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1089ブログ

トーハクくんの「なるほー!人間国宝展」その2

トーハクくん

ほほーい!ぼくトーハクくん!
今日は学芸研究部長の伊藤さんといっしょに「人間国宝展―生み出された美、伝えゆくわざ―」を見に行くほ。
伊藤さんは陶磁が専門だほ。今回の展示の見どころを教えてくださいだほー!


伊藤さんとトーハクくん


伊藤研究員(以下イ):やあ、トーハクくん。待ってたよ。
今回はね、東京国立博物館では初めて現代の作品にも焦点を当てたんだ。
でも、ここでないと出来ない視点がないと、やる意味がないだろう?
古いものの良さ、そしてそれをコピーしたのでは決してない現代作品の良さ、その両方を感じてほしいねえ。

トーハクくん ほうほう。それぞれに良いところがあるってことだほ。
伊藤さんは、どんなところでそれを感じるほ?

イ:うん。たとえば、ここが分かりやすいかな。


展示風景
(左)重要文化財 志野茶碗 銘 広沢 
美濃 安土桃山~江戸時代・16~17世紀 大阪・湯木美術館蔵
(右)志野茶碗
荒川豊蔵作 昭和28年(1953) 東京国立近代美術館蔵



安土桃山時代から江戸時代初期にかけての桃山文化で、茶の湯がとても盛んになった。
そこで使われた茶の湯のやきものは、やきもののなかでも特別にすごいということで、「桃山茶陶」って言われるんだ。

志野茶碗 銘 広沢

この重要文化財は、桃山時代の名陶だね。
この時代、中国の白磁に代わるものを、初めてこの釉薬が実現したんだ。
でもただの白じゃない。緋色(ひいろ)が混じっている。
完璧な白じゃないのがむしろいいね、と当時の茶人に受け入れられたんだ。

トーハクくん ほー、それはいかにも日本人的な見方だほ。
確かにこの作品がまっしろしろだったら、ちょっとピンと来ない感じだほ。この赤みがほんわか感をかもしているんだほ。

イ:トーハクくん、良いこと言うね。
対して荒川豊蔵の作品を見てみよう。
この人は、美濃の窯跡で志野の陶片を発見する。それまで志野焼は瀬戸焼の一種だと考えられていたので、この発見はとてもセンセーショナルだったんだ。
この人は志野茶碗のことを真摯に研究して、ついに窯まで再現して桃山時代の茶陶を再興しようとしたんだよ。

トーハクくん 窯まで桃山茶陶のころと同じようにつくったほ?!ひょー、大したこだわり屋さんだほ!

イ:そう。でもね、彼は途絶えた技を再現して、同じものをつくるだけに留まらなかった。
荒川さんは、緋色の部分をあえて主役として扱ったんだ。見てごらん、全体的に赤みがあってあったかみがあるだろう?

志野茶碗

これが「荒川志野」と呼ばれるものだ。
彼はこの緋色を突き詰めることで、自分の作品へと繋げていったんだね。
昔の作品は確かに良い作品だ。だけど、20世紀という時代だからこそ生まれる作品を作ることにも情熱を傾けたわけだ。

トーハクくん おお、伊藤さんの語りがアツくなってきたほ!

イ:そうだよ、「伝統」がどのように「現代」とつながっているのか、ここが展示の見どころだからね。
ある人はこう言った。

「作品は、時代が作らせている」

トーハクくん おおー!
いやごめん、ぜんぜん意味がわからんほ。

イ:うん。たとえ技術は昔のものを使っても、作っているのは現代人。だから、21世紀を生きている人間のエッセンスが必ず作品に表れる。という意味じゃないかな。

トーハクくん ほー、今日のお話は深いほ、でもなんとなく分かる気がするほ。

イ:それでねトーハクくん、僕はこの作品を見ていて気付いたことがあるんだ。
名付けて「長身的遠視的 人間国宝展のたのしみかた」っていうんだけどさ、それはね…

(ここからの話が大変長いため、今後の伊藤さんのブログにて紹介します。どういう意味なのか、お楽しみに。)

トーハクくん あわわ、伊藤さんのテンションに追いつけなくなってきたほー。


展示風景

トーハクくん ではここで究極の質問だほ。
伊藤さんがキャッツアイ、いや違うほ、ルパンだったら何を盗みたいほ?

イ:ああ…。僕ね、物欲があんまりないんだよね。

トーハクくん うえっ!
(それじゃこの企画が成り立たんほ!)

