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1089ブログ

声が見えたら、何か変わるかもしれない

トーハクに勤めて何年かした頃、私はふと気づきました。
聞こえない人には私たちの声を伝えられていない、と。
音声ガイドや講演会、ギャラリートークなど、博物館側はみなさんに様々なサービスや情報を、音声を通して提供し、博物館や文化財の魅力を伝えています。
でも、その声を届けられていない人たちがいることは悲しく、寂しく、悔しいことです。

作品には解説文もついているし、見えているからいいじゃないか。
そんな意見もあるかもしれません。
でも、聞こえないために使えないというサービスを使えたら、もっと鑑賞が深まり、楽しめるかもしれません。
そのチャンスはあるべきだと思うのです。

手話通訳をつければいいじゃないか。
そうおっしゃる方もいるでしょう。
でも、手話をコミュニケーション手段としているのは聴覚障害者全体の約2割。
手話は手の動きにだけでなく表情なども合わせて表現していること、専門用語を伝えるための手話がないということもあり、手話通訳をつければ万事解決とはいきません。

どうしたら伝えられるだろう。どうしたら博物館を楽しんでもらえるだろう。
残念ながら、聞こえない方を対象とした、博物館での鑑賞に関する先行研究はほとんどありません。

声は見えません。
でもその声がもしも見えたら・・・

様々な方に協力いただきながら検討をすすめるなかで、音声認識技術を使ったアプリのテストをしましたのでご報告します。

音声認識技術は、聞こえない人、聞こえにくい人と、聞こえる人がコミュニケーションを行うとき、聞こえる人の声を文字に変換するものです。
実はこの音声認識技術を用い、話した内容がパソコンやタブレット、スマートフォンといった端末画面に、文字として出てくるアプリが開発されているのです。
これは手話や要約筆記を補完する新しいコミュニケーションツールとして、また手話を使わない聴覚障害者にも広く使われています。
私がこれを知ったのも、実際に活用している聞こえない方からの紹介でした。

端末
専用アプリの画面
 
テストは体験型ワークショップ「能の裏側体験!」(2015年9月12日)、月例講演会「日本美術が面白くなる様々な見方」(2015年10月10日)の2回行いました。
音声認識ソフトの有用性についてのテストとなりました。
それぞれ聞こえない方にモニターとして参加していただき、音声認識技術を用いたアプリの有用性を検証しました。

講師の声はほぼリアルタイムで文字化されます。
もちろん誤変換もありますが、スタッフがパソコンで修正すればすぐに全端末に反映されます。
つまり、従来の手話や要約筆記などのコミュニケーションツールの課題であった情報を得るまでのタイムラグがかなり解消されました。

映写室
講演会会場の映写室にて端末を操作
 

体験型ワークショップ「能の裏側体験!」で、いくつかの課題が明らかになりました。
ひとつは展示室での作品鑑賞の際に、本館展示室のネットワーク環境の問題により機能が一時とまってしまうというアクシデント。これはトーハクスタッフのノートテイク(筆記通訳)で乗り越えました。
さらに、能の動きを体験するときには、タブレット端末を自身で持つことが出来ないので、スタッフが代わりに持ち、手話などを交えてフォローしました。
 
能の裏側体験ワークショップ
体験型ワークショップ「能の裏側体験!」より展示室での鑑賞(左)、動きの体験(右)での様子

移動をしたり、体験したり、という場面ではまだまだ工夫が必要です。
一方、座学形式の講演会では、他の参加者の皆様のご理解もあり、大きな問題もなく、このツールの有用性が確認できました。

とはいえ、端末を確認してから、会場に投影された画像を見るという煩雑な視線移動が必要であることに変わりはありません。話者の声色の変化、抑揚などを伝えるのは難しい部分もあります。また、文章を読み書きすることが苦手な聴覚障がい者もいるため、文字化だけですべて解決ともいえません。

モニターのアンケートに書かれた感想です。
「文字表示の速さ、忠実さ、ほぼ発言通りの内容にとても快適さを覚えた。機器も軽く薄く持ち運びしやすかった。文字の大きさも自由自在で自分の好みに換えられて便利だった。移動も容易であることがありがたい。人間を介しないので気を遣わなくてすむのが一番助かる。」
「以前から興味のあった能の世界に触れることができ、大変楽しませていただきました。」


声は見えないものです。
見えない声を見えるようにしたことで、多くの人と共有できる情報や学び、楽しみがある。それを利用すれば、聞こえない人たちにとっての博物館は変わることができるかもしれない。
聴覚障がい者だけでなく、高齢者や日本語学習者などにも有用である可能性もあるでしょう。
情報保障サービスの本格導入にはまだまだ課題があります。
すべてのひとに楽しんでいただける博物館を目指し、一歩一歩進んでいきたいと思っています。
 

カテゴリ:教育普及

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posted by 川岸瀬里(教育普及室) at 2015年10月22日 (木)