忠実に写す「現状模写(剝落模写)」という方法をとります。
続いて陽明文庫本や紀州本。こちらは原本の剝落などを彩色によって補う「復元模写」という方法です。春日本は前半が剝落模写、後半が復元模写という特殊な構成をとります。いずれも原本を「写す」というよりも、新しい「鑑賞画」を作り出すといった感覚のほうが近いかもしれません。

紀州本
春日権現験記絵(紀州本) 巻三  冷泉為恭ほか筆  江戸時代・弘化2年(1845)  東京国立博物館蔵
(2017年2月12日(日)まで展示、2月14日(火)からは巻十五を展示)


春日本
春日権現験記絵(新宮本)巻三  山名行雅筆  江戸時代・19世紀  個人蔵
(2017年2月12日(日)まで展示、2月14日(火)からは巻十五を展示)


そして徳川美術館本や新宮本。こちらも剝落模写、復元模写が混在しますが、全ての画面に彩色を施さず、色注などを付しています。美的な鑑賞のためというよりは、有職研究などのための資料的性格が強いと言えるでしょう。

展示の後半では、春日本や紀州本の制作事情や、春日本を制作させた松平定信による「模本の模本」などの作例もご紹介しています。


右から、
春日権現験記絵(春日本)別巻   田安宗武筆  江戸時代・18世紀  春日大社蔵    
春日権現験記絵(春日本)巻二十
 奥書=松平定信筆  江戸時代・文化4年(1807)  春日大社蔵
春日権現験記絵(紀州本)目録
 長沢伴雄筆  江戸時代・弘化2年(1845)  東京国立博物館蔵


松平定信の編纂による、古画類聚 宮室 十五  江戸時代・寛政7年(1795)(写真右)など



同じにように見えて、模本にも様々な性格があります。それぞれの画面見比べながら、その違いをご覧いただきたいと思います。
特別展では、三の丸尚蔵館所蔵の「春日権現験記絵」原本(巻12・20)も出陳されています。色の様子など、こちらと比較しながらあわせてご覧ください。

 

カテゴリ:研究員のイチオシ特集・特別公開2016年度の特別展

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posted by 土屋貴裕(平常展調整室主任研究員) at 2017年01月27日 (金)