イ:うーん…困ったな。
あっ、トーハクくん、僕はこの作家と知り合いだったんだよ。


濁手つつじ草花地文蓋物
濁手つつじ草花地文蓋物
酒井田柿右衛門(十四代)作 平成17年(2005) 個人蔵



トーハクくん 十四代の酒井田柿右衛門さん?!すごいほ!

イ:現代の作家とは直接話が出来るから、作品を見るときも作家を思い浮かべながら見ることが出来るのが味わいだね。
この人は「俺は作家だ!」って顔は絶対にしない人でね。窯屋の大将って感じで、すごく優しいんだ。いっぱい、いっぱいお世話になったんだよ。
作品の展示作業をしながらそのことが思い出されて、じわーんときたね。

トーハクくん そうかあ。じゃあ、この作品を選ぶってことだほ?

イ:それでねトーハクくん、この作品は中央を少しずらして展示しているだろう?

トーハクくん 伊藤さん、質問に答えてくれだほ…(こりゃ完全にこのひとの会話のペースに巻き込まれているほ。)

イ:柿右衛門さんは、立体のなかに世界をつくるのがとても上手な人なんだ。
つつじがね、うねるように、そのうねりが続いていくように描かれている。
そんな「うねるように続いていく」感じが一番よくわかってもらえる場所を探して、今のように飾ったというわけさ。

見方1 見方2
ここから見始めて、、、       こういう風にぐるっと角度を変えてみて、、


見方3 見方4
下から見るのもいいねえ、、、      上からも見てみようか!

トーハクくん ぎゃああああす!ボクを振り回さないでー!
ぜえぜえ。じゃあこの作品でキマリだほ?

イ:いや、ひとつ選ぶとしたら、あの作品かな。

トーハクくん えー別の作品なのーーー?!


竹華器「怒濤」
竹華器「怒濤」(生野祥雲齋作 昭和31年(1956) 東京国立近代美術館蔵) の前にて、ゴキゲンな伊藤さん。


イ:これは名品だね!この作品の前にはひれ伏すね。
竹だからこそ出来るしなやかな表現。本当に竹なの?と思ってしまうほど力強い造形力。
壁に映る影の美しさもあわせて、ぜひいろんな角度から見てほしい。

トーハクくん ほんとうに、波がドトーっ!っと押し寄せてくるように見えるほ!すごい迫力だほ!
でも伊藤さん、この作品をお家のなかでどうやって使うほ?

イ:これが家の中に存在するだけで、世界が変わるだろうね。
機能性とか合理的なことだけじゃなく、そこに在ることによって空間が変わる。
存在することに意味があるんだ。
よく「工芸ってどう見たら良いかわからない」って言う人がいるんだけど、難しく考えないでほしいんだ。
こういう作品を見て「すごい!」とか「使ってみたい!」とか、心が動けばそれでオッケーなんだよ。

トーハクくん 「心が動けば、それでオッケー」伊藤嘉章。
格言いただいたほ!かっこいいほ!
伊藤さん、アツいお話をどうも有難うございました!


伊藤さんとトーハクくん
伊藤嘉章(いとうよしあき)学芸研究部長。専門は陶磁です。
伊藤さんのトークの独特なテンポに終始リードされたトーハクくんなのでした。

カテゴリ:研究員のイチオシnews2013年度の特別展

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posted by トーハクくん at 2014年02月05日 (水)

 

クリーブランド美術館展 隠れた逸品―「薄図屏風」応援譜―

アメリカ・クリーブランド美術館の日本絵画コレクションの中から、選りすぐりの作品を精選し展示している「クリーブランド美術館展―名画でたどる日本の美」
どれもこれも、魅力ある作品ばかり。それは、どの作品の前でも、たくさんの方々が時間をかけ、じっくりと鑑賞されていることからも分かります。

ただ、今回の展示作品の中で、あまり人だかりのない、みなさんがさらっと通り過ぎてしまっている作品があります。「花鳥風月」のコーナーで展示している「薄図屏風」です。


薄図屏風  Photography © The Cleveland Museum of Art

図版や会場で遠目で見た際には、薄の緑色の葉っぱだけが目に映る、実に地味な屏風。
「はいはい、まあこんな作品もあるのね」
と、みなさん足早に通り過ぎてしまいます。

昨年夏、この展覧会の事前調査でクリーブランド美術館を訪れ、薄暗い収蔵庫の中でこの屏風を見た時の私も、
「えっ、こんなつまらない、もとい、地味な、草ばかりの屏風を展示するのか。。。」
といった、ちょっとがっかりな感想を誰にも言えず、一人秘めていたのでした。
こんな冷たい態度をとったことを、後に私は深く反省することになります。

