このページの本文へ移動

1089ブログ

「3.11大津波と文化財の再生」見どころ・聴きどころ

特別展「3.11大津波と文化財の再生」には「見どころ」だけではなく「聴きどころ」があります。

大津波によって奇跡的に残った高田松原の一本松の写真を背景に、本館大階段の踊り場に一台の古風なオルガンが展示されています。
陸前高田市立博物館が所蔵するこのオルガンは、東日本大震災当日は博物館の2階収蔵庫に保管されていました。
津波により収蔵庫扉はなくなりましたが、庫内への瓦礫の流入は思ったほど多くはなく、美術品、国登録有形民俗資料の漁撈用具やその他の民具、大量のマンガ、新聞などの紙資料、高田歌舞伎関連資料などとともに庫内で渾然一体といった状況から救出されました。


修理前のリードオルガン
オルガンが保管されていた収蔵庫は津波によりぐちゃぐちゃの状態でした


このオルガンは、岩手県陸前高田市における幼児教育の先駆者である村上斐(あや)氏が購入・使用していたものです。
村上氏は明治20年、現在の陸前高田市気仙町に生まれ、同39年から現在の陸前高田市域に所在した3つの小学校での勤務を経て、昭和6年に退職。同年私財を投じて私立高田幼稚園を開園します。戦後昭和23年には福祉施設「私立高田保育園」として再スタートし、同33年に市へ移管された後も初代園長に就任。没後半世紀を経た現在も斐先生と敬愛される、陸前高田市の幼児教育の母ともいえる方です。
オルガンは平成16年にご子息より博物館に寄贈されました。

幼児教育で活躍したこのオルガンは、三省堂機械標本部が明治末年からの限られた期間、海保オルガン社に委託して製造・販売していたリード(吸気式)オルガンです。日本リードオルガン協会によれば、このオルガンは海保オルガンのなかでも7個のストップ(特定のパイプへの送風を閉塞することで音色を選択する機構)を有するものとして現存する唯一の実物資料であるとされています。


リードオルガン
三省堂機械標本部製造 明治~大正時代・20世紀
岩手・陸前高田市立博物館蔵



救出後、リードオルガン協会の支援のもと、和久井工房(長野県)において修復が行われ、再生を遂げました。解体した後、全ての部品を点検しながらドライクリーニング法で汚れを取り除き、リードなど金属部分に発生した錆は丁寧に除去しました。過去に行われた修理痕はできる限り尊重して温存し、新たな部品の取り替えを必要最小限に留め、文化財としての修理を行いました。あわせて往時の音の再生を図りました。


1月31日はピアニストで作曲家の中村由利子さんによる演奏です。
どうぞお楽しみに!


展覧会の会期中、1月31日(土)2月21日(土)3月14日(土)にはこのリードオルガンの演奏会を行います。
初回1月31日(明日です!)はピアニストで作曲家の中村由利子さんがオリジナル曲の「天に響け」や「アメイジング・グレイス」などを演奏します。
どんな音が響くか、どうぞご期待ください。

カテゴリ:研究員のイチオシ2014年度の特別展

| 記事URL |

posted by 神庭信幸(保存修復課長) at 2015年01月30日 (金)

 

編者の意図も伝えたい!写真アルバムの保存

皆さんが旅行や家族の写真アルバムを作る際、写真を厳選し、ページの進みは旅行の行程順、家族の歴史順になるように並べて作るなど、なんらかの意図を込められると思います。

前回のブログでご紹介しました当館所蔵の重要文化財「旧江戸城写真帖」(横山松三郎撮影、蜷川式胤編、高橋由一著色)は64図から構成されていますが、霞会館所蔵の、同じ「旧江戸城写真帖」は100図(著色はありません)で構成されており枚数が違います。ここに編集を行った蜷川式胤の意図が存在します。

このように、写真アルバムは「写真が全部揃っていること」、「写真の順番」、「編者の意図」などが保存方法を考える上で重要なのですが、写真アルバムでは酸性紙の台紙にデンプン糊やアラビアゴムで写真が貼りこまれているなど、画像保存の観点から見た場合、適切ではない保存形態であることが問題となります。

そこで、簡単に思いつくのが写真アルバムの形態を記録し、写真だけ外して保存に適した包材を用いて保存する手法です。展示や貸与においても必要な写真の移動だけで事が足り、その他の写真は収蔵庫から移動しないために環境の変化がないなどメリットもあります。しかし、情報を一緒に保管しても、ひとたび解体してしまえば写真アルバムとしての形態は崩れ、編者の意図が伝わりにくくなる上、保存している組織や担当者が変わった場合などに集められた写真の散逸につながる等、多くのリスクも伴います。

