調査研究課の今井です。4年ぶりにトーハクに戻ってまいりました。
現在本館14室で、茶の湯のために日本国内で焼かれた茶碗を特集する「和物(わもの)茶碗の世界―美濃、樂(らく)、京焼、唐津、高取」を開催しています(6月24日まで)。
特集「和物茶碗の世界-美濃、樂、京焼、唐津、高取」会場(本館14室)の様子
昨年4月11日~6月4日に開催された特別展「茶の湯」を覚えていらっしゃいますでしょうか。そのおりに、ウェブサイト上で「トーハク名碗オールスターズ」、すなわち館蔵の茶碗の人気投票が行われました。
結果は、中国産の唐物(からもの)茶碗が1位から3位までを独占!
朝鮮半島産の高麗(こうらい)茶碗が4位、5位と続き、和物茶碗はすべてその下に沈みました。ずーん……。
和物茶碗の魅力がうまく伝わらなかったのかもしれません。
ここで茶碗の好みの歴史的な変遷と和物茶碗が生まれた背景をざっくり説明します。
唐物茶碗は喫茶の風とともに中国からもたらされました。室町時代には、宝石のような曜変(ようへん)天目や砧(きぬた)青磁を至上とする価値観が成立します。
重要文化財 青磁茶碗 銘馬蝗絆 龍泉窯 南宋時代 (展示しておりません)
やがて室町時代後期になると、いやいや、焼けなりの変化に富んだ灰被(はいかつぎ)天目や、朝鮮半島の無名の陶工が轆轤(ろくろ)の回るままに作った高麗茶碗の一碗ごとの個性の方が趣があるんだという美意識の変化が生じます。
重要美術品 大井戸茶碗 銘有楽 朝鮮時代 (展示しておりません)
ところが、千利休(1522~91)はついにこういった個性すらきっぱりと捨象してしまうのです。
自らの思想を体現した茶碗を長次郎(?~1589)に焼かせます。楽茶碗の誕生です。
黒楽茶碗 銘尼寺 長次郎 安土桃山時代
轆轤を使わず手捏(てづく)ねで成形されているため、正円形ではありませんが、かといってこれ見よがしの変化が付けられているわけでもありません。
高台(こうだい)周りの土や削り痕を隠すかのように、艶のない黒い釉薬で底裏までずっぽりと覆われています。
そのさまは、言語による説明を拒絶しているかのようです。
これが慶長年間(1596~1615)頃になると、ひずみやゆがみ、あたかも抽象絵画のような文様等々、弾けてほとばしるかのように、各々の茶碗が声高に個性を競うようになります。
織部沓形茶碗 美濃 江戸時代(個人蔵)
そして、寛永年間(1624~44)頃から今度は一転して瀟洒(しょうしゃ)な作風へと変わってゆきます。
色絵波に三日月文茶碗 仁清 江戸時代
和物茶碗は、日本の茶の湯のために焼かれたものであるため、それぞれを生み出した時代の茶の好尚をストレートに反映しているのです。
あなたならどの時代に共感しますか?
そしてあなたが一服の茶を喫するとしたら、どの茶碗を選びますか?
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posted by 今井敦(調査研究課長) at 2018年05月14日 (月)
特別展「名作誕生-つながる日本美術」(4月13日[金]~5月27日[日])は、来場者10万人突破を記念して、5月11日(金)にセレモニーを行いました。
多くのお客様にご来館いただきましたこと、心より御礼申し上げます。
セレモニーにご出席のお客様は、東京都墨田区からお越しの荘司守さんです。
奥様の善美さんとご一緒にご来館くださいました。
ご夫婦でよく美術展に行かれるというお二人は、何度もトーハクに来てくださっているそうです。
荘司さんには、当館館長より展覧会図録のほか、美術雑誌『國華』創刊号の表紙をあしらったトートバッグ、オリジナルのクリアファイルなどを、記念品として贈呈しました。
特別展「名作誕生-つながる日本美術」10万人セレモニー
右から、トーハクくん、館長の銭谷眞美、荘司守さん、善美さん、ユリノキちゃん
「イタリアの文化が好きなんです」という荘司さん。
「ヨーロッパの美術展では、よく宗教画を見てきましたが、この展覧会では久々に日本美術に触れられるのが楽しみ。特に『見返り美人図』が見られるのは嬉しい」とお話しくださいました。
とてもノーブルで素敵なお2人で、憧れのご夫婦でした。
5月8日(火)からは後期展示がはじまっています。
本展は5月27日(日)まで。名品の豪華なラインナップを、どうぞお見逃しなく!
