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新しいあかりの試み―クリーブランド美術館展 雷神図屏風

「クリーブランド美術館展─名画でたどる日本の美」のワーキングチーフ、松嶋雅人です。
今回はこの展示の裏側のお話。
作品をより美しく見せるための新しい照明の試みについて紹介します。

注目いただきたいのは、こちら。会場入口入ってすぐ、皆様に最初にご覧いただいている「雷神図屏風」です。 


雷神図屏風 「伊年」印 江戸時代・17世紀 Photography © The Cleveland Museum of Art

この作品の展示には有機ELという照明器具が使われています。
有機ELとは、「有機エレクトロルミネッセンス」(Organic Electro-Luminescence)の略です。
ある種の有機物に電圧をかけると、光る現象を利用した照明です。
有機EL照明は、有機物が面で発光することを利用し、文化財を美しく照らす新しいあかりということができます。薄く軽く作ることができるので設置場所を選ばず、文化財を展示した空間全体を包み込むように照らし、さらに発光に伴う熱も抑えられます。

近年、発光ダイオードを使った照明(Light Emitting Diode、LED)が多くの美術館で採用されています。省エネルギーに貢献し、ランニングコストの良さがうたわれていますが、「美しさ」という点では多くの不利な点があります。とくに絵画の場合、表わされた色の本来の美しさが損なわれてしまうことが多いようです。水墨画の微妙な諧調がつぶれてしまっていることもしばしば見受けられます。では文化財にとっては、どのような「あかり」がふさわしいのでしょうか。

この絵が描かれた当時は、床に屏風が置かれ、その前に置かれた行灯などのあかりで、やわらかく絵を照らしていたことでしょう。そこで、有機ELによる色温度が低い(蝋燭の光のように赤くみえる)照明が、ケース全体に広がるような光を効果的に作り、この屏風絵が描かれた当時の見え方を再現しようと試みました。行灯が絵を照らすように、画面の下から上へ光が弱くなるように調整しています。

原寸大レプリカによる照明実験  
左:蛍光灯照明 右:有機EL照明


蛍光灯では雷神は平板に見えます。
有機ELによって絵の具の色も明瞭に見えてきました。


有機EL照明における輝度分布 

画面下から上へ緩やかに輝度(単位面積あたりの明るさ)が低くなっていますが、白い雷神の身体は明るくなっていることがわかります。

その結果、雷神の身体は立体的に浮かび上がり、背景の金と墨は湿った雨雲が渦巻くように見えます。日本の古い絵画は平面的に描かれているように見えますが、このように有機ELの光によってとても違って見えてくるのです。雷神図を描いた画家は、雷神の身体を形作る胡粉(白色)は光を強く反射してより明るく見え、背景に蒔かれた金が赤い火の光を反射することで透明感が生まれることを意図して描いていたのでしょう。


会場での照明

ぜひ皆様も展覧会会場で、これまでにないあかりでみた、しかし、かつて人々が見たであろう日本の絵画を経験してみてください。

「雷神図屏風」を展示するケース照明は、科学研究費25282078・基盤研究(B)「中世から近代における日本絵画の受容環境の復元的考察」の助成による研究成果の一部です。
研究代表者:松嶋雅人 研究分担者:和田浩、矢野賀一、土屋貴裕(以上、東京国立博物館)

研究支援協力社
照明器材:株式会社カネカ
照明計画:(株)キルトプランニングオフィス
 

カテゴリ:研究員のイチオシ2013年度の特別展

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posted by 松嶋雅人(特別展室長) at 2014年01月25日 (土)