今年の年明け、まだ松の内にクリーブランド美術館から展示作品が到着し、先方の学芸員と一緒に作品のコンディションチェック(作品の損傷状態などを双方の担当者で点検すること)をしました。

その際にも、緑の葉先に薄の白い穂をようやく確認し、
「なるほど、薄ね。そりゃ穂を描かないと薄じゃないよな。はいはい、次の作品の点検をしましょ」
と、まだまだ愛情のない、実に冷淡な態度を持ち続けていました。


薄図屏風 部分拡大 白い穂が描かれています

さてその後、作品が実際に展示ケースに並び終わり、改めて展示会場をまわってみました。
今回の展覧会は、「日本絵画における人と自然」をテーマにしていますので、多くの屏風作品が会場に並んでいます。
たくさんの屏風を見た後でもう一度、「薄図屏風」の前に立った時の私の感想。

「この屏風、本当はすごい作品なんじゃないか? 冷たい態度をとってごめんなさい」

なぜこんな劇的な印象の変化がおきたのか?

実はこの作品、展示する時に困ったことが一つあります。
どちらが右で、どちらが左か、よく分からないのです。
本来屏風は、右から左に季節や物語が進行するのが基本で、右隻と左隻という並べ方が、言わば描かれた段階から決定されています。落款印章などがある場合、それを左右の端に来るよう並べるのがセオリーです。
今回は、クリーブランド美術館の作品番号の順序に従って右と左に並べたのですが、これを逆に並べても何ら問題は生じません。それはこの屏風が、他の屏風のように右と左の置き位置を強いない画面であるからです。


薄図屏風 左右逆にしてみました。違いがわかりますか? Photography © The Cleveland Museum of Art

こうした、左右入れ換え可能な屏風は江戸時代の作例でも多く確認できますが、薄図屏風のように左右に描いているものがほとんど同じというのは、そう多くありません。
そもそも屏風とは、空間を飾り、荘厳する機能とともに、建築内部を仕切る建具、調度品としての機能を持っていました。今で言うアコーディオンカーテン、パーティションのようなものです。こんにち、博物館や美術館では屏風を綺麗に蛇腹状にひろげ、左右に並べて展示していますが、描かれた屏風などを見てみると、直角に並べたり、T字に並べたり、あるいは逆に折ったりと、実に自由自在に空間を仕切っています。


重要文化財 歌舞伎図屏風 菱川師宣筆  東京国立博物館蔵(部分)
第3扇から第6扇が通常とは逆に折られています。


右と左の並べ位置が決まってしまうと、屏風を自由に置きにくくなります。対して「薄図屏風」のように、右左隻の配置が曖昧なことは、どちらに置いても構わないということを意味しています。この「薄図屏風」は、屏風が持つ、建具としての機能を留める、貴重な作例だと改めて言うことができます。

さらに、この「地味な」モティーフも、「建具」としては重要な意味を持っています。
会場をぐるっともう一度一回りして屏風を見てみました。
武家好みなのか、それとも神社への神馬奉納などと関わりがあるのかなと思う「厩図屏風」。


厩図屏風 Photography © The Cleveland Museum of Art

右左隻で作者が異なり、片や鷲が雉や鷺を捕え、片や番(カップル)の鳥をたくさん描く「四季花鳥図屏風」。


四季花鳥図屏風 伝狩野松栄・伝狩野光信筆 Photography © The Cleveland Museum of Art


画面いっぱいに燕子花をこれでもかと描く渡辺始興の「燕子花図屏風」。
これも左右入れ換えても画面は成立しそうですが、落款印章があるため、置く位置は決まってしまいます。


燕子花図屏風 渡辺始興筆 Photography © The Cleveland Museum of Art


近江(今の滋賀県)の名所や、賑やかな街の様子を細密に描く「近江名所図屏風」。


近江名所図屏風 Photography © The Cleveland Museum of Art

そこで改めての感想。

「どれもこれもくどい! でもこの薄図屏風、実にすがすがしい!」

屏風が建具として、部屋の内部空間を仕切るものだったということは、当時の人びとが日常目にするものだったということです。言うなればカーテンなどのようなもの。カーテンの柄として、「薄図屏風」のような「くどくない」、「地味」なモティーフは、面白みはないけれど「飽きのこない」柄なわけです。
「四季花鳥図屏風」のように鷲が雉の首根っこ押さえ、あたりに羽が舞い散るといったカーテンを日常の空間に置くのはやはり躊躇されます。こういった屏風は、この画題を必要とする、特別な場や時に飾られた屏風であったわけです。