カテゴリ:news、2018年度の特別展
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posted by 小島佳(広報室) at 2018年05月11日 (金)
特別展「名作誕生-つながる日本美術」には「吉野山」というコーナーがあります。私にとって、吉野は母方の実家があるところ。なので、子供のころからよく遊びに行きました。
祖父母の家は、最後のニホンオオカミが捕まったという山里にあります。夏になると、村の人たちが鮎を捕るのを手伝ったりしました。冷たい川で鮎を網に追い込み、捕まえた鮎を川原で塩焼きにして、蓼[たで]の葉を酢で溶いた蓼酢を付けて食べます。尻尾から頭まで丸かじりに骨や内臓[はらわた]も食べます。これは大変おいしく、現在でも、私の一番の好物は吉野の鮎の塩焼きです。
秋になると、祖母が山で大きな松茸をたくさん取って来て、小さな土瓶から松茸がはみ出るような土瓶蒸しを作ってくれました。それから、役行者[えんのぎょうじゃ]にゆかりのある吉野山の金峯山寺[きんぷせんじ]に出かけて巨大な蔵王堂[ざおうどう]を見物したり、修験者の方から法螺貝の吹き方を教わったような思い出もあります。
吉野山図屛風[よしのやまずびょうぶ](左隻)
渡辺始興[わたなべしこう]筆 江戸時代・18世紀
(展示期間:5月8日(火)~5月27日(日))
というのは、私にとっての吉野であり、やはり世間一般の吉野に対するイメージは桜でしょう。古くから吉野は桜の名所として名高く、日本美術では、なだらかな山に満開の桜をちりばめれば、それは吉野山のテーマを表現していることになります。
小袖 縞縮緬地桜山模様[こそで しまちりめんじさくらやまもよう]
江戸時代・18世紀 神奈川・女子美術大学美術館蔵
(展示期間:5月8日(火)~5月27日(日))
桜は『日本人の心のふるさと』などと言われる国花[こっか]です。毎年3月の半ば過ぎになると、「今年の満開は何日頃だ」とか「そろそろ桜が咲きそうだ」といった話題が聞こえてきます。
日本では、4月を年度のはじめとするので、ちょうど新生活がはじまる頃に一斉にパッと満開する桜がひとびとの気持ちと重なるのでしょう。あまり長ったらしく咲き続けないで、サッと散るすがたも潔いものです。「花は桜木、人は武士」というのは、一休さんの言葉だそうですが、その美意識はさらにさかのぼるようです。
平安京の宮廷様式を伝える京都御所の紫宸殿[ししんでん]の前庭には桜と橘の樹木が植えられており、左近[さこん]の桜、右近[うこん]の橘といっております。左近のほうは、平安遷都時には梅を植えていたのですが、その梅が枯れると、桜に植えかえて、以後は桜になったのでした。
色絵吉野山図透彫反鉢[いろえよしのやまずすかしぼりそりばち]
尾形乾山[おがたけんざん]作 江戸時代・18世紀 静岡・MOA美術館蔵
梅は中国で愛好されている花で、平安遷都時には中国文化に対するあこがれが強かったものが、やがて日本人の感覚に合う花が選ばれるようになったもののようです。そのころの宮廷人の在原業平[ありわらのなりひら]は、友人たちと花見に出かけて“世の中にたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし(この世に桜がなければ、桜の咲き散りを気にせず、春をのどかに過ごせるのに)“という歌を詠んだところ、それに対して友人は“散ればこそ いとど桜はめでたけれ 憂き世になにか久しかるべき(散るからこそ、いっそう桜は愛しいのではないか。この世で何が変わらないままにいるのだ)”という歌を返したのでした。
そのように一瞬のあいだ咲きほこる桜に対する美意識を造形として留めたものが吉野山のモチーフだったといえましょう。
特別展「名作誕生-つながる日本美術」は5月27日(日)までです。吉野の魅力をぜひお楽しみください。
カテゴリ:2018年度の特別展
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posted by 猪熊兼樹 at 2018年05月09日 (水)
展覧会は、どの展覧会でも終盤になると混雑します。見たいと思っていた展覧会でも、なかなか行けず、駆け込みでどうにか最後の頃に滑り込み! という人も多いと思います。私などもそんな一人。他の方には、「早目がいいですよ。後半になると人の背中越しでしか見えなくなりますから。」と言っているのに、結局自分も人の背中越しでばかり見ています。