保存箱
旧江戸城写真帖の中性紙保存箱と取り扱い説明書
箱と写真帖の間に空気層があり温湿度の変化が少ない構造をとっており、また、下に板を敷いて安全に箱から出せるように工夫している。



中性紙
旧江戸城写真帖は台紙1枚1枚を中性紙で覆っている


画像を残すことを優先とするのか、写真アルバムとしての形態を優先とするかについて、写真アルバムの保存に関する研究者内でも明確な判断基準はなく、この判断は所有者の事情や意向に大きく左右されているのが現状なのです。今後、少しずつでも写真資料の保存を研究している人間が写真アルバムの保存について意見を述べ、研究成果や経験を伝えることが出来れば、写真アルバムの保存や活用の進展につながると考えます。

私に修理を教えてくれた師匠は「作品がどう修理してほしいか語りかけてくるので、その言葉に耳を傾けろ!」と教えてくれました。今は写真アルバム保存研究の基礎を築くために作品からの言葉に耳を澄ましています。


P.S.
私事ですが、この年末に父がなくなり、遺品の中からいくつも写真アルバムが出てきました。父が自分で現像プリントをしているためサイズも技法もまちまち、様々な筆記具で写真や台紙に書き込みがあり、父の育ってきた環境や歴史が分かる、見ていて大変楽しい写真アルバムに出会いました。こちらも家庭できちんと保存したく考えていますが…。
 

カテゴリ:研究員のイチオシ保存と修理

| 記事URL |

posted by 荒木臣紀(調査分析室長) at 2015年01月28日 (水)

 

ユリノキちゃんが行く!「みちのくの仏像」

ほほーい! ぼくトーハクくん! 今日は担当研究員の丸山さんと一緒に、
特別展「みちのくの仏像」を見にきたほ。
あら、トーハクくん。ここでなにをしているの?
え、丸山さんと…
私は、丸山さんのご指名で一緒に特別展を見に行くの。
「かわいいユリノキちゃんと一緒に回りたいなー」ですって!
…!
…じゃ、そういうことだから。
ま、丸山さん…
では丸山さん、今日はよろしくお願いします!
よろしくね、ユリノキちゃん。


というわけで、今回はユリノキちゃんと丸山研究員が
展覧会の見どころをご案内します



早速ですが、丸山さんがおすすめする、いちばんの見どころはなんですか?
それはやっぱり東北の三大薬師でしょう。見てよ、この堂々とした姿。
わぁ!! 迫ってくるみたい!



(上左) 重要文化財 薬師如来坐像 平安時代・貞観4年(862) 岩手・黒石寺蔵
(上右) 国宝 薬師如来坐像 平安時代・9世紀 福島・勝常寺蔵
(下) 重要文化財 薬師如来坐像 平安時代・9世紀 宮城・双林寺蔵


三大薬師はどれも、それぞれ1本の木から彫り出されているんだよ。
こんなに大きな仏像なのに、1本の木から?!
そう、一木造(いちぼくづくり)というつくり方なんだよ。
じゃあ、この3体はとっても大きな木から生まれたのね!
そういえばユリノキちゃんも、本館前のユリノキから生まれたんだよね?
だったら、もっともっと立派にならないと。
(ま、丸山さん、意外と厳しいわ…)
三大薬師が揃うのは今回が初めてなんだから、見逃さないように。
は…はいっ!


三大薬師の迫力をぜひ展示室で体感してください


東北らしさという意味では、天台寺の聖観音菩薩立像は外せないね。


重要文化財 聖観音菩薩立像
平安時代・11世紀 岩手・天台寺蔵


この仏像、表面がでこぼこ! つくりかけなのかしら?
でこぼこはノミ跡。これはノミ跡をわざと残す鉈(なた)彫りという手法で、
つくりかけじゃないんだからね。
鉈彫りの仏像は東北以外でも見られるけど、他の地域に比べて東北のものは
洗練されているんだよ。
鉈彫りがこの仏像の「東北らしさ」なのね。
この像は鉈彫りの極致! ノミ跡の美しさに注目してください。


展覧会には円空の作品もあるって聞いたけど、どれかしら?
ここだよ、ユリノキちゃん。 会場出口近くを見てごらん。
え、これが円空?

 
釈迦如来立像 円空作 江戸時代・17世紀 青森・常楽寺蔵
背中は展示室内のパネルの写真で見られます
画像提供:須藤弘敏

ほら、顔は円空らしいじゃない。
確かに…でも、円空といえばごつごつしているイメージが…
そこは円空らしくないの。円空にしては螺髪(らほつ)も丁寧に彫られているし、
背中もちゃんと彫っている。真面目に頑張って彫ったなって感じがするよね。
円空の仏像だけど円空らしくないのが魅力なんですね。
そうそう。円空ファンの人も、新鮮な気持ちで見てくれるんじゃないかな。
東北の仏像はユニークなものが多いのね。丸山さん、今日はありがとうございました!