建具や調度品として使われた屏風は痛んだりすると捨てられてしまう「消耗品」であり、今日残る作例は多くありません。「薄図屏風」は、屏風が建具として機能していたことを教えてくれる、貴重な「証人」の一人だったのです。

そうしたことも思いいたらず、「薄図屏風」に実に冷淡な態度をとったことを今さらながら深く反省しつつ、この文章を書いています。これをご覧になった皆さんも「薄図屏風」の前でも足を止め、じっくりご鑑賞いただき、ぜひとも「薄図屏風」の応援をともにしていただければと思います。

カテゴリ:研究員のイチオシ2013年度の特別展

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posted by 土屋貴裕(平常展調整室 研究員) at 2014年02月01日 (土)

 

さあ、お着物で、人間国宝展へ!

1月24日(金)、「人間国宝展―生み出された美、伝えゆくわざ―」とハースト婦人画報社「美しいキモノ」とのコラボレーションイベント、「読者特別鑑賞会」が行われました。
ご参加いただいた皆様、本当に有難うございました。

レクチャー
レクチャーの様子。


「美しいキモノ」ということで、レクチャーをした小山研究員もお着物で参加。
小宮康孝さん(重要無形文化財「江戸小紋」保持者)の作品だそう。
小宮さんの作品は、特集陳列「人間国宝の現在(いま)」で展示中です。


小山研究員

「小宮さんは、宝石のような色を目指したと仰っています」とのこと。
なるほど、ただの水色ではなく艶があります。お顔も明るくキレイに映えますね。

お客様もお着物でのご来館です。展覧会場が華やぎます!
素敵なみなさまのお着物をご紹介します。


お客様
絢爛豪華な水仙の刺繍。
この季節にふさわしい、あでやかな装いです。


お客様
俳優さんと女優さんですか?!
ああ、憧れのご夫婦。こんな上品な大人になりたいです!


朝賀様
人気きものブロガーの朝香沙都子様。
こんな風に自然に着こなして、博物館や美術館を訪れたいです。


編集長様
そして、「美しいキモノ」の富川匡子編集長(左)と吉川明子編集長代理(右)。
香り立つような美しさ!まさに「美しいキモノ」です!!
美人じゃないと、きっと編集部には入れないのですね…。

「美しいキモノ」冬号は、特別展グッズ売場でも販売しています。
小山研究員が執筆したページもありますので、ぜひご覧ください。

お着物って、なかなか着る機会がありませんよね。
日本伝統工芸展60回記念「人間国宝展―生み出された美、伝えゆくわざ―」、ぜひお着物でお出かけください。

カテゴリ:news2013年度の特別展

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posted by 小島佳(広報室) at 2014年01月30日 (木)

 

人間国宝展 ギャラリートーク!

日本伝統工芸展60回記念「人間国宝展―生み出された美、伝えゆくわざ―」では、1月15日から31日の間、平日昼に現在ご活躍中の人間国宝の方々によるギャラリートークを実施しています。
特別展会場に展示されている作品1点を選んで、その作品や作り手に関するお話、そしてご自身の作品づくりのことなどをお話しいただきます。

ギャラリートークの様子
1月23日(木)森口邦彦さん(重要無形文化財「友禅」保持者)のギャラリートークの様子。


実は、トーハクの特別展会場でのギャラリートークは今回が初めての試みです。
初回、15日(水)に実施された中島宏さん(重要無形文化財「青磁」保持者)のトークの折は、まさに歴史的瞬間に立ち会ったようなドキドキ感がありました。

人間国宝自らから紡ぎだされる数々の「言葉」や「物語」は、作品の向こう側に広がる新しい一面を教えてくれます。
特別展会場に並ぶ作品を生み出した人間国宝は、いまご活躍の方々にとって、多くは「師」であったり、また「家族」であったりします。
そうした先人の近くで作品づくりや思いを体感していた人ならではのお話は、ここでしか聞くことのできない、大変貴重なものです。
21日(火)にお話をされた佐々木苑子さん(重要無形文化財「紬織」保持者)は、「先人があってこそ、今の私がある」と、感謝の言葉を表されていました。

伝統工芸は連綿と現在まで育まれ、そしてこれからまた未来へと続いていく。そのことをあらためて実感できる、そんなギャラリートークです。
作品を「目」で見て、人間国宝の声を「耳」で堪能する。
ちょっとぜいたくな平日お昼のひととき、ご参加をお待ちしております!