それどころか、展示期間に制限の多い日本美術の作品では、途中展示替えで引っ込んでしまう作品も少なくありません。例えば長谷川等伯の国宝「松林図屛風」(安土桃山時代・16世紀 東京国立博物館蔵)、今回の展覧会では5月6日(日)までの展示です。「見逃した方は、来年(2019年)のお正月『博物館に初もうで』で2週間の展示があります」というのですが、今回の展覧会では、「松林図屛風」につながる作品が引っ込んでしまいます。
国宝 松林図屛風 長谷川等伯筆 安土桃山時代・16世紀 東京国立博物館蔵(展示期間:~5月6日(日))
《山水をつなぐ》は、展覧会の前期のテーマは「松林」ですが、後期のテーマは「富士三保松原図」に入れ替わります。長谷川等伯は、中国の画家牧谿[もっけい]の作品を学んだことがよく知られています。普通は大徳寺に伝えられた「観音猿鶴図[かんのんえんかくず]」(本展での展示はありません)をもとに具体例を示すのですが、今回は松林というモチーフでつながりを見ることにしました。
兵庫・穎川美術館に所蔵される重要文化財「三保松原図[みほまつばらず]」(伝能阿弥[のうあみ]筆 室町時代・15~16世紀 展示期間:~5月6日(日))は、足利将軍家に仕えた同朋衆[どうぼうしゅう]で、中国から輸入された美術品の鑑定や管理を行い、中国の絵画に学んで絵も描いた能阿弥の筆になるものとされています。落款[らっかん]などがないため、制作に関しては伝承とされており、長谷川等伯が描いたのではないか。という人もいるようです。大気の表現など「松林図」との親近性を感じますが、図版などではよく見えない細部も、会場では比べながら見ることが出来ます。
左:国宝 松林図屛風(右隻部分) 長谷川等伯筆 安土桃山時代・16世紀 東京国立博物館蔵(展示期間:~5月6日(日))
右:重要文化財 三保松原図(部分) 伝能阿弥筆 室町時代・15~16世紀 兵庫・穎川美術館蔵(展示期間:~5月6日(日))
根本の筆致にご注目ください。
「松林図屛風」の特徴である松の葉叢の荒々しい筆跡や、幹の根本の「へ」の字に柔らかく運ぶ筆さばきなど、大きさの違いはあるものの、よく似ています。「三保松原図」を等伯筆と考える説が出るのもなるほど、と思われてきます。穎川美術館で作品をお借りした際に口に出たのは、「等伯は、これ見たとしか思えないよね。」の言葉。そして皆が頷いて盛り上がったのでした。
この二つにさらに等伯が51歳ころに松を大きく描いた「山水松林架橋図襖[さんすいしょうりんかきょうずふすま]」(長谷川等伯筆 安土桃山時代 天正17年<1589> 京都・楽美術館蔵)を加えて並ぶのは、今回の展覧会のような機会だからこそ。普段は見られないつながりが会場に並んでいます。
「三保松原図」(兵庫・穎川美術館蔵)は、もと6曲1双屛風の片隻で左に富士山が描かれていただろうと考えられています。5月8日からは、「富士三保松原」のテーマで、富士山を加えた作品がご覧いただけます。
カテゴリ:絵画、2018年度の特別展
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posted by 田沢裕賀 at 2018年05月02日 (水)
東京国立博物館では、今年10月2日(火)~12月9日(日)、
平成館特別展示室3・4室にて特別展「京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」を開催いたします。
4月25日(水)に報道発表会を行いました。
まずは当館副館長の井上洋一と、大報恩寺の菊入諒如[きくいりりょうにょ]住職より主催者挨拶をいただきました。
井上洋一東京国立博物館副館長
菊入諒如大報恩寺住職
大報恩寺は京都市上京区にあり、千本釈迦堂[せんぼんしゃかどう]の名で親しまれています。
また、鎌倉時代、1220年に義空上人が開創した古刹で、応仁の乱を始めとする幾多の戦火を免れ、本堂は京都市内最古の木造建築として国宝に指定されており、大変歴史があります。
大報恩寺地図
大報恩寺本堂
このたび、2020年に開創800年を迎えることを記念し、大報恩寺が誇る慶派仏師の名品を一堂に集め、鎌倉彫刻の魅力を堪能する本展覧会の見どころを、担当をしている絵画・彫刻室主任研究員の皿井舞より解説いたしました。
展覧会担当 皿井による解説
見どころ、快慶晩年の名品、重要文化財「十大弟子立像」。
重要文化財 優婆離立像(十大弟子立像のうち)
快慶作 鎌倉時代・13世紀 大報恩寺像
快慶の最晩年の名品「十大弟子立像」を10体揃って大報恩寺の外で公開するのは初めて!