こらこらユリノキちゃん、勝手に締めに入らない。最後にもうひとつだけ紹介させてよ。
ほら、このお像。きれいでしょ?


伝吉祥天立像
平安時代・9世紀 岩手・成島毘沙門堂蔵


わぁ、きれいな仏像!
お、わかってるじゃない。穏やかな眼差し、ふっくらした頬、整った山形の唇、
なだらかな肩の曲線。ほぼ左右対称に表れた木目もきれいだし、いいでしょう、この仏像。
東北の仏像のなかでも最も美しい像だと思うんだよね。
(い、いつになく熱い語りだわ。)
学生の頃、研究室にこの像の写真が貼ってあって、「なんてきれいな仏像なんだ」と
感動したのよ。
つまり、丸山さんのアイドルなんですね。
まあ、そんな感じかな。ちなみに、私のおすすめのアングルはお像に向かって右側から見た顔ね。
いろんなアングルで見て、自分なりのベストアングルを見つけてください。


丸山研究員オススメのアングルです

東北の仏像に親しみがわいてきました。
人間を超越した悟りの境地の仏像というよりは、人間くささのある像が多いから、
親しみがわきやすいかもね。京都や奈良の洗練された仏像ももちろん魅力的だけど、
東北の仏像には、東北ならではのおもしろさがあると思うよ。
(今度こそ)丸山さん、今日はありがとうございました。


特別展「みちのくの仏像」では、今回ご紹介した以外にも、いろいろな仏像が展示されています。
みんな、ぜひ会いに来てほー!
トーハクくん?!
ふふふ…最後はぼくがいないと締まらないほ。
もう、いちばんいいところを! ちょっと東洋館裏に行きましょうか?
……!


展覧会の音声ガイドは薬師丸ひろ子さんのナレーション。
薬師丸さんも丸山研究員のアイドルです

カテゴリ:研究員のイチオシ2015年度の特別展

| 記事URL |

posted by ユリノキちゃん at 2015年01月26日 (月)

 

「みちのくの仏像」「3.11大津波と文化財の再生」開幕!

特別展「みちのくの仏像」と特別展「3.11大津波と文化財の再生」が、いよいよ本日開幕しました!
それに先立ち、昨日は開会式・内覧会が行われました。

寒空のもとたくさんのお客様にご来館いただき、2015年最初の特別展も幸先の良いスタートとなりました。

特別展「みちのくの仏像」は、本館1階特別5室で開催されています。
東北各地から集められた仏像が、ひとつの空間に勢ぞろいした姿は、まさに圧巻!



東北の三大薬師といわれる黒石寺(岩手県)・勝常寺(福島県)・双林寺(宮城県)の薬師如来坐像も、
展示室奥にそろって展示されています。

 
重要文化財 伝吉祥天立像 平安時代・9世紀 
岩手・成島毘沙門堂蔵 (左画像の提供:東北歴史博物館)

本展の魅力は、写真では伝わりづらい、木のお像の圧倒的な存在感と木目の美しさ。
例えば写真の吉祥天立像は、厚みのある体が大きく前傾しており、正面から見ると、こちらに迫ってくるような
迫力があります。

会場では、女優の薬師丸ひろ子さんによる音声ガイドの貸出を行っています(400円)。
薬師丸さんの包み込むようなナレーションで、特別展「みちのくの仏像」をさらにご堪能ください!

 

続いて、特別展「3.11大津波と文化財の再生」(本館特別2室・特別4室)の開会式も行われました。

展示室では、当館が被災地の博物館等と協力して取り組んできた、被災文化財の安定化処理や
修理の現状をご紹介しています。


リードオルガン 三省堂機械標本部製造 
明治時代末期~大正時代初期・20世紀 岩手・陸前高田市立博物館蔵 


本館大階段踊り場には、修復されたリードオルガンが展示されています。



こちらは「昆虫類ドイツ標本箱(昭和時代・20世紀 岩手・陸前高田市立博物館蔵)」です。
右隣に被災当時の状態を保存した標本箱が並べられていて、 修復前と修復後の状態を比べることができます。
資料によっては過度な修復は行わず、破損箇所を「歴史をくぐり抜けた証」として残しています。



本館1階特別4室では、「文化財再生のみちのり」を、パネル展示で分かりやすく説明していますので、
こちらもご覧ください。


上野で触れるみちのくの文化。
ぜひ、あわせてご鑑賞ください!