ギャラリートークの様子2


現役人間国宝によるギャラリートーク
1月31日(金)までの平日 13:30~14:00
≪今後の予定≫
1月28日(火)奥山峰石 重要無形文化財「鍛金」保持者
1月29日(水)原清 重要無形文化財「鉄釉陶器」保持者
1月30日(木)林駒夫 重要無形文化財「桐塑人形」保持者
1月31日(金)伊勢崎淳 重要無形文化財「備前焼」保持者

会場:東京国立博物館 平成館特別展示室第3・4室
参加費:無料(ただし、本展覧会の観覧券が必要。)

カテゴリ:研究員のイチオシnews2013年度の特別展

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posted by 横山梓 at 2014年01月27日 (月)

 

新しいあかりの試み―クリーブランド美術館展 雷神図屏風

「クリーブランド美術館展─名画でたどる日本の美」のワーキングチーフ、松嶋雅人です。
今回はこの展示の裏側のお話。
作品をより美しく見せるための新しい照明の試みについて紹介します。

注目いただきたいのは、こちら。会場入口入ってすぐ、皆様に最初にご覧いただいている「雷神図屏風」です。 


雷神図屏風 「伊年」印 江戸時代・17世紀 Photography © The Cleveland Museum of Art

この作品の展示には有機ELという照明器具が使われています。
有機ELとは、「有機エレクトロルミネッセンス」(Organic Electro-Luminescence)の略です。
ある種の有機物に電圧をかけると、光る現象を利用した照明です。
有機EL照明は、有機物が面で発光することを利用し、文化財を美しく照らす新しいあかりということができます。薄く軽く作ることができるので設置場所を選ばず、文化財を展示した空間全体を包み込むように照らし、さらに発光に伴う熱も抑えられます。

近年、発光ダイオードを使った照明(Light Emitting Diode、LED)が多くの美術館で採用されています。省エネルギーに貢献し、ランニングコストの良さがうたわれていますが、「美しさ」という点では多くの不利な点があります。とくに絵画の場合、表わされた色の本来の美しさが損なわれてしまうことが多いようです。水墨画の微妙な諧調がつぶれてしまっていることもしばしば見受けられます。では文化財にとっては、どのような「あかり」がふさわしいのでしょうか。

この絵が描かれた当時は、床に屏風が置かれ、その前に置かれた行灯などのあかりで、やわらかく絵を照らしていたことでしょう。そこで、有機ELによる色温度が低い(蝋燭の光のように赤くみえる)照明が、ケース全体に広がるような光を効果的に作り、この屏風絵が描かれた当時の見え方を再現しようと試みました。行灯が絵を照らすように、画面の下から上へ光が弱くなるように調整しています。

原寸大レプリカによる照明実験  
左:蛍光灯照明 右:有機EL照明


蛍光灯では雷神は平板に見えます。
有機ELによって絵の具の色も明瞭に見えてきました。


有機EL照明における輝度分布 

画面下から上へ緩やかに輝度(単位面積あたりの明るさ)が低くなっていますが、白い雷神の身体は明るくなっていることがわかります。

その結果、雷神の身体は立体的に浮かび上がり、背景の金と墨は湿った雨雲が渦巻くように見えます。日本の古い絵画は平面的に描かれているように見えますが、このように有機ELの光によってとても違って見えてくるのです。雷神図を描いた画家は、雷神の身体を形作る胡粉(白色)は光を強く反射してより明るく見え、背景に蒔かれた金が赤い火の光を反射することで透明感が生まれることを意図して描いていたのでしょう。


会場での照明

ぜひ皆様も展覧会会場で、これまでにないあかりでみた、しかし、かつて人々が見たであろう日本の絵画を経験してみてください。

「雷神図屏風」を展示するケース照明は、科学研究費25282078・基盤研究(B)「中世から近代における日本絵画の受容環境の復元的考察」の助成による研究成果の一部です。
研究代表者:松嶋雅人 研究分担者:和田浩、矢野賀一、土屋貴裕(以上、東京国立博物館)

研究支援協力社
照明器材:株式会社カネカ
照明計画:(株)キルトプランニングオフィス
 

カテゴリ:研究員のイチオシ2013年度の特別展

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posted by 松嶋雅人(特別展室長) at 2014年01月25日 (土)