あまたの釈迦の弟子から選りすぐられた10人の僧侶の像です
次の見どころは、快慶の弟子行快作、重要文化財「釈迦如来坐像」。
重要文化財 釈迦如来坐像
行快作 鎌倉時代・13世紀 大報恩寺蔵
大報恩寺の本尊で、年に数回しか公開されない秘仏です。こちらも大報恩寺の外での公開は初めてです。
「十大弟子立像」は製作された当初は本堂にて「釈迦如来坐像」を囲むように安置されていました。
本展覧会では、当初の本堂での安置状況を考慮しながら、展示する予定です。
最後の見どころは、運慶の弟子、肥後定慶作、「六観音菩薩像」。
重要文化財 准胝観音菩薩立像(六観音菩薩像のうち)
肥後定慶作 鎌倉時代・貞応3年(1224) 大報恩寺蔵
重要文化財に指定される唯一の六観音像です。台座も光背も造像当時のものを残し、その背面の隅々まで精緻に彫られています。
本展覧会では、「六観音菩薩像」を360度ご覧いただき、会期前半(10月2日~10月28日)は光背を付けた本来の姿で、会期後半(10月30日~12月9日)には光背を取り外した美しい後ろ姿を間近でご覧いただけます。
会期前半と後半で、仏像の違う表情、魅力を堪能できる、東京国立博物館史上初の試みです。
ぜひご注目ください。
光背つきの姿
光背なしの姿
そのほかにも、近接する北野天満宮境内にかつてあった北野経王堂ゆかりの寺宝、五千帖を超す一切経や、北野社を描く境内図などから、京洛の釈迦信仰の拠点であった大報恩寺の歴史を振り返ります。
2017年に開催された、奈良国立博物館の「快慶」展、東京国立博物館の「運慶」展に続く、快慶、定慶、行快ら、慶派スーパースターの名品がトーハクに集結する大変貴重な機会となります。今秋開幕です!皆様どうぞお楽しみに!
また、東京国立博物館・フィラデルフィア美術館交流企画特別展「マルセル・デュシャンと日本美術」(2018年10月2日(日)~12月9日(日) 平成館特別展示室1・2室)を開催します。
この展覧会は、第1部「デュシャン 人と作品」(原題The Essential Duchamp)展、第2部「デュシャンの向こうに日本が見える。」展と2部構成となります。
デュシャンの作品ととともに日本美術を比べて見ることができるこの展覧会も要注目です。
なんと、お得なセット券も販売します!
ぜひセット券をお買い求めの上、両展覧会をお楽しみください。
おまけ
お土産としてお渡しした「おかめ」の福守り
「おかめ」発祥の地と知られている大報恩寺は、お参りすると、縁結び、夫婦円満、子授けにご利益があると言われています。
京都旅行の際には、ぜひ立ち寄ってみては。
カテゴリ:news、2018年度の特別展
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posted by 柳澤(広報室) at 2018年05月01日 (火)