 

カテゴリ:news2014年度の特別展2015年度の特別展

| 記事URL |

posted by 宮尾美奈子(広報室) at 2015年01月14日 (水)

 

横河コレクションの醍醐味―「『甌香譜』の世界」の展示より

新年あけましておめでとうございます。
昨年5月より、東洋館5室では建築家横河民輔(よこがわたみすけ 1864~1945)によって寄贈された中国陶磁コレクションの展示を行なっています。       
正月から始まった新しいテーマは「『甌香譜(おうこうふ)』の世界」です。

『甌香譜』とは、昭和6年(1931)に工政会出版部より刊行された横河コレクション名品図録です。編集にあたったのは装丁家であり、稀代の目利きとして知られる青山二郎(1901~1979)。厖大なコレクションのなかから60点を選び抜きました。

甌香譜
コロタイプによる200冊限定の豪華図録です(出典:『甌香譜』工政会出版部、昭和6年)


いま展示室にはそのうちの34件がならんでいます。多くが現在も高く評価されている作品であり、企画の時点ではまだ20代であったという青山二郎の圧倒的な目の高さに驚かされます。

重要文化財 白磁鳳首瓶
重要文化財 白磁鳳首瓶 唐時代・7世紀
昭和7年(1932)9月 横河民輔氏寄贈(第1回)
昭和24年2月18日 重要文化財指定


三彩壺 唐~五代・9~10世紀
三彩壺 唐~五代・9~10世紀
昭和7年(1932)9月 横河民輔氏寄贈(第1回)
『甌香譜』「三十一 三彩蓮座壺」


五彩龍鳳文面盆 明時代・万暦年間(1572~1620)
五彩龍鳳文面盆 明時代・万暦年間(1572~1620)
昭和7年(1932)9月 横河民輔氏寄贈(第1回)
『甌香譜』「二十 明万暦赤絵六角平鉢」


五彩群馬図皿 明時代・17世紀
五彩群馬図皿 明時代・17世紀
昭和7年(1932)9月 横河民輔氏寄贈(第1回)

じつは『甌香譜』に掲載されている群馬図皿は、当館所蔵品の2枚とは異なるものです。
このほかに虎を描いた皿も、当館所蔵品とは異なるものがみられます。
横河は古染付や天啓赤絵を大量に所蔵していたと伝わっています。とりわけ好んでいたのかもしれません。


『甌香譜』「二十五 明天啓赤絵群馬中皿」
『甌香譜』「二十五 明天啓赤絵群馬中皿」


これまで、「青山二郎の眼」を評価する一つとして語られることが多かった『甌香譜』ですが、ここでは横河コレクション、横河民輔の功績という面からお話してみたいと思います。


横河民輔が収集を始めたのは大正の初めころといわれています。それからわずか10数年で、新石器時代から清時代に至るさまざまな種類の土器・陶磁器を集め、質・量ともに世界最大規模のコレクションをつくりあげました。その背景には、前回のブログ(「横河コレクション―宋・元のやきもの」)でもお伝えしたように、欧米における最新の研究動向がありました。横河の眼は日本国内ではなく、海外の研究に向けられていたのです。

なかでも横河を語るうえで外すことができないのが、イギリスの収集家ジョージ・ユーモルフォプロス(George Eumorfopoulos 1863-1939)です。英国東洋陶磁学会の初代会長をつとめた人物で、当時最前線にあったイギリスの中国陶磁研究を中心となって支えました。1920年代後半には、彼のコレクションは分野ごとにカタログにまとめられ、その質と量で世界中を驚かせます。コレクションの主軸であった陶磁器は全6冊にもおよびます。

横河が『甌香譜』を刊行し、翌年帝室博物館(現・東京国立博物館)の表慶館にて寄贈記念特別展が開催されると、人々は横河を世界のユーモルフォプロスに比肩すると称賛しました。きっと横河自身、この同世代のコレクターを強く意識していたに違いありません。

しかし、横河とユーモルフォプロスの収集活動には決定的な違いがあります。ユーモルフォプロスのコレクションは彼の没後、売りに出され、大英博物館とヴィクトリア・アンド・アルバート博物館に分割して収められました。いっぽう、横河は亡くなる直前の昭和18年(1943)まで収集を行ない、博物館に寄贈を続け、博物館のコレクションを充実させることに心血を注ぎます。『甌香譜』刊行の時点で、すでにコレクションは質・量ともに世界レベルのものであったことだけでも大変な功績と言えますが、横河コレクションの真価は第1回の寄贈後に追加された作品たちにあると言ってもよいかもしれません。

もし横河民輔がいまも存命であったら、この60年のあいだにいったいどんな作品がコレクションに加わっていたでしょう。日本における中国陶磁コレクションの礎である横河コレクション―『甌香譜』の世界に浸りながら、そんな想像に胸をふくらませるのも楽しみの一つです。

 

カテゴリ:研究員のイチオシ

| 記事URL |

posted by 三笠景子(保存修復室研究員) at 2015年01月07日 (水)